第八十一話 大地の怪獣
ゲドが世界中に事を報告した、その翌日に、ギール王国東側のとある海岸にて。
前にゲドが飛行異界魔と戦闘を繰り返した場所と違って、岩が多く、それに打ち付ける波の音が大きい騒がしい場所である。
天気は快晴で、時間帯は昼頃。この時にこの場所にゲド達一行が、あと1時間頃に現れるだろう水上異界魔との戦闘の為に訪れていた。
今回はゲドとチビだけでなく、ステラ、カイ、ライア、ルディ、番犬大将軍(陽子)、そしてもう一匹、何か変なのがいた。それが何なのかというと、少し時間を三時間ほど遡る。
ゲド達が宿泊している、あの大型の民家の庭に、一つの大きな穴が開いた。穴と言っても、地面が掘られたわけでも、家の壁が壊れたわけでもない。いくつかの観賞用の樹木が植えられた広い庭の真ん中の空間に、不思議な穴が開いたのだ。
フラフープのように回転する光の輪が突如出現し、その輪の中に、こことは別の空間の入り口が出現する。これは転移の門である。しかも魔法とは異なる、機械技術に生み出された転送装置によるものだ。
空間を飛び越える力を、機械で実行させるなど、こっちの世界のレグン族でも不可能である。だが向こうの世界の人間になら可能だ。
直径二メートル以上で、縦に発生している輪の向こう側には、こことは別の風景が見える。岩木世界の森であろうか? 木々がいくつも生えている場所である。
そこから人がこの世界に入り込んできた。手に何本もの刀や杖を持った、一人の日本人女性=陽子であった。
「ゲドさん! それに皆! 修理した刀と、皆の分の武器も持ってきたよ!」
武器を持った陽子が家に入り、中にいる皆に向かってそう高らかに喋った。すぐに家の中で待機していた仲間達が、陽子のいる玄関に集まってくる。
ちなみに昨日までベッドの上にいて、そこで寝た姿勢で、世界中の人間に声を届けるという大技を使って見せたゲドは、もうすっかり快復したようで、元気に歩いている。
「早いな! 本当にもう修理できたのか!?」
「ええ、鶯も凄い頑張ってくれたみたい。一睡もせずに鍛冶を打ち続けてたわ。それとこれは皆にね」
以前の戦闘で、耐久度が限界ギリギリまで使い続けた刀を、ゲドが陽子から受け取る。
それを鞘から抜くと、そこにはまるで新品のように、傷一つ無い美しい刀身が姿を現した。あんなにボロボロだった刀が、たった数日でここまで直るとは、レグン族も顔負けである。
いったいどのような技術が使われ、そして鶯という人物はどれほどの職人なのであろうか?
(向こうの世界に行ったら、真っ先にそいつに礼を言わなきゃな・・・・・・。しかし俺の為にそこまでしてくれるとは・・・・・・やはりこの肉体が、昔の主人のものだからか?)
以前ムツ村で出会った、あのミルという男も、聞けばかつてこの肉体の前の持ち主=レイコに使える者だったという。
あの時の彼の言動、自分の主の力を、悪意のある使われ方をされたくないという気持ちは判る。だがそもそも何故レイコは、自分に己の全てを与えたのか、皆目分からない。
たまたま目覚めたときに、自分の足下で死んでいたという、ただそれだけの因縁だが、本当にただの気まぐれなのだろうか?
