第七十話 死者と生者の都市
ギール王国。ゲドの住まうこの大陸の二大国家の一つである。
文化や言語はローム王国と似通った国でありながら、様々な面でローム王国とは異なり、それが原因で以前からローム王国と対立することが多かった巨大国家。
この国では祖先の霊を信仰の対象とする、霊界教を国教としている。それだけならばいいが、自国こそが霊界教の総本山と主張していた。
そしてローム王国ほどではないが、他国の他信仰に軽蔑した考えを持っている。霊という身近な存在に、主神や格差などあるはずが無いので、この主張は他国からは呆れられている。
そしてもう一つ驚くべき話がある。この国を治めている王は、生きている人間ではないのだ。
コウキという、何百年も前に崩御したかつての女王が、死霊となって、今でもこの国を支配しているのだ。
コウキ以外にも、ゼンキというコウキのかつての夫も、同様に死霊として、王であるコウキの補佐についている。死者が生者の国を支配するという、何とも異端の国家なのだ。
そんな国に、一行は来訪してきた。ゲドにとっては、ずっと前から故郷のすぐ隣にある国でありながら、大昔から全く交流がなく、情報もほとんど来ない未知の領域。その禁断の国境を越えて見せたのだ。
入国自体は特に問題は起こらず、あっさりと完了可能だ。何のことはない、いつものように空を飛んでいけばいいのだ。
「もうすぐ国境を越える辺りだと思います。この方向を真っ直ぐ進めば、王都のビッグアリゲーターに着きますよ」
「関所らしき者が見えたけど、あそこはいいの?」
「行かない方がいいですよ。本当は駄目なんですけど、ロームからの入国なんて、絶対許可されませんし・・・・・・私も出国の時は、こっそり抜けてきましたし・・・・・・」
国境には世界を跨ぐかと思うほどの、あまりに長い塀が伸びている。
その大きさは場所によって規模が異なっており、ある部分では公園の柵と変わらない程度の簡素な所、あるところでは多くの兵士達が駐留している砦となっているものなどである。全体で見れば、人の通り抜けしやすい所ほど、塀は大きく立派であった。
今ゲド達が通ろうとしているルートは、平地より少し険しい森の中であるが、それなりに大きな城壁が、国境を跨いでいた。
そして上空から見上げるステラの、右方向の国境には、中規模程度の砦が立っていた。以前ステラが勤めていた砦よりも、少し小さいぐらいだ。
昔はあそこの地区には、ローム王国の傭兵が駐留していたはずだ。だが最近のロームの国内情勢がきっかけで、国境の守備権をギール王国に奪われている。
おそらくあそこには、現在百人以上のギールの国境警備隊が駐留しているだろう。
ちなみに現在一行は、いつもの空飛ぶバケツやアイスワイバーンではなく、全員チビに乗っていた。そう、ついこの間にその強大な力が露わになった、あの不思議なウリ坊にである。
試しにゲドが、大きくなれというと、チビはその命令通りには、呼び名とは対照的な巨大な猪に変身して見せた。そしてその巨大な背中に全員を乗せて、現在悠々と空を走っている。
巨大な猪が空をかける光景は、ローム王国領でも目立ちまくっていた。集落の辺りを通過するたびに、下の方から騒がしい声が聞こえている。
この事態にゲドと付き合い馴れていないミカヅキとサトルは、最初はややびくついていたものの、今は少し馴れてきたようだ。
恐らくギール王国内でも騒ぎになるだろうが、それは仕方が無い。出国の時は、こっそりと塀を抜けてきたミカヅキ達だが、その時は二人だけだったから可能だった。
これほど多人数となると、気づかれずに入国なんて不可能だ。そもそもギール人と肌の色が違う者達が、国内を彷徨くだけで目立つはずだから、その手の心配はどうしようもないと、今の時点では割り切っていた。
「あっ、砦の奴らが発砲してきた」
「えっ!?」
達観していたミカヅキだが、ゲドの言葉に我に返ったかのように飛び上がった。砦の方を集中して観察する、遠くて判りづらいのだが、機関砲を撃つ連続した発砲音が少しだが聞こえてきた。
「本当だわ。まあ、これだけ目立つ領土侵犯をしてれば当然よね?」
「ちょっと、どうすんのよ!? これ私ら間違いなくお尋ね者よ!?」
普段の無理に繕った丁寧口調を忘れて、ミカヅキが大声を上げた。だが彼女以外に、慌てた者はいなかった。
「今さら何言ってんだよミカヅキ。この人達を国に入れることを決めた時点で、犯罪者は決定だろ? そもそもお前は既に死体遺棄罪を犯してんじゃん」
「それはそうだけど・・・・・・」
ミカヅキと違って、平然とした感じのサトル。その言葉にミカヅキは口ごもる。
距離が遠いためか、砦からの銃撃はこちらに当たる様子はない。仮に当たったとしても、チビが魔法で結界を張っているから、特に恐れる理由はない。だが国境警備隊は、確実にこのことを本部に報告するだろう。
「そう心配すんな。何かあったら俺がどうにかしてやる。何だったらこの国を丸ごと黙らしてやってもいいし。勿論死人はなるべく出ないよう気をつけるぜ」
軽く凄いことを言って慰めてくれゲド。以前アビーに攻められたことを、もう忘れているのだろうか? これにミカヅキは以前アビーが言っていたことを思い出す。
(私のせいでギール王国が滅んだら・・・・・・私いったいどうしよう?)
