16話 のじゃー号
ここは、のじゃー島。
謎の少女を保護した『のじゃー』は、今日もその少女の世話をしている。
だがしかし、彼女は今も警戒を完全に緩めた訳ではない。
「のじゃー」
「そろそろ教え欲しい。貴女様は何者なのじゃ?」
彼女は、この部屋で軟禁されながら、不自由な生活を送っている。
なぜこのような、言葉の通じない少女に軟禁されてしまったのかが、さっぱり理解出来ない。
だが、敵意が無いことが、何よりもの救いであった。
彼女を捕まえようとした悪魔は、この少女よりも恐ろしく、父は、なすすべなくあの凶悪な悪魔に飲み込まれてしまったのだ。
まだ、幼い少女にとっては、非常に残酷な悲劇であり、さらには、その少女を命を失ってまで助けた人物が、尊敬する宮廷魔術師の師匠の弟子だったのだ。
少女は、その出来事を深く思い出す。
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悪魔の襲撃から、必至に逃走をしている
二人の少女と宮廷魔術師。
すでに、皇帝と第一皇太子は、悪魔の生贄となってしまった。
このバロンズ帝国で、唯一残された血族は、もう彼女しかいなかったのである。
誰も助けには、来れない。
すでに宮殿は、闇の世界に飲まれ、平衡感覚すら失ってきている。
もはや逃走も無意味だと宮廷魔術師は察していたのだ。
「アルテリス様。 今から私の命を使って、禁断の魔術で貴女様を逃します」
「い、嫌じゃ! そなたも妾の前から居なくなるのか!」
また唐突な別れを感じ取った少女は、宮廷魔術師に抱き着いて激しく泣き出す。
「もう時間がありません……いいですか。アルテリス様が転移させる先は、女神が住み着いている島です……。 どうか……女神様の力を借り……」
「待ってくれ! 嫌じゃ! 嫌じゃー!」
そして、暗黒の暗闇の中、宮廷魔術師が命を懸けて唱えたハイテレポートにより、一筋の光を浴びた少女は、そのまま意識を失った。
その後、目を覚ました場所は、謎の少女が暮らしていた家であり、監視されながらも、外出した時は、ここが女神の住む島なのだと悟ったのである。
謎の異民族から態々この島に来航して、この少女に涙を流しながら感動している姿は、もはや異常であ であった。
そして彼女自身も、その女神『のじゃー』と間違われてしまったのである。
ここへ、連れて来た理由も、女神は、この私だと思わせる為だったのだろうと、アルテリスは感じていた。
だから、問う。
「女神のじゃー様なのか?」
「のじゃ!」
そうすると、うんうんと頷く『のじゃー』。
それは、自身が女神だと伝えているように聞こえていた。
そう……宮廷魔術師がアルテリスを逃した場所は、まさに追手から身を守る場所に適した場所だったのだ。
最強の守り神である存在。
宮廷魔術師は、パンゲア大陸に伝わっていた『女神のじゃー』の噂を聞きつけ、ある程度の座標と特定の位置を掴むなどして、情報を集めた。
本来は、何かに役立つだろうと、知識を溜めこんでいた宮廷魔術師だったが、アルテリス様を救う為 に、急遽この島へハイテレポートで転送させたのである。
自らの命を代償とした魔術を使ってまで、少女を助ける忠義。
そして、その宮廷魔術の意思を受け継ぎ、今現在、アルテリスに救いを求めてくれる相手が女神しか居なかったのだ。
「頼みがある……。どうか妾のバロンズ帝国を救ってほしい」
「のじゃー?」
「身勝手も無い話なのは、承知しておる。どうか、この通りじゃ……」
「のじゃ!?」
皇女アルテリスはそのまま膝を突き、のじゃーの手の甲に口づけをした。
それは本来、下の者が上位者に向けて行う行為であり、自らが下となるほどに、女神のじゃーに救いを求めていたのだ。
それを知ってか知らずか、『のじゃー』は驚いた表情でアルテリスを見つめていた。
だが、『のじゃー』は、アルテリスの手を掴み、自らもアルテリスの手の甲に口づけをしたのである。
