第五十二話 猿屋狩り
更新遅くなって申し訳ありません。
ローム王国領内のとある山林の中。近辺に集落はなく、ここには鹿や狼などの獣しか住人がいない土地だった。
だが半年ほど前から、ここに新しい人間の住人がやってきた。ただしそいつらは、公式に国に認可されているわけではない。その連中は猿屋であった。
山のある斜面に、とある洞穴があった。入り口が四角形で、雨を防ぐための木造の簡単な屋根が設置されていた。どうみても人口の洞穴である。その中には猿屋という商売を営んでいる者達が、職場にしている。
従業員の住まいと共に、彼らが取り扱っている商品も、全てここに保管されている。その商品とは・・・・・・人間であった。
“猿屋”とは文字通り猿を売り買いする店という意味。ここで猿とは、奴隷=人間のことである。
これはすなわち、彼らは人間を、獣と同列に取り扱っているということだ。
洞窟の中は、アリの巣のように複雑に入り組んでいる。洞窟内の壁は、全て倒壊を防ぐために、魔法で土を硬化させている。そのため、まるで磨かれたように平らで綺麗な壁だ。ここが地下だというのが信じられないぐらいである。
長い地下の廊下の壁の各所に、アパートのようにいくつもの部屋が設置されていた。その中には、多くの商品=奴隷を閉じ込めた、牢獄もあった。
商人達の食堂部屋にて。そこには今、猿屋で働いている数十人の商人・警備兵が、各々の今日の食を済ましているところである。
「しかし大丈夫か? あの貴族の小僧。あれを商品にして、どこかからいちゃもん付けられたら・・・・・・」
「それもう何度目だよ。お前はちょっと、心配のしすぎだ。あいつの家は、例の女神のおかげでぶっ潰れたそうだからな。誰も訴えなんてしてこねえよ。そんなことより、今回の大もうけを祝おうじゃねえか!」
随分上機嫌な猿屋商人。彼らの商売は、今かなり好調な状態だった。今まで猿屋の流通の主軸だった、エイドア地区の組合が、つい最近全滅した。
それによって、いままで細々とやっていた、彼らに多くの仕事が舞い込んできたのだ。今はまだ組織は中規模程度だが、これからどんどん拡大していく予定だ。
あの女神騒動で、エイドアを締め出された勇者達が、続々とこの地区に流れてきている。兵力などこれからいくらでも雇えるだろう。
「はっはっはっ! 例の女神様も、今は他所の国で活躍中だ! 俺たちに稼ぎ場を与えてくれるとは、まさに女神様々だぜ!」
「本当にそうか? 最近他の店との連絡が取れなくなってきてるんだが・・・・・・」
実は数日前から、別の土地で仕事をしている、同業達との通信が全く受け付けないのだ。これに一部で、不安の声が上がっている。
「だ~か~ら~それが心配性だってんだよ! 無線傍受に備えて用心してんだろ? そんなのよくあることじゃねえか!」
「大変だ! ゲドが来やがった!」
突然食堂に飛び込んできた、警備兵の声に、今まで暢気に喋っていた男も、一瞬で顔を青くしていた。
「ゲドさん! 顧客リストを見つけました!」
「おう、でかした」
カイが事務室の方から見つけた、一冊の本にまとめられた、ここの猿屋の取引相手・帳簿が記された書類を受け取った。
これを見れば、どこのクズ共に、何人の奴隷が売られていったか、全て丸わかりだ。
洞穴内にいた猿屋達は、あっとうまに壊滅していた。今回は、ゲドはあまり何もしていない。最初の入り口付近で門番をしていた警備兵を、数人斬ったことと、逃走者を倒したことだ。
敵の多くは、カイが全て斬り捨てた。兵達は皆、武力を持たない民間人としか実戦経験がない元勇者達。カイにとっては虫けら以下の雑魚であった。
カイは数日前から、この地区の猿屋狩りに、かなり意欲的だった。かかってくる兵達を、ゲドが手を出す前に、自ら突っ込んで敵を打ち倒していく。
この洞穴は、ここ以外に出入り口がないようだ。ゲドがそこで座りながら、事態を傍観している。カイは洞穴の中を走りまくりながら、中にいる猿屋達を斬りまくる。
