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第七十三話 二人目の訪問者

 翌日、ゲドは空を飛んでいた。それはまあ、いつものことであるが、今回は少し様子が違っている。

 いつもはバケツを吊したりして、仲間と一緒に飛んでいるのだが、今回は何も持たずに、一人で飛んでいるのだ。

 しかも彼女の足下にあるのは、いつもの見慣れた山林の風景ではない。それは永遠に続くかと思われるほどの、果てしない大量の水が大地を覆い尽くしている光景。風と共に水に僅かな波が生じており、朝の太陽の光を浴びた、その水面からは時折魚の群れの魚影が見える。

 まあ要するにゲドは現在、海上を飛んでいるのだ。ここは大陸西方の海。ギール王国の港付近から、ずっとこの海上を真っ直ぐに飛んでいるのだ。

 このまま進めば、記録上のみ存在を聞く、人の住むもう一つの大陸に到着するだろう。


 今回の目的はいつもの拠点移動とは違う。勿論別大陸を来訪しようというものではない。先日陽子から聞いた話を確かめるためだ。先にこの国での用事を済ませた後、一日休んで現在調査中である。


 最初の本題であった、ミカヅキとサトルの問題は、あっさりと解決した。それはもう、詳しく説明する必要がないと言うぐらいにあっさりとである。

 ゲドが右掌で、ポンと、サトルの冷えた身体に触れると、彼の身体が一瞬光に包まれる。そして終わった後には、いつもと変わらないように見えるサトルの姿。だが肌の青白さがなくなり、きちんと血の通った温かみのある肉体へと変質していた。

 そう、ゲドは本当に書物を読んだだけで、あまりに簡単に死者蘇生をやってのけたのだ。その後サトルはミカヅキに連れられて、彼の村へと戻っていき、ゲド達一行と別れていった。


(あっちの村じゃ、死人が生き返って帰ってきたと、今頃大騒ぎだろうな。・・・・・・しかしミカヅキの死体遺棄のことは、どう片付けるんだ?)


 昨日の事を思い出して、今さらちょっと考え込むゲド。あの時は陽子の話に意識が向いて、サトルの件は、事のついで扱いで深く考えていなかった。

 だが考え直してみると、これはもしかしたら、また新たな揉め事の発端になるような気がしてきた。以前アビーに言われたことを思い出して、今頃になってやや後悔という感情が芽生えている。


 ゆったりと事を考えながらも、ワイバーンを凌ぐかなりの速度で海上を進む。そして飛行魔法と並行して、千里眼という遠くの風景を見る魔法を使って、更に数百キロ先の海上の風景を眺める。

 陽子が話した方角と位置は、ここで合っている。もしあの話が本当ならば、そこにはみるも恐ろしい風景が広がっているはずだ。


「うわあ・・・・・・マジだぜ・・・・・・」


 そしてその恐ろしい風景を、千里眼を通してゲドは見てしまった。ここから二百キロ以上先の海上の空に、一帯の空を黒く覆い尽くす何かが、こちらの方角に迫っていることに。

 それは一見すると、災害的に発生する昆虫の大発生や、渡り鳥の大規模移動の風景に似ている。ゲドはそれを直に見たことはないが、本の写真などから、知識としては知っている。

 だがもう少し近づいてみてみると、それは虫や鳥といった、楽観視できるものではないことに気づく。


 黒い霧のように空を覆い尽くすそれ。その黒い物の一粒一粒をよく見ると、それは虫や鳥などではない。いや外見は虫や鳥に似ているのだが、形や大きさが明らかにおかしい。

 それは後頭部に頭髪が生えた、人型の生物であった。だからといって人が飛んでいるわけではない。全身に鳥のような羽毛が生えている者や、昆虫のような外殻に覆われた者、顔も明らかに人と違う。完全に怪物の顔である。特に虫型の物の顔は、あまりにグロテスクで、その手の物が嫌いな人が見ればトラウマ物の不細工である。

 そんな異形の怪人達が、大群を率いてこの大陸間の大海原を飛んでいるのだ。見るとその怪人達の中には、以前ゲドが戦ったことがある、あの蝿型の怪人も多数いる。

 もう疑う余地などない。陽子の言う通り、向こうの大陸から異界魔が攻めてきているのだ。数の暴力というか、さすがのゲドも、あれだけ多勢の相手には勝てる気がしない。そう結論づけたゲドの判断は素早かった。


(逃げるっきゃねえ!)


