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黒の波動を携えて  作者:
第1章 力の覚醒
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第4話 泣き虫シエル

 全員が寝静まった闇の深い夜。ガノの長い話を聞き終えて、レイトは城へと帰還した。今まで暑苦しい男たちに囲まれていたせいか、眠気は不思議と無かった。


 城の内部は深夜になれば巡回している兵はいない。休んでいる兵は城から少し離れた寮に寝泊まりしているし、アリッサやメイドは今頃寝ているはず。だから誰にも会わないはずだと思っていたレイトは、中庭に人がいることに驚いた。


 色とりどりの花が咲く中庭には、吹き抜けになった場所から蒼白い月光が降り注いでいる。その端で座り込み、目を閉じるシエルの姿。地面には何かの本が置かれており、うっかり寝てしまったわけではなさそうだ。


 何かに集中している姿を見ると声をかけていいのか悩む。こんな遅い時間に中庭で本を広げ目を閉じている。漠然と寄ったわけではなく、彼女は何か目的があってこの場所に来ていることは明確である。 

 しかも皆が寝静まったこんな深夜に来るくらいだ、その目的は人に見られたくないものに違いない。


(どーすっかなぁ)


 人の秘密を探るのはよくないと思い、この場から立ち去ろうとした。しかし、踵を返した瞬間、壁に肩が少しだけ当たる。普段は気にならないほどの小さな音が、この時間では大きく感じた。


「誰?」


 シエルの声がこちらに向けられる。レイトは逃げることが出来ないと悟った。再び踵を返しシエルへと近づく。彼女は地面に置いてあった本を抱えて、警戒した様子でこちらを見つめていた。


「俺だよ」


「あんたか」


 月明かりにレイトの顔が照らされると、シエルは少し安心したのか、ため息をこぼした。


「こんな時間に何してるの?」


「俺は散歩。シエルは?」


「………笑わない?」


「笑わない」


「ホントに?」


「ホントに」


「ホントにホント?」


「ホントにホント」


 シエルが抱えた本をギュッと力を込めて握った。腕が邪魔で何の本なのか分からない。悪いことをした子供の様な目で聞いてくる彼女の様子から、これは何か重大な秘密なのかと少しだけワクワクする。


「んっ」


 シエルが恥ずかしそうに目を伏せ、腕に抱えていた本のタイトルを見してくれた。その本はレイトがアリッサとの訓練で何度か見た事のある魔法の専門書の一つだった。


「で、これがどうしたの?」


「笑わないの?」


「魔法の勉強をしていただけだろ?」


「王族がこんな夜中に魔法の勉強してたのに?」


「勉強熱心でいいじゃん」


 シエルが目を丸くした。驚いたと言うより「こいつ何言ってんだ」と言いたげな目が向けられる。このままでは話が進まないので、とりあえず2人は中庭の端に腰を下ろした。


 シエルが言うには王族は生まれた時から常人より魔力が高く、加えて魔術系の魔法を使うことに潜在的に長けているので、幼少期から訓練し魔法のエキスパートになることが普通らしい。


 特にアリッサは優秀で、幼少期からその才能は王国全土に響き渡るほどだ。魔術系の魔法でも難易度の高い医療系の魔法もあっさりと習得し、国中から将来を期待されている。


「あいつ、そんなに凄かったのか……」


 レイトは思わず呟いた。魔法が使える人材は貴重である、ましてや魔術系となれば、魔物侵攻の防衛のために最前線に投入される。それはアリッサから聞いた。


 だから王都にいる魔術師も防衛のために最も魔物に近い場所に居ると。ゆえにレイトの近くに、魔術系の魔法を教えることのできるのは、アリッサしか居ない。その彼女は魔術師の中でも飛び抜けている。


「あたしくらいの頃にはお姉さまは兵についていって、獣や簡単な魔物退治もしてた。それに比べてあたしは……」


 シエルが今にも泣き出しそうな顔で顔を伏せた。優秀な姉に比較される妹。彼女の気持ちはなんとなく察していた。周りの期待、それに伴わない自分の実力。シエルはそれを影の努力で、周りが期待する自分になろうと必死なのだ。


