第七十二話 明かされる謎と、滅び行く世界
場所は戻ってここは図書館の近くの公園。さっき陽子が隠れ覗きをしていた場所の一角である。
時期によってはお花見で賑やかになる、木々がまばらに生えた敷地にて、一行が集まっていた。その中には、先程ゲドが捕獲した、あの陽子という謎の女もいる。
「もう一人のお客も一緒に聞いてるし、さっそく話を聞かせてもらうか?」
「だから、そのもう一人って誰よ?」
まるで遠足のように、全員がシートを敷いた地面に座り、陽子を囲うように一行が座っていた。ゲドの言動に首を傾げながら、ステラは正座している陽子の姿をマジマジ見て口にする。
「異世界人ね・・・・・・。異世界の化け物なら何度も見てきたけど、人は初めて見るわね」
確かにそうだ。まあ黒の女神の伝承からして、異世界にも人がいることは、誰もが知っていることだ。だから異世界人が姿を現したからといって、別段不思議に思う理由はない。
「ていうか僕は一瞬、ゲドさんの親戚かと思ったよ。その黒い髪といい、もしかして黒の女神の関係者?」
「いえ、黒の女神の紺さんとは、あったことはあるけど、親戚とかそういうのじゃないですよ」
またまた衝撃的な発言をさらりと言ってくれる陽子。これにはゲドも一瞬動揺する。
「・・・・・・そんでお前は地球とかいう世界の軍人で、この俺を調査しにここに来たっていうのが真相でいいんだな」
「はい、レイコの中身が別人になって復活したとか、色々不思議なことがあったので、是非調べてみたいと」
「レイコ? 何のことだ?」
「知らなかったんですか? ゲドさんの今の身体の持ち主の名前ですよ」
今回の三度目の衝撃的発言。よく思い起こせば、レイコという名前は聞き覚えがある。今自分が持っている、刀の鞘に“ナカムラ レイコ”という文字が刻まれていたのだ(※三十三話)。
あれは最初、この刀の銘かと思ったが、持ち主の名前だったのか。
「お前、この身体が誰なのか知ってるのか!?」
「はい知ってますよ。中村玲子さんは渡辺紺さんと同じ・・・ああ、紺というのは、この世界で黒の女神って言われてる人です。その紺さんと同じ緑人でした。歳は紺さんよりずっと長く生きてて、そのせいで生きる意欲が無くなって、自ら冬眠に入ったと聞いてます」
ゲドの肉体が緑人。もうこれは大分前から判っていたことなので、さして驚くことではない。
「長生きのしすぎで冬眠? あのバケツ型の封印器に入っていたこと?」
本当はこの女の信用性を確かめるのが先だろうが、あまりに気になることをさらりと言ってくるので、皆そっち方面を優先して陽子と向かい合っている。
「ええ。何でも、もう生きていて楽しいと思えることが、何もなくなってしまったと言っていたとか。緑人は肉体は不老でも、精神はしっかり老いていくそうですから。あっ・・・!?」
突然その場に「ルルルルルッ!」と、場違いな音が唐突に鳴り始めた。ステラとルディは、一瞬鳥の声かと思って空を見上げたが、気功士三人は超聴覚でその音の発信源に気づく。
この奇怪な音は、陽子のズボンのポケットから聞こえてきている。
「ちょっと待って」
陽子がズボンから取り出したのは、手に収まるような板状の物体。映像器の液晶画面のような物が、一面に広がっており、そこにスイッチのような光の表示が出ている。今彼女が腰に巻いている、あの不思議なベルトの中枢部分にも似ている。
陽子はその画面のスイッチの一つを人差し指で押すと、途端にその不思議な音が止む。そして陽子は、その板の一面を、自分の右耳に押し当てた。
「佐藤中佐? ええ、はい捕まってしまいました。すいません・・・・・・。えっ!? それって?」
何やら板を耳に当てながら、目に見えない誰かと話し始める陽子。よく聞いてみると、あの板からも何か人の声が聞こえてくる気がする。これにステラが何となく、それの実体を理解する。どうやら電話の一種のようだ。こんな小型で、コードがない電話は、こっちの世界にはないのだが。
「それって電話なの?」
「はい。正確には通信機って言うけれど」
「へえ・・・・・・魔法の訓練もいらないのに、念話みたいに話せて、便利ね」
「ええ、今取り込み中だから、少し待ってちょうだい」
見たこともない異世界の器具に、何やら感心しているステラ。陽子は話すと言うより、聞きに回っていて、その表情が僅かな驚きから困惑、そして呆れを帯びたものになっている。何を話しているのだろうか?
