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第八話 初仕事

「はぁ~~~おいしい……」


 街の中、飯屋も兼ねている宿屋の中で、二人が食事をとっていた。テーブルの上に並べられているのは、ワーライト湖原産の魚料理である。

 ゲドにとっては、食べ慣れた味だ。ゲドが黙々と食べる中、ステラの方は、何だか大げさなまでにその味に感動していた。


 つい昨日まで、砦の中で好きなように飲み食いしていたが、何故だかこの料理がとんでもない極上料理の味のように感じた。

 連日衝撃的なことが次々と起きて、その荷物運びでこき使われたステラ。その後で、風呂に入ってこの高めの料理を味わえたのだから、心労と回復の反動があったのかもしれない。


 ちなみにあの異界魔の死骸は、予想以上にいい値段で売れた。これでしばらくは何もしなくて生活できるだろう。


「そんでゲドはこの後どうすんの? 家に報告する?」

「特に考えてないが、とりあえず家には何も伝えない。俺がゲドだと証明できるものがないし、それに何も教えないほうが後先いい気がする……」

「ふ~~~~ん……。それって何か寂しくない?」


 何故だか友達に話しかけるような軽いノリで、ゲドに質問しているステラ。風呂と食事でリフレッシュしてから、何となくこの小さな魔神に対する恐怖心が薄れていた。


 それに心のどこかで、こいつについていけば良い稼ぎ場にありつけるかも?という打算も少し出ている。


 そんな中、ゲドの超聴覚の耳に、少々引っかかる話し声が聞こえてきた。まるで電話越しに聞いているように、その話し声がよく耳に届いてくる。


《そんで今日はどのぐらい回る?》

《2~3件でよくねえ? このあたり貧乏人が多いし、あまり時間をかけて探索しても、意味なさそうだしな》


 “探索”。今の時代に民衆にとって、この単語は通常とは別の、あまり良くない意味があった。

 食堂の中、近くのテーブルで話している武器を持った者たちは、自称勇者の冒険者たちであった……






 街の住宅街。その内の一件の家にて。


「お前、よく買ってこれたな……この薬相当高いって聞いたぞ」

「うん。ばあちゃんの話をして、どうにかってお願いしたら、今回だけ半額で売ってやるって……親切な人で本当に良かったよ……」

「もう本当に……無茶しないでよ」


 家の居間の中で、一組みの夫婦と、その息子と思われる一人の若者がいた。二回には彼らの祖母が寝込んでいる。

 彼女は最近、体調が良くない状態が続いていた。夫と息子は何とか薬を手に入れようと、日夜漁の仕事に精を出して働き詰めであった。何度過労で倒れそうになりながらも、今日ようやく念願の薬を手に入れられたのだ。


 祖母はまだ寝ている。とりあえず目を覚ましてから、この薬の話をしようと、一旦薬を棚の中にしまう。


 それから三十分ほどして。家の戸をドンドンと乱暴に叩く音が聞こえてきた。


「はっ、はい! 何です?」


 こんな時間に誰だろうかと、息子が扉を開けると、そこには武装した若い男女が二人、こちらを見下すような目線で立っていた。


「どうも、勇者です♫ この家の物を貰いに来ました♫」


 そういって彼らは、息子を払いのけて、堂々と家の中に入り込んできた。


「ちょっと待ってください!」


 息子が制止の声を上げるが、勇者たちはさっくり無視。家の中を我が物顔で歩き、タンスや棚を勝手に開けて中の物を物色し始めた。


 この騒ぎに、父と母も気づいて一回に降りてくる。


「ここには貴様らに渡すものはない! とっとと出て行け!」

「ああっ!?」


 父の怒号に勇者たちは腹を立てて、父の腹を思いっきり蹴り飛ばした。吹き飛ばされて壁に叩きつけられた彼を、母が泣きながら駆け寄る。


「村人Aの分際で、勇者に指図すんじゃねえよ! クズが!」


 脅しのつもりか武器を振り回し、テーブルや床を滅茶苦茶に壊しまくる勇者の男。その時、女の勇者が上機嫌で何かを持ってきた。


「ちょっとすごいわよ!♫ あんなところに高級ポーション発見! いやあ、駄目もとでも探してみるもんね!♫」


 彼女が手に持っているそれは、この家の者たちが、祖母のために財産のほとんどをはたいて買った薬であった。


「待ってくれ! それはお婆ちゃんを助けるために必要なんだ! 他なら何だってやるから、それだけは持っていかないでくれ!」


 跪き涙を流しながら頼み込む息子。勇者たちはそんな彼を、心底侮蔑しきった目で見て、そして彼の頭を思いっきり踏みつける。


「婆ちゃんだあ~~? はぁ、だったらとっとと死なせてやりなよ! 何の役も立たねえ年寄りなんぞ、さっさと消えたほうが世のため人のためだろうが!」


 踏みつけ更に蹴られ倒れる息子の顔を見て、勇者は更に機嫌を損ねる。


「何だその目は~~~? いいか勇者ってのは、家から何でも持っていける権利があるんだよ! これは黒の女神様がお決めになったことだ! それともお前は女神様の教えに逆らうってのか?」