前に変身したチビと初めて会ったときに、レイコと思われる人物の声を聞いたが、あれ以降自分の頭に声が聞こえたことはない。真相は未だに闇のままだ。いや、もしかしたらそれを知る機会も必要も、永遠にないのかも知れないが。実質レイコは、自らの死を選んだも同然なのだから。
一方で陽子が持ってきたのは、修理済みのゲドの刀だけではない。陽子から二本のゲドの物と同じタイプの刀(陽子の故郷では日本刀と呼ぶらしい)と、二本の魔導杖が手渡された。
「これを私達に? 鶯がくれたの?」
「ええ、今の貴方たちの武器じゃ、貴方たち自身の力にとても耐えきれないでしょうしね。ちなみに全部鶯が作った物よ」
カイとライアがその二本の刀を手に持つ。二本は刀の、柄と鞘は、それぞれ黒と白で塗られていた。
「これって麒麟よね?」
目が見えるようになったライアの視線が、鞘・柄の両方に描かれた。麒麟を模った紋様に向いている。同じ紋様に見えて、姿や態勢が微妙に異なる。
「ええそうよ。こっちの世界にある麒麟の伝説は、一応本当よ」
麒麟はかつて黒の女神=渡辺 紺が騎乗したという聖獣として、こっちの世界でも知られている。かつてゲドとステラが入ったワーライトの銭湯にも、この麒麟の像があった。
どうやら向こうの世界でも、力の象徴的な扱いになっているらしい。
「ちなみにこの紋章の麒麟にはモデルがいるわ。私も会ったことがある人達よ。黒に刀に描かれているのは“ソーメン”で、白い刀にいるのは“ザルソバ”という名前よ」
「それってどっちも食べ物の名前だよね?」
「ええ。ちなみに名付け親は紺さんよ」
ライアは白塗りの刀を、カイは黒塗りの刀を、それぞれ手に持ち、同時に鞘から刀身を引き抜いた。美しく輝く直刃の刀身が、そこに姿を現す。
常人は判りにくいが、二人にはこれがどれほどの業物か、何となく理解できたらしく、驚嘆の表情でそれぞの刀を見ていた。そしてちょっと複雑そうな表情で、今自分の腰に差してあるロングソードに目を向ける。
「確かにすごい武器だけど・・・・・・これでもうこの剣の出番はなしか? せっかく父さんが、僕たちの為に買ってくれたのに・・・・・・」
「仕方ないわよ・・・・・・それに戦いの中で壊れたりしたら、それはそれで凄く後味が悪いし・・・・・・」
二人が今まで使っていたロングソードは、カイの父が、二人が騎士になったときのために、レグン族のアビエルに作ってもらった、個人的に思い入れのある剣である。
この剣も、この世界ではそれなりに業物であるが、今目の前にある半緑人の職人が作った刀とは比べものにならない劣化品である。
「そうそうそれは大事に保管しておいたほうがいいと、私は思うわ。あなたたちの愛の思い出なんでしょう?」
「「・・・・・・・・・・・・」」
小っ恥ずかしい言葉をあっさりと口にする陽子に、二人は驚いて目を見開き、そして気まずそうにお互い目をそらし始めた。
「これも麒麟なのね」
「その鶯って人は、麒麟好きなのか? それとも紺様の指示?」
「それは聞いてないから知らないけど・・・・・・多分前者ね」
ステラとルディが、二本の魔導杖をそれぞれ持つ。刀と違って、色やデザインはどれも同じであった。全長150センチはある槍のように長い杖で、先端の魔導石と杖本体の間には、麒麟の頭を模った像がある。
杖の先っぽに首があり、そこから麒麟の頭が口を開け、魔導石を加えているデザインだ。先程デザインは同じと言ったが、この麒麟の頭だけ、微妙に容姿が異なっていた。
「ステラさんが持っているのが“ウドン”で、ルディ君が持ってるのが“タンタンメン”ね。この二人は、私も会ったことがないわ」
「そうなんだ・・・・・・ありがとうね」
心底どうでもいい解説だったが、強力な武器をくれたことに、ステラは素直に感謝する。そこでふとあることを思い立った。
「今の私の魔力と、この杖の力なら、フレット様のプレゼントを使えるかしらね?」
家の庭に出てきた一行。ステラが庭の真ん中、さっき陽子が転移してきた辺りに立ち、他の面子は玄関近くで様子を見ていた。
ステラは右手に魔導杖を持って魔法詠唱の準備をし、左手には掌サイズのオレンジ色の宝玉が握られていた。
これは以前、フレット王国の主神フレットを解放したときに、ステラが彼女から貰った物だ。フレットの口から嘔吐のように出てきたこれは、フレットの分身らしく、この宝玉の中に本体がいるらしい。
ステラはこれを召喚獣として使役しようと試みた。だが契約は出来たものの、玉の中にいる者を解放させることは出来なかった。
何故かというと、当時のステラの魔力では、この精霊の強すぎる力を具現化させることが出来なかったのだ。
彼女では到底扱えない力を、フレットは渡したことになる。フレットはステラの力を買い被っていたか、もしく彼女がいずれゲドの血を飲んで半緑人になる時を予期していたのかは、定かではない。
(ようし・・・・・・いくわよ!)