やがて話し終わったのか、ステラ通信機を耳から離し、また画面のどこかのスイッチを押すと、通信機の画面から光が消える。
「さっき上から命令が来て、平和的な接触が出来て良かったと。こちらの知る情報を、全部伝えてしまっても構わないと・・・・・・そのことで、ゲドさんと、この世界の未来のための交渉をしたいとも言ってます」
「あんなのが平和的な交渉かい?」
空中で苛烈な追いかけっこをして、あんな派手は破壊行為をして捕まえたのが、どこが平和的なのだろうと、当事者のゲドが突っ込む。
「いきなり出てきて、自分は異世界人とか言われても、変な人と思われるかも知れないし・・・・・・」
「まあ、そうだが・・・・・・で、お前はこれ以上何を教えてくれるんだ? 俺としては、お前が来ていた変な鎧の方が気にかかるんだが」
さっき陽子が着ていた金色の鎧。それが消えた途端、陽子の身体から、つよい力の波動が感じ取れなくなったので、おそらくあの鎧自体に力があったのだろう。
ただそこからは魔力や気功力は一切感じなかった。それはつまり、その手の異能力とは、全く異なる技術の物品と言うことになる。
「ええ、これは鉄鬼ね。私達の世界の武器で、これを着ると、もの凄く強くなれるの」
「誰でもか? 手軽に力が手に入るんだな」
「そうね。でもこれ作るのに馬鹿みたいにすごいお金がかかるのよね・・・・・・。量産すると、国家予算をやばくするのもあるし。それに強力な鉄鬼だと、やっぱそれなりに鍛えてないと行けないし」
「お前のそれもか?」
鎧を纏うだけで強くなれるとは、何とも便利な力だ。さっき鎧が消滅したように見えたが、どうやらあのベルトから再発生させることも出来るらしい。
しかしあの金色の鎧の鉄鬼は、ゲドには劣ったものの、とてつもない力だった。もしあれが安物の量産品だったら、異世界の技術には驚愕する。
「ええ、これは番犬大将軍ていって、レベル7の高級品よ」
「レベル7? じゃあ一番強いのはどんなのだ?」
「レベル8よ。鋼鯱て言って、これは歴史上一つしか無いわ」
「話がそれてない?」
あれより一段上の鉄鬼がいるらしいことに、ゲドは何やら興味ありげだ。もしそいつと戦うことになったら、さっきのように容易くは勝てない気がする。
「それであなたたちに伝えたいことがあるの。これは私達の世界のじゃなくて、この世界の異界魔のことなんだけど・・・・・・多分この世界の政府に伝えても、まともにとりあってくれないと思うから」
そりゃそうだろうと、ゲドは思った。どこの国も、異界魔の事なんて他人任せか、戦争の口実に利用するぐらいで、誰も真面目に解決に取り組もうとしていないのが現状だ。フライド王国やローム王国で、この目で見て知っている。
そして陽子が自分たちに話そうとしているということは、自分たちを政府と同格近くに見ているということ。随分と偉くなったものだ。
「何だ? さっきから凄い話が次々出てきて、今さら何が出ても驚く気がしないがな」
「そう・・・・・・? 多分、この大陸はあと二十日以内に滅亡するわ。西の大陸を占領した異界魔が、何万匹も海を渡ってこの大陸に近づいてきているの。四日後に飛行する異界魔の群れが先に到着して、一週間後には水の異界魔が上陸して、二十日後には陸上の異界魔が何万も泳いでこの大陸に上陸します」
「前言撤回! 何だそりゃ!?」
これはもう衝撃なんてレベルじゃない。世界の滅亡が、もう目の前まで迫ってきていたのだ。話を聞いていた他の仲間達も、あまりといえばあまりの発言に、唖然として声すら上げられない。
この世界では、今自分たちがいるこの大陸以外にも、西の方にも人の住む大陸があるという。
