第五十八話 温泉地
山林の上空百メートルほどの高度に、一頭の竜と、一人の子供が飛んでいた。
それは全身が白く輝く鱗で覆われた双翼の竜のアイスワイバーンである。その巨体の背中には、このアイスワイバーンの召喚主のステラとルディが二人で乗っている。
「ううう・・・・・・」
「ちゃんと捕まって! 振り落とされるわよ!」
背中に巻かれた手綱代わりのロープを掴み、ステラは馴れた調子で、ルディは手慣れない感じで、前方から吹き上げる風圧に耐えていた。
ワイバーンはけっこう高速で飛んでいるので、このぐらいの逆風は耐えられなければ、竜の騎乗など不可能だ。
一方でその隣で飛ぶのは、言うまでもなくゲドである。いつものようにバケツをぶら下げて、風を巻き上げながらグングン飛ぶ。
本人がその気になれば、一気にアイスワイバーンを追い越せるのだが、ここはあえて向こうの速度に合わせていた。そして彼女がぶら下げるバケツの中には、カイとライアが乗っていた。
何故ゲドだけでなく、ステラの召喚獣も飛んでいるのかというと、人数が増えてきてしまい、あのバケツに全員を詰めるのはきつくなってきたからである。
小さい人と竜が一緒に飛び回っている姿は、これまで以上の珍妙な光景を作り上げていた。
ライアを探すという目的を達してしまった一行。この先何をどうすればいいのか、全く当てがない。
いつものように勇者・盗賊・異界魔を狩り続けるにしても、少なくともあの都市に在住し続けるのは良くないだろう。そこで一行は特に行く当てもなく、適当な方向に向かって飛んでいた。
今はとにかくガンガル派の縄張りから離れることが優先である。一行は現在地がどこかなど全く知らない。もしかしたらロームの国境を出た可能性もある。
ちなみにライアが持っていた、カイと思い出の剣は行方知れずである。もしかしたらあの憲兵署にあったかも知れないが、もう一度あそこに潜入するのは気が引けた。
カイは方は迷わず乗りこもうとしたが、ライアがそこまでしなくていいと必死で説得して、ようやく話をつけることになった。
「ゲド! 次に集落が見えたら、もう降りない!? さすがにここまで飛べば、ガンガル派の縄張りから出たでしょうし!」
「おう! 俺もそろそろ飛ぶのに飽きたところだしな!」
そう言っている矢先に、彼らの目線の先の風景に、山林に囲まれた一つの村が姿を現した。早速彼らはそこに向かって飛んでいく。
(場合によっちゃ、あの村にあのバカップルを押しつけてみるか? どうせあいつらなら、どこに住んだって上手くやっていけるだろうし・・・・・・)
カイとライアとルディの処遇を、早急に片付けたい気分のゲドが、そんなことを考えながら、その村へと降り立っていった。
山の合間の平地に存在するその集落は、農村にしては田畑があまり広くない。家屋はどこにでもある、木材・石材を掛け合わせて作られたものだ。
上空から見る家屋の数を見る限り、ここには千~二千の住人が住んでいると思われる。村の各地には、白い煙が立ち上っていた。別に火事が起こっているわけではない。村の各所にある、家屋にしては大きめの建物の煙突から吹き出ているのだ。
「何だか鉄っぽい臭いがする煙だな? 何かの工場か?」
「それ多分温泉の鉄錆の匂いね。そういえばあんたの町には温泉はなかったか」
村の入り口と思われる歩道の所で着陸した一行。優れた嗅覚で、煙の匂いをかぎ分けて疑問符を浮かべるゲドに、ステラがそう回答した。
ゲドの故郷ワーライトには、大型の浴場はあったが、そこは沸かし湯であった。傭兵になるまでは町の外に出たことがあまりないゲドは、温泉に関する知識はあまりなかったりする。
「これが温泉の匂いなの? 私が覚えてるのは、硫黄とかいう物の匂いだったけど」
「温泉にも色々と種類があるのよ。ほらそこに看板があるわ」
フレットで特有の温泉とは異なる匂いにライアが首を傾げるところを、ステラが道脇に打ち込まれた看板を指さすが、ライアはますます首を傾げるばかりだ。
「私文字が見えないんだけど・・・・・・」
「ええと“いらっしゃませ! ブラックストーン村へ! ご湯治のお客様大歓迎!”」
ライアの代わりにカイがその看板を読む。どうやらここはブラックストーンというらしい。
背後の歩道から、ガラガラと車輪の音が聞こえた。振り返ると、二十人以上は人が乗れそうな馬車が、この道を進もうとしている。邪魔にならないよう、即座に道を空ける一行。ちらり側面の窓から見えた乗客の姿は、とても長旅をしているような装いには見えない。全体的に高齢者が多いようだ。
「結構繁盛してるみたいね。ああいう人が気軽に来れるって事は、近くに都市があるのかも」
「なら先にそっちに行けば良かったな。まあ温泉てのに入ってみるのもいいかもな。普通の浴場とどう違うのかは知らんがな」
「とにかく皆さん、今は宿を探しましょうよ。多分いっぱいある気がするけど」
村の中へと進んでいく馬車を見送った後、一行もその村の中へと入っていった。ゲドにとってはある意味初めての温泉宿泊である。
