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第五十六話 豪快な脱獄

 その日の夜、エイドアの憲兵所にて。

 防護結界を張った高い石壁に囲まれた、長方形立方体のような、石と金属で作られた、見た目だけでも頑強そうな建物である。

 城壁内部の庭には、いくつもの憲兵用の自動車や竜車などの乗り物が、駐車場として置かれていた。その庭の巡回や、憲兵所の門を警護する完全武装の憲兵達。この国では騎士団は何の力もないお飾りに過ぎなかったが、憲兵隊に関しては相応の武器や人材に投入されている。

 この憲兵所もやろうとすれば、砦としての機能も十分果たせるだろう。下手な侵入などまず不可能な鉄壁の守り。

 この都市の憲兵は、ほぼガンガル派に取り込まれているため、当然彼を攻撃した暗殺者も逃がすつもりはない。


 ドドドドドドォオオオオン!


 だがその鉄壁の守りは、この日いとも容易く、あまりに一瞬のうちに破られてしまった。

 いったいどこから飛んできたのか判らない、突然憲兵所の一方の壁に向かって、数十発の光の砲弾が激突したのだ。


 それは光属性の攻撃魔法である。曇り空で月明かりも少なく、周辺の道路の電灯以外では、ろくに灯りもない真っ暗な世界が、その放たれた光球の輝きによって、一瞬だけ世界を昼間に変え、そして凄まじい爆音を上げて憲兵所の城壁を結界ごとぶち壊した。

 上空から見ると四角形の形をしている城壁の一片の壁が見事なまでに破壊されていた。粉々になった石材や金属材が、壁があった向こう側の中庭の方へと吹き飛び、そこにあった自動車の上から雨あられとなって降り注ぐ。

 当然ほとんどの自動車・竜車が、無数の何十キロもある重量物の衝撃を受け続け、ほとんどが破損した。


「うわぁああああああっ!?」

「何だ!? 王国軍からの攻撃か!?」

「エイドア一帯の部隊にすぐに伝達しろ! 武装していない者は・・・・・・・・・あう・・・・・・」


 当然憲兵署に駐留していた憲兵達は大騒ぎになるが、その騒ぎが実にあっさりと沈静化した。

 憲兵所一帯に眠りの風が吹き荒れた。当然自然に起きた風でなく、魔法による人為的なものである。憲兵所内外、及び周辺地区にいた者を、犬猫を含めて全員を眠りに落としたのだ。


 巡回の憲兵達が、地面に各々の格好で倒れ込み、スヤスヤともしくはゴーゴーと、各自個性的な寝息を上げて眠りについていた。

 これは中庭だけでなく、憲兵所の内部にいた者全員に起こっていることである。おそらく憲兵所内に入れば、ここより遙かに多くの寝息を聞くことができるだろう。


 そしてあまりにど派手に広範囲に破壊された憲兵所の城壁。憲兵所のすぐ隣にあった公園の藪の中から飛び出し、城壁の跡地を飛び越えて、憲兵所に侵入する一団がいた。


 それは一時的に透明人間になって姿を隠す魔法:インビジブルで一般人には姿が見えないが、確かにその一団はいた。

 インビジブルでは視覚での姿を隠せるが、気配までは誤魔化せない。感覚能力の強い気功士ならば、すぐにその存在に気づかれてしまうだろう。

 だが今は大丈夫である。この憲兵達に気功士が何人ぐらいいるのか不明だが、そんなの関係なく全員寝ているのだから。その姿の見えない侵入者達の正体は、言うまでもなくゲド達一行であった。


「ゲドさん・・・・・・あの時見つからないようにこっそりって言わなかったっけ?」

「ああ、だからこっそりやってるだろ? 要はばれなきゃいいんだよ。ばれなきゃな」

「いや・・・・・・ここまでやると勘のいい奴は私らの仕業って気づくんじゃないの?」

「そんときはそんときだ!」


 カイとステラとそんな与太話をしながら、一行は憲兵所に無事誰にも気づかれずに侵入を成功させて見せた。





 フレット王国の時から、もう何度も繰り返してきたスリープによる拠点陥落・侵入行為。今回もいつも通り、実に簡単に侵入が可能になっていた。

 一行が走り抜ける廊下の床には、何人もの憲兵達が、大小多数の寝息を立てながら動かずにいる。最初は独房の場所が判らず迷ったが、ある部屋で親切にも建物の見取り図があり、その方向に向けて一行は走る。


