第八十三話 泥だらけの出迎え
ゲドが宣言した日の正午。世界と世界の間に、無数の穴が開いた。
フライド王国王都ウェストメヤの入り口の街道に、横に広がる巨大な光のリングが現れた。唐突に空中に出現したそのエネルギーのリングは、最初は直径1メートル程だったが、それがどんどん巨大し、更には半円状に変形していく。それはやがて地面に地をつき、巨大なドアのような形になった。
高さ40メートル幅80メートル、王都の中央の王城さえ丸ごと呑み込めそうな巨大さである。そんなものが王都の入り口を塞ぐように突如出現したのだ。
「何だあれは!? あれが転移の門か!?」
「予告時間は合ってるし・・・・・・うわっ、俺の手に変な印が!?」
この巨大なエネルギーの門に、多くの人々がどよめき、更に自分の身体を見て更なる驚きが起こる。
いったいいつの間につけられたのか、全ての住人の、手や頭といった身体の一部に、あの召喚契約の印がつけられていた。ゲドは本当に、この世界の全ての住人に対して、召喚魔法の強制契約を行っていたのだ。
住人達の体調に変化はなく、ほとんどの者が、いったいいつ頃に契約させられたのか、気づかなかった。
フライド王国では、国王からの達しで、ゲドの避難作戦に従うことが決定されている。そして王都を含めた各地集落では、自分たちの仕事を全て中断して、各々の荷物の積み出しが盛んに行われていた。
田畑ではまだ収穫には早い作物が刈り取られ、家畜などもいつでも大移動できるよう準備されていた。
最初のゲドの発言では、転移の門は個々人に一つずつ現れるような言い方だった。それだと門はかなり小さくなりそうなので、どれだけの荷物を持ち出せるのか、かなりの不安があった。
だが実際に現れたこの巨大な物が転移の門であるならば、三時間以内にかなりの量の物資を運べそうである。
ただ問題なのは、本当にこれが転移の門なのかどうか。それが確実だとして、果たしてここを通るのが正しい選択なのか?
人々には、再び沸き上がった不安で、すぐに行動には出せなかった。一応海棲異界魔の大量の死骸が、ギール王国のとある海岸に積み重なっている光景は、先日の新聞の見出しに大々的に掲載されている。
半信半疑だったゲドの声明に、更なる真実見が増したのは間違いない。そうでなくても、最近身近なところで、サプレッション騒動という異常事態が起きており、世界レベルでただ事でないことが起きていることは、誰もが感じていた。
だがそれだけの課程を経て、王命の通りに準備を積み重ねていても、いざその時になると、そうそう踏ん切りがつかないのは当然だ。
巨大な門の前に、何千人という住人が集まり、疑惑と恐怖でただそれを見つめて動かずにいた。聞こえる人々のざわめきは、本当にゲドを信用して良いのか、そもそも向こうの世界が本当に安全に暮らせる場所なのかという、未知の領域に対する警戒心であった。
門が現れて30分近く経つが、やはり誰もそこを通ろうとしたり、荷物の運び出しを行う者もいない。中には移住の考えがなくなったのか、家に帰ってしまった者もいる。
この謎の門は、王都に限らず、国中の集落に出現している。そしてそのどこでも、人々の反応は、ここと同じ状態である。集まる人々が少しずつ減り始めた時のこと・・・・・・
ヂリリリリリリリリーーーーー!
