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第四話 氷の竜

 ステラは外に出た途端に、この砦の様子に仰天した。


 地面には瓦礫や武器の残骸が散らばり、あちこちに火の手や損壊箇所が見られる。砦の人口が今は半分に減り、残った物は全員倒れ伏していた。

 身体の各所に血を流し、あるいは壁に叩きつけられている。皆気絶しているか、痛みで悶絶しているが死人はあまり多くなさそうだ。ただし手足を何本か失った者はかなりいるが・・・・・・


 地獄絵図であるが、意外と人命に気をつかっている。これはあの子供が手加減したということだろうか? だがあの様子だと、自分に手心を加えてくれるという保証はない。


「アイスワイバーン召喚!」


 彼女は再び召喚魔法を使う。別にかけ声を上げなくても魔法は使えるが、要は気合いだ。


 ゴブリンの時とは比べものにならない程の大きさの転移の門が、砦の上空に発生し、そこからとりわけ大きな者が出現した。

 コウモリのような翼を持つ二足の竜=ワイバーンである。全身を覆う鱗は白く、これは氷属性のアイスワイバーンであることを意味する。


 アイスワイバーンはステラの元に舞い降り、その背中に素早くステラが騎乗する。そしてそこでアイスワイバーンの身体が浮遊魔法で浮き上がり、羽ばたく翼の風を動力にして上空へと舞い上がった。


 その瞬間、砦内部に続くドアの一つが盛大に蹴破られた。


(やばっ! もう来た!)


 飛び出しては全身を血で真っ赤に塗れたあの子供である。あの様子から見て、おそらくゴブリンは全滅してしまったのだろう。

 普通は子供だと侮ってしまいそうだが、危険な匂いを感じて逃げの手に出たのは正解だったようだ。


 ゲドがステラの姿を発見したときには、既に彼女は空に上り始めた所であった。ゲドは今のところ遠距離攻撃の術を持たない。

 その辺に銃器があちこちに置いてあるが、強靱な肉体と頑強な鱗を持つワイバーンを撃ち落とすほどの攻撃力はないだろう。ジャンプして飛びつこうにも、ここから走ったのでは間に合うかどうか。

 未だ自分の身体能力をゲドは完全に把握できていないのだ。


(おっ!? いいの見っけ)


 彼の目に映ったのは、既に砲手が逃げた後の機銃砲台であった。ここは砦の裏口近くの中庭。おそらく上空から砦内を空襲する敵を撃ち落とすためのもだろう。


 彼はその機銃砲台を掴み、一気に持ち上げた。重量六十キロはある機関銃が、紙箱のように軽々と持ち上がる。

 あの小さな身体のどこから、これほどのパワーが出るのだろう?


 彼はその機関銃を、身体を一回転させて勢いを付けて、砲丸投げのように空へ向かって高々とぶん投げた。





「はぁ!」


 大分高度を上げたステラは、ふとゲドの方に顔を向けると、その方向から一個の銃身がものすごい速度で視界に大きくなっていく。

 つまりこっちに接近していく様子だった。


 ガスーーーーーン!


 ボールのように飛ぶ機関銃は、見事ステラを乗せたアイスワイバーンに命中した。機関銃の弾も通じない怪物も、機関銃そのものの重量をぶつけられれば一溜まりもない。

 ダメージでバランスを崩して、プロペラのように回転しながら、砦の城壁へと墜落していく。


 城壁の結界はまだ消えていない。その見えない壁にぶつかり、竜とステラは城壁のベランダに落ちた。


「あが・・・・・・うう・・・・・・」


 結界とベランダとで二度も頭を打ったアイスワイバーンは、見事に伸びている。かくいうステラの方は、意識はあったが、アイスワイバーンの牛よりも大きな巨体に下敷きになって呻いていた。

