22話 女帝の責務
「アルテリス陛下。……どうかご決断を! ……我が同盟国の殆どがダイクロス帝国に投降、または滅ぼされ、最高戦力である悪魔も消え失せた今では、もう我々には勝つ手段が残されておりません!」
「なにを弱気になっているのだ! 妾には、女神のじゃー様がついておるのじゃぞ!」
「ですが……あれは、パンゲア大陸で『大悪魔のじゃー』と恐れられた存在です。蛮族の反乱に加勢したお蔭で、占領軍を滅ぼしたという情報がありますが……。そもそもフェリー総督と共謀をしていた我々の敵でもありますぞ!」
「じゃから、今は、バロンズ帝国の力となってもらっているのじゃ!」
アルテリスは、急遽に女帝へと即位した。
だが、上層部の上官に成りすましていた悪魔たちの消失による混乱や、今の亡国の危機によって、会議室は、罵声や怒鳴りが響き渡るほどに揉めていた。
突如として現れたワカハゲ軍によって、バロンズ帝国の戦力は大打撃を受けてしまったのである。
その後は、圧倒的戦力を持つワカハゲ軍に蹂躙され、敗戦に次ぐ敗戦により、もはや連合軍と戦えるだけ戦力は、この帝都イスタルに駐屯している軍団しか残されていない。
いままで優勢だった最前線の戦力は、この短期間の間に崩壊してしまったのだ。
まさに亡国危機なのである。
そして、レッサーデーモンへと変り果てていた文官や軍官は、すっかりとその記憶を消え失せてしまっている。
悪魔の反乱によって、皇帝とその一族が殺害された大規模な事件。
既に『のじゃー』によって、討伐されたとは言え、最大の戦力であった悪魔の消失が痛すぎたのである。
彼らからすれば、それは大悪魔のじゃーの策略によって皇帝を殺害し、その罪を悪魔の召喚士に擦り付けたのだと思ってしまったのだ。
「だが、どうする? このままでは、バロンズ帝国の繁栄が終ってしまう……」
「そもそも、今は亡き皇帝陛下が戦争を仕掛けたのが間違いだったのだ!」
「やはり投降するしか残されていないようだ……」
「そうだ! その責任は、アルテリス陛下が果たさなければならない。わしは、女帝の首を指しだす事で、存亡の危機を脱する事こそが先決だ!」
そのアルテリス陛下の侮辱に等しい言動に、議会会場にいた若手武官は、激しく怒りだした。
太った老人に歩み寄り、思わず力ずくで掴み上げながら怒鳴りだす。
「貴様! 陛下に反逆する気か!?」
「わ、若造如きが、調子にのるな! もはや、我々の証言こそが多数……」
「いい加減に静まるのじゃー!」
「!?」
女帝が放った大声は、会場の全てに響き渡る。
アルテリスは、己が糾弾されようとも、決して弱音を吐かず、泣いたりはしない。
彼女は父と同じ、最高権力者となったのだ。
その責務の重圧は、想像以上である。
だか決して、その重臣たちには、弱音を吐かない。
少しでも弱気になってしまえば、それはバロンズ帝国の滅亡を意味していたのだから。
ざわついていた罵声が一気におさまったのを確認したアルテリスは、ゆっくりと口を開く。
……バロンズ帝国に唯一残された活路。
それは、女帝が唯一、無邪気に甘えてしまう存在であり、アルテリスよも上に立つお方に、また頼らなければならない存在。
「いいか、例え妾の首を指し置いたとしても、このバロンズ帝国はお終いじゃ」
「ならば、陛下はどう責任をとってくれるのですか? ……いや、まだ幼い女帝には酷な話でしたね」
彼らも分かっている。
連合軍の盟主であるダイクロス帝国に刃向った国の末路は、一族等皆殺しであり、投降した貴族たちも奴隷に堕ち、最悪の場合は、貴族もまた、一族等皆殺しにされるのだ。
異常なほどの選民思考。
ダイクロス帝国に敗北する事は、すなわち屈辱的な奴隷となる事を意味していたのだ。
さらには、バロンズ帝国内の少数民族が優遇させる政策を取る統治が行われるのが明白だからである。
それは分断工作でもあり、待っているのは、頂点のダイクロス帝国民と優遇された少数民族との間の対立。
それは自国内の国民を団結させる事すら不可能になってしまうのだ。
そうした統治によって、ダイクロス帝国は勢力を拡大していったのである。
だがそれでも、彼らは命が欲しかった。
今、一番助かる可能性が高いのは、アルテリスの首をさしあげる事による投降。
血気盛んな若者の武官とは違い、文官の重臣たちは、自分の命を守ろうとしていたのである。
「今の戦況は、謎のハゲ集団に蹂躙されていると言っておったな?」
「それがどうかいたしましたか? どんな策を思考したとしても、あのふざけたハゲの集団を倒す事が出来ない……。それが今の現実です」
「……では、古代兵器ならどうじゃ?」
「古代兵器ですと!? だがしかし……あれは、『大悪魔のじゃー』が所有すると存じておしますぞ!」
「今は、その『のじゃー』様が妾の味方じゃ。その意味が分かるじゃろう?」
武官で位の高い一人の将軍が、長い思考をしながら、ポツリとつぶやく。
「あの『のじゃー』の許可を取り、古代兵器でハゲの軍団を仕留めると言う訳か」
「そうじゃ。威力は妾のお墨付きじゃ」
「ま、待て! そんな事は認めてはならぬ! そんな事をすれば、今度こそダイクロス帝国の逆鱗に……」
「いい加減に黙れ! 貴様は、陛下に対する忠義が足りないようだ。俺様がじっくりと再教育をかけてやる!」