おそらくそっちにも異界魔の被害は出ているんだろうなと、何となく気づいていたが、陽子の話ではそこはとっくに異界魔に生命を食い尽くされて、異界魔の楽園になっているというのだ。
そっち側に出現する異界魔は、この世界の環境に適応しきっていて、長時間この世界に滞在しても死なないのだ。そしてそこにいる異界魔が、次の侵略地として、この大陸に迫っているという。
今まで黙っていたステラが、鬼気迫る表情で、陽子に詰め寄る。
「ちょっとちょっと!? その話、信じていいんでしょうね!?」
「信じろと言われても、証拠なんて提示できないけど・・・・・・でも異界魔はずっと昔から、群れをなして多くの世界を滅ぼしてきたわ。この世界もその餌食になろうとしているの。私の世界にも、つい最近まで異界魔の侵略で滅びかけてたし」
胸倉を捕まれても、かなり冷静に話す陽子。本人の言うとおり、近日に世界が滅ぶとか、こんな唐突に言われても、すぐにそれを受け止めるのは難しい。
何しろ情報源が、今日会ったばかりの、かなり胡散臭い異世界人である。
「・・・・・・・・・判った、信じるよ。それで俺たちはどうすればいい? さっき言ってた交渉ってのは?」
何やら難しい顔をしながらも、ゲドは何か納得したように、そう聞き返す。
「ちょっとゲドさん!? こいつのこと信じるの!?」
「聞く前にこいつの記憶を読み取りましょうよ! そうすれば確信が持てる!」
ライアとルディが声を上げるが、ゲドは必要ないと首を振った。相手の感情の起伏をある程度読み取れるゲドは、陽子の言葉をほぼ確実だと信用していた。
そもそも異界魔が、この世界を滅ぼしかねない生物であることは、大分前から気づいていていたのだ。だがその時期が、既に目の前に迫っていることは、さすがに気づかなかったが。
「今私達は、岩木世界という世界を開拓してます。この世界の人達には、岩木世界に移住してもらおうと思ってます。元々人口が極端に少ない土地だったので、一億人、人が増えても大丈夫ですよ」
「十日以内に一億人の人間の移住を完了させろってのかよ?」
「はい、そうです」
あまりに滅茶苦茶な提案を、涼しい顔であっさりと言ってくれる。この大陸の人口は、一億五千万人。この女はその数を理解しているのだろうか?
同じように思っていたステラが問いかける。第一、いきなり姿を現した未知の勢力に、この世界の全人類の命運を任せろというのも、かなり無茶な話である。
「あんたの世界には、そんな一斉避難をさせられる凄い技術でもあるわけ?」
「ないわ。ゲドの召喚魔法で、何とか出来ない? エイドアの貴族院の時みたいに、この世界の人達全員に召喚契約すれば」
「俺にそんなことが出来る力があんのかい?」
「さあ、それは・・・・・・?」
召喚魔法の専門家のステラには全て判っている。いくらゲドの魔力が強大でも、そんなこと絶対に無理だと。そもそも召喚の契約をどう交わさせるというのか? 一定範囲の生物を、丸ごと全て強制契約させる術はあるが、この大陸全土には無理だ。
「私から伝えられることは全部です。お役に立ったかしら? 無理でも、一部でもこの世界の人達を救えればと思うんだけど・・・・・・」
いきなり現れて、衝撃的事実を次々とぶちまけて、そして最後には滅茶苦茶な提案を要求してくる、ある意味どんな強敵よりも対処の難しい女である。
もちろん頭の整理もまだつかない内から、答えなど出せるはずがない。ただゲドはふとあることを思い出し問いかけた。
「なあ・・・・・・俺の知り合いの学者の話じゃ、俺の肉体は本来の力を抑え込んでるって話なんだ。もしそれを解放したら、俺にも制御できると思うか?」
「・・・・・・さあ?」




