第七十一話 金色の鉄鬼
ビッグアリゲーターのとある大型図書館。
この巨大都市には、実に多くの図書館が存在するが、その中でもここはかなり規模の大きい方だ。中央の主に貴族が使用する高級図書館に次ぐ大きさだろう。
ここは風情を重視しているのか、ここでは珍しい木造の建物だ。屋根には瓦という、特殊な資材がビッシリと張られている。そしてここには霊術を初めとした魔法の本も、多く置かれている。
以前エイドアの図書館で魔法を学んだときと同じように、ゲドが図書館内の霊術関連の本を黙黙と読んでいる。その中には、霊術学の歴史と言った、目的とは関係ないものもあるが、ゲドも事のついでとその本も読んでいる。
図書館内は外から見たとおりに広く、大量の高い本棚にずらりと長く立ち並び、読書室は大型レストランのように、大きなテーブルと大量の椅子が並べられていた。
別の場所では図書館の客用の食堂や売店も、小規模ながら存在する。さすがは王都の有力図書館と言うべきか、エイドアの図書館を全ての面で上回っていた。
今日は平日の昼だが、それでも他の客の姿がチラホラと見える。そんな中で、ゲドのような小さな娘が、専門的な難しい本を読みふける姿は、珍しい黒髪のことも含めて、結構人目に引く。
何者だろうと、彼女を注視する者もいたが、呼んでいるのが霊術関連と判ると、納得して目を向けるのをやめたようだ。霊術士の見習いが勉強しているとでも思ったのだろう。
他の仲間達は、ゲドからそう離れてない位置の机で、暇つぶしに適当に抜いてきた本に目を向けている。
ただミカヅキは何とも不思議そうな面持ちで、もうすぐ全ての本を読み終えそうなゲドを見つめていた。
「速読術でしょうか? 何かもの凄い速さで読んでますけど、本当に全部判ってるんでしょうか? いや判ったとしても、そう簡単に霊術なんて・・・・・・」
「できるんじゃないの? 今までだってそうだったし」
「しかし霊術は、基礎を覚えるだけでも、かなりの修練がいります」
「それは他の魔法も同じよ。私が何年も苦労して覚えた召喚魔法を、あいつはちょっとむかつくぐらい簡単に覚えたしね」
やがてゲドは、隣で山のように積まれていた、最後の霊術の本をパタンと閉じる。
「よし、全部覚えたぞ」
そしていとも容易くそう言ってくれた。
「じゃあ蘇生魔法も使える?」
「多分出来るな。でもその前にやることがあるから、悪いがお前ら、その間この本片付けてくれるか?」
霊術を全部覚えたとか、結構衝撃的なことを、随分軽い口調で言ってくれる物だ。この調子にミカヅキは、本当のことを言っているのか、少し疑問を感じた。更に言えば、やること、とは?
「何か用事でも出来た?」
「ああ、さっきから俺のこと、ずっと監視している奴が、二人いるぜ。そのうちの一人は、千里眼とか魔法じゃない力で、遠くから視線を感じるな。ちょっと興味あるから、片方の一人引きずり出してくるわ」
「二人?」
図書館のすぐ隣には、一般向けの公園がある。一般人向けと言っても、様々なイベントに使用される、かなり大規模な公園だ。
その公園のある一角の林の中。そこにある高木の、太い枝の所に、何かがいた。葉っぱに覆われて、外からだとよく注意してみないと気づかない、まるで何かに隠れているかのようなそれは、人と思われる何かだった。ただしその素顔は全く判らない。
その人物は板金鎧と思われる甲冑を身に纏っていた。かなり綿密に全身を包んだ鎧で、肌や下の服が見える部分が全くないくらい全身を覆っている。
鎧の装甲の色は、光沢がそれほどない地味目な金色を基調としており、尻部には何の意味があるのか、犬のような毛が生えた尻尾がついている。
兜の部分は、前方に向けて尖った形をしたフルフェイスだ。本来目が見える部分のシールドがなく、動物の目のような黄色いガラス部分が両横についている。それもまた尖った形をしており肉食獣の目を連想させる。
