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第五話 蜘蛛

「これ全部運ぶのか? 相当な量だぞ?」

「今まであいつらに盗られた分と比べれば少ないくらいだ。ある物全部持って行くぞ!」


 やがて半日ほどして。既に朝日が昇った時刻。砦の中にあった物資が、次々と近隣の村人によって運び出されていく。

 あの後すぐに砦にあった無線機で、村の避難所と連絡を取り、村人達がこの砦にやってきた。ここで起きた出来事に、最初は半信半疑だったものの、現場を見れば信じざる終えない。


 傭兵達が都市から買い込んできた物資も含めて、彼らは全てを持ち出そうとする。荷車を引っ張る人や馬が悲鳴を上げそうな感じだ。

 砦で倒れていた傭兵達がどうなったかというと、あえて詳細は省く。ただ子供には見せられない光景が出来上がった、とだけ言っておこう。


 その様子を城壁の上で、二人と一匹が見下ろしている。ステラはまだ大分弱っているが、治癒魔法で何とか立ち上がれる程度には回復していた。

 ただし顔の痣はまだかなり残っており、ステラの元の顔との判別はまだ付けられそうにない。ステラは既に近隣の村人にもその顔が知れ渡っている。だが幸いにもこの顔と、血まみれの服を着替えていたおかげで、誰も彼女がステラだと気づいてはいない。

 故に村人達の報復の手が届くことはなかった。


 一方のゲドは、最初から傷一つ追っていないが、何故か衣服が直っている。

 あの大量に付着し染みついた血が、何故かしばらくして勝手に取れていったのだ。今彼の異文化的な服は、まるで新品のように綺麗な状態である。

 何かの魔法かとステラは思ったが、生憎ゲドは魔法など使えないし、この現象に心当たりはない。


「ていうかさ・・・・・・あいつらを誘拐したのは、あんたの同僚じゃん? 何であんたが助けんのよ?」


 さっきからの疑問を口にするステラ。だがゲドの目線がこっちに向くと、恐怖で反射的に一歩下がる。余計な口を挟むべきじゃなかった・・・・・・


「・・・・・・そんなの俺の勝手だろうが」

「ハイ・・・・・・ソウデスネ・・・・・・」


 何か思うところがありそうな微妙な表情のゲドに、機械のように固まったステラ。


 その後二人は無言のまま、しばらくその下の様子を見下ろしていた。その間に、暇を弄ぶかのように、城壁の岩に刀の刃を押してみる。


 すると刃は、まるでケーキ入刀のように、ズブズブと簡単に岩壁に斬り込まれ埋まっていく。


(なにあの剣? いくら何でも斬れすぎでしょ? 伝説の武器クラスじゃないの?)


