第五十九話 闇の中での出会い
外はすっかり暗くなっており、すでに多くの人は就寝に入っている時間だ。
村内の灯りも、街灯以外はだいぶ少なくなっており、ゲド達が宿泊しているこの宿も、ついさっきまで観光客による宴会などで賑わっていたが、今はすでに終了している。
すっかり静かになった夜の宿。外からは時々フクロウ等の野山の動物の声が聞こえてくる。ゲド達もこの時既にベッドに眠りについていた。三人用の少し大きめの部屋のベッドで、二つの寝息が聞こえる。
(何してるんだろ俺? ゲドは元男だってのに・・・・・・しかも見た目年下だし・・・・・・)
ゲドとカイは早い内に熟睡に入ったが、ルディは中々寝付けない。それがここにいる唯一の女性の存在を意識しているせいだと気がついて、彼は戸惑うばかりであった。
だがそれも時間の問題で、しばらくすると部屋に響く寝息は三つに増えていた。
一方の女性陣の部屋も、これとは別の理由で眠りにつけない者がいた。二つベッドがある、あちらよりも少しだけ小さい部屋に、聞こえる寝息は一つだけ。
(寝付けない・・・・・・どうすれば寝れるのかしら?)
ベッドから起き上がるのはライアであった。部屋には灯りはなく、カーテンも閉め切っているため星光も入らない、真っ暗な部屋である。
だがそのことは、ライアには何の影響も及ぼさない。彼女には光など感知できない状態なのだから。
ライアは少し困っていた。いつもならさほど眠気がなくても、目を閉じていれば自然と眠りにつくことができた。だが今は閉じる目がない。それどころか瞼の皮もない。基本的な眠り型を身につけるには、まだ時間がかかりそうである。
先日の夜は、まだ治療の際の疲労が残っていためか、すぐに睡眠状態が入ることができたが、大分快復してきた今はそんな風にはならない。
だったら朝まで起きてればいいのかといえばそうもいかないだろう。余裕こいて夜更かししたら、後日の昼にしっぺ返しに来た経験がライアにはあるのだ。
こういう場合どうすれば良いのかというマニュアルなどない。ライアが高い生命力を持った気功士であることと、彼女の失明の原因を考えれば、一般の視覚障害者とは要領が異なる可能性が高い。
(ちょっと喉渇いたかな。水をもらおう・・・・・・)
そこでライアがとった行動は、あろうことか一人で部屋の外に出て行くことであった。
盲目だが特に問題なく部屋のドアノブを引いて、廊下に出ることができたライア。
屋内とはいえ、この状態で初めて一人で出歩くので、ライアの足下はおぼつかない。これまではずっとカイが付きっきり自分を導いていただけに。
(これはいい機会かもね。できるだけ一人で何かできるように練習しないと)
この宿の白い寝間着姿で、夜の廊下を歩く、丸刈り・両目隠しの少女。この姿を一般人が見たら、大層驚かれるだろう。
だが今はそんなことはない。彼女の行く道には、今は誰もいない。それはライアも判っていた。
(大分要領が掴めてきたかも。人のいないところを歩く機会なんて滅多にないかもね)
ゆっくりゆっくりと廊下を床に、足を動かし続けるライア。その動きは次第に軽快になっていくのが判る。
気功士であるライアは、常人よりも遙かに感覚能力が優れている。そして視覚を失った彼女はそれ以外の感覚=聴覚・触覚が以前より遙かに敏感になっている。
気功士の中でも上位の力を持っていたライアの感覚能力は特に凄い。近くによれば、人の呼吸や脈拍の音すら聞き取れるほどだ。
就寝前にこの宿をみんなと回ったとき、僅かな空気の流れや、多くの人々の足音のする方向から、この建物の構造は大体把握していた。それでも万一のことを考えて、両手を差し出しながら、壁にぶち当たらないように用心して歩く。
食堂に入り、そこの水の入ったピッチャーとコップ置き場があると思われる位置に立つ。
そして手探りで探った結果、なんなくピッチャーの取っ手を掴むことができた。水を一飲みしてまた元に戻ろうかと思った時、ライアはふと妙な感覚に気がついた。
