第七十六話 大異変2
フレット王国の王都ロックツリーにて。内乱も少しずつ収まり、新たな自治体が出来上がり始めた頃、また一つ問題が起きた。
「どうしたのよ、これ?」
ステラの実家フェルメール家にて、テトラが困惑しきっていた。最初の異変は全身に走る妙な倦怠感。
それはかなり大きなものであったが、すぐに収まったため、最近のゲド関連の研究で疲れていたのだろうと思った。
だがリビングに戻ってみると、そこで遊んでいた彼女の召喚獣達に違和感を覚えた。いつも感じていた、彼らとの魔力の繋がりが感じられないのだ。
彼らの姿をよく見てみる。今現在パワフルな亀のアルフォンスが、現在テーブルの上で箸を器用に持ちながら、朝食のチャーハンを食っている。この亀は最近こういう人間の物真似をするようになった。
これはこれですごい話しだが、今問題なのはそこではない。テトラが気づいたのは、アルフォンスの甲羅にあった、召喚契約の印が消えていることだ。
(馬鹿な!?)
慌てて他の動物たちを見ると、自分の召喚獣であるはずの彼らには、本来あるべき召喚契約の印が全て消えている。召喚士であるテトラと、召喚獣である彼らとの繋がりが、唐突に何の前触れもなく消えてしまっているのだ。
勿論テトラは解約などしていない。何故こんな事になったのかも判らず困惑する内に、別のことを思い出して、背筋が少し冷えた。
召喚獣というものは、解約するときはかなり注意がいるものだ。契約から解き放たれた途端、元主人に襲いかかることがあるからだ。
幸いここには、テトラを危険にさらすような可能性のある動物は、アルフォンス以外にいない。そのアルフォンスも、普段からテトラに馴れているせいか、こちらに敵意を示す様子はなく、いつも通りであった。
(何があったか知らないが、とにかく契約をやり直さなければ・・・・・・)
テトラはすぐに再契約を結ぼうとする。だができなかった・・・・・・。何故かと言われれば、召喚魔法が発動しない。そもそも魔法を使うのに必要な魔力が、身体から全く沸き上がってこないのだ。
明らかな異変。これにテトラが困惑する中、突然家中に高い機械音が鳴る。別におかしな音ではない。これはフェルメール家の電話の音だ。テトラはすぐに電話のある部屋へ行き、電話を取る。
(なんでこんなときに・・・・・・早く話を済ませなきゃ)
そう思って受話器を耳に当てると、その向こうからもっと深刻な言葉が伝えられた。
『ダイン・フェルメールさんの奥様ですね? 先程、ダインさんが巡回中に負傷して、病院に運び込まれました』
「!?」
テトラは一瞬我を失って叫びそうになるが、すぐに平静になる。負傷と言うことは、今はまだ生きているということだ。
「一体何があったんですか? 容態は?」
『それが・・・・・・何というか・・・・・・』
ことの経緯はこう。憲兵であるテトラの夫は、同僚達と一緒に、ワイバーンに跨がって、空から国内の巡回を行っていた。
その途中で、彼を含めた巡回中の憲兵全員が、ワイバーンから落竜して、空から地上へと落ちてしまったというのだ。
別に彼ら全員が、一斉に竜の騎乗に失敗したわけではない。このワイバーン達は、全て召喚士の契約で、人間の言うことを聞くよう指示されていたのだが。急にその契約の印が消えたのだ。
そしてワイバーン達は好き勝手に動き、自分に乗っていた憲兵達を払い落としたというのだ。憲兵達は地面に落ちたが、元々身体の丈夫な気功士であったこともあって、それほど重傷にはならなかったが・・・・・・
この日、世界が一変した。この世界では、魔法や気功といった、異能の力に頼り切った生活を人々はおくっていた。それが一瞬にして、原因も何も分からず、その全てを失ったのである。
呪術の技の一つ、サプレッション。
かつてカイにもかけられていた、魔法や気功といった特殊能力を、封印又は抑制する呪いの力。それがこの大陸の全ての人間にかけられたのだ。
この世界の全ての魔道士・気功士。それは力の弱い素人術士から、名だたる大魔道士に至るまで、一切関係なくサプレッションがかけられた。
その力は恐ろしく強く、彼らの全てが己の能力を完全に喪失してしまったのだ、この事態に、大陸中が世界の終わりのような大混乱に陥った。それは最初に異界魔が出現したときの混乱の比ではない。
ギール王国で死霊達が消えたのは、彼らに魔力を送って実体化させた霊術士達が、一斉に能力を喪失したせいだ。そのためギール王国中に、どこにでも日常的にいた死霊達が、一斉に昇天して姿を消した。