迷路のように入り組んだ洞穴の中、運良く彼と出くわさずに、入り口にまで辿り着いた者がいた。だが彼らは、そこで待ち構えているゲドに、風の刃で一瞬で手足を斬られて倒れていった。
そしてカイは奥にあった牢獄の部屋に辿り着く。牢と手錠を、全て斬って彼らを解放する。
若い女性や子供を中心とした二十人ばかりの奴隷達が、現在入り口付近の大広間に集っている。彼らは皆疲れてあまり口を開かないが、その目には救いの手を貰った安堵の感情が見て取れた。
ちなみにステラは、この洞穴の倉庫で、金目の物を採掘中だ。
「それでこの人達は・・・・・・」
「今回も前と同じだ。近くの街まで送ろう。後は憲兵に任せるさ」
「うん・・・・・・でもこの国の憲兵って、信用できるの?」
「良くないことをしているようだったら、俺が後悔させてやる。前の仕事で預けた奴ら、一応千里眼で確認したが、特に乱暴な扱いは受けてないぜ。後は・・・・・・」
ゲドは近くで倒れている、ここの猿屋の首領に目を向ける。
カイによって右手と足を斬られて、もう自力で歩くのは不可能な状態だ。肉体の切断面から、かなりの血が流れており、このまま放置すると、出血多量で死ぬかも知れない。
腕を押さえながら呻いている所に、ゲドに睨まれて、彼は一気に萎縮してしまった。
「お前に聞くが、シンシアっていう呪術士の冒険者を知らないか? 水色の髪の、今は三十歳ぐらいの女だ」
「しっ、知らんそんなやつ!」
「じゃあ、ライアって女はどうだ? こいつと同じぐらいの歳の小娘だが」
「それも知らん! もういいだろう!? 早く治療を・・・・・・」
「じゃあいいや。言っておくが、お前を憲兵に引き渡したりはしない。治療をしたければ、自分で何とかしな」
血を流して元々青くなっていた首領の顔が更に青くなる。ゲドは彼らをここに放置するつもりだ。
そんなことをされれば彼らは、この場で野垂れ死ぬか、山の狼の餌になるだけである。近くにいる元奴隷達が、首領をかなり冷めた目で見下していた。
何か喚いている首領を無視して、ゲドはカイに問いかけた。
「ところで捕まってた奴らは、ここにいるので全員か?」
「えっ? そのはずだったけど・・・・・・」
「何かここに、猿屋以外の奴の気配がもう一人感じるぞ。しかも前にお前から感じたのと同じ、嫌な気配を感じるな」
「僕と?」
この洞穴のある一室。ランタンの明かりは小さく、その部屋は他よりも薄暗い。
その場にカイ・ゲド・ステラ・チビが一同に入室する。そこにはカイが救出した者達がいた所とは別の、もう一つの牢があった。
ここはもう一個の牢よりもずっと小さな部屋で、一般家庭のお風呂場と同じぐらいの広さの牢に、一人の少年が監禁されていた。
見ると牢は、別室の牢よりも頑強そうにできており、少年は手足を鎖で吊されて、口を金属器具で塞がれて、かなり厳重に拘束されている。
「こんなところにもう一人いたなんて・・・・・・」
あやうく取り返しのつかない失敗をするところだったと、カイは息が詰まる気分だった。もし彼に気づかずここを去っていたら、彼は間違いなくここで飢え死にしていただろう。
カイは即座に牢を破壊し、彼の拘束を力尽くで解いていく。彼を解放するのに、鍵など必要ない。上位の気功士のパワーで、鎖を簡単に千切っていく。
全てから解放された、短パン一つの半裸の少年。歳は12~13歳ぐらいだろうか? 青い髪と金色の瞳で、結構鍛えているのか、彼の身体は細身ながらも筋の張った筋肉がついている。顔立ちは中性的で、結構美形に入るのではないだろうか。
拘束具を外されたとき、彼は大分動揺して暴れていたが、今は大分落ち着いたようで、一行をじっと見ている。
「お前たちは・・・・・・」
「ああ、待て。今お前の身体の呪いを解いてやるから、話はその後でな」
「うえっ!?」
ゲドは少年の肩を左手で掴み、押し倒し、彼を仰向けに倒れさせる。そして彼の腹に、ド下差の姿勢で座り込んだ。そして右掌を彼の胸に当てた。
