第五十五話 暗殺者
今日の会議を終えた貴族院議事堂から、続々とガンガル派幹部達が、各々の護衛を引き連れながら、それぞれの帰路につく。その中には当然、主席であるガンガルもいた。
護衛の魔道士を一人引き連れて、議事堂の高級車庫で待たせていた自動車に乗りこむ。運転手がブレーキを踏み、いつも通りにガンガルの屋敷に向かって車を走らせた。
この世界では自動車は一部の金持ちしか持っていない貴重なものだ。そのため自動車専用道路というものはなく、普通に人が歩く歩道を進むこともある。
多くの人々がめんどくさそうな顔をしながら、道の真ん中を進む黒塗りの車に道を譲っていった。
その中に、一人の赤髪の少女がいた。薄汚れた旅人風の服装で、ロングソードを帯剣している。十代前半と思われる少女が、一人でこんな也で都市にいるのは珍しいが、かといって変なことではない。
ただこの少女は、腰の剣に手をかけながら、明らかな敵意を、ガンガルが乗りこむ車に向けていた。
「ガンガル・・・・・・今し方、こちらに対する殺意を感じたぞ」
車の中で雇い主を呼び捨てにする護衛の魔道士。この言葉にガンガルは、もううんざりという感じでため息をついた。
「またか・・・・・・この所なかったから、大丈夫というわけにはいかないようだな・・・・・・」
久しぶりに出現した暗殺者の出現。魔道士は即座に、ガンガルの身体に防護結界を張る。そして自身も戦闘態勢を整えて、自らの魔道杖に力を溜め込み始める。
やがて車が、比較的人通りの少ないところまで進んだときに、事は訪れた。
「はぁっ!」
車に向かって青い光の斬撃が飛んだ。気功の飛斬撃である。それが車を今にも真っ二つにする勢いで、ガンガル含む三名を乗せた自動車に向かって放たれたのだ。
放ったのは、真後ろの道路の真ん中に飛び出してきた、あの赤髪の少女である。
バシッ!
だが自動車がそれによって傷つけられることはなかった。自動車全体に張られた結界が、その斬撃を弾き返す。青光の刃が、大石を叩いたナマクラのようにポッキリと折れて、空中に粉砕・飛散していった。
これを見た周囲に僅かにいた通行人が、驚いてその場から逃げ出していった。
威力不足の遠距離攻撃では適わないと見た少女は、勢いよく踏み込み、剣で直接斬り付ける手段に出た。青く輝く剣身を構えて、自動車に向かって突撃する。
「随分と派手に挑んでくる暗殺者だな」
車から音も立てない機敏な動きで、瞬時に一人の人物が降りてきた。髑髏マークのローブを着た、ガンガル護衛の女魔道士である。
「シンシア覚悟!」
「はぁっ!?」
少女の発した言葉に、魔道士は一瞬虚を突かれたが、すぐに魔導杖を構えて、その先端の宝珠から攻撃魔法を放った。
魔道杖から紫色に放射される電光が、その少女の暗殺者に向かって飛んだ。
「くっ!」
瞬時に防護態勢に入った少女が、気功を纏った剣で、その電光を受け止めた。避雷針に当たる雷のように、剣身に電撃が直撃する。少女の気功力が、魔道士の魔力を弾き、その魔法攻撃を見事受け止めて見せた。
金属製の剣から、僅かに電気が流動して、少女の身体を痺れされるが、それは大したダメージではなかった。
魔道士は続けざまに次々とあの電光を放ち続ける。少女はひたすらに、その魔法を受け止めて防護をし続けた。
攻防は少女の方が優勢で、魔法攻撃を跳ね返しながら、一歩一歩魔道士に近づいてくる。さらに十発ぐらい受け止めた辺りで、魔道士の方が先に疲れが出始めたのか、攻撃の連射速度に一瞬の遅れができる。
少女はそれを逃さずに、一気に走り出した。遅れ気味が発射された電光を、突進しながらの見事は動きで回避する。彼女の後ろで1軒の家の壁が、雷に打たれた木っ端微塵になっていた。
間合いにまで迫った所で、少女の剣撃が魔道士に向かって振るわれた。だが魔道士も、そのまま大人しく斬られるつもりはない。
即座に丸いガラス板のような防護結界を、自身の目の前に張り、魔法による防護態勢をとった。
振り下ろされた少女の剣撃が、魔道士の結界の壁に打ち付けられる。金属音とも異なる異音の衝撃が響き、魔力が欠片を飛び散らせながら、その場で剣と結界の鍔迫り合いが行われた。
魔道士と比べると小柄な体躯の少女であるが、気功士の身体能力は馬鹿にできない。緊急で張られた魔道士の結界は、既に限界を超えていて、結界の壁にヒビが入り始めていた。
「くうっ!」
これ以上は持たないと判断した魔道士は、結界を残したまま、その場で後方飛びを行った。その直後に結界は割れたガラス窓のように砕けて、ほんの一瞬前まで魔道士がいた空間に剣撃が振り落とされる。
