第六十一話 霊術士2
翌日の朝のブルーフォレストの近郊にある森の中。ほとんど人が踏み入れないだろう、藪に覆われた道なき道を、一人の女性が歩いている。
その女性の背後からは、ガラガラとタイヤの回るも聞こえた。それは棺を載せた大きな台車である。彼女の歩いた後を、その台車が草を踏みつぶし、そこに一つの獣道を作り上げていた。
その女性は、フライド王国で一騒ぎを起こした霊術士のミカヅキであった。
「私何も悪いことしてないのに・・・・・・どうしてこうなるの?」
少しやつれた表情のミカヅキが、ボソボソとそう呟いた。この場所では彼女以外には誰もいないため、答える者など誰もいない独り言の筈である。
『そりゃああんたが王都で、自分がギールの霊術士だなんて言い出すからだろう?』
その独り言の筈の言葉に、何故か答える者がいた。この場ではミカヅキ以外は誰もいない。にも関わらず何者かの声が聞こえて、彼女の発言に返答をしている。
若い男の声だ。だがその声は、肉声で放った物とは微妙に違う、電話越しにかかるような妙な響きの声である。
「私ギール人だけど、軍人でも何でもないんだよ? 別に隠す必要なんて・・・・・・」
『戦争中の国じゃあ、そんなこと関係ねえよ。敵国の人間は全て敵だと、誰もが思うに決まってんだろうよ』
ミカヅキは全く動揺することなく、その謎の声と会話を行っている。この様子からして、お互いずっと前から見知った関係のようだ。
やがて少し開けた場所に辿り着き、ミカヅキは足を止めた。そして棺の上に座り込んで、盛大にため息を吐いた。
「お腹すいた・・・・・・今日も山から適当に獲るしかないのかしら?」
『町で買えばいいだろうが?』
「それができないから、今こうしているんですけど・・・・・・」
肩を下げて、ミカヅキは後悔と空腹感で随分元気がない。彼女は棺を引っ張ったあの姿のまま、王都ブルーフォレストの街中を歩いていた。
当然棺を引っ張る姿など人目をかなり引く。途中で憲兵に職務質問されたところ、ミカヅキは堂々と、自分がギール人で霊術士であることを明かしたのである。
ギール王国は、現在このローム王国と戦争中の国家である。そして霊術士は、ギール軍の主力の一つとして、多く参加している魔道士の一つだ。
当然その場は騒ぎになり、憲兵達はミカヅキ達を捕らえようとしてきた。結果彼女たちは、この場まで逃げ出してきたわけである。
『大丈夫だ。買い出しは俺が行くから、お前はここで待ってろ』
途端彼女の座っている棺が開いた。ミカヅキの体重など何のその、彼女を地面にひっくり返して、上に開けられた棺の扉。それを開けたのは、棺の内側から外に出ている、人の両腕だった。
この棺には、中に人が入っていたのである。そして中の人が立ち上がり、棺の中の者の全容が露わになる。
「ちょっと・・・・・・事前によけるように言ってよね・・・・・・」
「ああ、悪い」
地面から立ち上がったミカヅキの視線の先には、一人の少年が棺の中から立ち上がっていた。15~6歳ぐらいで、庶民が着るような普通の衣服を纏っている。た
だし肌色はミカヅキと同じで、ギール人特有の浅黒い肌だ。ただしこっちはミカヅキと違って血色が悪いのか、少し青ざめている。
「財布くれ」
「サトル、三時間以内に戻ってこれるの?」
「大丈夫さ。ちょっと早めに走れば、すぐに着く」
「また変な騒ぎを起こさないでよ」
「騒ぎを起こすのはお前だ。俺があんなヘマするかよ」
少年=サトルの声は、さっきと違って普通の肉声の声だ。棺の中にいるときは、魔法で声を出していたのだろうか?