ステラは無言で、魔導杖に魔力を込め始めた。ゲドの血を飲んで以来、魔法を行使するのはこれが初めてである。
陽子の話では、今のステラ・カイ・ライアは、力を解放する前のゲドと、ほぼ同等の力があるらしい。
ただ血を飲んだだけで、今まで自分が見てきた化け物並みの力がついているなど、三人はとても信じられなかったし、それを実感させるような身体の違和感もない。
ただ力の暴発が怖くて、安易に術を使う気にはなれなかった。ちなみにルディも力を手に入れたが、そのレベルは三人よりもずっと低いらしい。これも陽子が言うには、本人の精神力の高低差に原因があるらしい。
ルディは三人よりも資質が低く、ギリギリ人妖にはならなかったものの、あまり強い半緑人に馴れなかったとのこと。
一人だけ仲間外れになった感じだが、当のルディは「まあ、仕方ないよな。俺の心の強さなんてそんなものだ」と、妙に自虐的なことを言って納得していた。
ステラの魔力が、魔導杖から放たれ、それがフレットの宝玉に流し込まれていく。
(うわっ!? すごすぎ!)
その魔力のあまりの強さに、力を放ったステラ自身も驚愕している。見た目だけでは素人には、普通の魔道士の魔法との違いが分からない。
だが熟練の魔道士であるステラには判った。今自分が放っている力は、攻撃力に転化すれば、街一つ消し飛ばすぐらい造作もないエネルギーを持っているということを。
凄まじい量の魔力を注ぎ込まれたフレットの宝玉は、眩いばかりのオレンジ色の輝きを、太陽のように放ち始めた。そして中から雛が孵ろうとしているように、その宝玉にヒビが入り始める。
最初は小さな亀裂だったが、それがどんどん大きく、そして増えていく。そして一気に破裂して、粉々に砕け散った。
殻を破った内部の精霊は、最初は小さな太陽のような、掌サイズの光球の形をしていた。空中を浮いている不思議な光の球は、フヨフヨとクラゲのように漂いながら、ステラの手元から離れる。
そして徐々に形を変えながら、どんどん大きくなっていく。手足や頭、尻尾などの輪郭が判る形に、その光は姿を生物に近い形に変化していく。それより何より、巨大化の方が、一方の目を引いた。
やがて完全に実体化して、精霊の身体の光が収まる。すると最初の光とは対照的に、ゲド達の拠点の家に、とても大きな影が覆い尽くし、一帯を暗がりに変えた。
「でかっ!?」
ステラが上に顔を向けながら、口をあんぐり開けてそう叫んだ。
その精霊の姿は、竜に近い。全身に黒い鱗がビッシリと生えそろい、頭には家畜ヤギのような小さな角が二本生えている。背中には翼などは生えていない。
通常の竜のような四本足ではなく、人間のような二足歩行である。腰も人間と似たような形式をとっており、直立姿勢で真っ直ぐに地面に立っている。手足や尻尾は短めで、顔つきも少し丸っこい。まるで竜のぬいぐるみのような姿である。
この姿は、以前フレット王国でゲド達が出会った、あの土の高位精霊フレットと瓜二つであった。だが・・・・・・
「卵から怪獣が孵ってきやがった・・・・・・」
オリジナルは小さな竜であったフレットだが、目の前にいる分身は、その二十倍はでかい。身長三十メートルはある巨大な怪獣であった。
あまりのでかさに庭の面積の大部分は、彼の足と尻尾で埋まり、植えられた木が一本、巨大化の際に彼の尻尾に薙ぎ倒された。彼のすぐ足下にいるステラが、彼を天高く見上げながら、驚愕で固まっていた。
『初めまして我が主。これからよろしくお願いします。早速ですが、私に名前を頂きたい』
オリジナルのフレットと似ているが、やや幼さを感じる女の声質だった。足下のステラを前屈みで見つめながら、彼女は礼儀正しくステラにそう声をかけた。




