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第七話 傭兵と勇者達

 ゲドは今“ワーライト”という街を目指している。


 同名の湖の岸辺にある街である。人口二万人程度で、このローム王国という大国内の都市の中では、大きくも小さくもないレベルの街である。

 ワーライト湖の美しい景観を見に、年中大勢の観光客が訪れる。ゲドはそこの生まれである。


 ゲドは一軒の菓子店の次男として生まれた。裕福でも貧しくもなく、全体的に見れば、それなりに平均的な環境で育った。

 だがそれもある時期を境に、生活が傾き始める。これはゲドの実家に限った話ではない。戦争が起きたからだ。


 ローム王国は、各地に出現する異界魔は、ギール王国の陰謀だと主張し、世界を救うためにギール討伐を行うと発表した。

 ゲドを含めたその見解に懐疑的な者も大勢いたが、熱心なロームの聖教信徒の強い支持を受けて開戦される。


 国内外から大量の傭兵を雇入れ、各町村から莫大な量の物資を徴収する王国政府。それと同じくして、各地に山賊・盗賊による被害が増大した。

 増税・物資不足・治安低下の三拍子。これに一部の上級の貴族・聖職者を除いた、ほとんどの国民が苦しめられた。街中には失業者が溢れ、この街を訪れる観光客も随分と減った。


 ゲドの家も家計が圧迫された。この情勢では菓子に家計を削ってくれる者は少ない。店は閉店直前にまで追い詰められていた。

 そんな時に、傭兵募集の旨が街中に伝えられた。募集というよりも、これは徴兵に近い。街の男手には、無理矢理に等しい形で連れ出されたものも多くいた。ゲドもその一人であった。

 潰れかけた店の次男坊というのは、ある意味格好の獲物であったのだ。


 この国には独自の軍事力というものは、ほとんどないに等しい。騎士団はあるが、今のこの国では、騎士とは貴族の子弟の名誉職に近い扱いである。

 騎士の証を手に入れた貴族は、ただその身分を見せびらかして威張るだけで、戦闘力などほとんどない。

 また戦争が起きても、彼らが戦場に駆り出されることなどない。正直この国に、騎士階級の存在意義などほぼ無いに等しいのだ。


 ガラの悪い傭兵達に捕まって、お国のために協力しない奴は、家族もろとも死刑だなどと言われ、強制的にある傭兵団に入団させられた。

 そしてその入団させられた傭兵団の組織治安は、想像以上に最悪だった。上の者が下の者に、平然と侮蔑や暴力を振るう。安すぎる報酬金で、過酷な雑用をさせられ、更に戦場ではほぼ捨て石の盾のように前線に出される。

 これだけでも最悪だが、想像の範疇ではあった。だが想像以上だったのは、凄惨な悪事に加担させられたことだ。


 ゲドは世間知らずで、この時まだ傭兵というものをよく解っていなかった。傭兵業を営むものの四割ほどは、山賊・盗賊の兼業者だったのだ。


 多くの集落や旅人を襲い、金目のものや奴隷を得る。酷い時には憂さ晴らしで殺戮だって行うのだ。近隣や集落から人を適当に何人か攫い、自分の狩場に解き放つ。そして訓練と称した人間狩りを行うのだ。

