第六十七話 ミカヅキの事情
遡るは数ヶ月前、ギール王国のとある地方都市での出来事。
霊術士であるミカヅキは、騎士の地位におり領主の身辺警護を任されていた。ローム王国と違って、ギール王国での騎士は、しっかりと治安・軍事の役割を担っている。
ところが街の祭りが行われていたある日、領主の娘が失踪する事件が起きた。直前まで邸宅の庭で遊んでいたのだが、護衛の騎士達が目を離した僅かな隙に、いつの間にか消えていたのだ。
領主とその家族は当然大慌て。護衛の騎士達も、自身の責任感から、必要以上に躍起になって娘の捜索を始めた。娘はどうやって消えたのか? あの厳重な警備を抜け出すとは、攫った奴は相当な手練れに違いないと、彼らは過剰なまでにいきり立っていた。
冷静さを失っていた彼らは、この事象は誘拐に違いないと、盲目的に思い込んでいたのだ。
やがて騎士の一人のミカヅキが、祭りが行われている近くの、人気の少ない路地裏で、その娘を発見した。
遠目からだったが、その衣装から娘だと即座に判別できた。だがいたの彼女だけではない。手に武器と思われる長物を持って、娘のすぐ後ろについている謎の人物がいたのだ。
これが誘拐犯だと思い込んだミカヅキは、即座に霊術の攻撃魔法を使って、その謎の人物を攻撃した。その人物はその一撃で即死。娘は無事に保護され、事件は解決のように見えた。
だがすぐにミカヅキの不祥事が発覚してしまった。そもそもこの事件は誘拐などではなかったのだ、娘が消えたのは、彼女の自前の霊術で警備を誤魔化し、自分で外に出たのである。ただ祭りを見に行きたいだけに。
普段は大人しい娘で、このような行動をするとはあまりに意外すぎて、誰もが自発的な蒸発だと思わなかったのである。そして彼女と一緒にいた不審人物は、ただ迷子になった娘を、家に送り届けようとしていた庶民の少年であった。
持っていた武器のように見えた物は、祭りで買った食べ終える直後の綿飴の棒であったのである。
あまりに間抜けな過失致死を行ったミカヅキは、その日のうちに領主の護衛を解任され、後に騎士階級剥奪も確実となった。
その後ミカヅキはどうしたのかというと、何と火葬が行われる前の被害者の少年の遺体を、安置所から盗み出したのである。
それが発覚したときには、すでにミカヅキは自前の霊術を使って、国外へと脱出していました。この事態に遺族も奉行も、訳が分からず愕然としていました。
ミカヅキが何故このようなことをしたのかというと、少年を生き返らせて、自分の罪を償うため。普通なあまりに滑稽な発想であったが、彼女にはあるアテがありました。
それは少し前からギール王国内でも話題になっている、ローム王国内に現れた、新しい黒の女神の出現であった。
「というわけで、このグールにあんたの血を飲ませて欲しいって話らしいわ」
時と場所は戻って、ここは王宮の玉座の間。相変わらず王宮の略奪は続いており、そして彼らもまた相変わらずこの場に留まっていた。
いい加減飽きてきているのだが、ゲドが帰ってくるまで皆きっちり待っていた。
そして今ステラが、さっきミカヅキから聞いた話を、帰還したゲドに代わりに復唱して、最終的な彼女の頼みを伝えていた。
かつて黒の女神コンは、グールであったゲイランという娘を、自身の血を与えて元の人間に生き返らせたと言われている。
それと同じ事を、ゲドにも出来るのではと考えたのだ。
「お願いしますゲド様! 私は・・・・・・」
「いいぞ」
私は・・・・・・の次に、どんなことでも~~と言った台詞が出そうな所を、ゲドは最後まで聞かずに速攻で了承の回答をした。
特に深く考え込んでいる様子もなく、実にあっけらかんとした口調での了承である。
「・・・・・・え?」
「そんなあっさり・・・・・・いいのかよ?」
大なり小なり渋られるだろうと思っていたのが、あまりにあっさりと受け入れられたのに、ミカヅキとサトル、そして隣にいたアビーも目を丸くしている。この様子に、逆にゲドが意外そうに戸惑っていた。
「血を少しやるぐらいで、そんなめんどくさい交渉がいるか? むしろ俺から頼みたいところだ」
ゲドの後半の謎の言葉に、ミカヅキ達が首を傾げたところを、ステラが後に続く形で説明を始める。
「実は母さんから言われているのよ。こいつの血の身体強化を、人間で実験してみたいって。でもどんな風になるか分かんないし、それで人が死んだらやばいから出来なかったんだけど。もしサトルが進んで実験台になってくれるなら、こちらも喜んで了承するわ」
これまでに亀と土の精霊に血を与えて、ゲドの血の力が、女神の伝承通りであることが判っている。まだ不明なのが、これを人間に与えた場合どうなるのかということ。
ミカヅキが当てにしたように、女神の血は、死者を生者に戻し、強大な力と不老を得るという。グールであるサトルが、それで生き返れば、また一つゲドが女神であるという確証が増える。
ただ女神の伝承には不安要素もあった。優れた精神力のない人間が、女神の血を飲んでしまうと、人妖という怪物になってしまうというものであった。
かつてコンに敵対したある国の王が、彼女の血を飲んで人妖になり、自らの国を滅ぼしたという。もし仮に成功したとしても、亀のアルフォンスの例を考えると、人とも言えない変な生き物になってしまうかもしれない。