強烈な剣撃が地面に激突した。それは地面の土を斬っただけでなく、地震のような衝撃と共に、前方の大地に二十数メートルにも及ぶ地割れを発生させた。
魔道士は後方飛びを繰り返しながら、少女からどんどん距離を取っていく。両足の間には、少女が作り上げた谷のような地割れができているが、それに足を取られることなく、見事な動きで後方飛びを繰り返している。魔道士ながら見事な体術である。
「あんた何者だい? 私のことを知ってるのか?」
ちなみに自動車に乗っていたガンガルと運転手は、既に車から降りて近くの建物の影に隠れていた。
だがこの少女はそのガンガルには見向きもしない。彼女が敵意を向けているのは、彼の護衛であるこの魔道士自身のみであった。
「シンシア! あんた四年前にフレットで、カイっていう男の子に、サプレッションの魔法をかけたでしょう! そのけじめを私につけに来たわ!」
魔道士=シンシアに向けてのみ放たれた怒りの声。どうやらこいつの狙いはガンガルでなく、このシンシアの方であったらしい。
「四年前? フレット? ・・・・・・・・・・・・ああ、そういえばそこで貴族のガキに呪いをかける依頼を受けたことがあったな。名前忘れたけど、そいつのことか?」
最近食べた飯の話をするような、軽い口調のシンシアの返答。それに少女暗殺者=ライアが、更なる怒りを込めて、彼女を睨みつけた。
「それでお前はそいつのなんだい? 恋人か?」
「そうよ! それにこのくらいやらないと私自身のけじめがつけられないと、ある人から言われたからね、だからここで討ち取らせてもらうわ!」
最初の台詞をもしカイが聞いたら、どんな反応を返しただろうか? 小馬鹿にして笑うシンシアに、ライアは再び剣を振り上げて突撃した。
状況はさっきと全く同じで、ライアの剣撃を、シンシアが結界で防護する図である。だがさっきとは少し様子が異なる。
最初の押し合いでは、ライアが押しており、最終的にシンシアの結果を破って見せた。だが今はお互いの力が拮抗しており、両者中々動かない。
(何で? まさかさっきの電光で?)
ライアとて呪術士の能力を知らないわけではない。そうこうしている内に、シンシアが杖を振り上げて、結界の後ろから魔道杖の魔力撃をぶつける。
ライアの気功剣と、シンシアの魔力撃がぶつかり合い、その衝撃で両者が後方に弾き飛んだ。
「くっ!」
両者ともさほどダメージはなく、十メートルほど飛んだ後、難なく地面に着地した。ライアが剣を構え直すと、その直後にシンシアが、あの電光連射を再び放ってきた。
先程と同様に、気功剣で魔法を弾いて防護する。これもまた最初の攻防とは差異が生まれていた。最初はライアの方が、余裕で魔法を弾いていたが、今はかなり苦戦しているのだ。攻撃を受け止め続けるのがやっとで、中々敵に近づけない。それどころか数歩後退している。しかも受け止め続けるライアの力が、徐々に弱まっていた。それは疲労とは別の要因で発生したものである。
「きゃあっ!」
とうとう受け止めきれなくなり、電光の一撃がライアの胸に直撃した。彼女の全身に電撃の痺れが走り、胸元の服が焼け、そこから現れる素肌に火傷を起こしている。
電光は次々とライアの身体に直撃し、彼女は全身に火傷を負って、その場で倒れ込んだ。
だがライアはそれだけでは挫けない。気合いを上げて再び立ち上がろうとする。立ち上がるだけならどうにかなりそうだが、それで戦闘を続行できるかは、ほとんど絶望的である。
「私の呪力が大分効いてきたようね。それでまだ戦うのかい?」
シンシアが勝者の笑みを浮かべて、ライアを見下ろす。呪術士の直接戦闘における能力は、石化や呪毒という状態変化の他に、敵の能力値低下というものがある。
さっきシンシアが放ち続けた呪雷は、ただの雷撃攻撃ではない。あれは敵に当たると、その身体能力を低下させる呪いの電撃であったのだ。
最初の攻防で、正面から呪雷を受け止め続けたライアは、少しずつその呪雷の能力低下効果を受けてしまっていたのである。
呪術士は、同じ魔力値の他分野の魔道士と比べると、攻撃能力が大きく劣る。だがその代わりに、こういう状態変化&能力低下効果で、戦闘において大きな効力を発揮する。
気がつくと周囲に憲兵隊の警報音が近づいてきた。ライアの襲撃の通報を受けて駆けつけてきたのであろう。何しろこの国の用心の車が襲われたのだから、これは到着が遅すぎるくらいだ。
(くうっ! これじゃ駄目だ! どうにかして逃げないと!)