突如街中を震え上がらせるぐらいの、大音量の固い金属音が、一帯に盛大に鳴らされた。あまりに唐突だっために、通行人の中にはうっかり物を落としたり、反射的に耳を塞ぐ者が大勢いた。
かつてアンチレグンの騒動の時に大活躍した、警報装置の鐘の音である。何事かと人々のざわめきが大きくなったところで、街一帯に放送が流された。
『え~~~こちら国王。市民の皆さんは、私の声が判るかしら? ・・・・・・まあいいわ、とにかく王命を伝えるわね。何やってのんよ、あんたら! さっさと荷物まとめて、そこを通りなさい! 民より王が先に逃げたら、恥だってんで、仕方なく一番後ろで待ってあげてんのよ! こっちは荷物が多すぎてつかえてんのにさ! 行かないってんのなら、とっ捕まえて、牢獄にぶち込んで、この世界に置き去りにするわよ! さあ、さっさと行った行った!』
出不精で滅多に国民の前に姿を現さない国王の声を、国民達は今日初めて聞いた。
主君の何だか不良女子っぽい声と口調に驚きながらも、人々の反応は早かった。
「急げ! まだ二時間ぐらいしかない!」
「王命なら仕方ない! 皆早く向こうの世界に逃げるんだ!」
「ちくしょう! もうどうにでもなれ!」
国王の言葉が引き金で、人々の決意は一気に傾いた。ただ門の前で立ち尽くしているばかりだった人々は、次々と蜘蛛の子を散らすように、各々の自宅に戻り、家の荷物を大急ぎで運び出す。
門の前では、既に自分の荷物をまとめて、近くまで来ていた者もいた。その人物が、一番乗りでその転移の門にかけていった。
それは一台の機械性の自動車だった。魔法が使えなくなった今のこの世界では、こういう機械の乗り物が最大の運搬能力を持つ。
今動いているのは、地味な茶色のカラーリングで、六人は乗れそうな大型の自動車だ。見るとその自動車の中には、明らかに六人以上の人数が、ギュウギュウ詰めで乗車している。
そのレグン族の職人によって作られた、高性能の自動車の後ろに、大量の食糧・家具・本・仕事用具などが積まれた、大型の荷車が引っ張られている。
その車が、次々と散らばって、人の数が少なくなった転移の門の街道を突っ切り、あの転移の門に突っ込もうとしている。
「うぉおおおおおおおっ!」
転移の門には何があるのか、運転手には見当もつかない。恐怖を紛らわすように、運転手は大声を張り上げて、転移の門を通り抜けた。
白い光に包まれた壁のような門の側面を、車が突っ込み・・・・・・そして消えた。
門の裏側には何もないはずなのに、その門の側面に接触すると、トンネルに入ったように自動車は、前方から後方にかけてその場から消えてしまった。この謎の壁は、本当に空間を通り抜ける力があったのだ。
その場にまだ残っていて、その様子を見た人々は、何とも呆気にとられた様子である。事前に予測していたことではあるが、いざその転移の様子を見ると、やはり驚いてしまう。
「本当に、女神様の世界に行ったのか? あいつ・・・・・・」
「さあ? とにかく俺たちも行くぞ!」
ちなみに国王の放送は、王都だけではなく、国土全ての集落にも流されていた。
『皆先に行ってくれないと、私も行けないのよ! さっさと行けって、王様の言うことを聞けない奴は、極刑よ!』
王都に流されたよりも、物騒な言葉が入った王命に、各地の町村でも一斉に人々は行動を開始していた。
「うあっ!? ・・・・・・ここは?」
フライド王国から、一番最初に転移の門を潜り抜けた、大型の荷車を引っ張る自動車。転移の門の向こう側の世界に、運転手も、その後ろに乗っている者達も、この場に広がる光景に目を見開いていた。
そこは広大な畑だった。遠くを見ると、その畑を取り囲む山林の姿が見える。作物は全て収穫した後のようで、僅かに雑草が生えた地面は、茶色く一帯に広がっている。
明らかにさっきまで自分がいた、王都とは異なる場所。どうやらあれが転移の門であることは間違っていなかったようだ。
だが彼らが目を見開いたのは、それが原因ではない。この畑の光景に見入る前に、一番に印象に残る者達が、その場にいた。
