第五十話 霊術士
一方のゲドが帰還した王都ウェストメヤにて。昨日に引き続き、この都市に外国から奇妙な珍客が来ていた。
この日二本目の列車が王都の駅に到着した。弾丸のように滑らかな流線型の磁気列車を先頭に、鎖のように長く連なった後続車両から、多くの人や荷物が降りてくる。
そのほとんどの客がレグンだった。ついこの間まで、純人の多くいたのだが、今はこの状態。客全体の数も少なくなった気がする。そう思ったら、一人だけ純人の客がいた。
「何だあいつ? 葬儀屋か?」
以前別の場所でも同じように囁かれた、他の客が口にするその人物への外面評価。
それは褐色肌の若い女性であった。枯れ木模様の着物に、腰に刀を差している。そして貨物室から持ち出したのは、大きな棺であった。彼女は先日、フレット王国のフェルメール家に、ゲドを訪ねに来たあの霊術士=ミカヅキであった。
棺を台車に載せて、駅構内を進んでいくミカヅキ。純人と言うだけでも珍しいのに、この出で立ちには、多くの人々の目を釘付けにさせていた。
あまりに怪しいその姿に、警備強化で神経過敏になっている衛兵達に職質をしに近づいてくる。
「ちょっと待て! そこのそれは何だ!?」
「棺ですけど? 別に棺を持ち歩いていると罪という法律はないでしょう? 前の駅でも、問題なく乗せてもらいましたし」
「そうか。ならばここで問わせてもらう。今この国は警戒厳重でな。少しでも怪しいと思ったら、質問させてもらうのが筋だ」
この返答に、ミカヅキを少々困らせる。
(まいったわね・・・・・・もしこの中身を見せろ、とか言われたら・・・・・・。また霊術で誤魔化すしかないかしら?)
「とりあえず、お前の身分と名前を聞こうか?」
「ええと・・・・・・私はミカヅキと言います。ギール王国から来ました、霊術士で冒険者です」
彼女が名前と身分を明かした途端、衛兵の表情が強張った。衛兵のミカヅキを見る目が、みるみるうちに敵意を含んだ物へと変わっていく。
「その身なりからして、もしかしたらと思っていたが・・・・・・やはり霊術士だったか! 皆ここに霊術士がいるぞ!」
「へ?」
駅の奥から続々と衛兵達が、武装してこの場に突撃してくる。ミカヅキや、状況を見守っていた乗車客達も、何事かと動揺する。
やがてミカヅキは、数十人もの衛兵達によって取り囲まれた。
「悪いが強制同行させてもらう。逆らおうなんて考えるなよ」
一斉に銃や気功剣を突きつけられるミカヅキ。今の衛兵達は、まるで獲物を追い詰めた飢えたオオカミ。今にも滅多叩きにされそうな雰囲気である。
「・・・・・・何で? 冒険者って罪?」
この状況に、ミカヅキは困惑しきって首を傾げるほか無かった。
また場面は変わって、ここはウェストメヤ近郊にある山林の中。人が滅多に通らない、植物がボウボウに生えた照葉樹林の中。
獣道すらないその空間の、一本の倒木をベンチのように腰掛ける一人の純人がいた。
それは三十代ぐらいの男性で、ミカヅキと同じ褐色肌の人種であった。彼の側には、先端の魔法石の部分に、髑髏のような装飾が付けられた魔道杖が、倒木に立て掛けられている。
彼の服装は、ミカヅキと同じ着物姿であった。ただし色合いは黒く、白いラインで髑髏型の紋章が描かれている。
「くそっ! 何故だ!? 何故上手くいかないんだ!? とうとうあの化け物小娘まで姿を現しやがるし!」
誰もいない森の中を、男は溜め込んでいた怒りを、一気に言葉として発散させる。それに驚いて、近くの木に止まっていた小鳥が逃げ出していた。
彼は凄腕の霊術士だった。そしてギール王国の工作員でもある。
彼はある任務を負って、このフライド王国にやってきた。ただこの国では純人の姿は目立つので、ほとんど野宿で寝泊まりしているという、実に窮屈な生活であったが。
彼の目的は、ローム王国とフライド王国の関係を完全に瓦解させ、フライド王国がギール側につくよう根回しをすることであった。
ある時期から、一度は交易を断った両国が、再び交易を始めようという動きがあった。それを阻止すると共に、職人の国フライドの物資を、ギール側に提供させようという狙いだ。
まず初めに憑依霊術を使って、大多数のローム市民を操った。霊術は本人がその気になれば、低級霊の意識を乗っ取り、己の奴隷として自在に操ることが出来る。霊界教では邪道の技として禁じられている術法だ。
その操った霊を、人間の身体に取り憑かせて、間接的な形で己の思うままに操ってしまうのが、憑依霊術である。
本来ならば死体に取り憑かせて、屍人を動かす技だ。だがやりようによっては、生きた肉体を操ることも出来る。彼らは脳が損傷を受けない限り、例え身体が死んでも動き続けることが出来る。当然痛みなど感じない。
この工作員の男は、その憑依霊術を使って、大勢のローム人をアンチレグンの名を語らせて、レグン達に攻撃を仕掛けさせた。
大勢のローム人が種族差別を口にして、レグン族に直接危害を加える。そうなれば当然レグンと純人の関係は悪化するだろう。
やがてそれを国そのもの揺るがすほどの、大規模な差別主義活動を起こさせ、最終的にフライドとロームを決別させる。
その後でギール王国から英雄が現れる。ギールの精鋭達が、フライド王国内で狼藉を働いているアンチレグン達を次々と蹴散らす。結果フライド王国は、ロームよりもギール側に信用を置くようになる。
そうやって2国の関係を深め、最終的には彼らの作る良質な武器を、ギール側に提供させることを約束させる。そういう作戦だった。
(何もかも完璧な作戦だったはずなのに! 何でだよ!? どうしてあいつらいがみ合わない!?)