「残念だけど逃がさないわよ!」
退きの一手を考え始めたライアに、シンシアが追い打ちをかけて魔法攻撃を撃つ。今回は電撃ではなく、紫色の火炎放射であった。
「きゃあっ!?」
全身に炎を被り、紫色の火達磨になってライアがもがき苦しむ。不思議なことにその炎は、ライアの身体に包んだ途端、ライアの身体に纏わり付くように炎を上げ続けた。
まるで可燃物を燃やし続けるように、彼女の身体についた炎は一向に消えないのだ。
「その呪炎は後三分間、お前の身体を燃やし続ける。それまで生きてられるかな?」
全身を紫の炎に包まれながら、地面を転がってもがき苦しむライア。その炎はライアの身体だけを焼き焦がしており、周囲の建物や植物には全く燃え移る様子がない。
すぐにその場に憲兵隊が駆けつけたが、その炎に包まれたライアをすぐには拘束できず、しばらく待ったをかけることになった。
やがてシンシアの宣言通りに三分後に炎が消えたときには、ライアは生きているのが不思議なくらい、全身を真っ黒に焦がしていた。
ガンガルが暗殺者の少女に襲撃された事実は、翌日にはエイドアで発行されている新聞に、大きく載せられることになった。
その暗殺者は身元不明の少女であり、気功士であったが、すぐにガンガルの護衛に捕らえられ、憲兵所に更迭されることになった。新聞の紙面には、シンシアの記憶映像からとった彼女の写真が、でかでかと張られている。当然その姿は、ゲド達にも伝わることになった。
「おいおい・・・・・・どんだけ面倒を増やすんだよこのガキは・・・・・・」
「本当にこの人何ですか? そのライアって人は?」
「ええ、間違いないわ。しかしどういう経緯でガンガルを襲ったんだか・・・・・・」
宿の中で、テーブルの上に新聞を広げながら、あまりに予想外の展開に愕然とするゲド達一行。
ライアを探すという名目で、カイを連れて旅をしてきたのだが、何でまたこういうことになるのか? 頭を抱えるゲド達の中で、意外なことにカイだけが冷静な表情で紙面を見つめながら考え込んでいる。
「何考えてんのか、ほとんど判るから言っとくけど。カイ、こいつの救出に自分で行こうなんて考えるなよ? お前じゃすぐに捕まって終わりだ。俺が行くよ」
「でも・・・・・・」
カイの考えてることを一足先に指摘して、ゲドがライア救出の決定事項を口にする。それにカイはやや迷った様子だ。
「・・・・・・それだとガンガル派と面倒なことになるんじゃ?」
「見つからないようにこっそりやるから大丈夫さ。万一ばれてこっちに因縁つけてきたら、ガンガル派を俺が一網打尽にしてやるよ」
「そんなことしなくても、あんたが命令すれば良いんじゃないの? あいつら名目上は、あんたを崇めてるんだしさ?」
「あの馬鹿共と馴れ合う気はないな。俺から見れば、ぶっちゃけあいつら敵と変わんねえよ」
そもそも何故ライアは、ガンガルを襲撃したのかという疑問は、今は誰も問題にしていない。相変わらず、国に喧嘩を売りかねない行動を、平然と考える怖い物なしの一同であった。
「・・・・・・ガンガル派を潰すんですか? 逆なら良いのに・・・・・・」
皆がライア救出の話で盛り上がる中、ルディだけがそう小声で呟いていた。




