1話 漂流者
私は海難事故によって波に飲まれた。
海に溺れ、意識を失う。
まさに……死ぬのは時間の問題だった。
だが神は、私を見捨てては、いなかった。
そう……私は、奇跡的に島へと漂流したお蔭で、一命を取り留めたのである。
ここは、それ程に大きな島ではないが、自給自足は可能であり、私は今もなんとか生き延びている。
そして……今の私には相棒も居るのだ。
「のじゃー」
私に手を繋ぐ美しい少女は、可愛らしい声を出してニッコリと笑う。
幼い姿で銀色の髪に青い瞳。
祖国では全く見かけない髪の色である。
衣装はこの島では手に入らない筈の可憐な白いワンピースを着ていた。
始めに、この少女に出会った時は、同じ旅客に居た娘なのか考えた。
だが……その可能性は無に等しい。
そもそも私の船には客はおらず、只の漁船だったのを思い出したのだ。
ならば少女はこの島で暮らしている先住民に違いない。
たった一人でこの島を生き延びた可哀そうな少女。
衣装の問題は気にしないでおこう。
そして今では、友好関係を結べるほどに絆を深められたのだ。
会話は不可能ではあるが、意思表示でのコミュニケーションは可能であり、充実した生活を送る事が出来た。
そう……私は、決して、孤独ではないのだ。
「のじゃ!」
可憐な少女は走りながら森の中へと消えていく。
私達が向かう場所は唯一建物が存在する遺跡だ。
ここならば雨水に濡れる心配も無く、仮初の居住が可能である。
この遺跡が何のために存在していたのかが気になるが、今はそれどころではない。
私はあの少女と共に生きて、この島から脱出するのが先決なのだから……
生き残れた私は幸運だったのだ。
あの船は嵐に飲まれ、殆どの船員は溺死してしまった可能性が高い。
ならば、私は、この生き残った幸運に感謝しよう。
私はふと思いつく。
……この部屋で日記を書こう。
今までの出来事を書き込み、日々の出来事なら何でもいい。
その書かれた内容はきっと役に立つ日が来るに違いない。
鞄の中に閉まっていた白紙の本を取り出し、私は今回の出来事を書き続けた。
……
…………
……………………
八の月 一日目
日記で最初に書く内容は、あの少女についてだ。
私はあの少女を『のじゃー』と名付けた。
理由は『のじゃー』の少女が……その言葉しか喋ってくれないからだ。
名付けられた『のじゃー』はくるくると回り、かなり喜んでいた。
実に単純な名前ではあるが、私も名づけ親の気分を味わえて満足である。
八の月 二日目
『のじゃー』の姿を見ただけで、私の心は、不思議と癒される。
まるで天使のような無邪気な笑顔。
実の娘が生まれていれば、あのように楽しく振る舞えたのだろうか?
私は、独身なので、息子、娘は、居なかった。
だが私は、『のじゃー』を、娘として接しようと思う。
今にとって、『のじゃー』は、私の大切な家族だ。
八の月 三日目
普段の食材は、海の魚と幸を獲り、たまに飛来する野鳥を魔術で射止めるが
今日の食糧は『のじゃー』が採取してくれた果実だ。
この黄色く細長い果実は、この島で発見された果実である。
この島に存在する固有種なのだろうか?
味も甘く、非常に美味しい食べ物である。
もしも救助されたなら、この果実の種子を持ち帰りたい。
八の月 四日目
私はこの遺跡の中を暇つぶしのついでに調べた。
すると……不思議な隠し階段を発見し、私は地下室へと向かった。
そこに記されていたのは見たことも無い鉄の部屋。
錆びついた様子もなく、ためしにスイッチらしきモノを押してみると
突如として見たこともない文字が私の前に浮かび上がった。
実に摩訶不思議な装置である。
ここは古代文明の一部だったのだろうか?
私は考古学者ではないので、肖像画に書かれた文字を理解出来ないのが歯がゆい。
八の月 七日目
背が縮んだ。
気が付けば、私の身長は数十センチ以上も縮んでいた。
その代わりに、髭は抜け落ち、泉で確認した姿は随分と若返った姿へと変貌している。
どうやらこの島には、若返らせる効果がある食べ物が存在していたようだ。
そうでなければ、私が若返った原因がつかめないのじゃ。
これ以上、食べ続けたら私はどうなってしまうのだろう?
だが、『のじゃー』が毎日食べ物を持ってきたモノを残す訳にはいかない。
八の月 九日目
最近、私の体がおかしい……
背がさらに縮み、不思議な喪失感も存在していた。
私はこんな長髪の髪ではなかったはずじゃ。
最近の口癖もおかしい……
ワタシの名も思いだせないのじゃ。
そもそも私はオトコだったのだろうか?
八の月 十一日目
ワタシはダレだろう?
さいきんはモノワスレがひどいのじゃ
このクロイふくはなんだ?
着たオボエがナイのじゃー
八の月 十二日目
キオクがキエルのじゃー
やめてホシイのじゃー
八の月 十三日目
のじゃ……うま………………
日記はここで途切れている。
漂流者は犠牲になったのじゃ……