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第六十六話 最強の猪

「ステラ、チビがいないんだけど・・・・・・」


 場所はさっきと変わらず玉座の間で、一行はミカヅキの話を聞いていたところであった。

 彼女の頼みを聞くかどうか、とりあえずゲドが帰ってから聞いてみようという話に収まったところで、ルディが仲間の一人の不在に気がついた。


「ありゃ? そういえばいないわね? いつからいなかったっけ?」

「さあ? いつも勝手についてくるし、普段全く気にかけてなかったし・・・・・・」


 ゲドが変異を起こしたときから一緒にいた一頭の子猪のチビ。彼は相当に人間にしつけられていたのか、動物を連れているにも関わらず、全く手にかかることはなかった。まるで人間の言葉を理解しているかのよう様子で、排泄などもきっちり人間の便所に行っていたりした。

 手にかかるようなことなど全くなく、あまりに自然についてくるものだから、一時期その存在を忘れることが多々あった。


「猪ですか? 私がこの部屋に入ったときはいましたけど?」


 一行の問いに、アビーがチビの目撃証言を告げる。彼女はこれ以上何も喋ることもなく、かといって玉座の間から出ると、略奪者から危害を加えられるかも知れないので、今だに黙ってこの場所にいる。

 ちなみに略奪者の元気良い掛け声は、今だに城の中を合奏中である。


「てことはゲドの後を追っていったのか!? それってかなり危ないんじゃ!? 外にはちょっと危ない人達があんなに・・・・・・」

「大丈夫じゃないの? あいつ母さんが言うには、竜をも吹き飛ばせるぐらい強いらしいし」


 カイがすぐに助け出そうと立ち上がろうとするが、ステラが落ち着いて様子で止めに入る。

 かつてフレット王国の実家で、母テトラから聞いた言葉。彼女の話では、チビは相当な強者だということだ。ステラ自身も、間近に接していて、チビの尋常じゃない力を少しながら感じていた。

 ただその力を、これまで一度もこの目で見たことはないが。


「ウリ坊が竜より強い? どんな魔物ですかそれ?」

「ちょっと変わった体質の普通の猪よ。もしかしたらミカヅキが言ってる、女神の血を飲んだ動物かも知れないわね」


 ステラの推測の言葉を聞いて、一緒にいたミカヅキとサトルも一瞬険しい顔を見せる。女神の血とは、彼ら今望んでいる物だ。

 ただそれが本当に、自分たちが望む力があるのか、まだ何も判っていないのだが。






「ピギィイイイイイイイイイイイッーーー!」


 再戦が始まった直後、巨大猪=チビ?が、高らかに彷徨を上げる。これはただの気合いの鳴き声ではない。

 何かの術式なのか、途端にチビの全身から、膨大な魔力と気功力が、ダムの決壊のように大量にあふれ出してきた。その強さを感じ取った隣のゲドも、向かい合う大猿たちも一瞬動揺している。


「何だ!? 変身でもするのか!?」


 ゲドの期待と違い、残念ながら変身ではなかった。起きた異変は巨大化である。

 元々大きかったチビの身体が、グングンとカメラのズームアップのように、急速に大きくなっていく。最初の牛の倍の大きさだったのが、すぐに象ほどの大きさになり、あっとうまにクジラほどの巨大生物に変じていく。

 あまりに急激な巨大化に、ゲドは危うくその巨体に踏まれそうになって慌てて距離をとる。

 既に敵対する大猿と渡り合えるほどの巨体になったチビ。彼は巨大化が止まった後、再び戦意の彷徨を大猿たちに向けた。


 大猿たちは、小さいゲドよりも、自分たち以上の巨体のチビを、一番の脅威と考えたのか、三匹一斉にチビに飛びかかった。

 ゲドがチビの援護に回ろうと、伸びる斬撃の準備を始めるが、その必要はなかった。


「ブヒーーーーーーーーー!」


 チビが豚みたいな鳴き声を上げながら、鼻息を吹き上げた。

 只の鼻息ではない、気功力を纏っているのか、火山噴火のように熱く、台風のように強大な熱風が、チビの鼻から爆音のような音を上げて吹き上げられる。

 そしてそれらは顔面間近に迫っていた、大猿たちに吹きかけられた。


「おおっ!?」


 それによって起きた現象に、ゲドが思わず驚嘆の声を上げる。チビの発した気功力の凄まじさと、それによる鼻息で大猿三匹をまとめて吹き飛ばしたパワーに。


 数十トンはあるだろう、三つの巨大な生物の身体が、まるでそよ風に吹かれた枯れ葉のように、遙か後方に飛んでいったのだ。

 勿論飛んだの大猿だけではない。ゲドとの戦闘で荒れ放題の周囲の物体。大量の倒木や、砕けた岩、大量の土埃が、箒で払われたかのように吹き荒れて、一帯を綺麗な平らな大地に変えていった。


 大猿三匹は地面を数回バウンドして、最後に地面に身体の一部をめり込ませて、一時的に静止した。

 今の攻撃が相当効いたのか、大猿たちはヒクヒクと痙攣して、すぐには起き上がらない。その隙にチビが次の攻撃態勢に入る。

 チビの全身、いや正確には頭から肩の部分に、気功の光が纏われていく。神の後光のように輝き出すチビ。その光は、気功武術のパワーチャージと同じものだと、ゲドは気がついた。


 大猿たちがようやく調子を取り戻したのか、めり込んだ頭や尻を地面から引き抜こうとしたときに、チビが全速力で駆け出した。

 光る巨大猪の大突撃。その姿はどこか神々しい姿に映る。チビが狙うのは、倒れた三匹の内の一匹。その一匹に渾身の体当たりを与えた。


 グシャッ!