その日の夜のこと。村の中にある、集合住宅のような少し大型の、横に長い建物の中で。一風呂浴びた後の一行は、宿の中で二部屋に別れて、宿を取っていた。
この街には湯治客のために、宿泊施設がかなり多めに存在している。客の多いときには、一般の民家で泊まらせることもあるようだ。幸い今の時期は、それほど客数はなく、一行は問題なく部屋をとることができた。
ゲド・カイ・ルディ・チビが片方に、ライアとステラが片方に泊まっている。以前はゲドとステラが同室にしていて、ゲドを悩ませていたが、今は男女ともに人数が増えてきたため、このように区分けすることができた。
厳密にはゲドは女性なのだが、本人の志望により、男子部屋に回っている。
「温泉は身体に良いって聞くけど、どう今の身体の加減は?」
「はい、何となく良くなってような気がします。それとお風呂ではありがとうございました」
部屋のベッドの上に座り込んでいる二人がそんなやりとりをしている。ステラが言ったのは、温泉の感想の他に、ライアの健康状態も気にかけての質問だ。何しろあれだけの重症から、高速で治癒するという前代未聞(少なくともステラの知識では)の事態なのだ。あとからどんな副作用が起こるか予測不可能である。
入浴中は目の見えないライアのために、ステラが彼女の身体を洗うのを手伝っていた。一方の男風呂の方では、ゲドが他男二人と共に入浴した。未だに彼女は、男の生活態度を守っていた。
「しかし盲目の人なんて初めてあったけど・・・・・・やっぱり不便なものよね。どうにか治す手があれば良いんだけど・・・・・・」
「ありがとうございます。でもいいんです。全部私が蒔いた種ですから」
何とも礼儀正しい子だと、ステラはそんな感想を抱いた。同じ年下の女子でも、ゲドとはえらい差である。こんな子が本当に貴族の子女かと疑いたくなってくる。
それだけに彼女の今の立場を考えると、実にいたたまれない。祖国での社会的立場を完全に失い、そればかりか今は両目を失ってしまっているのだから。
魔法&機械による医療が発達したこの世界では、失明した目を治療する手段は実はある。金さえ払えられれば、たいていの失明は治療可能だ。
ただし失明の原因には、実に様々な種類があるため、全ての失明を治せるというわけではない。ライアの場合は、病気ではなく、眼球その物がごっそり無くなっているため、普通の治療法ではまず無理だ。
ライアが受けた一定時間決して消えない呪いの炎は、彼女の全身の皮だけでなく、目まで焼き尽くした。呪いの炎は少しでも身体のどこかについてしまうと、そこをずっと燃やし続ける。もしライアが、この炎を浴びたときに、ずっと目を閉じていたならば、この炎から眼球を守れたかもしれない。だがそううまくはいかないもの。眼球の奥の脳にまで炎が到達しなかったは、あるいみ幸運である。
「何か手があるかって言えば、魔法の義眼を埋め込むしか手はないわね・・・・・・。でもあれって、話では聞いたことがあるけど、いったいどこに売ってあるのかしら? どのみちすごく金がかかるっていうし、こっちもそれなりに貯めとかないと・・・・・・」
「あっ、あの・・・・・・別にいいです」
一人で対策をブツブツ呟いているステラに、ライアが戸惑いながら遠慮の言葉をかける。
「さっきも言いましたけど、これは私の蒔いた種です。それに目が見えなくたって、もう生きられないってわけでもないし。そんなお金の話になるほど、お世話には・・・・・・」
「駄目よ。ここで見捨てたら、私が後味悪いじゃん! それに金の話なんてそんな重要じゃないのよ! 今の世の中、カモなんていくらでもいるんだから。どうしても足りなきゃ、その変のクズ貴族から巻き上げてもいいわ」
「いや、それはそれで駄目でしょう、あんた!」
“あんた”という言葉を使って突っ込むライアに、ステラは少々面食らった。ライアもうっかり汚い言葉を出してしまったことに気づき、慌てて口を塞ぐ。
「まあ、それはいいとして遠慮なんかしなくていいわよ。私もゲドも、ただ自己満足であちこちやりたい放題やってるんだし。それとも何? あんたはずっとカイに手間かけて面倒見てもらう気? 言っとくけどあの子、どうあっても絶対にあんたから離れないわよ?」
「それは・・・・・・」
「言っとくけどあんたに拒否権はないわよ。あんたを見つけて、最初の目的は果たしたけど、今はまた新しい目的ができたわ。ゲドはあんたらをこの村に預けようと思ってるけど、私がそんなことさせない。どうしても方法が見つからなかったら、ゲドに何か新しい治療魔法を習得させる旅に出るのもいいし。元々本人が人助けのための旅をしたいって言ったんだし、絶対に断れないから!」
まるでステラが旅の主導権を握っているような発言である。それはそれでいいとして、ライアはまた一つ浮かんだ新たな疑問を口にする。
「その目的も果たしたら、ステラさん達はその後どうするつもりなの?」
「そんなの後から考えるわよ。私はそんな旅が、今一番楽しいからね」