どのみちそんな得体の知れない力を、何の保証もなしに手に入れようと考える者は少ないだろう。
「もし俺の精神力が足りなかったら?」
「化け物になるんでしょうね。伝承の通りなら」
「大丈夫だ。その時は俺の手で、お前を楽にしてやるよ」
不安げに問うサトルに、ステラとゲドが元気づける気などさらさらない返答を返してくれる。
今まで自分を生き返らせるなど、あまり期待していなかったサトルだが、まさかここで生きるか死ぬかの大博打をすることになるとは思わなかった。
サトルが決断をする前に、ゲドが刀を引き抜き、それを左腕に当てようとしてきた。今ここで自分の血液を採取する気だ。
「ちょ、ちょっと待って! 少し考えさせて!」
慌てて止めに入るサトルに、ゲドは実に残念そうに、動かす刃を止める。すると今まで黙っていたアビーが、ここで割り込んできた。
「ミカヅキさんが血を飲んで力をつけて、それでサトル様を生き返らせるのはどうでしょうか? 確か霊術には、死者を蘇らせる魔法がありましたよね?」
「えっ?」
まさか自分に話を振られるとは思っていなかったミカヅキが、この言葉に目を点にする。アビーが言うとおり、霊術には死者蘇生法が存在する。
だがこれは超級と呼べる程の術士でないと扱えないと言われており、例え出来たとしても、それは邪法の術とされており、明確に法では禁じられていないが、敬遠される技術ではある。
ミカヅキは既にグール作成という邪法を行っているので今さらではあるが。そもそも最初の精神力の問題が解決していない。
「冗談じゃねえ! ・・・・・・・・・いえ、とんでもありません! 私ごときに緑人の力を得られるとは思えません!」
「そうか? 安置所から死体を持ち出すぐらいの度胸があるんだから、できそうなもんだけど?」
ミカヅキの最初のヤンキーぽい口調をさらりと流し、ゲドがそうあっけらかんに言う。だがミカヅキは変わらず、首を縦に振り続けた。
「じゃあ、血を飲ませる話はなしってことで、ゲドが霊術を体得して、それでサトルを生き返らせてあげるっていうのは?」
「実験希望者ならともかく、今日会ったばかりの奴に、そこまで手間かけて面倒見るのもな・・・・・・」
そこまで言ったところで、ゲドの中であることが浮かんできた。それは死者蘇生という力その者に対する興味である。
かつてムツ村の件で、自分が死者蘇生が出来たらと思い悩んだことを思い出す。もしこれから先、自分の過失が誰か死んだとしても、その技が使えれば、今後は自分が後味悪い思いをせずにすむかも知れない。
特に彼女には今、自分と違って無敵ではない連れが四人もいるが故に。
「よし、いいぞ。お前俺に霊術を教えろ。もちろん蘇生術もな。そうすればそいつを生き返らせてやる」
「えっ!?」
急に言ってることを百八十度変えたゲドに、ミカヅキは二度目の目が点をした。だがその言葉は、彼女にはかなえられる話ではない。
「ええと・・・・・・それはできません。普通の霊術ならともかく、死者蘇生なんて学校でも軍でも習いませんし」
「じゃあどこで習える?」
「公にそれを習わせている所なんてありません。王都の大型図書館なら、それに関する本があるかもしれませんが。ただとてもじゃないですけれど、ただ術式を呼んだだけで、体得できるものではないはずです」
「それなら問題ない。つまりギール王国の王都に行けばいいんだな?」
ミカヅキの忠告に対して、ゲドは随分と楽観的であった。それもそのはず、元々ゲドは魔法や気功の知識など全くないのに、本を読んだり、他人の技を見ただけで、普通ではありえないぐらい簡単に技を習得してきたのだ。
「次の目的は決まったみたいね。どのみちもうこの国にはいられないし、ちょうどよかったわ」
ステラが周りの面子を見ると、カイ・ライア・ルディも異論ないと首を振っていた。
「ギール王国は俺たちの国の敵国だ。何かあったら、当然お前がフォローしてくれるよな?」
「え、ええ・・・・・・まあ・・・・・・」
言うまでもないが、ミカヅキとサトルの動向も決定した。後残るのは・・・・・・
「アビー、お前も一緒に来るか? どうせ国は潰れちまったし、他に行く所なんてないだろう?」
何もないのは、今日崩壊した国の王女であるアビーだ。彼女は気難しい顔をしてしばらく考え込んでいたが、すぐに首を縦に振った。
「・・・・・・私はこの国に残ります。今さら何が出来るか判りませんが、私に出来る精一杯のことを、ここでしようと思ってます」
「出来ること何てあるのか? ローム王族は全国民から恨まれてるぞ?」
「それでも祖国が戦争を仕掛けた、敵国の領土に入るよりはいいほうです」
「ああ、それもそうか」
アビーのローム残留は本人が強く決めていた。これからこの国の王族・貴族達は、自分たちが今までしてきたことのツケを払うことになるだろう。
彼女のように悪意がなかった者なら、別国に逃げてもいいような気もするが、本人がそう決めたのならば仕方がない。
外では略奪の声も大分小さくなってきている。
まもなくして一行は、空飛ぶバケツと霊体グリフォンに乗って、生まれ育った国から“永遠の別れ”を告げることになる。
一行の次の目的地は、東方にある隣国にして、ロームと同等の大陸最大の国、『死者と生者の国』のギール王国である。