(あら? 私以外にも、この時間帯に出歩く人がいるのね)
それはそう遠くない位置の、宿の廊下を歩く何者かの気配であった。感じ取れる気配と、足音の大きさからして、相手は自分よりもずっと小柄な人物だろうと当たりをつける。
ただその足音は、この宿のスリッパの音ではなく、外用の靴で歩いているような音であった。
妙な好奇心が湧いて、その者のいる廊下に出てみるライア。その人物とは、実にあっさりと対面できた。
「あれ? え~~と、お姉さん?」
「ええ、そうよ」
聞こえてくるのは、自分よりずっと幼そうな男の子の声。今のライアの外見では、彼女が少女であるかどうかなど判りにくいのだろう。相手の疑問系の言葉をすぐに理解し、彼の言葉にライアが肯定の返事をする。
「どうしたの君? 迷子かな?」
「うん・・・・・・お婆さまとはぐれちゃった」
一般に考えれば、ライアの目の前にいるだろう少年と思われる人物は、やや不審な存在である。
だが相手の姿が見えない上に、少々世間知らずな一面があるライアは、何の疑いもなく彼と言葉を交わし始めた。
「お婆さんは、ここに泊まってるの?」
「ううん。一昨日ぐらいにはぐれちゃった。ずっと僕一人なの・・・・・・」
声以外は一切姿の判らない相手と会話を始めるライア。かなり幼いだろう少年が、二日も親とはぐれているとか。何故客と従業以外は立ち入り禁止のこの建物にいるんだとか、色々と突っ込みたいところはあった。
(電車か何かで入れ違って、遠くまで来ちゃったのかしら? それで場所が判らなくて途方に暮れてる間に、ここの壁の隙間から入っちゃった?)
家出は行方不明扱いになっているだろう少年の処遇を、ライアはそんな風に考えて結論づけた。
「お家とは話ができない? 電話とか知ってる?」
「僕の家、下の人達との電話はないの。だからここからお話しできない」
「・・・・・・? 君のお家はどこにあるの? ご家族はどこの町にいるの?」
「みんなお空の上にいる」
聞いてはならないことを聞いてしまったようだ。ライアはこの少年の身の上に深く同情し、同時にこの後どう話をすれば良いのか判らなくなってくる。
「(憲兵所に連れて行くしかないわね・・・・・・でもこの村にあったかしら?) とりあえずお姉さんの所についてきて。こういうとき、一緒に探してくれる人達がいるから」
「ううん、いい。下の人達だと、お家は絶対に見つからないから。ここに大っきな空飛ぶ人がいたから、お婆さまのグリフォンかと思ったけど全然違った。白い竜と大きなバケツだった・・・・・・」
「それどういう意味?」
グリフォン・白い竜・大きなバケツ。後二つは心当たりがあるが、最初の一つは覚えがない。この子の祖母はグリフォンに乗っていたということだろうか?
「ところでどうしてお姉さんは、ずっと目を隠してるの? それじゃあ何も見えないよね? 人と話すときは、ちゃんと相手の顔を見なきゃ行けないんだよ? お婆さまがそう言ってた」
追求したいことは色々あるのに、いきなり向こうが全く関係のない話題を放ってきた。
グリフォンの話を先に聞きたかったのだが、相手は子供である。無理に詰問をすると怖がられるだろう。それに自分が顔に巻いている巻き布は、何も知らない者から見れば、確かに不思議であろう。
「お姉さん、今は目を怪我しちゃってるの。だからこうやって包帯を巻いてるのよ」
気持ち悪い顔の空洞を隠すための布を、判りやすいように包帯ということにする。すると少年はたいそう驚いた様子だった。
「目を怪我!? それいつ治るの!?」
「それが多分治らないの。結構酷い傷だったから・・・・・・」
「そんな!? それじゃあ、どうやって本を見るの!? ご飯も食べれないよね!?」
少年は失明という概念を、今日初めて知ったらしい。いつの間に同情されていることに、ライアはちょっと不思議な気分になっていた。
「うん、大変よね。でもこれは仕方ないことなの・・・・・・それより君は・・・・・・」
ジリリリリリリリッ!