「のじゃのじゃー」
「ぬ、ぬしは、本当に妾を助けてくれるのか?」
「のじゃ!」
くるくると回った後、エッヘンとそう言い放つ『のじゃー』。
のじゃーとしては、悪魔が住み着いている場所の特定が急務である。
だが、居場所の特定は、スムーズに行う事が出来る事が判明した。
注意深く、アルテリスを観察すると、一筋の黒い線が浮かび上がっていた。
これは、既に素体候補となっていた大魔神との繋がりを持ち、その細長い線は、あの悪魔を倒した事で うっすらと見れるようになったのである。
あの悪魔が簡単に、この島を特定できたのも、既に印を付けられていたのが原因だったのだ。
「すまぬ。恩に着るのじゃ……」
アルテリスにとっては、彼女の存在は、まさに女神そのものであった。
只の人に過ぎない存在の願いを聞き届いてくれる存在。
プルプルと震えながら涙を流すアルテリス。
今ここに、最強の助っ人である『のじゃー』が加わり、アルテリス皇女の反撃が始まろうとしていた。
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「と言うわけで、あの小娘と同行する事になったのじゃー。これで、目印を記してくれる小娘がおるし、敵の本拠地なぞ、チョチョイのチョイで特定できるのじゃ!」
今回は、魔術の研究をする為に、お留守番となったのじゃー3は、『のじゃー』達を見送る為に、海岸線まで足を運んでいた。
だが、その姿には、のじゃー2と皇女の姿が居なかった。
「まあ、悪魔に乗っ取られたバロンズ帝国の奪還には、もってこいの大義名分ではあるが……足手まといになる危険性があるぜ?」
「その点には、ぬかりないのじゃ! のじゃー2よ! 準備はどうじゃ!」
『終わったのじゃー!』
「うわっ!」
突如として突風が吹き出したと思えば、そこには、空を飛ぶ大きな白い円盤が浮かんでいた。
これは、『のじゃー』の愛機である円盤型の『のじゃー号』であるが、殆どが島で引き籠っていた彼女にとっては、無用の長物であった古代兵器である。
それを軽々と操縦をして、平坦で何もない草原を地面スレスレまで近づいた『のじゃー号』は、『のじゃー』を招き入れる為に、入口のハッチを開けた。
そんな様子を見たのじゃー3は、只々、唖然としていたのである。
「なるほどね。じゃあ、この古代兵器は、あの空中戦艦エリザベスと比べれば、どのくらいの戦力になるんだ?」
「流石に空中戦艦よりは、火力が落ちてしまうのう。 じゃが、戦闘力はワシのお墨付きじゃぞ! あの悪魔如きなら、簡単に滅ぼせるのじゃー!」
「確かに、あの中に入っていれば安全そうだな」
のじゃー3は、苦笑いをしながらも、納得する事にした。
何度ものじゃーに驚かされた彼女にとっては、それが日常となってしまったからである。
「では、そろそろ出発をするのじゃー! のじゃー3よ、島の警備は頼んだのじゃ!」
「おう! 任せてくれ!」
そして、のじゃー3に腕を振りながらお別れを済ました後、ゆっくりと、『のじゃー号』へと向かっていく。
そんな様子をじっと眺めている彼女は、のじゃーが亡くなったと勘違いしていた時、この『のじゃー島』を死ぬまで守ると宣言をしたのである。
今まさに、その時の宣言を守る時が来たのだ。
そう決意を固めたのじゃー3。
そして、『のじゃー』がそのまま中に入ったのを確認して、空へ飛ぶ準備が出来た『のじゃー号』は、今まさに離陸しようとしていた。
だがその時、ふと大きな雑音が混じり、再び誰かの声が響き渡る。
『おおっ! これは魔通と言う奴か? ここは、宝の山なのじゃ!』
『駄目なのじゃー! 勝手に私の通信を横取りする事は、禁止なのじゃー!』
「…………ま、まあ今回も、きっと大丈夫だよな?」
『のじゃー号』は、空高く飛び、姿がすっかりと見えなくなったが、皇女の声らしき声が聞こえ、のじゃー2の悲鳴まで届いたのじゃー3は、少しだけ、今回の旅を心配してしまった。




