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最終話

 岩木世界のとある地に、実に広大な廃都市が存在していた。いったい何十年、人が住んでいないのか、もう遺跡と行ってもいいレベルではないだろうか?


 その都市の姿は、色んな部分で、向こうの世界の都市とは異なっていた。建ち並ぶ建物は、どれも実に巨大である。金属やコンクリートで製造されたと思われる、四角形に近い建物群が、この広大な大地に無限のように広がっていた。

 そしてその大部分が、ゲド達のいた世界=八甲世界の建築物よりも遥かに大きい。小型の城ぐらいのサイズの建物が、密着するように無数に並んで立っている姿は実に圧巻である。中には山のように大きな者もある。


 街の道はどれもがコンクリートで固められており、今は使われていない金属製の街灯や電柱が何本も立っている。

 道の形状は変わっていて、真ん中に太い一本の道があり、その両側に低い金属の壁で区画された細い道が伸びている。

 真ん中の大型の道は自動車専用で、端の細い道は歩行者用らしい。機械の乗り物が少ない八甲世界においては、自動車のためにここまで道を大きくすることは、あり得ないことだ。


 かつて何百万人の人間がすんでいたかも知れない、このあまりに大きな都市には、先日まで全く人がいなかった。

 整備されていない道や建物は、荒れて雑草が生えまくり、動物達が我が物顔で歩き回っている。かつて公園であっただろう緑地地帯は、草木の伸びが当然よく、もはや密林地帯である。


 だがこの日、この都市に外の世界から、何百万人という人間が、急に流れ込んできた。





 そんな巨大建造物が密集している地域に、一カ所異常なほど開けた場所がある。

 そこは他の歩道と同じく、コンクリートで固められた地面が広がっている。面積は100㎢をゆうに越えている。

 樹木や建物などはほとんどなく、たまに雑草がコンクリートをぶち抜いて生えている以外は、実に見晴らしのよい土地である。


 ただ一カ所だけ、この土地に影をつける異様な程高い物体があった。高さ200メートルはありそうな巨大な塔であった。

 その塔の根元には、三階建てでまな板のように平べったい建物がある。これもかなり大型建造物であるが、この塔と比べるとあまりに小さく見える。

 灯台のような形の、白くて太い円柱状の塔の頭には、赤い円錐状のロケットのような形の物体が、横に乗っかるように設置されていた。


 ここはかつて異世界から来る飛行艦を迎えるための空港であった。空港というと、岩木世界の住人ならば、人が乗る竜やグリフォンが着陸する場所を想像するし、ここも使い道は似たようなものだが、あまりに規模が違いすぎた。

 どれだけ巨大な空飛ぶ乗り物が、どれだけの人や物を輸送するのに、これほどの面積を必要としたのだろうか?


 ちなみにあの巨大な塔は、転移の門を開くための巨大装置である。

 一年ほど前に、この地で遭難した異世界の地球防衛軍艦隊を元の世界に返すために、一度だけ何百年ぶりかに起動したことがある。

 だが今回はそれを使わずに、異世界からの客を迎え入れていた。


 空港の各所に、それなりに距離を開けながら、塔が生み出したものではない、ゲドが魔法で開けた大型の転移の門が二十以上存在している。

 それはフライド王国の王都の前に現れたものと形は同一だが、大きさはまちまちである。中にはウェストメヤに現れた物の、三倍以上の大きさのものもあった。


 そんな転移の門の向こう側から、岩木世界の住人や、その人達を載せた馬車や自動車などの乗り物が、次々から次へと、激流のように流れ込んできていた。

 かつては人気がなく寂しげだった空港は、もう行き過ぎなぐらい賑わっている。どこを見ても、人が溢れるように大地を埋め尽くしている。しかもその数は、未だに増え続けている。