(これって・・・・・・・・・)
カイはこの光景に覚えがあった。以前自分自身が、ゲドにとらされたポーズである。
「ちょっ、ちょっと待て! 俺たちまだ今日会ったばかりだろう! いきなりそんな・・・・・・」
「ディスペル!」
少年が何か誤解してるっぽいことを叫んでいる間に、ゲドがかつてカイに使った、全状態変化回復の魔法を放った。
彼女の右掌と、彼の胸の接触箇所から、太陽のように強い白い光が発生した。少年が動揺している中、その光は数秒間続き、やがて魔法を唱え終えて終了した。
「厄払い完了。お前にかかっていたサプレッションの呪力は、全て解いてやったぞ」
この少年から感じ取った嫌な気配。それは以前カイがかかったのと同じ、人の持つ力を抑制させるサプレッションであった。
「え? 本当に? もう一生魔法は使えないって・・・・・・」
「いいから何か魔法を使ってみな。すぐ判るんじゃないのか?」
どうやら魔道士だったらしい少年。どうやらカイと違って、能力使用不能のレベルの呪いをかけられていたらしい。
ゲドの言葉に、にわかに信じられないと言った風である。言われてたとおりに、魔法を使ってみることにする。
「ライト!」
少年の掌から、握り拳ほどの大きさの小さな光球が現れる。攻撃用の魔法ではなく、暗がりで灯りをともす魔法だ。その実体の魔力の塊から発せられる光が、この薄暗い部屋を昼間の外のように明るく照らす。
「本当に使えた・・・・・・うわぁああ・・・・・・ありがとうゲド!」
よほど嬉しかったのか、その場でゲドに両手を挙げて飛びつく少年。それをゲドは瞬時に横に避ける。
「がふっ!?」
掴む対象を失った両手は見事にクロスし、少年は埃だらけの地面に顔面から激突した。
ゲドとしては、他人に名前を知られているのは一向に構わないが、自分が知らない奴からの抱擁などいらないものである。
ちょっと気の毒に思ったカイが、彼を抱き起こそうと思ったが、すぐに少年は自力で起き上がった。
「ええと・・・・・・失礼なことをしました。ありがとうございます」
「礼はいい。そんなことより、お前は誰だ?」
この場所に一人だけ厳重に隔離されているということは、猿屋にとって何か特別な商品だったのだろうと窺える。
それに彼の封じられた魔力は、相当なものだ。ゲドと比べれば脆弱なものではあるが、この世界の一般的な魔道士の中では、飛び抜けた強さだ。魔力の強さだけなら、ステラよりも上であろう。
そんな明らかに訳ありそうな少年。だが少年は何か言いにくそうな態度である。何か言いそうになっても、すぐに口を紡ぐ。それにちょっとゲドはちょっと苛ついてきた。
「何してんだよ。さっさと言えよ」
「俺は・・・・・・その・・・・・・」
「遺伝子奴隷でしょ? この子のこと、商品覧に乗ってなかったし、相当扱いが難しい立場だったのね」
横から入るステラの言葉。その遺伝子奴隷という単語に、カイは動揺し、少年は青くなりながらも、首を縦に振って肯定する。ただ一人ゲドだけが、何のことか判らず、キョトンとしていた。
「そんな・・・・・・こんなところに遺伝子奴隷だなんて」
「私も傭兵稼業をやる前は、ただの噂だと思ってたんだけどね。何ともえげつないわね。本当に・・・・・・」
「僕もつい最近知ったんだけど、信じられなかったよ。それじゃあトバイアさんが言ってたことは本当だったんだ」
「おい、さっきから何だよ、遺伝子奴隷って!?」
勝手に話を進めて納得する二人に、ゲドは少し切れ気味である。すると今度は、この二人まで言いにくそうな雰囲気である。
「何ていうかさ・・・・・・すごく不潔な話で・・・・・・子供には言いにくいっていうか」
「俺はガキじゃねえ! 見た目はこれだがもう二十二だ!」
「あっ! そういやそうだったわね」
一人だけ会話に入れなかったゲドに、ステラが丁寧に話し始めた。




