第七十七話 対飛行異界魔1
サプレッション騒動から、二日の時間が流れた。
世界の混乱は未だに続いている。全ての異能力者が力を失ったことは、世界の軍事・治安・産業に、あまりに大きすぎる損害を与えている。幸い銃や機械などは使用不能になっていないので、魔物などに対向する力が全くなくなったわけではない。
だが異界魔に関しては深刻な事態が起きている。今までは魔道士が、次元の歪みの発生と位置を感知して、非常事態警報を出していたが、それが出来なくなってしまったのだ。そのため異界魔出現の対策が遅れて、各地でこれまでにない被害が出ている。
今まで逃げれば事済んだ存在に対して、人々の不安と脅威が一気に増す結果を出している。
この事態に乗じて、フライド王国が大量の機械兵器を売り出して、儲けようとしているという話がある。
フライド王国の住人であるレグン族は、異能力よりも、自前の優れた職人能力で評価されている種族である。この事態で一番被害が少なく、得しているのは、もしかしたら彼らかも知れない。
だが人々はまだ気づいていない。一応ギール王国では噂として流れていたが、今はこの大規模サプレッションの混乱で、すっかり忘れ去られていた。
この大陸を滅ぼす脅威が、隣の大陸から海を越えて渡ってきていることに。
ギール王国の東方の海。西方の山脈から流れ出る川が、距離を負うごとに拡大して、海側の広大な平野を切り裂くように通り、そのまま海へと流れゆく。
その平野と海の境界線。数百メートル先の隣の地に、大きな川が流れている、広い砂浜にゲドは来ていた。
砂浜には漁に使う物と思われる小舟がいくつか浮いている。その後ろの平野には、田畑といくつかの集落が広がっている。ここはそれなりに規模の大きな農業・漁業地帯である。
今でも集落には大勢の人が住んでおり、田畑には何事もなく今日もいつも通りに畑仕事に打ち込む人々がいた。大規模サプレッションも、元々術士がそれほどいないこの地では、さほど混乱を起こすようなものではなかった。
だが実はこの場所が、大陸全体を襲う災厄の、最初の発生地区になろうとしている。
本当ならすぐにでも、 住民全員を避難させるべきなのだろうが、いきなり説明しても誰も信じないだろうと、後出しで行動を起こすことになった。
ただし漁をしに海に出る者は、無理矢理止めさせた。魔法で眠らせて、強引に船から降ろして、遠くの街に転移させている。
村々の方では、騒ぎが起こった時を見計らうために、ステラ達が待機して作戦を待っている。
そしてゲド一人と、足下にいるチビ一匹が、海の向こうからやってくる敵を迎え撃つために、今この砂浜で刀を構えて仁王立ちで、敵を待っていた。
「来たな・・・・・・」
怯えているようにも受け取れる、か細い声でゲドがそう呟いた。やや曇った海の上の大空に、待ちに待った敵に現れた。
それをゲドが見るのは初めてではない。四日前に、千里眼でその光景を見ている。元々少し暗かった空が、更に暗くなった。無数の黒い粒が、空に広がってきて雷雲のように太陽の光を妨げている。
空を覆いつくすかと思うほどの、無数の空飛ぶ生物。それはこの大陸を滅ぼさんと攻め寄せてくる、全世界の敵の大群の第一陣。陽子の話の通りならば、約七万匹はいる、飛行異界魔の大群であった。
「なっ、何だあれ? 鳥じゃあないよな?」
「よう判らんが嫌な予感がするな・・・・・・憲兵署に伝えるか?」
別の場所に、海辺で釣りをしていた者達が、遠くからその大群を見て動揺している。
あれが怪物の群れだと判って、混乱が発生するのは時間の問題だろう。その際にステラ達が率先して避難活動を指示する予定だ。これに関しては彼女らに任せるしかないだろう。
空を進む異界魔の大群が、どんどんこちらに近づき、その空の黒化占領土がますます上がる。
陽子の推察だと、今ははぐれる者が現れないよう、全員密集して群れを作っているが、陸地に着いた途端拡散して、大陸各地を無差別に襲撃するだろうとのこと。
逆に言えば、大陸に到着する前に攻撃すれば、奴らを一気に纏めて相手に出来るということだ。