「ちょっと~~~。そういう高尚なお説教はやめましょうよ? 勇者に楯突くってことは、こいつらは悪の手先ってことでしょう? だったら正義の為に一人残らず殺さないとね♪」


 勇者たちの得物が抜き放たれる。そしてそれが眼前の息子に振り下ろされようとした時……


「待てよ下衆ども……」


 突然家の玄関から、一人の幼い声が聞こえてきた。


「ああっ?」


 皆が振り返ると、そこには奇妙な身なりをした黒髪の子供=ゲドがそこに立っていた。先ほど勇者たちが、この家の者たちに向けていたのと同じような、侮蔑しきった目をしている。


「てめえらに言うことは二つだ。今壊したものの弁償を倍にして返せ。そしてこの家から、いやこの街から永遠に失せろ!」


 勇者たちは、困惑とともに子供のくせに何いきがってんだ?という呆れの感情があった。

 ただ彼の背中に刺されている刀剣らしき長物が、彼らに僅かな警戒心を与えていた。


「何だこのガキは? てめえの弟か妹か?」


 男勇者が彼に目を向けると、彼はフルフルと首を振って否定する。


「どこのガキだか知らないけどさ~~私たちは今、勇者として正義の職務を……」


 女勇者が最後まで口にするうちに、途端にゲドの姿が消えた。と思ったら、女勇者のすぐ目の前に再出現した。

 別におかしな術を使ったわけではない、単に走って女勇者に接近しただけだ。


 ゴキッ!


 女勇者が何か反応する前に、ゲドの蹴りが女勇者の右足の脛に炸裂した。本

 人は軽めに蹴ったつもりだが、彼女の腕は何とも言えない音を立てて、後ろ向きにグニャリと曲がる。


「フギャァアアアアアアアッ!?」


 何が起こったのか判らないまま、足から発せられる痛みに悶絶し、倒れこむ女勇者。これには男勇者も、その表情から余裕が消える。


「てめえ、何しやがった!?」


 剣の切っ先をゲドに向けるが、ゲドはそれを見て鼻で笑っている。


「ガキが! 死にやがれ!」


 ゲドに向けて剣を振り下ろす。踏み込みも何もないど素人の下手くそな剣撃。それがゲドの前頭部に直撃した。


 ガキン!


 だがゲドの頭には傷一つつかなかった。刃は彼女の肉を皮一枚すら斬れずに止まっている。みると直撃した部分の刃が、ボロボロに欠けている。


「はっ、はぁ!?」


 動揺して、しばし固まってしまう男勇者。ゲドは自分の目の前にある刃に手を触れてみる。


「何だこのナマクラは? しかも全然使い込まれてねえし。お前、家屋強盗以外の仕事したことないだろ?」


 男勇者のロングソードに、ゲドがちょんとデコピンを入れると、剣身はガラスの如く砕け散る。

 そしてさっきの女勇者と同じように、彼の足に蹴りを一発入れた。

 そして全く同様に、彼の足が竹のようにポッキリと折れる。


「ふぎゃぁああああああああああっ!」


 痛みで悶絶し、倒れながらジタバタと暴れ狂う二人。ゲドは彼らの襟首を掴むと、両手で引っ張り上げて引きずり出す。


「この場を血で汚すのは良くない。“高尚なお説教”は外でしよう」


 ズルズルと二人の人間を引きずるゲド。装備を含めて自分の何倍もの体重がありそうな大人二人を、あんな子供が軽々と布を引っ張るように動かしている。何ともすごい光景である。


 そのまま家の外に出ていった三人を、家の者たちは、何と発言すればいいのか分からず、呆然としていた。

 ただあの薬は、床に落ちたが無事であった。





 しばししてゲドは戻ってきた。

 左手には一個の布袋があり、右手の拳には何か血と思しき赤いもので濡れている。そしてその布袋を、一家に差し出した。


「ここで壊したものの弁償だそうだ。“説得”したら、快く渡しくれたよ」

「はっ、はぁ……」


 唖然としながらそれを受け取る息子。ゲドは「それじゃあ…」と一言行って、家を出ていった。あまりに突飛すぎる出来事に、一家はこの後数分ほど硬直していたという。


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