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第五十七話 カイとライア3

 エイドア都内のある宿屋。かつてゲド達が泊まったことがある、あの騎士暴行事件を起こしたあの宿屋に、一行は滞在していた。

 あの事件が元で、この店が咎められることはなかったようで、現在も無事営業中である。むしろ以前よりも、客足が多くなったようだ。これがあの事件の影響か、ガンガル派の治世のおかげかは不明であるが。


 その店の一階の食堂で、もの凄い勢いで、出される料理をがっつく者がいた。その者の周りに連れと思われる者達がいるが、食事量はその者が一番凄い。その一行はゲド達であった。


 店の従業員と客達には、自分たちの来訪を外に言わないように頼んでいる。彼らは実にあっさりと了承してくれた。

 この都市では、自分たちは変な意味で有名であり、不本意に絶対権力者となっているため、おそらくどんな頼みにも従ってくれるだろう。


 ゲド・ステラ・チビ・カイ・ルディの次に、顔が識別できない新たな人物が一人加わっている。それはライアである。

 あの眼球が失われた後の穴を隠すため、鉢巻きのよう布を顔に巻いて、目の部分を隠していた。特徴的だったあの赤い髪の毛はなく、彼女は今や丸坊主状態である。

 彼女の服は、近くの雑貨屋で先日買ってきた旅人風の服だ。本人は失明してしまっているため、服の好みを聞くことができず、ステラが適当に見繕った。


「ライア、はいこれ。チキンだよ」

「ありがとう。はぐっ、うぐ・・・・・・」


 カイから手渡された骨付きチキンの手に取り、即座に口に詰めるライア。肉を骨ごとかみ砕き呑み込んでいく。彼女の周りのテーブルには、幾枚もの使用済みの皿が並べられていた。これらには全て、肉類の料理が置かれており、ライアが全て平らげていた。

 今ので既に七人前以上は食べている。目の見えないライアのために、カイが一つ一つ丁寧に食事を手渡している。時に世に言う“あ~~ん”の態勢でカイが食べさせていた。親鳥にねだる雛のように、ライアはそれを次々と口に入れていた。


 客は他にもおり、彼らや店員達が、その様子に注目している。最近世間を騒がしているゲド一行と、奇異な姿をした食いしん坊少女の姿に奇異な視線を向けている。

 だが幸いにも、坊主頭で目隠しをしたライアを、先日新聞の紙面を飾ったガンガル襲撃の犯人に気づく者はいなかった。





 しばしして一行は食堂から、二階の宿に移動していた。ベッドの上で十人前の食事を平らげたライアが、健やかな寝息をあげている。


「しかしいくら自分に襲いかかってきたからって、あそこまでやるとはな。ガンガルってのは、俺に劣らず容赦ない奴みたいだな」

「そんなことよりこの後、どうすんのよ? もう目的は果たしちゃったけど?」


 確かにライアを探すという指標をたてていたが、肝心の見つけた後のことを、未だに決めていなかった。

 先にカイに頼まれたときに、彼にそれを問いただしたことがあったが、カイは未だにちゃんとした答えを出していない。皆の視線が一斉にカイの方に向く。


「うん・・・・・・えっと・・・・・・今フレットの方はどうなってるのかな?」

「じゃあ母さんに念話で聞いてみるわね」


 ステラが耳に手を当てて、早速故国の母に念話で伝達を試みる。念話はすぐに繋がったようで、ステラが状況の説明を淡々と口にしていた。


「ねえ、そもそもどうしてこの子は、ガンガルを襲撃したのか聞かれたんだけど?」

「そういや聞いてなかったな。こいつ今寝てるし・・・・・・」


 ライアの変わり果てた姿と、その後のゲドの治療のインパクトで、そのそもそもの疑問をすっかり忘れていたことに気づく一行。

 ライアもライアで、弱り切った体力を回復させるのに、説明している余裕はなかったのだろう。出された食事を食べるだけ食べて、現在睡眠中である。


「ライアの容態が酷くて、まだ聞けてないわ。それでそっちはどうなの? ・・・・・・うん、そう・・・・・・」


 テトラからの返答を聞いているらしいステラの表情はあまり優れない。正直あまりいい気分はしない。やがて話を聞き終えたらしいステラが、皆に向かって口を開く。


「向こうの方は内乱は膠着状態で、今は一時的に平穏な状態だってさ。たださ・・・・・・ライアの遺伝子奴隷の件が、どっかから洩れたらしくて、一般にあの話が出回ってるわ」

「うえっ!? 一般ってどのくらい!?」

「少なくともあんたのクラスメイトは、全員知ってるだろうってさ・・・・・・」


 あまりの事実に、カイは青ざめる。

 遺伝子奴隷の子というのは、お世辞でも人から褒められる出生ではない。過去にはこれが発覚したのが原因で、社会から虐げられたり、家から追い出されたケースは珍しくないのだ。

 正直ライアの世間体は、もう微塵もなく砕け散ったと言えるだろう。


「まあ・・・・・・そう落ち込むなって。そもそも犯罪者の子になった時点で、既に立場最悪だったんだし」

「そもそも外国で暗殺未遂を報道された時点で、そんなこと今さらって感じだけどな」


 力なくうなだれるカイに、ゲドとルディがそんな逆効果としか言えない慰めの言葉をかけていた。


「それともう一つ言うことがあるんだけどさ。母さんの話だと、それくらい重度の火傷だと、全身の毛根が死滅して、毛髪は二度と生えてこないかも知れないってさ」


 そして最後にトドメと言えることをステラが言い、一行はライアが目を覚ますのをしばし待つことになった。





「そうなんだ・・・・・・まあ、しょうがないわよね」


 目を覚ました(最も目はないのだが)ライアが、一行から自分のおおよその現状を聞いてそう答える。意外にもあまりショックを受けた様子はなく、実にあっさりとした反応である。


「まあ、元々家に帰るつもりはなかったし、別に今さらって感じよね。それにまさかこんな形で生き残れるなんて思わなかったし」

「そういやそうだな。手紙にも永遠に帰ってこないみたいなこと書いてたし」

「ちょっとゲド・・・・・・」


 隣で凹んでいるカイのことを思って、ステラがゲドの頭を軽くチョップする。だが確かにこれ以後のことが問題だ。今の状況のライアを今後どうするつもりなのか?