 強化金属の壁に覆われた下り階段を降り、地下の独房に向かう。そこもまたご大層に頑強な素材でできた鉄格子の部屋が、あみだ図のような構造になった廊下の部屋に、いくつも立ち並んでいる。

 それぞれの部屋には、何らかの理由で捕らえられたらしい罪人達が、何人も上の憲兵と同様に寝息を立てている。恐らくまだ裁判に出ておらず、行き先の刑務所が決まっていない者達だろう。

 政変が起こったばかりのこの街では、罪人の数は毎日豊富に湧き出てくるのだろう。


「ライッ・・・・・・ふぐっ!?」

「ごめん、少し黙ってて。折角みんな寝てるんだから、少しでも騒ぎを少なくするに越したことはないわ!」


 大声を上げそうになったカイの口を、ステラが瞬時に手で塞いでそう忠告する。

 ゲド・ルディ・ステラ・カイが、それぞれ散って牢の中の人の姿を確認していく。赤髪の少女というのは目立つはずだから、すぐに判るはずだ。

 牢の中に数人ずつ入れられた囚人達を、くまなく見ながらライアを探す一行。その時に念話でルディの声が、ゲドの耳に届けられた。


『ゲドっ! ちょっと来てくれ!』

「ライアを見つけたのか?」

「わかんない! でも多分女だと思う人が、こっちの牢に」

「多分?」


 ルディの伝達に従って、一行はその牢の元に集まった。彼らの目の前には、一つの牢に一人の囚人だけが入れられた部屋がある。

 鉄格子の向こう側から見えるその姿には、一行は唖然とした様子で見つめていた。


「これは・・・・・・ひどいな」

「どんな拷問をされたのかしら? 体格からして、女の子みたいだけど・・・・・・」

「ライア? ライアなの?」


 それは真っ黒な姿をした人型の何かだった。


 標識に使われるような人型マークを黒く塗ったような姿である。

 壁に背中をつけて、胡座をかいて座り込むような態勢だ。身体がやや前屈みになっており、頭が前に垂れて顔が見えない。

 だが近くによってよく見ると、その正体は自ずと分かる。それは全身が焼けただれて皮膚と一部の肉が炭化した、一人の人間であると。


「・・・カ・・・・・・イ・・・?」


 驚いたことにその全身大火傷の人間が動き出した。まだ生きているのである。カイの声に反応して、それがゆっくりと顔を上げる。

 その顔もまた酷いものである。まるでゾンビのように崩れて、黒くなった顔。髪の毛など一本も残っていない。熱で焼失してしまったのか、眼球がなくなっており、恐らく目は見えていないだろう。

 こんな状態になった人間が生きているなど、普通は有り得ない。もしあり得るとしたら、強靱な肉体・生命力を持つ、上級の気功士ぐらいなある話だろう。


「やっぱりライアなの!?」

「・・・・・・うん」


 今にも命の灯火が消えそうな状態の、見るも無惨に変わり果てた姿のライア。

 即座にゲドが牢の鍵を蹴り壊す。扉を開けると、真っ先にカイが牢内に駆け込んだ。彼女は最後の力を振り絞るように、実に苦しく弱々しい声で、カイに言葉を紡ぐ。


「ごめん・・・・・・カイ・・・・・・私結局何もできなかった・・・・・・」

「馬鹿っ、喋っちゃ駄目だ!」


 カイの制止を無視して、ライアは喋り続ける。まるでこれが最後の言葉であるかのように。


「本当にごめんカイ・・・・・・私はいらない子だった・・・・・・なのにカイをその身代わりにして、私はずっと・・・・・・でももういいの。ここまで来てありがとう・・・・・・だからもう帰って。カイならきっと立派な騎士に・・・・・・」

「何言ってるんだよ・・・・・・あんなのは・・・・・・」


 何か否定の言葉を上げようとして、カイは言葉に詰まった。全てはお前の肉親のせいだと言ってしまうのが、正しい言葉なのか判断できなかったのだ。で

 は全部シンシアのせいなのか? しかし彼女は、ただ依頼された通りの行動をしたにすぎず、自分の身に起こった事件の主犯などではないのだ。


 それと恐らくだが、ライアの望んだカイの騎士受勲も、恐らく叶わない。もはや国は崩壊寸前で、フレット騎士団そのものが消滅する可能性が高いのだ。

 何と言葉を続けばいいのか判らないうちに、只でさえ消滅寸前のライの生命力が、どんどん低下しているのに気がついた。無理に声を上げたのが原因だろうか?


