第八十話 大演説
『あまり長すぎると困る奴もいるだろうから、結論を先に言うぞ! この世界は十日後に、数十万の異界魔に攻められて滅亡する! これはほぼ決定事項だ!
そして俺がそこから逃れる解決策を出す! どうせ誰も、まともな対策なんて出さないだろうし、俺がこの世界をどうするか、勝手に決めさせてもらうぜ! 信用できないとか、俺が気に入らないとか言う奴は、別に無視しても構わないぜ! その方が、俺も“向こうの奴ら”も負担が少なくて助かるからな!』
全人類をパニックに陥れかねない話を、実に派手に堂々と喋ってくれるゲド。
ギール王国からの通達は、このロームにも届けられており、アビーもどうすべきか悩んでいたところだった。だが少なくとも、更なる混乱をさせないために、民衆には黙っておくつもりだったのだが・・・・・・
『まず、この俺が、この世界の全ての人間に、召喚魔法の強制契約をする! これから先俺が、一億五千人との召喚契約を、九日以内に完了させる! お前らは特に何もしなくていいぜ! 九日以内に皆の身体のどこかに、契約の印が浮かぶはずだ。今の俺は、遠くに離れた生き物でも、強制契約ができる技を身につけたからな!
そんでその九日後の正午に、おおよそ2時間だけ、全人類・精霊の前に、異世界に通じる門が開くはずだ! 行き先は、昔から俺たちが女神の世界と呼んでいる岩木世界だ! 皆この世界を捨てて、そっちに移住してもらう!
向こうの住人も、お前らを受け入れる準備を、大急ぎでしてくれている。あっちは魔法や気功はあまり発達してないが、機械技術がすげえみたいだ。俺も異界魔より強くなれる、機械の鎧を見たからな。信用してもいいと思うぜ。
そんでその移住の時までに、そっちの心の準備と、向こうの世界に持ち込む物の、整理と運び出しの準備をしておけ! さっき言ったように、俺の言葉が信用できないって奴や、例え滅んでも自分はこの世界に残るって奴は、そんな門無視すればいい! お前らが決めることだ、どうなろうが俺の知ったこっちゃないからな!』
息を切らせず、怒濤の勢いで、あまりダイナミックなことを、大陸全ての人々に発言してくれる。一億五千万の生物と召喚契約すると言う話もまた、世界滅亡と同じぐらい信じられない話だ。
以前ゲドが、エイドアの貴族院を脅迫するためにした契約とは、スケールが違いすぎる。
いかに優れた召喚士でも、常識ではそんなこと不可能である。ましてや異世界に通じる転移の門を、一億五千個も、しかも2時間に渡って開き続けるというのだ。
そんなことを可能にするには、どれほどの底なしの魔力を必要とすると思うのか・・・・・・
ゲドは一旦言葉を止める。念話ごしに彼女の息を整える声が聞こえてきた。そして再び彼女の声が届く。
今回はさっきのような怒声のような勢いのある声ではなく、どことなく静かで独り言のような声だった。
『これから俺が言うことは、さっきとはまた別の話だ。どちらかというと俺自身が、世界に対して文句を言いたかったことだな・・・・・・。はっきり言うが、この世界はアホが多すぎる。
俺のことを知ってる奴に言っておくが、俺は噂されてるような、新たな黒の女神なんかじゃないぜ。いや身体は女神と同類の奴だが、中身は別だ。元々俺は、何の力もない只の人間で、この世界の住人だった。そんでこの世界の戦争で、実にアホな形で死んだ男だ。
だがどういう因果か、このレイコっていう、紺の仲間の身体に入って生き返っちまった。最初は戸惑ったけどな、正直嬉しかったぜ。元は冴えない男だった俺が、異界魔を素で倒せるぐらいの力を得たんだからな。
何もかもやりたい放題、むかつく奴は殺したい放題だ。まあやり過ぎて、仲間から色々言われて、今は自重してるがな』
この時になって、世界中に向かって、自分の正体を暴露するゲド。元々無理して隠していたわけではないこと。だが民衆は何も知らないため、勝手に彼女を神格化して頼ってきていた風はあった。
ゲドはそれを全否定しようとしたのだろうか? ゲドの大陸全土に向けた演説は終わらない。全く休まず、よく肺活量が持つなというほど、ドンドン言葉を続けていく。
『それはまあ、いいとしてだ。俺は力を得て自由に生きて、この世界を色々見て回って、思ったことがある。それがさっき言ってた、アホってことだ。