 果物を踏みつぶすような、生々しい音が響く。潰したのは果実ではなく巨大な肉と骨の塊で、飛び散るのは果汁ではなく大量の血と肉片である。


 ようやく地面にめり込んだ頭を引き抜いた大猿は、後方からのチビの突進を、尻に激突され、その一撃で即死したのだ。後ろ足が棒きれのように両側に飛び、尻の肉と内臓が強力な衝撃でグッチャリと潰され、ミンチになって周囲に飛び散る。

 大猿の巨大さから、その量は相当な物で、一帯に無数のぐろい雨が降り注ぐ。大猿は下半身を完全に破壊されて息絶えた。


 一匹を倒したチビは、必殺技の行使が原因か、やや身体のバランスを崩してふらついていた。その隙に既に起き上がった二匹の大猿が、仲間が倒されたことなど構わず、チビに襲い来る。

 一匹がチビの背中に馬乗りになって上から殴りつけ、もう一匹がチビの尻に噛みついてきた。チビはそれにやや身体を震わせるものの、さほど深刻なダメージを受けていないのか、すぐに反撃行動に出た。

 四本足を器用に動かして、全身を独楽のように地面の上を回転させる。尻に噛みついていた大猿がその動きに身体を引き摺られ、噛みついた口を離して大地に倒れ込む。


 猪はもう半回転して、大猿の前に顔を向けると、今度は自分が噛みつきにかかった。倒れ込んだ大猿に飛びかかり、喉元の柔らかい肉に噛みつく。

 大猿は喉を潰された苦しみ悶えながらも、全く悲鳴を上げることもできない。そしてすぐにチビの口が、大猿の喉から離れた。噛みつきをやめたのではない。喉の肉が、大猿の本体から分離したからだ。

 喉の肉を噛みちぎられた大猿は、喉から大量の赤い液体を放水しながら、最後まで一言も声を出せずに息絶える。チビは口に含んでいる猿の肉を、唾と一緒に近くの地面に吐き出した。相当不味かったのか?


 大猿の最後の一匹は、チビの背中を何度も何度も、太鼓のように殴り続けている。鈍重そうな猪の肉体は、肉厚で丈夫なのか、あまり効いている様子はない。

 これにチビはどう対処するのか? 普通なら振り落とそうとするだろうが、チビはそうしなかった。さっきは身体の前身が青く発光したが、今度は大猿が乗っている背中が赤く光り始めた。


(魔法か?)


 ゲドが感じ取ったのは、さっきの必殺技で感じた気功力ではなく、あまり強大な魔力であった。どうやらチビは、魔法と気功、両方を扱えるらしい。とんでもないエリート術士である。

 背中から太陽のように発せられる赤い輝きは、どうやら火属性の魔法だったらしい。強力な熱に、跨いでいた大猿の股と、殴りつけていた拳が、鉄板焼きに触れたように火傷を負う。


「ウガァ!?」


 あまりの熱さに、大猿はすぐにチビの背中から降りようとするが、それよりチビのトドメの一撃の方が早かった。

 チビの背中が火山爆発のように、赤い輝きが一気に天を目掛けて放出された。十キロメートル先からでも見えるくらいの光柱、空に向かって美しく放たれる。火属性魔法で放たれた強大な熱線だ。


 光が収まった後に、チビの背中に存在していたのは、あの大猿の変わり果てた姿。大量の煙を巻き上げ、全身を真っ黒に染め上げた、焼きすぎたローストモンキーである。

 彼はチビに馬乗りになった姿勢で、瞬間的に焼死してしまったのだ。即死と共に剥製のように身体が硬くなった大猿は、元の姿勢のまま、チビの身体からずり落ちた。

 この場にはもうチビの敵はいない。チビに葬られた、巨大な獣の肉が無造作に放置されているだけである。


「ピギィイイイイイイイッ!」


 歓喜の声なのか、その場で高らかに彷徨を上げるチビ。そしてこれで役目を終えたと判断したのか、その場でチビの身体が縮み始める。

 さっきの巨大化の巻き戻し映像のように、どんどん小さくなっていくチビの身体。やがてそれは最初にここに来たときよりも小さくなっていき、ついにはゲドよりも小さくなっていく。

 そしてその縮小化が完全に止まったときには、その場にはゲドにとって見慣れた、あの縞模様の毛並みを持つあのウリ坊がその場に姿を現していた。あの巨大猪は、あの謎の声の言うとおり、本当にチビだったのだ。


 チビはゲドに駆け寄り、いつものようにゲドにその小さな身体をすり寄せいていた。


「本当にチビだったんだな・・・・・・ていうか強すぎじゃね?」


 長く一緒に旅をしていながら、なんとなく印象が薄かった小さな相棒。

 その明らかに自分より強いだろう実力に、ゲドは呆れるべきか喜ぶべきか驚くべきか妬むべきか、微妙な心境であった。



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