プロローグ 1
冷たい雨が降っていた。
どんよりとした灰色の雲が空を覆い、雨が振り続ける中、少年は立っていた。巨大な森の中はまるで、世界にいるのがただ一人だけだと思わせるほど静かに雨音だけが響いている。
異界から召喚された証である黒い瞳が見据える先には、動かなくなった1人の女性。胸の部分からあふれ出た赤い液は、地面に浮き出た水と混じり合い、赤く染まった池を生みだしていた。手に握った剣につく彼女の血が、雨で少しずつ洗い流されていく。この雨が自分の罪も洗い流してくれればどれほど楽だろうか。そんな考えが頭をよぎった。
彼女の傷口から淡い藍色をした、光の粒子が湧いて出て来た。人間では魔法が使える者にしか宿らない魔素。それも、彼女ほどの王国でも指折りつきの魔術師となれば魔素の純度は別格だとその粒子が放つ光で感じた。
粒子はやがて一つへと固まり、光の球体へとその姿を変えた。優しく、温かい光を放つ光球にスッと手を伸ばす。その光球を自分の掌に乗せ、自分の胸へと押しつけた。ドクンと大きく心臓が一回脈打ち、光球は少年の胸へと吸い込まれていった。
『私を殺して。
あなたを巻き込んだ罰は受けなきゃ』
目の前に横たわる彼女の言葉が脳裏によみがえる。あの時、彼女の見せた悲しい笑顔が頭から消えない。
――本当に殺す必要があったのか?
自身に問いかけるが、その答えは振り続ける雨音と森に響いた轟音にかき消された。黒髪をなびかせ振り向くと、森全体を覆う大きな木々が吹き飛ぶほどの爆発が起こっていた。
それが自分とすでに死に絶えた女性を追ってきた、騎士団だという事は容易に想像できた。爆発の規模からして追手の数は100人近くいるだろう、彼らからすれば『勇者が姫を誘拐し逃亡』という形なのだから。
「俺がここで死ぬわけにはいかない……」
彼女との『約束』を守るためにも自分は死ぬわけにはいかない。そう自分に言い聞かせ、少年は爆煙のした方へと飛び出した。
愛する者の命を奪ったその剣を振るうために。