だがいざ実行してみると、事はそう上手く運ばなかった。アンチレグンの被害続出に対して、ローム・フライド両国は、対立するばかりかますます結束を強めたのだ。
アンチレグンを共通の敵とし、2国間で協力して彼らを抑えようという話になったのだ。
またこれは公になっていない事であるが、元からいたアンチレグンの中心人物が、何と衛兵隊に出頭し
てきたのだ。
彼は法廷の場で《自分はあんな破壊活動を指示していない! 自分は無実だ!》と訴えているという。
更にはあのゲドという、とても面倒な新たな敵が出現してしまったのだ。操っているアンチレグンの目から、その圧倒的な強さを彼は目の当たりにした。あんなものを敵に回したら、いったいどうなるか判ったものじゃない。
(みんな頭がどうかしてるぜ! あれだけ純人から差別されて酷い目に遭えば、純人を嫌うのが当たり前だろうが!? ・・・・・・・・・所詮は亜人。脳味噌まで野蛮と言うことか?)
どのみちこのままでは、任務失敗のまま帰還することになる。本国にどう顔を合わせればいいというのか。
(もっと派手にやるしかないのか? もっと盛大に、大勢のアンチレグン共で、この国を襲わせれば・・・・・・)
彼はその場で新たな霊術を使った。髑髏型の魔道杖から、紫色の渦のような光が発せられる。するとそこにはさっきまでいなかった何かが、突然姿を現した。
それは一匹のワイバーンだった。かつてステラが召喚したのと似た、前足がコウモリの翼のようになっている、牛よりも大きい大型爬虫類が姿を現す。だがその出現の経緯は、召喚術とは大分違っていた。
ワイバーンは最初、ホログラムのように透き通った姿だったのだ。ワイバーンとしての姿形は見えるが、その透けた身体から、向こう側の風景が見えてくる。だがその透明度はドンドン消えていき、本物の生きたワイバーンと同じ実体感を出し始めたのだ。
林の中に、突如として姿を現した肉食のモンスター。彼は呼吸もしっかりしており、一歩足を動かすと、その部分の土に確かな足跡を付ける。これは幻ではなく、確かに実体化しているのだ。
元々このワイバーンは、随分昔に死んでおり、この場所には霊感がないと姿が見えない幽霊として、この林の中にいた。
だが彼は、工作員の霊術=霊媒具現化によって、今一度物理的な世界に干渉できる力を得たのである。それは霊感の無い者にもはっきりと姿が見えて、物に触れることも出来ると言うこと。パワーも生前のワイバーンと同じである。
「さあ行くぞ! ローム王国へ!」
工作員がそのワイバーンの背に飛び乗った。飼い慣らされたワイバーンは、彼を乗せて一声上げると、翼を羽ばたかせて、浮遊術で自重を軽くし、地面を思いっきり蹴って空へと舞い上がった。
そして彼らは、新しい大がかりな魔法術式を行うべく、ローム王国領へと飛び立っていった。
それから数時間ほどして、昼も半ばにさしかかった頃。ゲド達にとっても、すっかりお馴染みになった、警戒警報が再び高らかに鳴った。
しかもそれは王都だけではなく、国内のほとんどの町村に向けてである。
『緊急警報! 緊急警報! ローム国境の〇〇地区に、アンチレグンが出現しました! その数、約二万人! 現在国境付近の村々に、避難指示が出されています! また国内全土の皆様も〇〇地区には絶対に近寄らないでください! なお衛兵隊は現在、この件の容疑者と思われる人物を捜索中! 現在はスリースワンプに逃走していると思われます! スリースワンプに在住、もしくは来訪予定の方は十分注意しください! 容疑者はギール人と思われる二十代の女性で・・・・・・・・・』
ここ最近頻繁になるよう鳴った緊急警報。今は皆馴れたもので、いつもならば皆冷静に行動できただろう。だが今回は少し事情が違った。
「にっ、二万だって!? 言い間違いじゃないよな!?」
「そりゃ暴動じゃなくて、戦争じゃないか!?」