「「俺たちの田にようこそ~~~俺たちの田にようこそ~~~~」」
そこにいたのは人間でもレグンでもなかった。それは全身が泥だらけ・・・・・・ではなく、実は身体が全て泥で出来た謎の怪人達の大群であった。
泥製の肌はヌメヌメした質感で、お世辞でも気持ちのよいものではない。下半身に足がなく、この畑の地面から、柱のように身体が生えてきている。上半身には人と同じく、頭と両腕に相当する部位があるが、形が少し特殊だ。
体格は老人や病人のようにほっそりしている。全身は濃い褐色で、黒人種の肌とは色合いが少し違う。手の指は3本しかなく、鳥の足のような手だ。そ
して顔には目が一つしかない。左目の部分にはコブのような物ができており、左目らしきものが確認できない。右目だけが健在で、ギョロギョロとこちらを見ている。
そんなのが約数万体。この広大な畑の中で、大群で転移の門の前にいる自分たちを取り囲み、一斉にこちらを見ているのだ。これは怖がるなというほうが、無理な話だ。
「ひぃいいいいいっ!?」
「待って! この人(?)達は大丈夫よ!」
運転手が、すぐにUターンして逃げようとしたとき、凛とした人間の女性の声が聞こえた。運転手がハンドルを握る手が止まり、反射的にそこを振り返る。
無数の泥怪人の大群の中に、一人だけまともな人間がいたことに、今になって気がついた。その人物が声を上げた後、泥怪人の群れから、こちらに近づいている。
「・・・・・・黒の女神か?」
そこにいたのは、ジャージぽい感じの緑色の制服を着た、一人の二十代ぐらいの若い女性だった。黒い髪に黒い目、そして黄色肌のその姿は、伝承にある黒の女神に近い。
「いえ、違います。私は防衛軍異界科の、遠藤 夢大尉です。避難民の方ですよね? すぐに臨時の避難施設が案内しますから、どうか逃げないでください。この人達は泥田坊ていって、顔はちょっと怖いけど、皆さんの移住を手伝ってくれる、いい人ですから」
その女性=夢は、美しい笑顔を振り向いて、そう言った。彼女の言葉に、周りの泥怪人=泥田坊達も、うんうんと頷いている。
よほど人間と親しいのか? あの異形で、こんな人間くさい動作をされると、逆に違和感を覚えるものだ。
「はっ、はあ・・・・・・? どういたしまして・・・・・・」
その後、準備をおえたフライド王国の住人達が、次々と転移の門を潜り抜けてきた。その様子は、まるで蟻の行列。
何千という自動車や馬車が、大量の荷物を詰め込んで、次々と転移の門から流れ出てくる。そんな彼らを、泥田坊達が旗を振ったりしながら、行列が乱れないよう先導し、この世界で用意された施設へと案内されていった。
最初に門が出現してから、三時間後。
予告された門を閉じる時間ギリギリになって、国王の一段が通り抜けた。装甲版が厚い、軍事用の車両の一段が、最後尾になって転移の門からこちらの世界に来訪する。
その中で一番大型の、バスよりも巨大な車両に、国王が乗っていた。
「おお~~~~ここが私らの新天地か! 超楽しみね!」
「はあ・・・・・・そうですね」
車の窓から外の光景を眺めながら、国王はそう明るく声を上げる。彼女はこんな時でも、国王らしかぬ簡素な服装だ。ただし来ているTシャツと短パンは、いつも部屋にいるときよりもは清潔にしているようだが。
一方の正装した側近のベンジーは、未知の世界に来てしまったことに、不安で押し潰れそうな様子だ。本来こちらが正常な人間の反応であり、国王のお気楽な性格のほうが特別である。
ちなみにこの車両には、国王達の他に、彼女の私物である荷物も大量に詰め込まれている。高級で尚且つ頑丈な大量の箱が、後部車両の荷物入れの中に、ギッシリと詰め込まれている。
これらの箱は、永久保存能力を持ったマジックアイテムであり、本来は宝物など、非常に重要な品物を保管しておくものだ。
現在その箱に、厳重に保管されているものは、この国王の私物であるゲーム・漫画・CDなど物品である。このお気楽国王は、どこの世界にいっても、この性格は変わらないのかも知れない・・・・・・