顎の部分には動物の犬歯のような飾りがついており、後頭部には動物の耳のような突起部分がついている。見た感じだと、動物を模った姿のようだ。だがそれが狼なのか虎なのか、見た目だけでは判らない。
腰の部分には、ゲドの持っている物と酷似した刀剣が帯刀されており、背中には金色の長銃を背負っている。
こんな街中で、何故か完全武装態勢だ。もし憲兵に見つかったら、確実に職質されるだろう。
そしてその人物は、ちょうどゲドがいる方角の図書館を、さっきからずっと顔を向けて動かずにいた。ほとんどその態勢のままジッとしているので、もしかしたら寝ているんだろうかと疑いたくなる頃に、その人物がようやく何らかの反応を示した
「・・・・・・しまった、ばれちゃった?」
初めて発せられた、その不審人物の声は、若い女性のものであった。
今までジッとしていた女性騎士は、即座に枝の上で立ち上がる。すると彼女の両足の靴の辺りから、靴を囲うように光の輪が出現した。
魔法なのか不明だが、その光の輪が現れた途端、女性騎士の身体が枝から浮き上がった。浮遊能力を付加する力があるようで、女性騎士の全身が、雲の上に上がるかのように、光の輪を踏む形で浮き上がる。そして一気にその場から飛び立った。
突然公園の大木から、何かが高速で飛び立ったのに、公園にいた大勢の者達を驚かせる。ただ一瞬で飛び立ったため、その全体像をきちんと確認できた者はいない。ただ大量に舞い散る大木の葉っぱを目撃しただけだ。
女性騎士は都市の上空を、大急ぎで飛び続ける。その速度は、ステラのアイスワイバーンなど、比較にもならないほど速い。もっと加速を続ければ、音速を超えることだって可能だ。
この世界の航空力からすれば、あまりに規格外な飛行速度。既に都市を突き抜けて、場所は山林の上空へ移っている。だがそれを越える者が、すぐに現れた。
「嘘でしょ!?」
彼女は自分を負ってくる何者の気配を感じ、今の速度にもの凄い勢いで追いついてきていることに驚愕する。
彼女の真後ろには、白く輝く巨大な物体が、砲弾のように空中を駆け抜けていた。それは全身に気功の光を纏った巨大猪=チビであった。
彼は前のように、空中を走っているわけではない。前後両足を折り曲げて、なるべく空気の抵抗を受けないようにして、身体から気功のエネルギーをジェット噴射のように放出して高速飛行をしているのだ。
これは空中を走る普通の飛行法よりも、力の消耗が大きい上に、空中移動の小回りが利きにくい飛び方だが、飛行速度そのものは比べものにならない。どこまでも常識を越えすぎた猪である。
そしてその猪の背中には、また一人常識外の力を持った人間=ゲドがいた。風圧に耐えながら、チビの背中にしがみついて騎乗している。
女騎士は更に速度を上げようと、フルパワー準備をするが、すでに遅かった。追いついてしまった猪の鼻先が、女性騎士の背中に激突する。
共に前方に高速で飛行する者同士だったので、衝撃はあまり大きくないが、女騎士の飛行角度を狂わせることは出来たようだ。
バランスを崩した女騎士は、今まで逃げるために出していた飛行速度のまま、地面の方角に方向転換させられる。そしてそのまま墜落してしまう。
まるで隕石でも落ちたかのように凄まじい轟音が鳴り、大地が空爆でも受けたかのように抉れ、大量の木々が倒れ又は吹き飛び、森の一角が見事に破壊されてしまった。
「あうう・・・・・・」
常人ならば骨も残らず分解されるほどの衝撃を受けただろうに、女騎士は生きていた。自身の墜落によって生み出したクレーターの真ん中から、地中に埋めていた身体を引き抜く。
その姿は土まみれで汚れていたものの、怪我らしい怪我はなく、鎧にもほとんど損傷がない。いったいどれほど強靱な肉体を持っているのだろう?