 一番先に、大勢の獲物を殺した者は、英雄みたいに言われて酒や金を振舞われる。これは“鬼ごっこ”と呼ばれていて、傭兵業の間では一つのスポーツとして流通していた。


 ちなみに傭兵業の残り五割ほどは“冒険者”と言われるものたちである。そして彼らの半数は“勇者”を自称している。主な仕事は、各地で魔物狩りなどに雇われている。

 それなりにまっとうな職業に思えるかもしれないが、民衆の家屋に強盗行為を平然と行うものが多くいるのだ。勇者とは、そういう者達を指す言葉だ。


 特にこのローム王国にそういった者が急増した。人の家にいきなり無断侵入し、タンスや金庫を探し荒らし、物を好きなだけ奪っていくのだ。


 あまりいい物が見つからないと


『てめえら勇者様に“ちいさなメ〇ル”の一個も用意できないのか!? この外道が!』


 などといって、家のものに乱暴を働いたり、家の女や子供を連れ去って猿屋に売ってしまう。


 一時期は全滅したと思われた猿屋が、再び商売を発展させ始めたのも、彼らが原因だと言われている。

 そのため傭兵=政府公認の犯罪者、という認識を決めても何の問題もないのだ。率直なところ、彼らこそがローム王国の治安悪化の元凶だったのだ。


 勿論善良な冒険者もいないわけではなかった。この地域で有名なのはドルドという冒険者で、彼らは弱者に対しても優しく、“勇者狩り”という、乱暴な冒険者や盗賊を幾人も制裁を加える行為を行っていた。

 最近では彼の噂を聞かないが、戦死したか引退したのかも知れない。どのみち彼のように、真面目に人々のために働いている冒険者は、割合的に少ない。


 ゲドもそういった悪事に加担していた。勿論好きでやっていたわけではない。組織の規律に従わない者は、即効で死刑であるのだ。

 実際に最初に村からの略奪を拒否して、殺された者がいた。それはゲドと同じワーライトの者で、顔見知りでもあった。


 先輩から散々いじめられ、悪事をさせられ、そしていつ戦場で果てるか分からない最悪の生活。


 だが今は状況が大きく変わった。彼は何が原因かはわからないが、全くの別人に生まれ変わり、そして力を手に入れたのだ。


 今まで己の力の無さを言い訳にして、どんな理不尽な現実にも目を背けていたゲド。だが今は違う。


 今の自分は力を手に入れた。これでもう力不足は、何の言い訳にもならない。その力の出所が気にならなくもなかったが、本題はそこではなく、その力をどう使うかだ。


(最高だぜ! こんないい気分になれたのは、生まれて初めてかもしれねえ! ずっと潰してやりたかったクズ共を、今はこの手で、いくらでも捻れる! この力で、むかつくこの世のゴミ共を、どんどんぶっ潰してやるぜ!)


 かつてドルドがしたように、少しでもこの世の理不尽を潰してやろうと、そうゲドは心中決意していた。





 ワーライトの街。美しい森と湖に挟まれた、赤レンガ造りの家が多い、ローム王国辺境の都市である。

 その街の大通りを、とても目立つ者たちが、堂々と進んでいる。


「私ら目立ってるわね。あんた一度その服を着替えたら?」

「目立ってるのはお前も一緒だろうが・・・・・・」


 何か奇怪なバケツのような物体を引いている謎の女=ステラ。顔は未だボコボコの状態であり、近くで見ると何か鈍器で殴られた後だと判る。

 そしてその先頭にいる、人種も衣装もこの街の者とは全く異なる外観の子供。その脇を通る、一匹の子イノシシ。これが注目を集めないわけがない。


 もうすっかり暗くなった時間、彼らはほとんど休まずに歩き、ここまでたどり着いたのだ。

 ステラは疲労困憊で今にも倒れそうだが、ゲドと子イノシシは平然としている。


「あれって旅芸人だよな?」

「この時勢にそんな商売儲からないだろうに・・・・・・」


 そんなひそひそ話が聞こえる中、彼らが向かっているのは、この町の憲兵隊の詰め所である。

 重要な資源であると同時に、この世界の侵略者の証拠品である異界魔の死骸は、基本的に治安組織が引き取っている。

 大きな街では、異界魔を買い取る商業組織があったりするが、生憎この街にはそれがない。


 小さなお城のような立派な建物に到着した彼ら。ここが目的地だ。


「異界魔の死骸を持ってきたわ! 換金をお願いする!」


 ゲドの指示通りに、ステラが代表になって、詰め所の門を叩く。すぐに憲兵達がやってきて、その例の荷物を確認する。

 時折ただの動物の死骸を、異界魔と偽って持ってくる者がいるので、丁寧な確認が必要だ。


「確かに・・・・・・異界魔で間違いないようだが・・・・・・」


 見事なまでに抜き取られた蜘蛛型異界魔(異界魔には固有の名称などはつけられていない)の骨を見て、憲兵がそう答える。


 実は先日、前線基地にあった砦が一つ壊滅したのだ。ゲドが潰したあの砦である。物資を回収しに来た村人達は、この件に関して異界魔にやられたと報告している。

 そんな折りに、大量の異界魔の死骸を持ち込んできた、この明らかに怪しい身なりの者達。憲兵達は、少々訝しげに彼らを見る。だがだからといって追求する理由もないので、そのまま手続きに入った。