 変に機嫌を損ねると嫌なので、心の中で突っ込みを入れるステラ。これにはゲドも少し驚いているようだ。

 今のゲドの肉体もそうだが、この武器も一体どこから出てきたのだろうか? 鞘の方には、何か文字のようなものが、短く刻まれているが、生憎読める文字ではなかった。





 数分ほどして、いきなりゲドの表情が変わる。


「客が来る。出迎えに行くぞ」


 そう言うやいなや、ステラの身体を持ち上げて、そのまま城壁へと飛び降りる。


「客って何よ!? ていうか私も行くの!?」

「ああ、このままこの砦を出る!」


 両手を万歳のように上へ掲げて、頭上にステラを持ち上げながら砦の中庭内を走り出すゲド。


「何やってんだ、あいつら?」


 この様子に村人達は何事かとどよめくが、相手が相手なだけに話しかけようとする者はいなかった。


 ゲドが最初に用があったのは、砦内倉庫の入り口近くにあった、運搬用の手押し車であった。少し錆びてはいるが、まだまだ使えそうなものだ。

 ステラをそこに放るように、手押し車の中に入れる。ステラは尻餅をつくような姿勢で、荷物のようにその上に乗っかっている。


 いったいどういうつもりなのかと、ステラはきょとんとした様子。ゲドはそんな彼女の前に出て、取っ手を掴み走り出した。


「ちょっとちょっと!? 赤ちゃんじゃあるまいし、もう自分で歩けるわよ・・・・・・ひゃあっ!?」

「悪いが、お前ごときの足じゃ遅すぎるんだよ!」


 ステラは車体の縁を必死に掴んで、大慌てである。何故そんなことをするのかというと、手押し車を引っ張るゲドの走行速度が、暴走特急並みだからだ。

 世の中には人力車という物があり、いまゲドが行っているのはそれに近いが、それでも普通はこんな速度は出ない。


 軍馬車すら追い抜く速度は、乗車中のステラに強い風圧を浴びせる。うかつにしていると、地面に振り落とされそうだ。

 高速で回転する車輪が、地面の土を削り、大量の土埃を発生させて、周りの村人達をむせさせる。


 バビューーーン!という擬音が似合いそうな特急速度で、ゲド達は砦の入り口を通り抜けて、あっというまに砦から消え去っていった。


「・・・・・・・・・え~~~~と。いってらっしゃいませ?」


 嵐のように消え去った謎の二人組に、村人達は微妙な顔で手を振っていた・・・・・・






 二人組を移動させる手押し車は、どんどん森の中を走って行く。車輪では通りにくそうな場所は、ゲドが底面から持ち上げて移動した。

 これにステラは「別に車いらないんじゃないの?」という感想を持った。


 あまりの特急速度に、森の動物たちは驚き慌てふためき、数秒おきにウサギなどの動物が、近くの草むらから飛び出して逃げていくのが見える。

 草や小さな木が高速で踏みつぶされ、短い獣道が出来上がっている。通りすがった熊でさえ、これに驚いてひっくり返っていた。


 途中でやや開けた場所に出る。この地域を長く流れている河の中流。

 その河川敷である石と砂利で覆われた地面の上では、あまり木が生えていない。彼らはそこで足を止めた。


「よし、ここなら戦いやすそうだ」

「戦う? 客って何? ギール兵?」


 ゲドの搬送に酔いそうな状態のステラが、手押し車内に尻を乗せたままそう問う。ギール王国は確かに敵であろう。ここは確かに奴らの砦に近い。


「いんや。向こう側の砦はもう、奴らに潰されてるな。この身体の力のおかげか? 奴らが出てきたのが、なんとなく判った・・・・・・」

「ふえ?」

「あいつら人間の匂いには敏感らしいからな。多分ここにいれば奴らの方から来るだろ」

「え~~~~と、いったい何が来るっての?」

「異界魔だよ。もうすぐこっちに来る。それもかなりの数だ」


 散々ゲドに振り回されて、ほぼ諦めの境地にいたステラ。だがこの発言に、彼女は改めて絶叫した。


「ちょちょちょちょちょ・・・・・・ちょっと待ってよ!? 異界魔!? 冗談でしょ!?」

「冗談じゃないぞ? どうしてそんなことが判るのか、自分でも不思議に思うけどな。でも何となく判るんだ」


 ステラはもう泣き顔だ。異界魔の戦闘能力はかなり知られている。それは屈強の兵団が百人がかりで一匹も倒せないと言われるほどだ。

 攻撃能力は鋼の鎧や盾を、紙のように簡単に突き破る。運動能力は、馬よりも速く走り、ウサギよりも高々とジャンプできるほど。