自身の罪の償いのために、かなりとんでもないことをしたことに、最初は覚悟を決めていたミカヅキ。
だが今さらになって後悔の念が沸き始めていた。今彼女は、国を軽くつぶせる怪物を、祖国に連れてきているのだ。
「しかし本当に変な国だな。何だか空の上に、でっかい銀皿が浮いてるし」
「「!?」」
ゲドの意味不明な発言に、その場の全員が首を傾げたが、ゲドは特にそれ以上の話をしないので、そのまま気にとまることなく、一行はギール領土を進んでいった。
ギール王国の王都ビッグアリゲーター。一行はその地に、あっとうまにそこに到着していた。
急いで国を渡る必要はないと、最初はゆるりと観光気分で空の旅をしていたが、国境の砦で攻撃を受けたことで、大急ぎで王都へと進むことになった。指名手配とかになったら、ゆっくり図書館に入る余裕もないからだ。
最もあの巨大な猪の姿から、小さなウリ坊を連れた一行と結びつけるのは難しいだろうが。
高速列車をも遙かに凌ぐ速度で、空中を大突撃したチビ。起きる風圧は相当な物だが、結界でそれを遮断しているため、搭乗者に何の影響もなかった。
大地にいる者達も、それが何なのか、目撃しても速すぎてその実体を掴む者はいないだろう。
そんなこんなで一行は、あまりにあっけなく、何の困難もなく、祖国の敵国であるギール王国の中心地に到着してしまった。
「ここがギールの王都か・・・・・・見事に褐色肌の奴らばかりだな」
「いや、一番に気にするところはそこじゃないでしょうが・・・・・・」
少し感慨深く語るゲドに、ステラは呆れと怯えを混ぜた口調で突っ込む。
「・・・・・・判ってるよ。いくら霊界教が国境だからって、これはやり過ぎだろうが」
ビッグアリゲーターは、ブルーフォレストよりもやや規模が小さいが、やはり王都と言うだけあって、とても広大な都市だ。
立ち並ぶ建物や、街道の整地ぶり・並び立つ街灯・街の人々の服装など、街の文化様式はロームに近い物であった。ただ茶色がかった建物が多く、あちらより少し地味な感じであったが。
街の人々は、ほとんどがギール人らしい褐色の肌の者達だ。勿論中には、ローム人と同じ白人肌のものや、両方混ざった色の人種もいる。それは十数人に一人ぐらいの割合で、多いわけではないが、さして珍しがるほどでもない。
そのため一行が街の中の大通りを歩いていても、彼らに奇異の目を向ける者もいない。ゲドの霊術士風の服装も、この国では目を引く物でもない。
ビッグアリゲーターの人口はやはりかなりのものだ。それは街を少し歩いただけで判る。
ブルーフォレストでは、勇者達の横行のせいで、街の人々は不用意に外を出歩くのを避けるため、街の中は規模の割に人の往来がまばらだった。だがこの都市では、人々が街道を賑やかに歩き、田舎者が見たら今日はお祭りかと思うほどだ。
彼らの顔つきには、ブルーフォレストにはなかった活気がある。ローム王国が散々悪の国と吹聴し、今現在フライド王国の件で、大陸全土の国々から非難を浴びている、何かと評判の悪い国だが、国の実体はゲドが知る中ではかなり平和な方に思える。
・・・・・・まあ、ここまで説明してあれだが、ゲド達が一番に目を引いたのは、そういったものではない。それは都民と平然と一緒にいる、もう一つの住民達だ。
「何でこんなに幽霊がいるんだよ。正直怖いよこれ・・・・・・」
「うん、私は目が見えないけど、気配はいっぱい感じる。ここってゴーストハザード地区じゃないんだよね?」
カイとライアもすこし怯えているそれは、都市中にいる幽霊達だった。
その姿は様々で、普通の人間とほとんど変わらない者もいる。だが中にはモンスターかと思えるような異形の者もいる。歩く白骨死体のような者。中を浮く風船のような球体に、塗り絵のような目がついた者。ナメクジのような形で、道を這っている者。
外見は様々だが、共通しているのは、彼は皆姿が透けていると言うことだ。誰でも一目で霊体だと判る。
実体化しているようで、何かの買い物なのか、鞄を持っていたり、荷車を引っ張っている者もいる。
霊感の無い者でも、その姿と声は認識できるようで、街中で生きている人間と談笑しながら歩いていたり、何かの店で客寄せの声を張り上げている者もいる。この国では幽霊も、普通に職につけるようだ。
生者と死者が平然と一緒におり、ゴーストタウンという単語が、本来の意味では別の意味で使えそうだ。
「・・・・・・この国ではこれが普通なのか?」
「いや、全部じゃねえよ。俺の街は田舎だったからな。こんなに霊は多くなかったな」
同様に顔を引き攣らせているルディに、サトルがそう説明してくれる。そしてミカヅキがその話を続けた。
「彼らはこの国の霊術士が召喚した死霊たちですね。ここではかなり人口が多い方ですが、それでも国内で死霊の姿を見るのは日常茶飯事です」
「怖くないかそれ?」
「いえ全然。・・・・・・実を言うとギール王国では、人々の死生観が外国とは大分違うんです。この国では、死は永遠の別れではないですから」