力を得る前から、ずっと思ってたことがある。異界魔ていう、明らかに常識外の脅威が起きてるのに、何で国も人も、誰もそれを真剣に何かしようと取り組まないんだろう?とな。俺の祖国なんて、異界魔に何の対策もしないどころか、それを隣の国に戦争を仕掛ける口実にしやがった。あからさまな嘘八百を俺たちに吹き込んでな。
これって色々おかしいだろ? 真っ先に手をつけるべき事が違うだろう?てな。
最初は俺の祖国の政府が、特別無能なんだと。そして俺たち人間全員が、何の力もないせいだと、そう思ってた。異界魔は強いからな。俺たちは無力だから、何もできないから、結局関係ないことにうっかり手をつけちまうんだとな。
だけどよ・・・・・・俺は特別な力を手に入れて、異界魔を殺しまくって、勇者を潰しまくって正義の味方気取りをしながら、いくつかの国を見て回ったんだ。その国の、異界魔に対する接し方もな・・・・・・。
結果はひどいもんだったよ。俺の国が特別駄目なんだと思ったら、実はどこも同じだったよ。ある国では、自分の信仰する神の寝込みを襲って、金儲けをしてたよ。世界がこんなになってんのに、考えることは自分たちの贅沢だけだ。
ある国では、最初は治安もよくて、すごくまともな国だと買い被って、後から残念な思いをしたよ。国をひっくり返しかねないテロ行為が起きてるのに、それを全部この俺に丸投げしやがった。自分たちの国を、自分で守ろうってプライドが何も感じられねえし。異界魔の対策も似たようなもんだったからな。
ある国では、さっき話した世界の滅亡が迫っていることを、俺たちより先に気づいてた。それで奴らが何をしようとしたと思う? 異世界の・・・・・・さっき言ってた岩木世界に攻め込もうとしてやがった。向こうは移民を受け入れるって言うのに、それじゃ駄目なんだと。自分たちが一番偉くないと駄目だから、受け入れて貰うんでなく、力で奪ってやるんだとさ。さっき言った国がプライドがないアホなら、こっちは無駄にプライドを立てるアホだ。
正直俺が見た限りじゃ、この世界はアホが多すぎて泣けてくる。このまま何も真剣に考えずに、何もしないうちにアホな滅び方をするかも知れねえ。実際海の向こうの大陸は、そんな感じで滅んだらしいしな。
いや、この世界だけじゃねえ。ある異世界人に聞いた話じゃ、他所の世界でも似たようなことをしたらしい。さっき言った岩木世界を勝手に元凶にして攻め込んで、最後はその世界の奴らに懐柔されたそうだ。情けねえ・・・・・・
言っとくが俺に頼るなよ? どんなに強くなったって、できないことはいくらでもあるんだ。いきなり知らない世界に飛び込んで、そこで新しい生活をするって言うのは、当然色々大変だろうな。
その大変なことは、全部自分で何とかしなきゃいけねえし。それが嫌で、移住したくないって奴もいるかも知れねえな。そんな奴がいたら、こっちは何も言わねえよ。結局最後の最後まで、自分で何かしようとしない奴なんて、俺にとっては助ける価値なんぞ無い。
これがお前らの、この世界の最後のチャンスで、最大の選択肢だ! 世界がこんな時なんだ。本当の瀬戸際の時ぐらい、アホでない利口で立派な姿を俺に見せやがれ! こんなアホな世界でも、俺の故郷だ。一人でも多くの人に助けたいさ。
・・・・・・俺から話すことは以上だ。何だか自分でも、途中で何を訴えてるんだか判らなくなったがな、俺が言いたいことは全部言い切った。
後は全て九日後、その日に全ての結果を見る。それじゃあな・・・・・・』
突然大陸中の人間の数多に響かれた声は、最後は彼女個人のストレスを世界にぶつけられたかのようにして、全て終わった。
フライド王国の王宮にて。今し方、海を渡る異界魔の襲来を、どうすべきか話している所で、突然こんな言葉を世界レベルで届けられたのだ。
国王とベンジーは、あまりの事にすぐに事態を飲み込めず、しばらく固まっていた。
(途中で言ってた、丸投げした国ってのは、確実に我が国であろうな・・・・・・)
少し落ち着いてきたベンジーが、先に思ったのはそれだった。今の話を、傍にいる主は気づいただろうか? 気づいたとしたら、プライドのないアホと言われたことを怒ってはいないだろうか?