最も、今ここで彼らを全滅させても、数日後には、更に数を増した大群が攻めてくるだろう。それでもゲドがこれからしようとしていることの、時間稼ぎにはなるはずだ。
ゲドは刀を両手で掴み、それを空へと掲げる。天をさすように掲げられた刀身は、雷属性の紫色の輝きを放ちだした。
その雷のエネルギーは、刀の先端へと強く注ぎ込まれる。巨大な魔法の稲妻のエネルギーが、ものすごい速さで鋒の方に溜め込まれ、集中・膨張した電気の塊が、鋒を中心に生まれ出でた。それは風船のようにどんどん広がっていく。
無数の小さな電光が漏れ出てくる、鋒から生まれた球形の紫色の力の塊。その姿は、巨大な串団子を手で持ち上げているようだ。
生み出された雷球は、直径一メートルにまで巨大化している。以前ムツ村で、エイドアの差し向けた傭兵達を全滅させるの使ったあの技だ。
「万雷砲!」
以前のような小さく呟くような声ではなく、とにかく気合いを込めた本気度最大の掛け声で、ゲドは技名を叫んだ。
鋒に持ち上げられた雷球は、一気に外部に大量の電力を放出した。無数の電光が、機関銃のように次々と発射される。それらの電光は全て、こちらに接近してくる異界魔の大群へと向けて放たれた。
巨大な竜さえも、骨も残さず灰にするほどの、強力すぎる電撃。それらが何千発と、異界魔達に襲いかかる。その電撃の威力も、放たれる電光の数も、以前使ったときとは比べものにならないくらいレベルアップしている。
海上の空に、何千もの無数の稲光が、打ち上げ花火のように光を放った。
雷球からシャワーのように、編み目のように分裂しながら、無数に空にいる飛行異界魔達に発射されていく。そしてその全てが、大群で固まりすぎて、自由に飛び回れない異界魔達に命中した。
何とか攻撃をよけた者がいたが、代わりに後ろにいた者が犠牲になった。電撃を受けた異界魔は、全身に電流を走らせて、一瞬全身が輝く。そして一秒も満たない発酵時間が終わった後には、真っ黒な炭と化した、人型の何かに変身していた。勿論羽や翼も、吹き飛んで消失している。
一撃で感電死した異界魔達が、次々と下の海へと落ちてゆく。その数はおおよそ二千。大雨のように無数の黒い塊が、海面に着水して、無数の吹き上げショーを繰り広げる。
(すげえ・・・・・・)
峰の雷球は、既に全てのエネルギーを放出して、縮小・消滅している。すぐに次の雷球を創り出すために、再び雷の魔力を刀身に溜める。
だがゲドは内心驚愕しきっており、それに集中するのに一瞬だけ遅れた。何に驚いたのかというと、自分の放った魔力の強さにである。
以前にロームからフレットへ向かう道中で、空の虫型異界魔を三匹、雷撃で撃ち落としたことがある。だがその時は、敵を墜落させることはできたものの、一撃で倒すことは出来なかった。
だが今回は違う。以前の数百倍の数の異界魔を、全て一撃で葬ってしまったのだ。以前とはあまりにも力の差がかけ離れている。
この過剰なほどのパワーアップをどうしたのかというと、ゲドは自分の身体にかけられていた呪いを解いたためだ。
現在大陸中の人間にサプレッションがかけられていて騒ぎになっているが、実はゲドはこの身体になってからずっと、すでにサプレッションをかけられている。
それは以前、ゲドの身体を調査したテトラから告げられたことだ。それは力を完全に封印するほどのもではなく、力を大幅に抑え込む抑制程度の呪いであったが。
抑制されてあれほどの力ならば、もし完全にサプレッションの呪いを解いたら、どれほどの力になるのだろうか? 正直見当も付かない話なのだが、ゲドにはそれを自身にディスペルをかけることで解呪することが可能であった。
ただそれがどれほどの力があるのか? そもそもその力を、今のゲドに制御できるのか? その辺が謎だった。だが今回の尋常じゃない事態を受け、とうとうゲドは、その禁断の力を解放したのだ。
受けた飛行異界魔達が、一斉にゲドに注目する。そして一斉にゲドにいる砂浜の大地に向かって、各々の手段で攻撃を始めた。
蝿型の異界魔は、右掌から青いエネルギー光弾を発射した。