 異界魔の飛行速度を遙かに凌ぐ飛行速度で、ゲドは真後ろに向き直り、速攻でその場から逃げ出した。





「ちょっと・・・・・・マジなのこれ?」

「ああ、マジだ」


 王都の宿屋にて。団体の冒険者や商人が主に使用する、一室一室がかなり大きな、木造の高級宿に一行はいた。

 そこに部屋をとった一行は、今にあるテーブルに全員で腰掛けて、ゲドが映し出した記憶映像に目が釘付けになっていた。映っているのは勿論、あの空を飛ぶ異界魔の大群の光景である。その数は千では済まない。確実に数万単位、いやもしかしたら十万を超えるかもしれない。


「冗談じゃないぞこれ! これじゃ本当に世界は終わりだ! ゲドに何とか出来ないのか!?」

「無茶言うなよ・・・・・・」

「それってそんなに凄いの? 私には見えないんだけど・・・・・・」

「うん、とんでもないよ。話だとこれはまだ第一陣らしいけど・・・・・・」

「ええ、そうね。最初に到着するだろう飛行異界魔の推定数は七万。次につく水中異界魔は約十万。最後につく陸上の異界魔は、七十~百万ぐらいね」


 皆が絶望的な声を上げる中で、陽子だけが実に平静に答えを返してくれる。まあ、彼女はこの世界の人間ではないし、何かあれば元の世界に逃げればいいだけの話なのだから当然だが。


「ゲドさん! すぐにこのことをギール国王に伝えよう! これは本当に大変だ! 大変すぎる話だよ!」


 カイがそう声を上げる。確かにこれは自分たち個人の意思で委ねられるものではない。どう対処すればいいのかも不明だが、とにかく一番に被害を被るのはこの国の住人全員なのだ。

 他の皆も、動揺を表情に浮かべながらも、カイの言葉に賛同の意思を見せる。ゲドが何か言おうとする前に、またもや陽子が緊張感のない口調で喋り始めた。


「大丈夫よ。国王はもうこのことは知ってるわ。住人の安全に関しては、あっちに委ねればいいわ」

「国王って、さっきからそこのベッドに座り込んでいる奴のことか」


 十人以上の団体客が泊まることを想定した大部屋には、食事を行う居間と同じ区切りに、いくつもの二段ベッドがある。

 就寝するときはカーテンをつける仕組みだ。その一つの二段ベッドの一段目の方向に指を向けるゲド。


「えっ!?」「何言ってるの?」「国王?」「私も気になってた。そっちに何か変な気配が・・・・・・」


 あまりに唐突に、陽子以上の平静な口調で指摘したゲドの発言。唯一人ライアだけが気づいていた、この部屋にいるもう一人の存在。それが今、ゲドの指さす先にいた。


『あ~あ。 やっぱりあんたには見抜かれちゃうか?』


 人間の肉声にしては、マイク越しに話しているような、少し変わった響きの声。それでも女性と思われる低い声。その怪しげな声が、確かにゲドの示した方向から発せられた。


「そういや前からゲド、監視者がもう一人いるとか、言ってたわね・・・・・・」

「ああ、ぶっちゃけあんまり気にしてなかったけどな」


 一見無人に思えたベッドの上に、何者かの気配があるのを、他の面子も気がつき始める。それは気配だけでなく、肉眼でも判るように姿を現し始める。


 ベッドの上に何かがうっすらと映し出され始めた。映写機でゆっくりと映像を映し出すように、そこに何かが現れる。


 それはこの国では珍しくない、白い霊術士の衣装を着た、一人の女性であった。肌色はギール人特有の褐色で、髪はツインテールの黒髪。背は高く、百七十はありそうだ。容貌は二十代前後だろうか? ギール人としてはそれほど目立つような姿ではない。

 その身体が透けてなければである。まるで幽霊のように・・・・・・いやこの場合は比喩ではない。今ベッドに腰掛けている女は、間違いなく本物の幽霊であった。ここは霊術士の国であり、街中で幽霊を見かけても、さほど騒ぐほどのことではない。


 だがゲドは、この部屋に無断侵入してきた幽霊から感じ取れる魔力の強さから、これは只の幽霊ではないことに気づく。


「あっ、あなたコウキね!?」


 今まで平静だった陽子も、彼女の出現には騒然としたようだ。その顔は恐怖で引き攣り、腰の鉄鬼起動装置に手をかけて、いつでも変身できるよう態勢をとる。

 びくついているのは、他の仲間達も同じであった。死してこの国の支配者として君臨している、この国王=コウキが、自らゲド達の前に現れたのだ。


『ええそうよ。初めまして、私が数百年前からこの国を収まる最高の統治者、コウキよ。陽子、岩木世界じゃあんたの幼馴染みが、私の夫に随分世話してくれたみたいね?』


 よく判らないが、コウキと陽子には間接的な因縁があるらしい。コウキの視線が、やや睨むようにして、陽子を射貫いていた。


「昨日といい、今日といい・・・・・・変な客が次々とやってくるぜ・・・・・・」


 この場で唯一人ゲドだけが、平静・・・・・・というより、やや疲れた様子で、あくびをしながらそんなことを言っていた。


『さすがね。私の魔力にあてられても、何ともないのね』


 相手を嘲るような試すような、冷ややかな笑みを浮かべるコウキ。姿を現したコウキからは、今まで隠していた魔力と気力を一気に解放しており、その強さと攻撃的な力の波動に、その場の全員が心臓を握りしめられているような波動を感じ取っていた。