 防御力は、銃弾・魔法・剣撃をいかに受けても、ほとんど無傷である。これではステラ自身も倒せる自信もない。特に今は手駒の召喚獣をほとんど失っている状態なだけに。


 元々あいつらは、戦わなくても時間が経てば勝手に死ぬ。そのため異界魔への対処法はその時が来るまでじっと待つOR逃げる、のどちらかである。

 だがゲドはそんな手を取る気はないようだ。奴らが群れで押し寄せてきて、あろうことかそれに自分から突っ込もうとしているのだ。


「ふざけないでよ! 私もう帰る!」


 手押し車から飛び降り、そこから駆け出そうとするが、それにゲドが一言投げかける。


「逃げたいなら勝手だが、そうした場合、後からすぐ俺が見つけ出して、殺してやるよ」


 無表情かつ冷淡な口調で発せられた言葉に、ステラが一瞬硬直して動きが止まる。さらにゲドは続けた。


「それにあと一分もすれば、やつらここに到着するぞ。その手負いの身体でどこまで逃げ切れるか微妙だし、俺が守ってやる必要もないがな・・・・・・」


 もう選択肢などどこにもないことに気づいたステラは、ますます顔を青くする。そして声を張り上げて責め立ててきた。


「あんたどういうつもりよ! 異界魔と戦おうっての!? 何の意味があって!?」

「奴らを見逃したら、あの村の奴らも全員喰われる。それが理由だ」

「はぁ!? 何の義理があるっての!?」

「義理ならあるぜ。俺たちのせいであいつらは色んな物を失った。お前だってそれに少し荷担していたんだぜ」


 言葉を詰まらせるステラ。確かにその通りではある。だがだからといって命を投げ捨てる意義などあろうはずもない。


「ていうか今まで、あんただってつるんでたくせに、何で今になって、そういうことするわけ!? 子供になって、頭まで幼稚になった!?」


 ステラが色々と叫ぶが、ゲドはもう答えようとしない。そうこうしている内に、例の奴らが、森の木々を突っ切って、この河川敷に姿を現した。


 それは大きな蜘蛛のような巨大生物だった。長い八本の足に、薄い白毛が生えた茶色い皮で全身が覆われている。

 本来蜘蛛の顔のある部分には“まだ”顔がついていない。そこから更に何かが伸びている。それは人間の上半身のような体型の怪生物だった。ラミアやケンタウロスといった半人半獣の怪物はいるが、それを蜘蛛に置き換えた姿と言える。

 上半身もまた、茶褐色の革で覆われている。顔の部分は完全に蜘蛛の顔。口元の触覚が小刻みに生物的に動いている。

 ただし後頭部に黒い髪の毛が生えている。遠くから見ると、人がお面をつけているようにも見える。


 彼らは手ぶらではなく、手に刀剣や長銃などの武器を装備していた。そんなやつら十匹ほど、兵隊のように並びながら河川敷の上に立っている。


「ギーギーギー!」


 新たな獲物を見つけた蜘蛛怪物=異界魔達は、そんな喜んでいるような鳴き声を上げていた。


 確かにこれではもう逃げられそうにない。あの様子から見て、まだあと1時間以上はまともに動けそうな感じだ。

 ステラはゲドの背後に移動する。自分より遙かに背丈の低い者の背に隠れるのは、何とも情けない感じだが、この際仕方がない。


「ちょっとゲド! あんた本当にあいつら倒せるんでしょうね!?」

「知らん! 倒せなかった場合は、もう諦めて、俺と一緒に喰われようぜ!」

「何、その心中発想!?」


 そうしている間に異界魔が二匹、剣を構えてこちらに突進してきた。相手が武器らしき物を持っていることから、ゲドを戦闘が必要な相手と判断したらしい。

 それぞれ一本所持しているサーベルのような刀を、前にいるゲドに振り下ろす。


「ふん!」


 ゲドは小柄な身体を駆使した俊敏な動きで、それらの剣が振り下ろされる前に、敵に一歩踏み込んだ。

 高速で放たれる二振りの剣撃。それらは異界魔達の上半身の腹を切り裂いた。


「ギィーー!?」


 二体の異界魔の腹に、一筋の割れ目が出来て、そこから赤い血が噴出する。蜘蛛のような緑色ではなく、人間と同じ赤い血色だ。

 ゲドの移動速度は、異界魔ですら反応しきれず、こっちが先に構えたにも関わらず、先に攻撃を食らってしまったのだ。

 ゲドとしては首を狙いたかった所だが“身長差”という今の自分の身体のデメリットがあるため、腹に狙いを定めたのだ。


(重い・・・・・・やはりこいつらはレベルが違うな。だが十分倒せる!)


