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第六話 バケツ運びの道中

 日が沈み始めた時間。森の中を二人と一匹が早歩きで移動している。ゴロゴロと猫のような音を上げるのは、荷物を背負った一台の手押し車。

 今回その手押し車に乗せているのは人ではなく、大きなバケツのような金属物である。これはあの時、変異前のゲドを潰したステラの召喚物である。

 車が土の上で回転し続け、時折小石にぶつかって、ガンガンと派手な音を立てる。普段静かな広葉樹の森は、それだけで騒がしくなっていた。


 そのバケツには、血生臭い物が色々と詰まっている。それはさっきゲドが全滅させた異界魔達の死骸の一部。彼らの骨や牙である。

 血の匂いを嗅ぎつけて、上空からカラスなどが飛び交っているが、ゲドが人睨みすると何処かへ飛び去っていった。


 何故こんな物を運んでいるのかというと、異界魔の死骸からは、色々と貴重な素材が手に入ることが多い。そのため、異界魔の死骸を巡って頻繁に諍いが起きたりする。

 要するにこれは、彼らにとって貴重な収入源ということだ。


 そして今この大荷物を引っ張っているのは・・・・・・ステラだった。歩行の早いゲドと小イノシシに追いつこうとして、彼女の顔は大分疲れ切っている。


「あのさ~~~~どうして私がこれを引っ張ってるわけ? ゲドが引いたほうが速いんじゃん? ていうか私怪我人なんだけど・・・・・・」

「それだったらまたその車に乗るか? 異界魔の死骸にケツを乗っけてな・・・・・・」

「ううう~~~~。ついでにもう一つ、どうして私を強制連行してくるわけ? 私を一生下僕にでもする気?」


 それはずっとステラが気に掛かってくること。自分を殺した復讐なら、とっと殺してしまえばいい。

 今までゲドが怖くて、極力余計な事は聞かなかったが、そろそろ落ち着いてきたのでいいだろうと聞いてみる。


「一生下僕? おいおい、それ以外に何の理由があるってんだ?」

「あう・・・・・・」


 もう人生の終わりを突きつけられたかのように、ステラは唸る。


「どのみち俺一人じゃ金なんて稼げねえ。素材の換金とかって、子供には出来ないんだよ。勿論宿とかもだ。だから名目上の保護者がいないとな・・・・・・」

「そう・・・・・・」


 自分がこの化け物の保護者? ある意味トンデモ話だ。

 というかそもそも関係性をどう説明するのだろうか? 金髪白人系の自分とゲドでは、見た目が違いすぎるから姉弟には見えないだろう。

 傭兵という職業柄、人攫いと猿屋への商品と思われるかも知れない。


「ところでさ、何だか今まで会ってきた奴らに、俺のことを霊術士だって言う奴がいるんだけど。あれは何でだ?」

「うん? ああ・・・・・・それね・・・・・・。あんたの今着てる服、霊術士の正装とよく似てんのよ。ロームじゃ霊術士て少なすぎるから、一般じゃあまり知ってる奴いないだろうけど」

「ほお・・・・・・」


 霊術士(れいじゅつし)とは、死霊など精霊外の霊魂に働きかける魔道士である。

 戦士の霊を具現化させて使役したり、霊界の住人とコンタクトをとって、死者から情報を得たりする力がある。この魔法分野は、霊界教の聖職者に多く広がっている。


 となるとこの身元不明の肉体は、霊術士と言うことだろうか?


(霊魂召喚の際に、間違って俺の魂を自分の身体に入れちまったか? でもそうなると何であの場所にいるのか説明がつかないな・・・・・・)


 どれほど強い術士でも、子供が戦場に出ることなど普通はありえない。更に言えば、これほど馬鹿力の戦士がギール側にいたならば、あの合戦の時に相当目立つ戦果を上げていたはずだ。


(他に出所があるとすれば・・・・・・やっぱりあれか?)