こう考えると、サトルの蘇生を早めに済ませたのは正解だった。もし遅れていた、ミカヅキの能力喪失と共に、彼もタダの死体に戻っていたであろう。
それは霊術士だけでなく、自力で実体化していた高位の霊にも影響を及ぼしていた。
ギール王国の支配者であり、最上位の死霊であるコウキは、岩木地の支配という野望を叶えることなく、誰にも気づかれないところで、この世界から消えていた・・・・・・
所変わってビッグアリゲーター。日が下って、大分暗くなってきた時間帯。元々人口が多くて、賑やかな街であったが、今は別の理由が出来て、その賑やかさが上がっている。
ただしそれは祭りなどの、明るい雰囲気ではなかったが。
「何なんだよ!? どうなってるんだよ!? 何で皆消えたんだ!? しかも再召喚も出来ないって!?」
「どこの街も同じ状態だって言うぜ! まさか異界魔の仕業か!?」
「国側の説明はまだないのか!? ・・・・・・まさかコウキ様も消えたんじゃ!?」
「まさか! あの不滅の陛下が消えるわけあるか!」
ビッグアリゲーターでは、もはや日常生活の一部となっていた、死霊達が全て消失した事態は、当然のごとく大混乱を招いていた。
ある病院では、手術中に医師が突然消えて、あやうく患者を死なせかけた。
ある場所では荷物の運搬を行っていたゴーストモンスターが消えて、大勢の人と荷物が、長い街道で足を止められている。
ある場所では、消えた死霊が料理のために起こしていた火が原因で火災が起こっている。
そういう物理的な被害以外にも、親しい人や家族の突然の消失に、大勢の人が驚愕し、涙を流す者もいた。
そんな街中をゲド達一行が、どうすればいいのか判らないまま、適当に歩いている。その中の一人、ステラだけは、耳に手を当てて、誰かと念話で会話をしていた。
「なあ・・・・・・これも俺のせいだと思うか?」
「ううん、違うと思う。陽子さんは何か判る?」
「私も知らないわ。コウキが何かしたのかしらね?」
一行の表情は一貫して同じ、訳が分からない、である。
今朝方異界魔の進撃と、コウキの出現という、心臓が跳ね上がりそうな体験をしたばかりなのに、こんどはこの騒ぎである。本当にこれ以上は勘弁して欲しいと、誰もが思っていた。
そんな中、念話中だったステラが、ようやく話を終えたようで、耳から手を離して、一向に目を向ける。
「母さんから色々聞いたわ。何か向こうでも騒ぎになってるみたい。フレットの気功士と魔道士が、全員能力を失ったって」
「やっぱり霊術士だけじゃなかったか・・・・・・何か妙な感じがしたんだが、あれはサプレッションだな。ずっと前にカイにかけられてたのと同じだ・・・・・・」
ギール王国では魔道士の大部分が霊術士であるために、まだ情報が流れていないようだが、おそらくこの国でも、全ての異能力者が能力を喪失しているのだろう。
これが世界中で起こっているとしたら、いったいこの先どうなるのか、見当も付かない。
「母さんの話だと、どうもこれって、人間だけに起きてるみたいね。フレット様も健在だし、アルフォンスも普通に火を吐いたり飛んだりしてるって・・・・・・」
「それじゃあ、どうしてステラさんは、まだ念話が使えるんですか?」
陽子の何気ない言葉に、その場の空気が止まった。
思い返せば、何の疑問も持たずに、ステラは普通に念話という魔法を使っていた。このサプレッションが世界中で起きているとしたら、自分たちだって無事ではないはずなのに。
面々はしばらく黙った後、それぞれ試しに力を使ってみる。ルディとステラは、手に魔力を集めて、小規模の火の魔法を放ってみる。結果、普通に手から火の玉を浮き上がらせることが出来た。
カイとライアも、全身の気を練って、それを右手に溜め始める。結果、普段通りに、気功強化でその右手を光で包むことが出来た。
「私の番犬大将軍も無事みたい。まあこれは魔法でも気功でもない、科学兵器だけど・・・・・・」
「これってゲドさんが呪いを解いてくれたんですか?」
「まさか、俺が知るかよ・・・・・・」
「とりあえずここから離れましょう。後から何でお前らだけ力が使えるんだって言われると、何か面倒そうだし」
思わず人が大勢いる場所で力を使ってしまったが、幸いにも自分たちに注目している者はいなかった。一行は逃げるように、その場を後にして、宿に戻っていく。
(これって場合によってはラッキーかもな。この世界の危機感のない馬鹿共には、いい刺激になる。どうせあいつらじゃ、異界魔と戦っても役にたたんだろうし・・・・・・)