さっきの将軍が老人の首を掴み、暴れて抵抗をすのものの、強制的に牢屋へと運ぶ。
その将軍に異を唱える者は、誰もいない。
アルテリスの首を指しあげる愚策など、誰もがしたくなかったのである。
「は、放せ! いいのか!? 今更後悔しても遅いぞ! バロンズ帝国はもう終わりだ!」
「うるさい! 貴様は黙っていろ!」
「ぐぎゃ!」
将軍の峰うちによって、老人は意識を失う。
もはや、失言を言い放つほどに錯乱をしてしまった哀れな老人。
彼の待ち受けているのは、陛下に逆らった重い罪による拷問となるだろう。
だが、そんなざわついた雰囲気の中、厳重に閉められた筈の扉が、多きな衝撃音とともに、無理やり空けられてしまう。
一匹の少女がこの会議室に、突如として入場したのである。
「の、のじゃーが来たぞ! 逃げろー!」
「こ、殺されるーー!」
「ひええええ!」
その入場して直ぐに聞こえて来ていたのは、上官達の激しい悲鳴。
一時的に下級悪魔として身を宿したお蔭で、彼女の存在を知らなくても、その体験した大魔神の恐怖を触れたお蔭で、誰もが彼女の正体を知らず知らずの内に知っていたのである。
一気に会議室が大混乱に陥った中、アルテリスだけは冷静に注視していた。
「落ち着くのだ! 何か抱え込んでいるのが見える。ここは冷静に『のじゃー』様の証言を聞くのじゃ!」
全員が警戒しながら一匹の黒いドレスを着た『のじゃー2』に注視した時。
『のじゃー2』はニッコリとほほ笑み、いつものように鳴いた。
「……のじゃー」
そして『のじゃー2』が祈りを掲げた途端、辺りは、一気に煌びやかな光に包まれ、議会に居た全ての文官と武官に、心が振るわされるほどに力がみなぎったのである。
それは、今までに感じたこともないほどに、勇気を与え、会議に参加していた全員に士気のが一斉に高まりだしたのだ。
そう……『のじゃー2』は、彼らに強化魔術を与えたのである。
あの時とは違い、さらに改良された究極の強化魔術。
そして彼らは、知らず知らずの内に、レッサーデーモンへと一時的に姿を変えられた影響で、下級悪魔と同等かそれ以上の力が備わっていた事を知らない。
その力もまた、この強化魔術によって開花したのである。
「す、凄いぞ……これがのじゃー教に伝わっていた『女神のじゃー』様の加護……。 彼女は、本当に女神様だったのか……!?」
「あ、あり得ん……これが本当に私の力なのか? 力がみなぎる……今なら空も飛べそうだ!」
一人の武官がそう言った途端に大きな白い翼が出現する。
それは本来、下級悪魔の翼であるのだが、半端な悪魔化のせいで、羽が白くなってしまったのである。
だが、そんな事を知らない、彼らからしいたら、まさに神の奇跡に等しい。
「おおお……我が国に天使が一人誕生したぞ……こんな奇跡が今まであったのだろうか……」
次々と歓喜が響き渡る議会室。
もはや、敗色が温厚だった面影が、今は何処にも存在していない。
今は、只々この奇跡に酔いしれていた。
皇族の家紋であった白き翼が今、レッサーデモンの残りカスと『のじゃー2』の加護によって誕生したのである。
「いいか、帝都イスタルに住まう兵隊の全てをここにかき集めるのだ! のじゃー様の加護さえあれば、あの醜いハゲの軍団を倒せる事が出来るぞー!」
「うおおおおおおおおおお!」
「のじゃ!」
この緊迫した重い空気を一瞬にして変えた一匹の『のじゃー2』。
アルテリスもまた、『のじゃー』がまた自分を助けてくれた事に祈りをささげ、厚意に感謝する。
そんな様子を隣で眺めていた、一人の護衛老魔術師が歩み寄り、女帝に話しかけた。
「……アルテリス陛下。この短期間で、随分と成長なされましたな。もはや子どものような面影ではなく、立派な皇帝としての務めを果たせていますぞ。未来の女帝陛下をお守りになったわしの弟子も、天国では、さぞ喜んでいらっしゃる筈です」
「違うのじゃ。全ては、『女神のじゃー』様が引き起こしてくれた奇跡じゃ。妾など、まだまだか弱い子供に過ぎぬ。一人では、何もできないちっぽけな存在じゃ……」
「その事を自覚しているからこそ、立派な皇帝となっていらっしゃるのです。どうか我々を手駒のように使ってください。皇帝の剣と盾になる事こそが、この爺の喜びであり、バロンズ帝国軍の喜びでもあるのです。このような老いぼれが、再び女帝閣下の護衛を任命していただき、ありがたき幸せでございます」
既に宮廷魔術師から身を引いて、多くの弟子を育てていた老魔術師は、急遽に女帝の護衛に抜擢された。
それは、アルテリスにとっては、命を懸けて守ってくれた宮廷魔術師の師匠でもあり、戦闘力は老いてもなおバロンズ帝国で最強の魔術師と知られている。
そんな人物が、女帝の任命に拒む事もなく、逆に忠義を誓ってくれる存在に頼もしく思えた。
「……うむ。 爺も、妾の支えとなってほしいのじゃ」
「死ぬまでお供しますぞ」
忠義の礼を取り、老魔術師は女帝に忠義を誓った。
幼い少女のできる事は、限られていた。
ダイクロス帝国と連合軍に戦うのは、女帝アルテリスに忠義を貫いている軍人達でなのである。
彼らを手足の様に使い、バロンズ帝国の繁栄を導かねばならないのだ。
バロンズ帝国の戦いは、終わらない。
クロス大陸の覇権を争う決戦。
新たに即位した女帝アルテリスの戦いが始まったのである。