「只者じゃないな? 一体何者だ、お前?」
只者で出なかったら、あのまま殺す気であったのだろうか? 女騎士が立ち上がったときには、既に相手はその場に到着していた。
地面に降り立った巨大化状態のチビと、その背中から今飛び降りた、既に抜刀して臨戦状態のゲドであった。
その姿を見て、しばし沈黙する女騎士。仮面兜で顔が隠れているため、今どんな表情をしているのか判らない。
喋らない女騎士に苛ついてきたのか、ゲドが刀を向けながら、彼女に向かって歩み始めた。それに焦ったのか、ようやく彼女は口を開く。
「・・・・・・あなたのプライバシーを覗いてごめんなさい。でも私も職務上の理由で言えないの。後でお菓子買って上げるから、今は見逃して!」
「駄目に決まってんだろ。変質者か雑魚の勇者ならともかく、こんな明らかに普通でない奴見過ごせるか。力尽くでも聞き出させてもらう」
言うや否や、ゲドは勢いよく踏み込み、女騎士に斬りかかった。まさかいきなり攻撃されるとは思わなかった女騎士は、慌てて後ろに飛び跳ねて回避した。
手加減していたのか、割と簡単に回避されるゲドの剣撃。
「やっぱり本気でかかるべき相手だな! 次は遠慮しないぜ!」
「なんでよ!? くうっ!」
女騎士も抜刀し、再突撃するゲドの剣撃を、その刀で受け止めた。女騎士の金色の刀身と、ゲドの気功の光を纏った刀身が、勢いよく激突する。そして互いに鍔迫り合いを始めた。
ここで一つ注釈する必要がある。女騎士とゲドの体格は、明らかに女騎士のほうがずっと上である。
鎧姿であるため、厳密な検査は出来ないが、女騎士の身長は百六十㎝台。女騎士はゲドを見下ろす姿勢で、刀を下に押しつけている。
ゲドとこれだけ体格差があれば、敏捷性ならともかく、単純な力比べならば、女騎士の方が有利の筈。その上で互角の鍔迫り合いを行っている。これは互いのレベル差を、判りやすく物語っていた。
二度目の剣戟音が鳴り、お互いの刀を弾いて、一歩後ろに下がる。だが態勢を整えて、再攻撃をするのは、ゲドの方が速かった。ゲドの横向きの剣撃が、女騎士の右脇腹を斬り付けた。
「うぐっ!」
大きな鉄塊をも、果実のようにスッパリ斬る斬撃を受けた女騎士。だが彼女はそれで倒れはしなかった。
鎧が相当頑丈だったようで、彼女の脇腹には、出血もなければ鎧に深い損傷もない。だが剣撃の衝撃を、鎧の下から受けたダメージはあるようで、彼女は一瞬よろめく。
すぐに態勢を整えて、ゲドのいる背後に振り返ったが、その時にはゲドの次の突撃が届いていた。それをギリギリ刀で弾き、女騎士はまた数歩後ろに下がった。
その後ゲドと女騎士の剣戟戦はしばらく続いた。戦況はゲドの圧倒的有利。女騎士はゲドに一撃も当てることが出来ない一方、ゲドの攻撃は既に二十発以上も女騎士に命中している。
どんなに頑強な鎧を纏っても、これだけ攻撃を受け続ければ、内部の人間に相当な痛手を与えているはずだ。もしかしたら骨にもヒビがいっているかもしれない。
鎧も少しぼろくなった女騎士は、既にフラフラの状態である。もう攻撃をまともによけることも出来ない状態に陥っている。
それを見て取って、ゲドは一旦踏み込みをやめる。ただし攻撃をやめたのではない。刀身に気功の力を集中させて、纏う気功力を高め始めた。刀身の気功の輝き、一段と強くなっていく。必殺の一撃の準備だ。
「待って! 判った、私の負けよ! 何でもいうからやめて!」
「・・・・・・そうか」
ついに参った女騎士がそう叫ぶと、ゲドはあっけなく攻撃準備をやめて、気功力の充填をやめた。どのみちもう逃げる気力も無い女騎士は、その場で力なく地面に座り込んだ。
女騎士は右手の人差し指を突き出し、それを自分の下腹部に向けた。
女騎士は鎧の他に、ベルトのようなものを腰に巻いている。そして身体の中央の下腹部の辺りには、小型映像器のような、奇妙な板状の機械が取り付けられていた。
その機械の画面には、何やらスイッチのようなマークがいくつも表示されている。女騎士はそのうちの一つに、ポチッとスイッチオンした。すると何が起こったか、女騎士の纏っていた鎧が、一瞬で消えたのだ。
全身の金色の鎧が、突然淡く光ったかと思うと、まるで手品のように一瞬で消えたのだ。鎧を纏った騎士の姿が消え、そこに変身したかのように、全く異なる姿をした人物が姿を現す。
それは二十歳前後と思われる若い女性だった。黒目黒髪の短髪で、童顔の容姿、肌は黄色に近い。髪・目・肌の色を見ると、ゲドとはまるで姉弟かと見間違えるほど、とても似ている。少なくともギール人でないのは確かだろう。
長袖・長ズボンの、全身をピッチリ覆った、運動に実用的そうな、緑を基調とした服を着ている。上着にはジッパーがついており、胸元には階級章のような紋章がある。もしかしたら何かの制服なのかも知れない。
そして腰には、あの奇妙なベルトが巻かれたままだ。鎧は消えたが、この部分だけは何故か残っている。その謎の女性は、やや恐怖で引き攣った表情を見せながら、両手を挙げて降参のポーズを取る。
「私は金野 陽子。地球連合軍異界科所属で、階級は大尉。異世界から貴方たちの調査をしに来たの。とにかく敵でないのは確かだから、もうそういう物騒なの向けるのやめて。お願いだから・・・・・・・・・」
謎の女性=陽子は、突然出てきておきながら、随分理解に時間がかかる発言をしてくれた。