 このままだ空港に入りきれないと、一部の人々が、空港の外の都市内部に流れ込んでいる。それは勝手に出て行ったのではなく、ある集団の先導によるものだ。


『皆さん慌てないで! ひとまず今後の拠点にする場所の割り当てをしますので、落ち着いて指示に従ってください!』


 拡声器で大きく拡大された声からの指示に従い、あまりに大きな人の流れが、都市内の自動車道路を進んでいった。

 列が乱れないよう、遠藤夢と同じ制服を着た軍人が何人も、各所で人々の見回りと指示を行っている。彼らは陽子と同じ仕事をしている、地球防衛軍の兵士達である。

 兵士達の一部には、珍妙な鎧を纏っている者達も複数いた。これは陽子が使っていたのと同じ、鉄鬼の力で完全武装した者達だ。

 空を見上げると、その鉄鬼に変身した者達が何人か、上空を飛び回りながら、人々の動きを見ている。





 空港の転移装置の塔の根元にある建物。そこはかつて、この空港のターミナルビルを務めた場所である。空港の風景がよく見えるよう、前面の壁は大部分がガラス張りになっていた。

 そのターミナルビルの屋上を、数人の防衛軍兵士と、ローム王国の現指導者達が、この光景を心配げな面持ちで見渡していた。

 その一人は、かつてゲドが出会い、そしてローム崩壊後に新自治組織の指導者になった、あのアビーであった。

 四角い建物の上に広がる平面地帯に、長い金属製の手すりで覆われた場所。その手すりによりかかり、前屈みで目の前の人の海を凝視しながら呟く。


「まだこんなに人が流れてきています・・・・・・。三時間以内に、全員をこっちに送れるでしょうか?」

「大丈夫ですよ。さっきの連絡で、ゲドがあと二時間、転移の門の持続を延長するそうです。まだもう少し力は持つそうです」


 向こうで取り残されるかもしれない人々を心配するアビーに、そう声をかけたのは、五十歳ぐらいの黒人の防衛軍兵士。今回この岩木世界の避難作戦の支持を任せられた、高橋 テイラー中将であった。


「テイラー様は、ゲド様とはお友達で?」

「いいえ。さっき通信機で、少し話をしただけですね。我々の方は、彼女のことをずっと前から知って、色々探っていたのですが」

「はぁ・・・・・・・・・」


 あの時の大規模念話事件以降で、岩木世界の誰も、彼女たちと接触していない。

 転移の門を潜った途端、自分たちの移住の手助けを申し出た、この兵士達が何者なのか、そしてゲドとはどういう繋がりなのか、アビーを含めて誰も知らない。

 これから先、それを知るために、多くの対話が必要になるだろう。






 世界を越えて移り住んだのは、人間だけではない。あちらの世界に住んでいた、精霊や霊獣等の、人間以外の高等生物もこっちの世界に渡っていた。

 

 廃都市からは遠く離れたある場所にて。広大な森に囲まれた、大きな湖がある。自然に恵まれたこの土地で、湖面が綺麗に輝く美しいこの場所で、二つの世界の神々が顔を合わせていた。

 湖のある一点からは、ある生物が顔を伸ばして、岸の方を見ている。その生物は、胴体が蛇のように長く、魚のような鱗で身体が覆われている。顔つきはワニのようで、頭には鹿のような角が生えて、口先には鯉のようなヒゲが伸びている。

 これは異世界での竜の一種である。しかも八甲世界で乗り物に使われているような低級なものではない、こっちの世界ではかつては神と崇められていた存在だ。


『我の名はこの地の土地神である弓太郎(ゆみたろう)じゃ。こっちの世界ではしばらくの間、我の命に従ってもらう。元の世界の身分など一切関わらずな。何この世界は、空いた土地がいくらでもある。新しい住処などすぐ決まるだろうから、それまでは静かにしてもらうぞ』


 その竜=弓太郎が見つめる先には、何千という不思議な姿をした生物が、岸の上の地面に凝り固まっていた。

 その姿は実に多種多様。竜のような姿をした者もいれば、複数の生物が繋がったキメラのような者、普通の動物を巨大化させたような者などがいる。一見すると、異界魔などの魔物の群れとの区別がつきにくい。