「助けてくれてありがとうゲドさん・・・・・・でも私はもういいの。私のことはもう構わないほうがいいわ。何のお礼もできないのが心残りだけど、私にはもう何もできないから・・・・・・」

「構わないって・・・・・・それじゃあライアはこれからどうするんだよ!? まさかまたシンシアを狙うっていうの!?」


 そんなこと許さないという態度でカイが叫ぶ。ライアがガンガルを狙った理由は、既におおよそ聞いている。彼

 女はガンガルではなく、隣にいる傭兵を狙ったのだ。どのみち大変な所業を行ったことに変わりはないが。


「大丈夫よ、もう気は済んだから。ゲドさんが言ってたみたいに、ただ何もせずにいるのは駄目だと思っただけだから」

「マジであんなこと気にして、こんなことしたのかよ・・・・・・? あれは適当に、勢いで言っただけだっての・・・・・・それでこんな事件を起こされると、こっちの後味が悪いんだがな・・・・・・」

「うん、ごめん。でも私にとってはこれで良かったわ。何だかゲドさんのやったこと、良くなかったみたいに言われてるけど、そんなことないはず。母さんが捕まったとき、私はちょっと衝撃だったけど、それよりもホッとした気持ちのほうが大きかった。なんか色々吹っ切れた気がしてさ・・・・・・あんな汚れた世界から逃げるのもありかな?て感じで」

「貴族にしては、中々殊勝だな。感心したよ・・・・・・」


 二人での話題では何だか納得した様子だが、カイのほうは生憎納得などしていなかった。


「それじゃあライアは結局これからどうするんだよ!? 家に帰れないって言うんなら、僕の家に来れば・・・・・・」

「・・・・・・いや、それは何の問題になってねえじゃん?」

「そうね。これからのことは自分で考えるわ。目が見えなくても、気功士の感覚力なら問題なく暮らせるし、それに今の話だと、私って外に出ても追われることはなさそうね」


 確かに先日の事件での公表では、ライアのことは一切触れられていない。ゲドが千里眼であちらさんの様子を窺っていたが、どうやらライアは死んだものと、向こうは考えているらしい。


 ちなみに自分たちがライアをここに運んでいることは、まだ上に聞かれるのに時間がかかるだろう。自分たちを泊めたこの宿の者達が、この情報を外に漏らさない限りは。

 それに何故だか判らないが、ガンガル派は祭り上げる対象である自分たちを、妙に避けているように見受けられた。恐らくはこのまま何もしなくても、ライアが追われることはない可能性が高い。

 そもそもあの焼身状態から、こんな風に無事に治療されているなどと誰も思うまい。


「カイも私にはもう関わらないで・・・・・・ここまで来てもらって我が儘だと思うけど、でも私がいないほうがフレットでカイのためになるから・・・・・・」

「なるわけないだろ! 大体フレット騎士団はもうボロボロの状態だよ! ライアも言ってたけど、あそこは汚れてる! しかも今は血生臭くなってる! 僕にそんな世界に行けっていうの!? 僕はライアと一緒がいい!」


 これにはライアも言葉に詰まる。幼い頃は憧れていた騎士団も、生長と共に、思い描いたほど綺麗な物ではなかったことは、彼女も百も承知だ。

 それに今はフレット王国はあんな状態なのである。


「ちょっといい?」


 お互い返答の言葉が見つからず、沈黙状態になり始めたところを、横から声をかける者がいた。それはつい最近一行に加わった少年魔道士のルディであった。


「えっと・・・・・・どちらさま?」


 ライアにとってはこの中で唯一初対面で、現時点ライアには顔の判らない相手であることに、一行は初めて気がついた。


「別にそんな難しい話しなくてもさ、みんなで一緒に来ればいいじゃん? 俺たちもアテのない旅をしてるんだし、そっちも盲目で一人旅なんて大変だし、別に断る必要なんてないだろう?」

「お前はフレットが落ち着くまでの期間限定だろうが。いつずっとついていくって言ったんだよ?」


 つい最近仲間に入ったばかりで、向こうのほうが落ち着けばさっさとテトラに押しつける予定の相手の言葉に、ゲドは呆れながら突っ込んでいた。


「でもまあ、それが一番妥当だろうな。お前のこと、俺ももう無関係じゃねえし。後味悪くなるんなら、いっそ俺達と一緒に来ないか? こっちは人を増やしたからって、別に問題なんてないし」

「それじゃあカイはどうするのよ? カイもずっと貴方たちと一緒にいるの?」


 ライアの次に、今後のことが不明瞭なのがカイである。目的を果たしたからといって、このままあの状況の祖国に帰すのが、果たして正しい判断なのだろうか?

 カイの実家は、職務上町の治安のためにてんてこ舞いであるが、子供であるカイがそれを手伝う必要はない。むしろあの国にはいないほうが安全であろう。何だか何から何まで、ゲドが招いた事態であるが・・・・・・


「それだったらさ、ルディと同じようにしばらく様子見でいいんじゃないの? 旅の途中で、落ち着いて暮らせそうな所を見つけたら、そこに定住してもいいし」


 ステラがある意味一番妥当と言える提案を口にする。これを聞いたライアは、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと首を縦に動かした。



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