鳥形の異界魔は、手刀のような動作で、風の刃を飛ばした。
蝙蝠型の異界魔は、強力な音撃の弾丸を口から発射した。
遠距離攻撃能力を持つ異界魔達による、たった一人の人間に対する、空対地の一斉砲火。 間抜けなことに、群れの全面の位置にいるわけでのもないのに、攻撃行動を行って、前で飛んでいる仲間の背中を攻撃してしまった者もいた。
機関銃の一斉掃射のように、海岸の砂浜の一点に降り注ぐ集中攻撃。だがその一撃一撃の威力は、機関銃などとは比べものにならない。
無数の、かつ多種多様なエネルギーが一点に衝突し、その衝撃と熱によって、大爆発が起きる。それによって生まれた衝撃は、海岸近くにあった林が、玩具のようにたやすく薙ぎ倒される。近くの海の水が、衝撃波で押し返され、本来の方向とは全くの逆向きで津波が発生している。
この衝撃波は、付近の集落に被害を与えている可能性があり、ステラ達の避難誘導が上手くいっていればいいのだが・・・・・・
これほどの衝撃ならば、大地に巨大なクレーターが出来上がっているのが自然だ。だが異界魔の攻撃が一旦止んだ後も、それができていない。それどころか舞い上がる土埃も、予想外に少ない。
そして爆発の中心点には、何事もなくゲドが立っており、雷球にエネルギーを充填させている。そしてそんなゲドの周りには、薄いガラスのように透明な魔法結界が、ドーム場に広がり、彼女のいる地面を包み込んでいた。
結界の周りの大地は、砂も土も岩も、全て吹き飛んでいるのに、この結界の中だけは無傷。ゲドが立っている、半径数メートルほどの大地が、小さな山のように盛り上がっていた。
万雷砲の準備をする一方で、魔法結界で防護をしたのである。通常このやり方は、エネルギーを分散させて、両方の力を下げてしまう。実際万雷砲の準備は、さっきよりも遅れている。
魔法結界も普通にやるより強度が低いはずだが、それにも関わらず異界魔の攻撃を全て防いだのだ。
ゲドは再び万雷砲を放つ。無数の電撃が魔法結界を内側から破って、再び千匹以上の異界魔を撃ち落とす。
この辺りから異界魔達は攻撃方法を変えた。さっきまで空から攻撃を放っていた異界魔達が、一斉にゲドのいる大地に向かって急降下したのである。
(陸上戦で挑む気だな!)
空からの遠距離攻撃よりも、陸からの近接攻撃のほうが、攻撃力は断トツで上だ。
敵が空にいるうちに少しでも多く仕留めようと、再び万雷砲を撃つ。さっきよりも短めの詠唱で撃ったので、撃墜数はさっきよりも少ない。
数百の異界魔が黒焦げになって墜落していく中、他の異界魔達は、急降下から飛ぶ方向を少し変えて、ゲドの頭上の空へと集まる。そこで一気に拡散して、ゲドのいる位置を穴として、群れがドーナツ状に広がり、地面に降り立っていた。
群れがそんな不思議な動きをしている中も、ゲドは何度も雷を撃って異界魔達を撃ち落とす。最もその数は全体のごく僅かであるが。
やがて全ての異界魔達が、大地や海の浅瀬に降り立った。その結果ゲドは、地上で数万の異界魔達に取り囲まれる状況となった。
(・・・・・・やれるかな? ・・・・・・いや、やらないと駄目だろうな!)
以前は数十匹の異界魔を相手にしても、勝てる自信があったゲド。しかし千匹は無理だった。
だが今はサプレッションの呪いを解いて、力を完全にものとしている。心配されていた力の暴走も、今のところ起きていない。
以前より技を使うときの、身体の重さが上がった気がするが、それは大したことではない。今ならば一度に数千匹の異界魔を倒せる自信がある。
・・・・・・だが現状は、その自信を持てる領域よりも、数が一桁多いのだが。
飛行異界魔達が、剣やかぎ爪などで、各々の近接戦スタイルをとる。そして予告なく一気に襲いかかった。
あまり統制はとれていないようで、走り込みがかみ合わず、転んで仲間に踏みつけられている者もいた。だがそれでも多勢の無勢の状態に変わりはない。
「おっしゃ! 来い!」
ゲドが気合い入れて刀を振る。チビも巨大化して、完全戦闘態勢をとった。ゲドと異界魔の、一対数万の合戦が始まった。




