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黒の波動を携えて  作者:
プロローグ
3/58

プロローグ 3

 痛い。井上令斗は心でつぶやいた。部屋にあるベッドに飛び込んだ瞬間に後頭部を固い何かで強打した。頭に走った衝撃で視界が一瞬闇に染まる。徐々に明るさの戻った視界に飛びんで来たのは見知らぬ天井。


(あれ……? 知らない天井……)


 某アニメの名言を口にするか否か迷っていながら、ズキズキと痛みを持つ後頭部をさすり身体を起こすと1人の少女と目があった。


「あ……」


「え……」


 白いローブを纏った少女の瞳は今まで見た事の無いほど澄んだ蒼色だった。歳は令斗と同じ16、7歳に見える。腰のあたりまで伸びた蒼い髪。スッと通った鼻筋とパッチリとした両目。間違いなく美少女だと令斗の脳は認識した。


 その少女が顔を令斗にグッと近づける。吐息がかかるほどの接近に令斗は思わずたじろいだ。何せここまでの美少女にこれほど距離を縮められたのは初めてだ。


「な、なんですか?」


「身体は動きますか?」


「一応」


 令斗は腕を上げて見せる。


「どこか痛い所は?」


「後頭部……」


 ズキズキと痛む後頭部を指すと、彼女は細く白い指をその場所に当てた。ジワっとした温かさが令斗の後頭部に広がり痛みをスッと奪っていった。


「今のは?」


「私の魔法です」


 満面の笑みを浮かべる少女。ドキッとしたが同時に疑問が浮かぶ。


(この子、今魔法とか言ったよな? ちょっとあっち系の子なのか?)


 浮かび上がる疑問。そして同時に最初の疑問を思い出す。


(そうだ、ここはどこだ?)


 知らない天井を見た令斗にとって、ここが知らない場所であることは確定に近い。辺りを見わたすと使い古された部屋のような場所だった。大きくも狭くも無いうす暗い部屋を照らすのは数本のロウソク。床は平らな石を敷き詰めてあり令斗を中心に謎の円が書かれていた。


「すいません! まだ、名乗ってもいなかったですよね!

私はストレニア王国、第一王女、アリッサ・エフェレフです」


 辺りを見わたす令斗に何かを察したように頭下げ名乗る少女。


「井上令斗です」


 少女の自己紹介に反射的に答えてしまった。彼女の自己紹介の内容に色々と

ツッコミったいことがある令斗は考えた。


 ――何から聞こうかと


 聞いたことの無い国名。魔法を使えると満面の笑みを浮かべるローブを着た美少女。そして、電球ではなくロウソクで部屋を照らすこのオカルトチックな雰囲気。ある仮説が令斗の中で生まれるが認めたくないと言う思いと同時にそんなわけないと頭が否定する。


(まさかの異世界トリップ? そんな非現実的な事が……)


「私があなたを召喚しました」


「嘘なら言ってくれれば今なら笑って許すぜ?」


「ほ、本気です!」


「そんな非現実的なことが、『テヘペロ』みたいなノリで起こってたまるか!

『ベッドに寝転がったら異世界でした!』なんて、誰が信じる!?」


「テヘペロが何かは分かりませんが……あなたを勝手に呼んだことは本当に申し訳なく思っています」


 目を伏せるアリッサに少しだけ胸が痛んだ令斗だが異世界トリップが現実だとしたら聞いておかなければならない事がある。


「で、俺は戻れるの?」


「そ、それは……」


 アリッサが唇をぐっと噛み黙り込んでしまった。反応から察するに戻れないか、戻れるとしてもかなりの困難がともなうらしい。とりあえず落ちつこうとため息を一つこぼした。それを聞いた彼女の肩が大きく揺れた。


「私があなたの前の世界での生活を奪ったことは承知です。だから、もし納得がいかないなら……これを」


 彼女は短剣を差し出した。


「服を剥ぎ取れってこと?」


「違います! もしそうならもう脱いでいます!」


「脱いでくれるの?」


「脱ぎません! なんで、そんなに緊張感がないんですか!」


 令斗は立ち上がり、彼女から差し出された短剣を手に取った。


「冗談だよ。これで私を殺せ……とか?」


「はい……あなたにとって私は全てを奪った当人ですから……文句は言えません」


「なるほどね。じゃ、遠慮なく」


 令斗は短剣を持つ右腕を高く上げた。アリッサはグッと眼を閉じその運命を受け入れようとしていた。小さな肩を震わせながら。

 そんな姿の彼女に剣を振り下ろせるわけもなく。小さくため息。


「冗談だよ」


 令斗は短剣を離した。床に落ちた短剣の金属音を聞いたアリッサが目を開ける。目にうっすらと光るモノを含め、緊張の糸が解けた彼女は、床にペタンと座り込んでしまった。


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるアリッサ。令斗は膝を曲げしゃがみ込み視線が彼女と同じ高さまで来るようにする。


「気にすんな。その代わり俺を呼んだ理由はちゃんと説明してくれるんだろう?」


 ここからが令斗にとって最も重要なことだ。彼女は最悪、殺されることを覚悟していた。つまり、そのリスクを背負ってでも異界人の召喚に踏み切ったのは当然、それなりの理由があるということだ。


(王道なやつなら勇者になって魔王を倒してくれとか?)


 異世界トリップの王道を頭に思い浮かべる。こんなとき正義感溢れる奴なら即答で「助ける」と言うのだろう。しかし、令斗にはそんな正義感は備わってはいない。人類の為とか人の為とかそんな大きなことを背負えるほど自分は大きくないと自覚していた。


 アリッサの口が動き始める。令斗は耳に全神経を集中させ彼女の言葉一つ聞き落とさないように集中する。


「英雄になってください」


「ちょっと変化をつけてきたな」


 彼女の話によると、この世界では魔物との戦いが悪化の一途をたどり、すでに人間側は限界にきている。そこで戦力を増大させ、形勢を逆転させるために、過去に巨大な力を持つと言われていた異界人の召喚に踏み切ったとのこと。


(戦況が不利か……こりゃ俺には無理っぽいな)


 令斗は生まれてこのかた17年間大きなケンカをしたこともなければ、特別な格闘技をしていたわけでもない。人の命を賭けて、期待を背負って戦うなどといって壮大な経験はもちろん皆無であり、変にOKをして期待させるくらいなら始めから断ってしまった方がいいと思った。


(この子には悪いが、断るしか……)


 令斗が断ろうと口周りの筋肉に力を入れ、息を吸い込んだ時だった。アリッサがレイトの手を取り、澄んだ蒼い瞳で真っすぐと見つめて来た。上目遣いと言う強力な兵器を行使して。


「お願いです! 私たちを助けて下さい!」


 潤んだ瞳で見つめるアリッサの前に、令斗の決意は音を立てて脆くも崩れて行った。


「お、おう」


 思わず頷いてしまった令斗は英雄としての役割を受け入れしまった。その先に残酷な世界が待つとは知らずに。


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