「鑑定が終わるのは昼頃になる。換金はその時にまた来てくれ」

「ええ、判ったわ・・・・・・」


 詰め所から出る二人。入れ物に使っているあのバケツは、また後で返して貰う約束だ。


「ねえゲド・・・・・・私お腹すいた。それとお風呂入りたい。もうずっと歩き詰めで汗だらけだし、あちこち泥だらけだし、ずっとこれで、もう我慢できないの!」


 ちなみに彼女が最初に持っていた金は、全部ゲドに手渡っている。故にステラ個人は現在無一文だ。


「年上のくせに、ガキみたいにたかりやがって。でもそうだな。身体を洗う必要はありそうだ。先に風呂に入ってから、その後、飯だ」

「やった!♫」


 夜通し森の中を歩いていたステラは、靴も服も肌も大分汚れている。一方のゲドは、服は綺麗な状態だが、肌や髪には若干の汚れがある。

 この霊術士の正装に似ているらしい服は、何故か汚れても少し経つと勝手に汚れが落ちるのだ。でも彼自身の身体についた汚れは落ちない。何ともおかしな話だ。





 ワーライトの中心街の近くには多くの商店が並び、その中には公衆浴場もある。

 “魔法石”と言われる特殊な石でお湯が温められており、そのお湯には温泉に近い成分にするという入浴剤が微量だが混ぜられている。


 浴場は街の家々と同じ赤レンガであり、お湯を吐き出す給水口は奇怪な動物の石像である。

 馬のような体型で、浴槽に四本足を曲げて座り込んでおり、全身には魚のようなウロコが刻まれている。顔は鹿角が生えた竜のようだ。

 それの口から、ドバドバと程よく温められた沸かし湯が流れている。この像は“キリン”を象ったと言われている。かつて黒の女神が騎乗していたという聖獣である。


 不景気でもこの浴場には客が来る。庶民には自宅に風呂がない家も時々あり、そのためいつでもこの浴場には客が来る。

 ちなみに元からの街の住人には、料金格安サービスがある。時間帯もあって、現在ここに結構な客が来ている。この浴場はさほど大規模ではないが、今ここに来ている客をいれるには十分だ。


 ここにやってきていた二人は、当然ステラは女湯に、ゲドは男湯で別れた。子イノシシは現在待合室で待機中。

 ちなみにステラに「風呂入ってる間に、こっそり逃げ出そうとしたら、すぐに殺す」としっかり釘を刺している。


 三者はそれぞれの場所で、他の客たちから注目を浴びていた。一人は顔が酷い状態になっている若い女。一匹は待合室に動物がいるという事実に奇異の目で見られている。


 そして最後の一人は・・・・・・何というか、色んな意味で人々を困惑させていた。


「おい、何だと思うあの子・・・・・・」

「さあ・・・・・・何て言えばいいのか? でもまさかな・・・・・・」


 男達が浴槽に浸かっている一人の“少女”に動揺していた。ゲドの得た謎の肉体は・・・・・・実は女性の身体だったのだ。

 外で服を着ていたときには、すぐに性別の判別はできなかった。だが今のゲドは、どこも隠そうとしない素っ裸で、性別が丸わかりである。


「はぁ~~~~~」


 彼→彼女は、たった今浴槽から上がって、身体洗いに腰掛けている。男達に素肌を晒すことに、何とも思っていない風である。


 幼い少女が保護者も連れずに男湯に入って来た、というのも妙な話であるが。だがそれ以上に、女性であり、そしてあの容姿をしている事実に困惑している。


「・・・・・・黒の女神様?」


 彼女の肌・目・髪の色は、この国の崇める黒の女神とあまりに似ていたのだ。


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