 今ステラが引っ張っている物。あの巨大バケツをチラッと見やる。とりあえず持ってきてみたのだが、いずれあれも調べてみる必要がありそうだ。





 しばらく歩くとゲドはまた何かの気配に気がついた。この身体になってから、いやに感覚が鋭い。ゲドは後ろに下がり、手押し車のバケツの裏に隠れた。


「どしたの?」

「先に俺の姿を見ると、あいつら先に逃げるかも知れないからな」


 ステラは首を傾げるが、すぐに意図が判った。向こうの森の茂みから、ガサガサと何かがこっちに近づいてきているのが見える。

 やがて姿を現したそいつらは、見覚えのある鎧と武器を持っていた。


「へへ・・・・・・女と子供だけで、荷物運びか? それは危ないぜえ~~。現にこうして危ない目に遭ってるしな~~」

「しかし美人かどうかも判らねえ顔だな。これじゃあどのぐらいの値段になるか判らんな・・・・・・」


 にやけながら恐喝者の常套文句の台詞を投げかけてくるそいつらは、昨日まで砦に勤めていた傭兵達だった。


 ステラはそいつらの顔にも見覚えがあったが、向こうはステラのことに気づいていない。なにしろ彼女の顔の腫れは、未だ治っていない故に。

 それと後ろに隠れた小柄な何かには気づいているが、それが昨日、自分たちがびびって逃げ出した相手だということも気づいていない。


(負傷中の女と子供だけで森の中で荷物を運んでて、しかもこいつは猿屋と取引してた奴らだ・・・・・・。確かにあたしらは格好の標的だよね・・・・・・)


 まだ怪我が治りきっていない状態で、大荷物を運び疲弊しきった今の自分は、戦闘となるとかなり不安が残る状態だ。

 だがステラは何も怖くなかった。もっと怖い者が、すぐ後ろにいる故に。


「よお、お前ら。昨日ぶりだな」

「!?」


 いやらしい顔で二人の傭兵達が、ステラに迫ってくる最中に、狙い澄ましてゲドが顔を出す。

 すると今まで圧倒的優位の狩人の立場にいた者達の表情が、一瞬で逆転した。


「きっ、昨日の魔女!? うわっ、失礼しました」

「俺たちはただ、ここは危ないよって注意して上げたんだ! うん、そうなんだ! じゃあ、お前ら気をつけろよ!」


 Uターンして撤退しようとする二人。だがゲドはそれを見逃してくれなかった。

 瞬足で走るゲドが、二人の間を通り抜けて、一瞬で追い抜く。それと同時に、二人の傭兵は唐突に後ろに倒れ込んだ。


「へっ!?」

 何かに躓いたわけでもないのに転んでしまった。どうしたのかと仰向けの状態で、自分が立っていた所を見ると、そこに自分たちの足がまだ立っていた。


 こっちは倒れているというのに、これはどういうことかというと、その足は脛の辺りから木材のようにバッサリと切断されていたからだ。

 それと同時に、今自分たちに下足部の感覚がないことに気がついた。


「うわぁあああああ~~~!?」


 いつのまにか自分の両足が斬り倒されていたことに、二人は絶叫した。足の切断部には、あまり血が流れていない。どれほど鋭く斬られたというのか・・・・・・


 侮蔑しきった表情で、本来は自分よりも遙か背が高いはずの相手を見下ろすゲド。


「まっ、待ってくれ! もうしない! 金も全部やるから助けてくれ!」

「砦が潰れちまって、稼ぎ場所がなくて困ってたんだ! しょうがなかったんだ! 俺だって好きでやってるわけじゃ・・・・・・」

「じゃあ、今までお前らがしてきたことも、好きでやってたんじゃないってか? 何の罪もない人を捕まえて、散々踏みつけて、逃げしてやると言って、笑いながら背中から斬り殺したのは一体誰だ? 自分らが命乞いが許される立場だとおもってんのか!?」


 凄まじい怒りと憎悪の声に、呼吸が止まりそうな程戦慄する二人。それと同時に、何でこいつがそれを知ってるんだと疑問に思う。まさか霊術で死者から聞いたのか?


「俺もお前らも同罪だがな・・・・・・罪の重量なら、お前らの方がずっと上だ。俺は人殺しは嫌いだが、お前たちは別だ。裁かせて貰う・・・・・・」

「やめ・・・・・・!」


 何か言おうとした傭兵の顔面を、思いっきり蹴りつけるゲド。その小柄な身体から繰り出された踏みつけで、傭兵の顔は少し凹み、歯が砕け散る。

 そして小さな革製の靴に、泥の上に、赤い液体が付着した。


「ちょっ・・・・・・ちょっとゲド・・・・・・」


 前にステラが受けたのよりも、更に激しいリンチが行われる。作業はただ相手の身体を、繰り返し踏みつけるだけ。

 その度に顔が崩れ、肋骨が折れる音が聞こえ、腹の中の者が口から吐き出される。

 一人二十発分ほど蹴りつけた後で、ようやくゲドが止まった。傭兵達は、あまりに惨たらしい姿で、もう二度と動かない。


「もう死んだか・・・・・・やわな奴らだ。もういくぞ」

「ええ・・・・・・」


 そして何事もなかったかのように、二人と一匹は、また森の中を進んでいった。


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