ミカヅキから財布を受け取ったサトルは、その場から走り出した。それはまるで一瞬でその場から消えたと錯覚するほどの、素早い動きでである。
鹿のように早く森の地面を駆け抜け、猿のように木々を軽々と超えていく。確かにこれなら三時間以内にブルーフォレストに戻って用を終わらせることも可能だろう。
「グールだってばれなきゃいいけど・・・・・・」
あっとうまにその場からいなくなった少年を、ミカヅキが心配そうに見届けながら、そう呟いた。
実はサトルは人ではない。魔法によって霊魂を強引に定着させられた動く屍体=グールである。
これは霊術によって生み出されるモンスターであり、その身体能力は常人を遙かに凌ぐ。だがそれはとても表向きに世間でやっていけるような身分ではなかった。
ギール人が敵国の王都までやってきたのも大層おかしな話だが、彼らの素性もまた凡人とはかけ離れた物のようである。
一方その頃のブルーフォレストの街の中。都市の端っこにある庶民が暮らす郊外の街。中央の毎日がお祭りのような賑やかさとは異なり、こちらは人口密度が少なく、よくある田舎町と変わらない静かな場所である。
この辺りは勇者達の被害が多く、元々寂れていた場所がますます貧しくなり、人が減っていっていて、かなり深刻な状態になっている。
そんなお世辞でも治安が良いとは言えない街の中に、少し風変わりな人物が訪れていた。
「・・・・・・・・・迷った」
潰れて閉まってしまった店がちらほらある商店街の道の真ん中で、そう口に漏らすのは、地味目な赤黒いローブを纏った一人の女性である。
何かの魔道具なのか、目には大きなゴーグルをつけており、顔ははっきりと判らない。髪は金色で短く切りそろえられており、遠くから見ると性別の判別がつきづらいだろう。手には高価そうな魔道杖が握られており、見た感じ魔道士のようだ。
今し方口にしたとおり、彼女は迷子だった。
ある事情があって彼女は、このブルーフォレストから出ようとしていたのだが、彼女はある理由があって、この都市の地理が全く判らず、こんな場所に来てしまったのである。
一応王都から出るだけなら、簡単である。ここは郊外であり、このまま近くの山まで突っ込んでしまえば、あっさり王都から出られる。だが彼女はそういうのを望んでいるわけではない。別の街に着くための列車か空便がある場所に行きたかったのだ。
街中でさえ迷子になるぐらいなのだから、山に入ったらほぼ確実の遭難してしまう。
「うう・・・・・・私勇者じゃないのに・・・・・・」
悔しそうな悲しそうな口調で、彼女はそう嘆く。途中で人に聞こうと思ったのだが、話しかけようとすると誰もが一目散に自分から逃げ出してしまうのだ。魔道士風の身なりから、庶民から勇者だと思われているのだ。
ここに着くまでの間に何十人という人に訪ねようとしたが、全員から拒絶されてしまった。
あるときは子供から泣き出され、ある者からは「私にはもう出せる物はありません! 明日を食いつなぐのも大変なんです! どうか見逃してください!」と叫ばれる。
ある者からは、略奪に抵抗するために、武器を持って襲いかかられた。もう散々である。
まずこの魔道士風の身なりをやめようとかと思ったが、それは断念した。治安の悪い子の場所で、護身用の武器を手放すのも危険だし、彼女には怪しまれずに素顔を隠す理由があったのだ。
同様の理由で憲兵に聞くこともできなかった。
実はついさっき、この近くで騒ぎが起こっていた。ギール人がこの街に侵入したとか言って、憲兵隊が右往左往にあちこちを動き回っている。
(みんな毎日勇者に酷い目にあってるのに・・・・・・・・・そっちの方が重要なわけ!?)
これに彼女は腹を立てていた。市民を守る立場にある憲兵達は、勇者達の横暴には真面目に取り締まろうせず、そんな戦闘とは関係ないだろう他国人を捕まえることの方が優先らしい。
この国は治安組織はもう、組織本来の機能をまともに果たしていないのが、誰の目から見ても判る。
ドン!