ライアの問いを遮るように、宿全体、いや村全体に響き渡る緊急の機械警報音が鳴り響いた。フレット王国とは音色が少し違うが、ライアはこの音の意味することを即座に理解する。
『緊急警報! 緊急警報! 〇〇〇地区に、異界魔の出現が感知されました! 付近の住人は直ちに避難活動をするよう指示が出ております!』
警報音の後すぐに、今のこの世界では恒例となった、異界魔出現の緊急放送が村中に伝えられた。
「なあにこれ? いかいま?」
どうやら少年は、異界魔警報というのを聞いたことがないらしい。今の時代珍しい子供だ。
「えっと・・・・・・怖いお化けが近くに出たから、みんな気をつけましょうって言ってるの! だから早くここから逃げなきゃ!?」
「怖いお化け? それって人妖のこと?」
いきなり知らない単語が出てきたが、そんなこと気にしてられない。ライアは少年の手を引っ張ろうとしたが、あいにく相手の手がどこにあるか判らない。
とにかく一緒に来るよう説得しよう思った時、後ろから人の気配が近づいてきた。
「ライア! 何してんだよ! ステラさんと一緒にいないと思ったら!」
猛スピードでこっちに接近してくるのはカイだった。警報が鳴ってからそんなに時間が経たない内から、ステラの部屋にいないのにもう気づき、ここまでてやってきたのだ。相当慌てているのが判る。
「・・・・・・ごめん、喉が渇いたから水を飲もう思って・・・・・・」
「だったら何で僕に伝えないの!? 一人で出歩くなんて・・・・・・」
「だって、それだとカイを起こしちゃうし・・・・・・・」
「もういいよ・・・・・・さっきゲドさんが飛んでいったから、別に危険はないと思うけど。でも一応みんなと一緒に避難しよう」
確かにゲドがいるならば、この地区に危険が及ぶことはないだろう。彼女ならば、異界魔の出現位置を明確に見つけ出し、被害が出る前に駆除可能だ。
勿論万一取り逃がすと言うこともあるし、少なくとも他の村の者達は何も知らないのだから、ここは自分たちも早急に逃げるべきだろう。
ライアに見えていないが、さっきまで暗かった宿の廊下は、既に電灯がつけられている。そしてあちこちから他の従業員や宿泊客の声も聞こえてくる。
「何だよまたかよ? 今月に入って三度目じゃねえか? いや四度目だったか?」
「知らねえよ。でもこれでしばらくまた避難所暮らしだよ。やってられねえ・・・・・・」
恐怖より徒労が多く感じられる人々の声。最近の異界魔はあまり破壊活動を行わず、集落に隠れ潜んでいることが多い。
そのため一度出現すると、近隣の住人は十日ぐらい自分の家に帰れなくなる。しかも異界魔の出現数自体が増加している。今月になって数度目というこの村は、まさに踏んだり蹴ったりだろう。
「さあ、早く行こう。僕から離れないで」
カイが自分の手を掴んだのが判る。このまま彼に連れられるままに、外に出ようとしたときに、すぐ大事なことを思い出した。
「待ってカイ! この子を・・・・・・・・・あれ?」
さっきまで自分と会話していた少年のことを思い出し、そこに声をかけようとするが、すぐに異変に気がつく。
さっきまでそこに確かにいた、少年の気配が微塵も感じられないのだ。近くはおろか、この宿全域に感覚を研ぎ澄ましても、あの少年らしき気配は微塵も感じない。
「ねえ・・・・・・ここに人がいたりはしないよね?」
「・・・? 誰もいないよ?」
「さっきまで話してた子供いたんだけど・・・・・・何か急にいなくなった?」
「じゃあ先に避難したんだよきっと」
そうなのだろうか? ライアは上位の気功士で、感覚能力は凡人とは比べものにならないぐらい優れている。
そんな自分が、あんな至近距離にいた人物の気配の動きに気づかなかったのだ。そればかりか、いつ気配が消えたのかさえ判らなかったのだ。
自身の気功士としての能力にはそれなりに自身がライアが、その事実が信じられない。もしかしたら自身の感覚が鈍ったのではと言う不安だらけの疑惑も出てくる。
先に逃げたというならそれでよし、危険なものが近づいているという話はしたから、それをちゃんと理解していたなら、避難所で会えるかも知れない。
ライアはカイに手を引かれて、言われたとおりに先に外に出たステラとルディと共に、避難所へと向かっていった。