 だが彼らはそんな者ではない。彼らは皆、向こうの世界では神、又はそれに近い位にいる高位の精霊・霊獣たちである。ここにいるのは代表で、奥の森には、何万という無数の同類がいる。

 彼らも人間達と同様に、あの転移の門を潜り抜けてきたのだ。


 弓太郎から話しを聞いている代表達の中には、かつてゲド達とも接点を持った、フレットもいた。


『了解した。儂らも故国を捨てたからには、新しい掟に従わねばな』


 ゲドとの接点もあって、フレットが彼らの更に上の代表として、弓太郎の言葉に頷く。

 彼らには、この世界に移住した多くの人々の生活と、自然との共存を支えるためにも、これから先大いに働いてくれるだろう。





 やがて時間が経ち、人々をこの世界に招き続けていた転移の門は、空気を抜かれた風船のように急に小さくなり、あっというまに消えてしまった。

 この日、八甲世界に住まう人々の半数以上。九千五百万人の人々が、岩木世界に移り住んだ。






 この大陸の中心地、ローム王国とギール王国の国境にある山の頂上にて。

 標高2000メートル以上の御山の頂上は、気候の関係で植物が少なく、岩場が剥き出しになっている。周りを見渡せば、山の麓から遙か彼方の地平線まで、この大陸の大地を大きく見渡せる場所である。


 空を見上げれば、この山の数キロ先の上空に、あの巨大な銀色の円盤が浮いていた。その山の天辺にゲド達一行がいた。

 何時間も大陸中に転移の門を開け続けた結果、ゲドは完全に力を使い果たしてぶっ倒れていた。顔色も悪く、息は荒く、全身汗だくで衣服はすっかり濡れている。

 そんな疲労困憊の様子で、この岩肌の地面に大の字で寝ていた。一応意識はあるようで、目は開いて瞬きもしている。そんな彼女を、仲間達が何もすることがなく、黙って彼女の姿を見続けていた。


 やがてステラが、静かな口調でゲドに問いかける。


「どう? みんな通れた?」

「・・・・・・一応、移住にのった奴らは全員通ったぜ。この世界に残った奴らは・・・・・・俺の知った事じゃねえな。それとまだ終わってねえ」


 ゲドは最後の振り絞るように、ゆっくりと重々しく立ち上がった。そして握りしめていた刀を、再度天にかざす。

 刀身が再び白い輝きを放ち始めた。すると最後の転移の門が開かれた。今天に昇っている、あの銀色の円盤=エセラグナログの前に。


 エセラグナログの手前の空間に、これまでで一番巨大な門が開かれた。上空数千メートルの天空に現れた、エセラグナログよりも直径の大きな転移の門。

 すると今まで空中で静止するだけだったエセラグナログが、突如動き出した。その大きさから対比すると、実にゆっくりとした動きで、それは目の前に現れた転移の門に接近していく。そして円盤の端っこが、その転移の門に触れると、エセラグナログは少しずつ、その門に呑み込まれるように、この世界から消えていった。

 やがて空飛ぶ巨大な円盤は、さっきゲドが送り届けた人々と同様に、向こうの世界へと渡り、その空間から消失する。その後すぐに、ゲドの魔法が解けて、転移の門も消えていった。


「ちょっと、大丈夫なわけ?」


 既に見るからに極限状態だったゲドが、またあんな大きな門を開けたのだ。あまりに無理をしすぎだと、この場の誰もがゲドに心配げに声をかけてくる。


「ああ・・・・・・・・・大丈夫だ。・・・・・・・・・しかし、とうとうこれで、俺がやることはなくなっちまったな」


 全てをやり遂げた少女の顔は、達成感による清々しいものだが、どこか寂しげでもあった。

 かつてゲドは、己の力のなさ故に、強者に対して無様になびき、悪事に嫌々荷担させられていた。そして弱者でなくなると、かつて自分も行っていた理不尽を全て破壊し、かつての自分と同じ弱い人々を守ろうと、惜しみなく力を使い続けた。