そんな時だった。街のどこかで何かの爆発音が聞こえた。音源は上ではなく下。花火が上がったわけではないだろう。その瞬間、彼女はその音の正体を即座に理解した。
「しょうがないわね・・・・・・私がやってあげようじゃないの!」
魔道士の女性はその音のする方向へと駆け出した。おそらく勇者達がどこかの家を破壊したのだろう。今時日常茶飯事の出来事だ。
ギール人を追うのに一生懸命な憲兵は、この事態に一切興味を示さないだろう。
彼女は自信の正義感と一緒に、これを機に人に恩を売って、駅のある場所まで案内してもらおうという打算を込めて、走り出していた。
良かったのか残念だったのか、彼女が着いたときには全て終わっていた。魔法によるものか、半壊して少し焦げている家の前で、彼女が見たもの。それはボコボコにされて縛り上げられた、勇者と思われる数人の男女だった。
彼らの目の前には、へし折られて剣や魔道杖があり、これが彼らの武器であったことが推察される。そしてこの家の住人であろう人々が、彼らを蔑んだ目で見下ろしていた。
周りには人が一人もいない。勇者の出現から逃げ出し、まだこの状態に気づいていないだろう。彼らを見下ろす者達の中に、少し外見の目立つ者がいた。それは褐色の肌をした一人の少年だった。
(憲兵が追ってたのはあの人? でもあれは女だって話だったけど・・・・・・)
そっちを見ているのに気づいたのか、その少年が彼女の方に目を向けてきた。
「お前は誰だ? こいつらの仲間か?」
「えっ? ちっ、違うわ!? 私は只さっきの音を聞いて、そんでゲド様を探してて・・・・・・」
慌てたのか、目的がごっちゃになって返してしまう。彼女がこの街から出て行きたがっていた理由は、その人捜しだった。
「ゲド? お前もか?」
首を捻りながら発した少年の返答は、少し予想外なものであった。
森の中で、三人が向かい合って座っている。棺をテーブル代わりにして、さっき少年が買った食糧を置いて、それを口にしながら世間話でもするように、彼らは対話していた。
「それでアビーさんだっけ、あなたはどうしてゲド様を探してるのかしら? 私みたいに誰かを助けるため?」
「ええ・・・・・・まあそんなところです」
ミカヅキに問い詰められた魔道士の女=アビーは、大分控えめな口調でそう答える。今はゴーグルをとっており、現れた素顔は結構な美人である。年齢は恐らく二十代前半ぐらいだろう。
ここに来る途中で、少年=サトルが、自分とミカヅキとの旅の理由を既に説明済みだ。彼らはグールであるサトルを人間に戻すために、ゲドを探しているというのだ。
かつて緑人である女神コンの血を飲んだグールは、人間に戻ったという逸話があるのである。その人物はこの世界でも結構有名で、大霊術士ゲイランという少女である。二人はこの話を頼りに、ゲドを追っていたのである。
「しかし街の中で迷子になったって・・・・・・王都に入るのにどうやったんだ?」
「いえ、私元々王都に住んでたので。あそこから出た事なんてあまりないので・・・・・・」
「憲兵とかに聞けばいいじゃん?」
「いえ・・・・・・それが色々あって・・・・・・」
サトルの質問にあまりはっきりしない返答のアビーに、ミカヅキがやや冷たい口調で問いかける。
「あなた貴族の家出娘かしら?」
「うっ!」
明らかに狼狽するアビー。これが正解だと、実に判りやすい反応であった。呆れた様子の二人の視線に、どうにか誤魔化そうとしたのか、今度はアビーが問いかけていた。
「それにしてもお二人とも、わざわざギール王国からここまでいらっしゃるなんて凄いですね。そこまでしてサトルさんを生き返らせたいって事は、お二人はご兄弟か何かですか?」
「いえ、私はサトルが死ぬ直前まで、お互いあったことも無かったわね」
「えっ? どうして?」
「私が話せるのはここまでです。アビーさんも、あまり自分の事を話したくないでしょう?」
「ええ、まあ・・・・・・・・・」
ゲドが暴れん坊に旅をする最中、それぞれの事情で彼女を追う者達が、今ここに集っていた・・・・・・