「・・・・・・最後にカイの顔が見れなくって・・・・・・とても残念よ・・・・・・さようなら・・・・・・」

「・・・ライア? ライア!? ライアーーーー!」


 力を使い切ったのか、上げていた頭を再び下ろす。その焼けただれた顔を、隠すように一行の目線から外し、その呼吸すら止まろうとしている。

 カイは相手の重傷さも忘れて、ライアの身体を必死に揺さぶる。


「・・・・・・ライア? うっ・・・うわぁあああああああああっ!」


 両目から水を垂れ流しながら、喉が破れそうなほどの勢いでカイが叫ぶ。その声で建物内の者が目覚めてしまう危険があったが、誰もあえてそれを止めようとしなかった。

 ただひたすらライアに擦り寄って叫び続けるカイに、今まで傍観していたゲドがゆっくりと近づき、そして彼女にしては珍しく優しい表情と声で、カイに言葉をかけた。


「もうそろそろいいよな? じゃあ、早く治すぞ?」

「「「えっ?」」」


 重苦しい空気の中、ゲドが放った言葉に、その場の全員が再度唖然とした顔をさせられていた。


 ゲドがもう死んでいるようにしか見えないライアの元に歩み出る。そしてカイをやや強引に払いのけて、前屈みになってライアと対面した。

 恐らく生きていたとしても、もう意識はないだろうライアは、ゲドが前に出ても何も反応を示さない。


 そんなライアに、ゲドに右掌を突き出した。パーの形で開かれた手が、彼女の炭化し胸の肌に押し当てられる。

 何をするつもりなのか。まさかと思ってカイが声を上げようとした瞬間、ゲドの右掌が、白い輝きの膨大な魔力を放出し始めた。


「ヒーリング!」


 ゲドが唱えた魔法は、ポピュラーな回復魔法。身体の治癒能力を高め、傷を瞬時に癒やす魔法である。

 この技は気功士のような、身体が頑丈すぎる相手には効きづらい。丈夫な身体は攻撃魔法を受けてもそう簡単には壊れないが、一方でそれ意外な魔法の効果にも耐え抜いてしまうからだ。

 そのため気功士にかけるには、やや不向きな魔法である。そもそも元々治癒能力の高い気功士には、よほど緊急の事態で無い限り、役に立たない魔法である。


 だが今ここで起きている場合は例外である。ライアの全身火傷は、もはや自身の自己治癒能力では癒やせないほどに重症である。

 一方のゲドの魔法は、ライアの肉体強度など簡単に凌ぐらいに強大であり、両者のレベル差から、この単純な回復魔法は十分に通じた。


 ライアの全身が白い輝きに包まれる。まるでそれはお伽噺の妖精の登場シーンを彷彿させた。


「がはっ!」

「ライア!?」


 生死が判別しきれなかったライアが、咳き込むように声を上げた。ゲドが使っているのは蘇生魔法ではなかったので、恐らくまだ完全に命の灯火は消えていなかったのだろう。


 カイが涙を拭いながら、喜びの声を上げた。


 全身に光の粒子が張り付いているような状態になっているライア。その黒く変色した全身が、次第に変化が起こり始める。

 ライアの全身の炭化肌がある時に、乾燥した土塊のように、パリパリとヒビが入り始めたのだ。


「あああっ!?」


 ライアの身体が粉々に割れるのではないかと、カイが絶叫する。だがそれはすぐに杞憂だと判る。


 ライアの肌の亀裂が一気に割れると、そこには肌の裏の新しい肌が出てきたのだ。ひび割れたのはライアの表皮だけであったわけだ。

 まるでトカゲの脱皮のように、ボロボロと崩れてライアの身体から剝がれ落ちてくる。その焦げた肌の裏側には、何と驚いたことに、火傷をしていない新しい皮膚が姿を現しているのだ。光に包まれていて見えにくいが、それは染み一つない綺麗な女性の肌であることが判る。


 通常火傷をしてしばらくすると、皮膚がめくれて、内側から新しい皮膚が再生されると言う。

 だがこれほどの重度・広範囲の火傷で、しかもこんな脱皮のように急速に皮膚が入れ替わるなど有り得るのだろうか?


