第五十三話 猿屋の拾い物
裏世界の市場には、様々なものが売り買いされている。盗品・奴隷・薬物の他に、ごく一部であるが、人間の遺伝子が取引されることもあるのだ。
遺伝子奴隷とは、その遺伝子の元を供給するために飼われている奴隷である。
魔道士・気功士の名家達は、常に有能な親族の生産・育成に力を入れている。魔
法や気功の力が強いこの世界では、貴族や王族のように、ただ身分が高いだけでは、その人材を育てない。むしろ高貴な身分ほど、怠惰で軟弱な家が多い。このローム王国の貴族なんかが代表例と言える。
名家達は、とにかく優秀な人材を輩出するために、強者同士の縁談を頻繁に行う。その中には、平民や外国人でも、全く構わないのが常識だ。
実はステラも、その手の縁談が申し込まれて事がある。当時、とにかく騎士を目指していた彼女は、速攻で断ったが。
だが強者同士の子供が、必ずしも両親以上の素質を持って生まれるとは限らない。どうも遺伝子には相性という物があるらしく、単純に両親の強さがそのまま受け継ぐわけではないらしい。
それに優れた術士との縁談に、恵まれないケースも数多い。そういった事情から、闇社会で、この遺伝子奴隷という商品が生まれたらしい。
ある術士の子供が、いつのまにか猿屋に誘拐されて、外国の名家のための遺伝子奴隷にされるという事件が、たまにだが起こるのだ。
だがこの話が、あまり報道として取り上げられることは少ない。何しろ遺伝子奴隷の存在は、様々なスキャンダルの種になりかねないのだ。なにしろそれは、将来有望とされる術士の天才子弟には、その家の片親の血を引いていない可能性があるということを意味するのだ。
ステラが自分の知っている限りの、遺伝子奴隷の概要をゲドに話した。これにゲドは、かなりの不快感を顔に浮かべている。
「成る程、それでサプレッションで能力を封じられていたわけか。確かに胸くそ悪い話だ。だけどよ、その子供には聞かせられない話を、カイはつい最近どこで知ったんだ? ステラの親父がどうとか言ってたが・・・・・・」
「うっ!?」
ゲドの問いに、カイが飛び上がるように驚いている。今になって彼は、さっきの自分の言葉が、失言だったことに気づいたようだ。
「そう言えばそうね。父さんがあなたに何て言ったの?」
ステラもこの話題に食いついてくる。自分の父親が、カイには伝えて自分には伝えていないことがあるというのだ。それは気にかかる。
「・・・・・・お願いあるんだけど、このことは誰にも言わないでくれる?」
「ああ、いいぞ。お前も良いよな?」
「え? ああ・・・・・・うん」
少年もカイに頼みに頷き、カイが力なく話をし始める。
「実は・・・・・・ライアがその遺伝子奴隷から生まれた子供らしいって、トバイアさんが言ってたんだ」
「「うわっ!」」
その話に、ライアのことを知っている二人が、同時に同じ言葉を上げて、顔をしかめている。
「ライアには姉さんが二人いたんだけど・・・・・・二人ともテッドさんよりずっと弱かったんだ。テッドさんとアルマさ・・・アルマとは、遺伝子の相性がよくなかったらしい。それで猿屋から遺伝子を買って、それで生まれたのがライアだって。このことはテッドさんも、僕の呪いが判明した事件の前までは、知らなかったらしい」
ライアはテッド・コーランの、実の娘ではなかった。どうにも髪の色も目の色も、両親とは似ていないとゲド達も思っていたが。アルマという女は、どこまで恥知らずだったのか・・・・・・
「ああ・・・・・・まあ、何だ。お前の故郷を教えてくれないか?もし国外だったら、俺が送ってやる」
ゲドが、かなり躊躇いながらも、少年に問いかける。このような境遇の者に、出自を聞き出すのは少し躊躇われる。
だがこのまま憲兵隊に引き渡すのは、良くない気がしたのだ。もし外国人だった場合、彼がきちんと送り届けられない可能性がある。それどころか彼の不名誉な経緯を、世間に晒される恐れがあるのだ。だからゲドは、彼を自ら家に送り届けようと思ったのだが・・・・・・
「家は・・・・・・・・・もうないよ」
「ない? それはまた・・・・・・」
面倒な話になったと、ステラは頭を抱える。家が没落した結果、残された者達が猿屋に売られるケースは多々ある。おそらくこいつは、相当力の強い術士の家系だったのだろう。
「親戚とかいないのか? 他に頼れそうな所は?」
ゲドが再び問いかける。だが少年は、何か思案するような顔をして、しばらく黙る。そして唐突に口を開いた。