 優秀な姉と言うプレッシャー、姉がいなければ自分は比較されることは無かった。そう思うと同時に優しい姉がシエルは好きなのだろう。心の中に正と負の感情が同時に存在している。アリッサはシエルのとっての憧れであり壁である。


「お父様はきっと次期の王座にお姉さまを指名する。それは別に構わない……でも、あたしは見てくれない。不要って言われてるようで……グス…」


 体操座りで膝もとに顔をうずめるシエルから、鼻をすする音が聞こえた。きっと今、彼女は泣いている。前の世界で女性が目の前で泣いた経験など、皆無のレイトにはこうゆう時、どうすればいいのか分からない。しかし、自分の存在価値に疑問を覚えるシエルの気持ちは、レイトも抱いたことのある気持だった。


 親がいないと言う事実。自分を見てくれる人は何処にもいない。己の存在価値があいまいになる。今にも消えそうで、それでも誰かに見て欲しくて、誰も覗かない井戸の中で喉が裂けるまで声をあげる。声をあげるのをやめ、井戸にうずくまることを選び、流れのままに生きることをレイトは選んだ。


「あんな完璧な人を姉に持って、あたしはどうすればいいか分からないっ」


 シエルが震える声で静かに叫んだ。彼女はまだ、声をあげている。「誰かあたしを見て」と。


「なぁシエル。今度俺に魔法、教えてくれよ」


「お姉さまに聞いた方が早い」


「天才の言うことは俺にはイマイチ分からなくてな。もちろん、アリッサは必死だし、これからも教えてもらう。でも、お前も一緒に教えてくれよ」


「……あたしでよければ」


「交渉成立だな」


 レイトはシエルの頭に手を置き髪をくしゃくしゃにする。


「な、なにするの!?」


 シエルは手を払いのけようとするが男の力にかなうはずも無く、髪が徐々に乱れる。


「早く寝ろよ。泣き虫シエル」


 レイトは手を止めると立ち上がった。


「な、泣き虫なんかじゃない!」


 髪を整えながら叫ぶシエルの声が、誰もいない静寂に響いた。その声に反応したレイトは背中を向け右手を上げた。




 次の日、ガノとの訓練を終えたレイトはいつも通りアリッサとの魔法の訓練を始めようとしていた。横にシエル付きで。


「シエルどうしたの?」


「あたしも不本意だけどこいつ一緒に訓練する」


「おい待て、不本意ってどうゆうことだ!?」


「レイトさん……シエルに何したんですか?」


「泣き虫っていじめられた」


「ちょ! 違わなくないが違う! 頼むアリッサその怖い笑顔をやめて俺の話を聞いてくれ!!」


「怖い笑顔なんて、御冗談がお上手ですね。7歳の幼女を虐めて楽しむ変態レイトさんは」


「この前、お姉さまのことをオカズにしてたって、メイドさんが教えてくれた」


「してないし、そんなことを7歳に教えたそのメイドに問題あるだろ!! だから、アリッサ笑顔が怖い!!」


「さぁ、今日も訓練始めますよ!」


「確実に声が怒ってるし、なんで鞭を取り出すんだ!? 魔法の訓練に鞭なんて必要ないだろ!!」


「変態はお仕置きが必要」


「シエル……お前が俺の敵だってことはよーく分かった。昨日の夜のことはお互い忘れよう」


「よ、夜のこと……? ほっホントにシエルに手を出したんですか!!!?」


「誤解だぁ! なんでアリッサ、お前の頭の中はすぐそっちの方向へ持って行きたがるんだ!?」


「こいつが強引にあたしの頭を触ってきた」


「シエル、お前この状況楽しんでるだろ。おい! アリッサ、鞭を全力で振るのはやめて!!」


「知りません! シエルのような幼女に手を出す変態なんて、鞭で叩かれて当然です!! あっ! 魔法を使って避けないでください!!」


 こんな漠然とだが、楽しい日々が続くといいなとレイトは心の中で思った。しかし、現実は無慈悲にそして突然に試練を与える。レイトが異世界に来て7日目の朝、王都近くの街が魔物に襲われた。


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