 以前砦で、傭兵やゴブリンとは明らかに異なる手応えをゲドは感じていた。ゲドの身体能力と、伝説の武器クラスの切れ味と思われるこの謎の業物。

 それによって放たれる剣撃の切断力は凄すぎた。ゴブリンを殺したときは、まるでゼリーを切るかのような軽い感触しか感じなかったのだ。


 だが異界魔を斬ったときの手応え、腕にかかった圧迫は明らかにその時とは違う。それほどまでに異界魔の肉体が頑丈だということだ。

 岩を斬ったときも、これほどの手応えはなかったから、敵の身体は岩よりも頑丈と言うことだ。だが例えそうでも、無敵と思われた異界魔を斬れるという事実ははっきりとした。


 斬られた異界魔は、出血多量で弱りきり、そのまま川岸の砂利に倒れ込む。


「「ギギギーーーーーー!」」


 これに異界魔達も本気になったようだ。銃を持った者達が、次々とゲドに向けて発砲する。

 ゲドは刀を幾重にも振り、それら全てを撃ち落とした。そして一気に群れに向かって突撃する。両者の距離はあっとうまに縮む。

 近接武器を持った者達が、次々とゲドに向かって攻撃するが、ゲドはまるで猿のように俊敏な動きでそれらをかわしていった。そして瞬く間に、全ての異界魔を斬り捨てた。


「ギイ・・・・・・」


 全ての異界魔が倒れ伏し、ゲドは刀を鞘に収めようとしたが・・・・・・


「ひぃやぁあああああああ~~~!? ゲド、助けて!」


 突然は以後から聞こえる女の声。何事かと振り向くと、最初に斬った二匹の異界魔が、いつのまに起き上がってステラに接近していた。

 出血はかなりの量で、異界魔とヨロヨロと動きがぎこちない。相当弱っていることが判る。


「ちぃ!?」


 今までと同じように一発で仕留められたと自惚れていたゲド。即座に後ろに戻り、異界魔を後ろから斬る。

 下半身の蜘蛛の腹に乗り、そこから異界魔の首を斬り落とした。この高低差ならば、敵の首を十分に狙える。


 ポンポンと転がるように異界魔の首が地面に転がり、胴体が再び倒れ、今度こそ本当に絶命した。


「ううううう・・・・・・もういやぁ~~~~!」


 正面から向かい合う形になったステラは、既に腰が砕けて泣き顔であった。


 ついこの間まで、砦で御山の大将だった女。


 だがいきなり死んだはずの者に、鉄拳制裁のリンチを受け、さらにはこんな命がいくつあっても戦場に理由も分からず連れてこられただけに・・・・・・


 改めて元の方向に向き直ると、さっき倒れていた残りの異界魔もヨロヨロと立ち上がり始めていた。


「一撃では殺せないか・・・・・・ちょっと油断したよ。だがこれで終わりだ!」


 その後そう時間はかからずに、異界魔達はゲドによって殲滅させられた。


 石と砂利の地面に血の沼を作る異界魔達の死骸。さっきまで泣き顔だったステラも、これに安堵したのか、多少は落ち着きを取り戻している。


「キーキー」

「「え?」」


 聞き覚えのある声に、二人の方向に顔を向けると、そこには林の中から出てきた一匹の子イノシシがいた。相変わらず人懐こしく、ゲドに擦り寄ってくる。

「ああ、そういやお前のこと忘れてたな・・・・・・」

「ていうか、どうやってついてきたのよこの子?」


 あの暴走特急並みの速度で、この場所に走ってきた自分たちにもう追いついた小イノシシ。

 こいつもただ者じゃない匂いを、二人は少しばかり感じ取っていた・・・・・・


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