 そして今、滅び行くこの世界の、大多数の人々の命を救って見せた。軟弱な傭兵だった頃からは、考えられないほどの成果を上げたのである。


 そして今、実質この世界において、ゲドがやるべき事は全て終わった。それは彼女の旅の目的が、完全になくなったことを意味する。


「たった今、ギール海岸からの情報が来ました。陸上異界魔の群れが、とうとうこの大陸に到着したようです。まさにギリギリのタイミングでしたね」


 陽子の報告に、一行は疲れた様子で深くため息を吐いた。陸上異界魔の群れは、予定より一日早く、この大陸に上陸してしまった。

 その数は数十万。これはさすがゲド達が力を振り絞っても倒せない。たとえ倒せても、しばらくすればまた第二陣の飛行・水棲・陸上の異界魔の三郡が、再びやってくるという。

 自分たちの言葉が信じられず、もしくは諸事情でこの地から離れられず、この世界に残った人々に対しては、さすがにどうしようも出来ないだろう。


「それでゲド、私達はこれからどうする? 岩木世界に行く?」


 周りの仲間達は、何も言わずにステラの問いに対する、ゲドの答えを待っている。

 半緑人となって不死となった彼らには、これからどのような生き方をしていけばいいのか、何も判らないのだ。それはゲド自身も同じだろうが。


「・・・・・・あっちには行かない。あっちじゃ、新しい生活を始めるのに、皆色々大変だろうな。少なくとも暴力しか取り柄がない俺に出来ることなんてねえし・・・・・・」

「じゃあどうするの?」


 聞き返したのはライアだった。あの気功学校の暴露事件から、彼女とカイの将来は迷走していた。

 かつてはフレット王国の騎士という目標があったが、今はそれは祖国ごと失われている。ルディに限っては、行くべき所なんて最初からないと言っていい立場である。


「・・・・・・ゆっくり気長に考えようぜ。何、時間ならたっぷりある。俺みたいな暴力馬鹿でも、何か出来ることがある世界なんて、探せば結構見つかるんじゃね? とにかく暴れ疲れたから、しばらく暴れん坊女神は休業したいな・・・・・・」


 そういって再び大の字で寝たゲドは、ゆっくりと目を閉じる。別に死んだわけではない。というか、ゲドを含めたこの場にいる全員は、もう死ぬことが出来ない存在である。

 異界魔によって簡単に人が死んでいく中で、死なない存在となった彼ら。恵まれているように見えて、永遠の時間の先が判らないという問題を背負うことになった彼ら。

 皆ゲドに釣られるように、陽子を除いた全員がその場で腰を下ろし、目を閉じ始める。そしてこれまでの旅の疲れを全て癒やそうと言うかのように、複数の寝息がこの御山の頂上に聞こえてきた。






 やがてこの八甲世界は、これまで滅ぼされてきた無数の世界と同じように、異界魔に全ての命を食い尽くされた。

 この地に残った人々は、ある者はゲドの言葉を信じなかったことを後悔しながら、ある者はこの世界と共に最後まで生き抜いたことを誇りに思いながら、多種多様な思いを馳せながら、この世界と最後を共にすることになる。






 岩木世界では、地球防衛軍と、現地住民の魔物や半緑人の、全面的な援助のおかげで、着々と新天地で新たな国作りを進めている。

 だがそこに、ゲド達が姿を現すことはなかった。


 防衛軍に戻ってきた陽子も、彼女たちのその後は何も知らない。あの山で皆が眠ってしまった後、置き手紙をそこに残して帰還して以降、彼女たちには会っていない。

 再度あの場所を訪れても、そこに彼らの姿はなかった。


 ゲド達は果たしてどこへ行ったのか? 再び彼女が力を振るう場があるのか、それは未だに判らない。だが不死である彼女達は、いつどこで姿を現すか判らない。

 無数に存在する並行世界の中で、彼女たちは今でもどこかで旅を続けているのだろう。生き延びた人々は、暴れん坊女神のその後を様々な想像をしながら、彼女たちによる、新たなる黒の女神伝説を語り継いでいった。


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