 やがてゲドの魔法は終了する。全身を包んでいた光が、静かに消えていくと、そこには身体に傷一つ無い、綺麗な素肌の裸体の少女が、そこに座り込んでいた。

 ただし以前のライアそのままの姿ではない。皮膚は完全に治癒したが、燃えてしまった毛は治癒範囲外らしく、彼女は全身無毛状態だ。勿論彼女の特徴的な赤い髪の毛もなく、ライアは丸坊主状態である。


「うううっ、あああ・・・・・・」

「ライア? ゲドさん、これって治ったの?」


 呻くような声を上げ続けるカイは、掴みかかるようにゲドに詰め寄った。だがゲドは返答に詰まる。彼女には医学の知識など無いが為に。


「なあ、ステラ。これって助かったのか? 一か八かでヒーリングを思いっきりかけてみたんだけど」

「さあ? ただ大がかりな治癒魔法をかけた後は、栄養不足になることがあるって聞くし。とりあえず水分とタンパク質をいっぱいあげた方がいいわね。ていうかゲド。あんた助かるかも知れないと思ってたんなら、どうしてさっさとやらなかったわけ? もたもたしてる間に、この子死んじゃってたかもしれないのに・・・・・・」

「まあ、そうなんだがな・・・・・・。目の前で二人だけの世界が出来上がってて、話しかけづらかったんだわ」


 とりあえずステラの言うとおりに、栄養補給をさせようと、彼女の身体を持ち上げてみる。


 その時に彼女の倒れ込んでいた頭が持ち上がり、再びあの顔が皆の前に露わになる。その時再び一同は、息を呑む光景を目の当たりにすることになった。


「これはまた・・・・・・」

「さすがに焼失した器官までは治せなかったみたいね・・・・・・」

「ゲドさん!? これは治せなかったの!?」

「ああ、俺は治癒魔法は単純な奴しか覚えてない。ていうか本に載ってるのは、単純な技しかなかったからな」


 治癒魔法は元々高度な魔法である。そして失われた四肢を治すなど、自己治癒能力では治しきれないレベルの傷を癒やす魔法は、もはや秘術に分類される類いのものだ。ローム王国では、そういうのはあまりに公にならないようにしており、図書館の資料などでは、まずお目にかかれない。そもそも、もしそんなものが流行っていたら、この世に機械義手など流通していない。


 彼らが見たライアの顔は、確かに火傷は完全に癒えていた。だが逆に言えば、それは火傷だけであった。


 まず眉毛がなかった。全身無毛状態になっているのだから、誰でも予想できること。そんなことは些細な問題なのだ。

 本題は眉毛があった部分より、すぐ下の部分。ライアの顔の、本来目がある部分には、ぽっかり空いた二つの穴が存在していたのだ。

 丸い小さな井戸のような、顔にできた二つの穴。そこはかつて眼球がはめ込まれており、その外側には瞼という皮が、目を外の空気から守って塞いでいた部分。


 だが今のライアの顔には、眼球も瞼も一切無い。彼女の両目は空っぽになくなっていたのだ。





 この日エイドアの一カ所の憲兵署が、魔法による何者かの攻撃を受けた。幸い死傷者は一人もいなかったが、しばらくの間憲兵署が無防備に晒されるという、何とも恥な経歴をつくるこになってしまう。


 ガンガル派はこの事件に関しては、なるべく騒ぎにならないよう手をかけた。最終的には一部の旧貴族側の誰かが、ガンガル派の傘下に下った憲兵署に対して、破壊テロを行った可能性が高いという内容に落ち着いていく。


 またこの事件の時に、囚人の一人が失踪していたのだが、その件が公表されることはなかった。



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