「多分いない。というか俺のいた街は、もう帰れない状態だし」
「帰れない?」
「俺はエイドアの貴族院議院の子だ。エイドアがガンガルに乗っ取られて、俺はあの街から叩き出されたんだ。ガンガルの縄張りの外まで行って、憲兵署に頼ったら、ここに売り飛ばされたよ」
思いっきりこちらと関係ある素性だった。ゲドはかなり気まずそうだ。基本的にクズを潰すには何の躊躇いもない。その結果、そいつらの身内がどうなるかなど知ったこっちゃない話だ。
だがこうやって、面と向かって、しかも自分が救出した相手から、そういう話を聞かされると、かなり印象が違ってくる。
「そ・・・・・・それはご愁傷様で。・・・・・・ステラ、この場合どうすれば良いんだと思う?」
「私に聞いてどうすんのよ? あんたが考えなさいよ」
「分かんないから聞いてんだろうが。こんな事態初めてだ」
「私だって初めてよ、こんなの・・・・・・。どうしても判らないって言うなら、憲兵署に引き渡せばいいわ」
それは完全にアウトだ。彼を猿屋に売り飛ばしたのは、他ならぬ憲兵である。まさか憲兵にも猿屋と通じている者がいるとは・・・・・・おかしい話ではないが。これはこれで面倒な話になる。
「これはこいつだけの問題じゃないな。今まで通り、憲兵に頼ったらいいかどうか・・・・・・」
「どうしようもないわね。あんたが千里眼で、随時監視するしかないわ」
「とにかく一旦戻ろう。あの人達も待ってるだろうし」
そういえばそうだった。奴隷にされそうだった者達が、洞穴の出入り口に広間に、まだ待機中である。
「そうだな。それに、猿屋にも聞きたいことがあるし。おいガキ、お前にサプレッションをかけた奴を知ってるか?」
「えっ?」
ゲドにはもう一つ気に掛かることがあった。少年にかけられた魔法は、以前カイにかけられていたのと同じ、強力な呪術である。もしかしたら同じ人物=シンシアの可能性がある。
「悪い。俺は知らないんだ。あの呪いは、俺が寝かされていた間にかけられてたみたいで」
「そうか。じゃあ猿屋に聞くしかないな」
だがその望みは叶わなかった。広間に戻ったとき、猿屋の首領は、救出した女達の手によって、見るも無惨な制裁を受けた後だったから・・・・・・
付近のとある街の中で。この日は外からの珍客で賑わっていた。それは最近この国に再び現れ、新たな騒ぎを起こしているゲド一行と、その彼女に救出された奴隷達である。
「外国に行ったと聞いてたけど・・・・・・また戻ってきたんですね、あの人達・・・・・・」
「こんなちまちましたことしないで、王宮の奴らをぶっ潰してくんねえかな~~」
憲兵署の門の前で、大勢の民衆がガヤガヤと騒ぎ立てている。憲兵署の中では、猿屋に囚われた者達が、次々と憲兵署に引き取られていく。
署内の待合室の椅子で、彼女らは安心しきった様子で、水を飲んだり、座ったまま眠りについていたりする。さっきの遺伝子奴隷と、憲兵に猿屋と通じている者がいたらしい話は、一切していない。それはただ不安を煽るだけと考えたからだ。
「言っておくが、こいつらに馬鹿げた真似をしたら、すぐに殺しに行くからな」
「何もしませんよ。そんな魔王を敵に回すようなこと・・・・・・」
少し脅しをふっかけた物言いで、憲兵に忠告する。憲兵も少し怖がった様子で頷いていた。
「ところでルディは?」
「さっき門を通ったときに、抜け出していったよ。憲兵に話を通すのが先と思って放っておいた。今から連れ戻すわ」
そう言って憲兵署から出て、空へと飛び立つゲド。この光景を間近で見た民衆達が、大層どよめいていた。
ここは山林に囲まれた小さな街。ゲドは街の中を通り抜けて、外の林へと向かっていった。そこにあの遺伝子奴隷にされていた少年=ルディ・ラームの気配を感じ取っていた。
街の入り口近くにある、椅子と小さな屋根があるだけの簡易休憩所。そこにルディはボケッとしながら座っていた。だが空から風を纏って飛んでくるゲドに気づいて、少し慌てた様子で立ち上がる。そして嬉しそうに、上空にいるゲドに手を振り始めた。
「待ってました、て感じだな」
小さなそよ風を周囲に撒き散らしながら、静かに上空から着地するゲド。ルディの様子を見て、本気で自分から逃げようとしたわけではないらしい。
「そんなに憲兵が信用できなかったか?」
「ああ・・・・・・そりゃあな・・・・・・」