そう考えながら、ベンジーは国王の方に顔を向けた。幸い怒ってはいなかった。それどころか何かに期待を寄せた、希望に満ちあふれた良い表情をしていた。
「向こうの世界は、機械技術が凄い国なのね。てことは、ここよりいいゲームがあるかしら?」
「・・・・・・先に言うことは、それですか?」
ローム王国東方の街・ワーライト。
「何だ? 疲れたのかな? 今すげぇうるさい幻聴が聞こえたような・・・・・・」
「ああ、俺も聞こえた。ていうかこれ本当に幻聴か?」
「そんなわけあるか! 何てことだ! もうすぐこの世界は滅んじまうのか!?」
「バーカ。あんな話本気で信じるのか? 質の悪い悪戯だろ?」
「ただの悪戯で、街中に声を届けるなんてすげえこと、するもんなのか?」
突然響いてきた謎の声に、街中がパニックになっている。これはこの街に限った話ではないが・・・・・・。
あちこち喧騒が聞こえる中、街の中のとある菓子屋は、神妙な面持ちで、さっきの声を何度も思い返している中年夫婦がいた。
カウンターで会計を終わらせた客に、ケーキの入った箱を手渡そうとしている最中に、あの声が聞こえ、客も夫婦も、お互いにケーキを手渡す最中の態勢で、時間が止まったように硬直している。
「戦争に駆り出されて死んだ? まさか・・・・・・」
「判らなすぎるわ・・・・・・私はいったいどうすれば?」
「えっ!? 何? 何なの?」
何をどうすればいいのか、本当に判らないゲドの両親。そしてそんな二人の様子に、彼らとは別方向でも困惑している客。
しばらくして夫婦は、九日に起こることを考えて、引っ越しの準備を始めた。
『先日のゲド様の言葉は確かだと、私が保証します! 皆すぐに移住の準備を始めてください! 期限は残り九日。件の転移の門の規模がどれほどの大きさか判りませんが、運び出す荷物や家畜は、最小限にしたほうがいいでしょう。
私達新自治体も、今後の対応を考えます。といっても、このような事態は例がないので、まず何から手を打てばいいのかを、先に考える必要があると思いますが・・・・・・。ともかく皆さん、すぐにでも国を捨てる決断をしてください! そしてこれから先、どのような土地に移ることになっても、柔軟な判断ができるよう心構えをお願いします』
ローム王国中にラジオを通して、アビーのそんな声が届けられた。各地の憲兵所でも、移住準備のトラブルに対応するために大勢の人員が駆り出される。
アビーは荷物を最小限にと言ったが、それでも出来るだけ多くの物を持っていきたいと思うのは人の性。沢山の荷物が輸送可能な道具に運び出される。その輸送用品が足りなくて、急ピッチで台車や荷車が、大量生産された。
これに関しては、職人の一族のレグン族が大活躍していた。こんな状態でも、フライド王国は一儲けを狙っている。こっちの世界の通貨が、今後も意味をなすかは判らないのに。
中には大型の船に荷物を詰める者達もいた。出現するという転移の門が、どの範囲か判らないが、流石に船が進める水上で、更にはこんな大きな物を通れる転移の門は開かないだろうと、多くの人々が呆れていた。
そんなこんなで各地でトラブルが発生したものの、移住に関する新自治体への反発は意外と少なく、多くの人々がアビーの言葉に従ってくれた。
この国の・・・・・・この世界の人々の、信じやすい性格が、ある意味プラスに働いたと言える。
しばらくすると、サプレッション騒動も迫り来る異界魔と関連があるように言われてきた。異界魔は魔力が無いので、これはないだろうと思う者も多かったが、他に原因を説明できる要素がない。
身近に起きたこの異変もまた、人々に早い決断を行わせる要因にもなっていた。