「犯人がスリースワンプ? いつのまに狂乱の原因が特定されたのかしら?」
いつもなら数人。多くても数十人規模で活動していたアンチレグン。だが今回の二万人という数は、どう考えたって尋常ではない。下手をすれば、国そのものが滅びかねない。国内各地で大騒ぎになるのは必然であった。
その警報は、王都近くの村で、ライアらしき純人がいないかと聞き込みをしていたゲド一行の耳にも当然入る。
「うわぁ・・・・・・どうして俺がこの国いる間に、こうなるかな?」
「あんたのせいじゃないの? ついさっき、これは霊術士の仕業だって、衛兵にたれ込んだから」
「やっぱりそう思うか?」
近くの田畑で働いていた者達も、この警報に驚き慌てふためき、大急ぎで村の集落地区に駆け込んでいく。事件が起きているのは、こことそれなりに離れているので、避難準備は十分出来るだろう。
「まあ、大丈夫じゃないのか? 犯人を今衛兵共が追っている最中なんだろ?」
「それは無いと思うわ」
やや楽観的に事態を受け取っているゲドに、何故ステラが確信的に言い放つ。
「一度に二万人も操るなんて、相当大がかりの術よ。それ遠隔操作で行うなんて、普通は出来ないわ。あんたみたいな化け物術士なら、あり得なくないけど。多分犯人はその大軍から、そう離れていないところにいるわ。少なくともスリースワンプにはいないはずよ」
「じゃあ、スリースワンプに逃げた奴は?」
「多分濡れ衣ね。可哀想に・・・・・・」
予想以上に面倒なことになっていることに、大分気まずい気分のゲド。衛兵隊はその濡れ衣容疑者に捜査を集中して、真犯人の存在に気がつかない可能性が高い。
そうこうしている間に、近隣の村々は破壊される。いや、避難が遅れていたら犠牲者も出るかも知れない。
どうしようかと悩んで首を捻っている間に、カイがこちらをじっと見ていることに気がついた。
「ゲドさん・・・・・・」
言葉はそれだけだが、その真剣な眼差しから、彼がゲドに何を言いたいのか大体判った。ゲドは疲れたように一息ついて、カイの思いに答える。
「まあ俺も何かやるべきだろうな。俺のせいかもしれないわけだし」
最初はアンチレグンの件には手を出さないのが賢明と主張していたゲド。だが今回のこれは緊急事態だ。下手な横やりと思う者がいるかもしれないが、犠牲者を出すよりずっとマシだ。
「だけどよ、一つ問題がある。まずアンチレグンをどうすればいいのかだ。前に衛兵がやったみたいに、全員殺せばいいのか?」
「「えっ!?」」
予想もしない言葉だったのか、二人の驚きの言葉がハモった。
「殺すって・・・・・・ゲドさんの魔法で皆を治すんじゃないんですか? 前に僕の呪いを解いたみたいに」
「ディスペルか? あれは予め、魔法の本で術式を覚えてたからな。でも今回の霊術に関しては、全然ノータッチなんだわ。治そうたって、どうやって治せばいいのか、全然判んねえよ」
ディスペル=全状態異常を治す魔法は、エイドアの図書館で見て、予め覚えていた。普通ではそれなりの期間の修行を要するものを、ゲドは書物を暗記しただけで、あの場で即座に使いこなして見せたのである。
「だったら今から霊術の本を見れば・・・・・・」
「ウェストメヤの図書館に、霊術の本なんてあるかしらね? ここって霊界教はあんまし普及してないし。魔法もあんまり積極的に布教してないし」
カイの提案に、ステラがそう答える。ここは気功を交えた技術者の国。魔法をあまり積極的に学ばせてはいないのだ。何しろレグン族は、魔法を全く扱えない種族であるから。
第一今から図書館に行って、本を探すのでは、この緊急事態に間に合うかどうか・・・・・・
「本気でどうにかしようてんなら。まず霊術士を探すのが本命ね。さっきも言ったけど、多分事件現場からそう離れてないと思うから。そいつをとっ捕まえて、術を解かせるしかないわ。殺すのもOKよ」