 目の見えないライアですら、姿の判らない何かの存在を感じ取り、身体が震えている。この場にいる全員が、それなりに強い力を持っているために、さほど酷い状態になっていないが、身体の弱い人間がいたら即座にショック死していたかも知れない。


「何ともないって事ないぜ。やな感じの気で、かなり不快感があるんだがな。何だこの挑発的な力の出し方は?」

『ちょっとお前の力を試したかった、ていうことじゃ許せないか?』

「許せないな。とっとと帰れ」

『早速だがお前に聞きたいことがあってね。エセラグナログがどこにあるか知らないか?』


 上位霊であり大国の王であるコウキを、只の厄介者としてぞんざいな態度のゲド。いきなり人の宿泊地に侵入し、相手の言葉を無視して自分の用件を直球で言うコウキ。

 いったいどっちが一番礼儀に欠けているだろうか? よもやこんなところで戦闘をする気かと、ステラとカイが身構えるが、二人は口はともかくお互い手を出す様子はない。


「知らないな、そんなもん」

『そんな筈ないだろう? 緑人であるお前が、渡辺紺の置き土産を知らないはずがない』

「緑人にも色々いるんだ。俺は紺に会った事なんてないし、昔のこの世界のことなど知らん。さっきまでの俺たちの話を聞いていたなら判るだろう? おれはこの大陸が、異界魔の群れの前に崖っぷちであることすら知らなかった。所詮俺はその程度の存在だ」


 そもそも彼女の精神は、この世界の原住民の男性であり、何故自分が緑人であるのかも知らないのだが、ゲドはめんどくさいのか、その辺の説明を省いている。

 ステラは自分がその説明しようかと思ったが、目の前のやばそうな雰囲気に、口を挟んでよいものかどうか悩んでいる。一方のコウキは、しつこく追及するかと思われたが、相手を値踏みするような、ちょっと不愉快な目線でゲドを見つめながら黙り込んでいる。


「何だよ? もう用が済んだなら帰れよ。お前と話すようなことなんてないし、歓迎する気もない」

『そうね。今はそうするしかないようね』


 ゲドが文句を言うと、コウキはため息を吐くような動作(幽霊は呼吸などしないので、故意にそんな動作をしたのだろう)で、退散の意思を述べた。


「なんだ? えらいあっさりだな?」

『お前の言うことが本当なのかどうかは、私には読めないが、少なくとも力押しで聞きこむと、相当面倒なことになりそうだ。お前からは相当な力が感じ取れるしね』

「判ってるじゃないか」


 元々ゲドは、王族というものにあまり良い印象がない。そういう奴と長々と話なんてしたくないし、もしコウキがしつこくこっちに詰め寄ってきたら、今までのように力ずくで追い返す気でいた。

 その考えは以前アビーに叱責された行きすぎた行為に値するのだが、向こうがこちらに押しかけてきたのだから知ったことではない。


『もし話すになったら、いつでも私の城に来なさい。いつだってお前達を歓迎するわ』


 いきなり押しかけて、一方的に質問してきて、答えが返らなかったらさっさと帰ろうとするコウキ。実になってない態度を取り続けたまま、彼女はその場から去ろうと、後ろの壁に後退し始める。

 恐らく非実体化で壁を抜けるなのだろう。彼女に帰って欲しいのは、他の面々も同じなので、誰もコウキの退散を止めようとも、何か質問しようともしない。


「待って! エセラグナログなんて見つけて、どうする気よ!」


 否、一人だけいた。それは元々ゲドの仲間ではない、異世界からの探索者の陽子だった。この場において最も妥当な質問をする陽子の顔つきは、明確な敵意をコウキに向けるものであった。


『お前には関係ないだろう?と言いたいが、考えてみればそうでもなかったな。まあ蛮族相手にも効かせてやる価値はあるか?』


 やれやれとわざとらしく手を振って、相手の気性を逆なでするような口調と仕草をするコウキ。これには隣で聞いてゲド達の面々も、少し苛ついている。


『どうするのかと言えばね、緑人共の住まう世界、岩木世界を手に入れるのに、少しでも力が必要だからだよ』


 この世界で生きる者達からすれば、とんでもない爆弾発言を、コウキはさらりと口にしてくれる。

 岩木世界とは黒の女神の住まう世界である。それを手に入れる=侵略すると言うことは、もはやこの世界の長く守ってきた信仰と誓約に対する完全な背信行為である。


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