「そうか・・・・・・。それじゃあ国外の衛兵ならいいか? フライド王国には貸しを山ほど作ってやったから、お前一人の世話ぐらい引き受けてくれるだろうが」
だがルディは首を横に振る。国外の治安組織でも駄目というとどうすればいいのかと、ゲドは少し悩み始めたが。
「ゲドに頼みたいことがあるんだけど・・・・・・・・・俺をゲドの旅に連れて行ってくれないか?」
「ああ?」
「俺はもう、誰も信用できないんだ。でもゲドなら・・・・・・。なあ頼むよ! 俺きっと何か役に立つから!」
「駄目だな」
速攻で断るゲド。彼を連れて行って何になるというのか? 正直足手まとい以外の意味など持たない。ルディがこれまでに、どんな裏切りにあい、どれだけつらい目に遭ってきたかなど知りようもないし、それで彼を仲間にする理由などない。
「何で!? 言っておくけど俺、きっとあの二人よりも強いぞ!」
「別にあの二人は、戦力で連れ出しているわけじゃねえよ。というかそもそも俺と一緒に行きたいっていう理由は何だ? ただ他所が怖いからってだけか?」
「それもあるけど・・・・・・俺はゲドに恩を返したいから! それだけが理由じゃ駄目か!? 俺だって猿屋みたいな悪党を懲らしめたいんだ!」
貴族の子弟にしては、実に誠実な性格だと、ゲドは感心した。思念を探って見たが、その言葉に偽りはなさそうだ。
(まいったなこれは・・・・・・このまま無理矢理憲兵署に突き出しても、脱走しそうな勢いだ。まあテトラに預けるっていうのも、一つの手ではあるが、あそこは今・・・・・・)
人助けをして生きていこうという考えを持って行動していたゲド。それによって多くの恨みを受けることは、とうに覚悟していたが、これはちょっと想定していなかった。
正直助けた奴らから、いちいち恩義だ礼だと言われても正直困る。もし付きまとってくるのが、ただの敵ならば、単純にぶっ飛ばせば良いだけのこと。
だが好意でついて来る奴には、どう対処すれば良いのだろうか? ゲドにとっては、これは史上最大の難問であった。
しばしして、ゲドとルディは街に戻ってきた。ただしステラ達と合流したのは、憲兵署ではなく、ステラが先に決めておいた、今日の宿である。
ゲドは遠すぎなければ、感覚だけで相手のいる位置が判るので、いちいち連絡を取る必要がない。
「というわけで、こいつをしばらく旅に連れて行くことになった。お前らは良いよな?」
「というわけで、て・・・・・・私は別にいいけど、正直これは危ないんじゃないの?」
宿の四人部屋の客室で、ルディを連れてきたゲドが、彼の同行を伝える。これに二人は少し困惑した様子だ。
「別にずっと、てわけじゃない。フレット王国の騒ぎが、もう少し収まるまでの間だけだ。あそこの騒乱が一段落したら、その後でテトラにこいつを任せることにする。後からテトラにも連絡して置いてくれ」
「それはいいけど、それっていつになるか判らないわよ? もしかしたら数年、いや数十年はかかるかも。それにその間に、私の実家があの国から逃げ出してるかも・・・・・・」
「そんときはそん時に考えるさ」
これがゲドの出した結論だった。彼女はステラの実家であるフェルメール家をアテにすることにしたのだ。
だがフェルメール家のあるフレット王国は、まだ内乱が治まっていない。一応あの家には、とても強い護衛=アルフォンスもいるが、安心しきれない。
自分の側に置くのと、騒乱中の国に置くこと。そのどっちが安全かを頭を悩ましながら考えた結果、ゲドは自分の側にしばらく置くことに決めたのだ。
「というわけだルディ。俺の旅についていくってんなら、俺の忠告はしっかり聞けよ。お前が死んだら、何の意味もないんだ。こちらが何か言わない限りは、常に自分の身を守ることだけを考えろ。俺の方は何があっても大丈夫だから、お前が考えているような、下手な手出しはいらん」
「はっ、はい! 俺頑張る!」
「頑張る? 意味判ってんだろうな?」
いきなり彼に顔を近づけて、人差し指を出して忠告するゲドに、ルディは妙に慌てた様子で応える。気のせいか、ゲドと間近で顔を合わせている彼の顔が、少し赤い気がする。
この様子に、ステラが首を傾げている。
(何だか恩義以上の感情を見て取れるけど・・・・・・・・何だか妙ね? 元エイドアの貴族って言ったら、ゲドは自分の家を没落させた、憎い仇の筈なんだけど・・・・・・)
ステラだけが、彼の挙動に違和感を覚えながらも、ルディは一向に受け入れられ、この日の夜は過ぎていった。