 元々身体を鍛えていたので、そう簡単には死なない。なまじそれが仇となって、意識を飛ばせないままに痛みを味わい続けていた。


 その城壁の方に、ゲドが飛んできた。急いで登ってきたという意味ではない。砦の中庭から、高さ十数メートルの城壁の屋上へとジャンプして飛び越えてきたのだ。


 勢いよく飛び上がったゲドが、猫のように軽快に屋上へと着地する。これならばジャンプしても、こいつらに追いつけたのかも知れない。

 というか普通に考えれば、大重量物を投擲するという方法の方が、現実的ではないのだが、ゲドにはこういう力技の手段が真っ先に思い浮かんだのだ。


 ゲドはステラを上から潰しているアイスワイバーンの身体を押す。一トンはあるだろう巨体が、樽のように簡単に転がり、下敷きになっていたステラを解放させた。


(・・・・・・・・・ばっ、化け物だ!)


 ゲドのとんでもない身体能力に、ステラは戦慄した。正面から戦おうとしないで、本当に良かった・・・・・・


 ゲドは抵抗できない状態のステラを掴み上げ、城壁の内側に飛び降りた。そしてさっきと同じにように難なく着地。

 着地点の近くには、連れの子イノシシが待機中であった。ステラを近くの地面に放る。彼女はまだ立ち上がることができずに、仰向けに倒れた姿勢で、ゲドと向き合う。


「俺はゲドだ。直に話すのは今日が初めてだから、初めましてと言っておくか?」

「・・・・・・あっ、あんたいったい何なの?」


 その言葉こそが、ステラがさっきから感じている疑問。人に恨まれることならいくらでもしたし、そいつらの顔などいちいち覚えてなどいない。

 だがこの子供の外見=黒目・黒髪・黄色肌は、この国ではかなり目立つ風貌である。因縁を作ったなら、確実に覚えているはずだ。もしかして敵兵の家族であろうか?


「俺は昨日までここで働いてた傭兵だよ。そんで今日の昼に、お前の魔法で潰された男だ。あれはよくやってくれたもんだな・・・・・・」

「へ?」


 あまりにおかしな返答に、ステラはますます困惑する。確かに今日味方兵士を死なせた。面識はなかったが、こんな子供ではないはずだ。


「目覚めてから、あの時何が起こったのか、思い出すのに時間がかかったよ・・・・・・。お前の呼び出した変なのに潰されて、目覚めたらこんな姿だ! お前いったい何しやがった!」

「しっ、知らないわよ!」


 自身に起きたことを簡潔かつ手短に説明して叫ぶゲド。まあ、そもそもそれ以外に説明できることなどないから、省略などしようがないのだが。

 だが生憎そんな謎現象に、ステラには心当たりはなかった。


「あの時私は、あそこにいるアイスワイバーンを呼び出そうとしたんだ。そしたら何か変なのが出てきたのよ! 本当よ! 使った魔法は召喚魔法一発だけで、変身魔法なんかじゃないわ!」


 ゲドの刀の切っ先が、ステラの首筋に当たる。相手と自分との実力差を知ってるだけに、その敵意の目はあまりに恐ろしい。

 今まで自分は、弱者を散々侮蔑し横暴を振るってきた。そして今自分がその弱者の立場になっている。

 因果応報とも言えるが、それでもじゃあやられてもしょうがないね、なんて覚悟を決めることなどできない。


(うう・・・・・・もう、いや~~~~~)


 今にも自分の首を切り落としそうなゲドの刀身。首筋の刃が当たっている所に、少量だが血が流れているに気がついた。

 後数秒で、ステラは子供のように泣き叫ぶ寸前まで来ていた。だが・・・・・・


「じゃあ、しゃあないな・・・・・・」


 なんとゲドの方から先に退いた。突き出した刀を引っ込めて、血のついた刀身をどっかから取ってきた布で拭く。

 予想外のことに、ステラは呆気にとられたが、すぐにその顔に希望が湧き出てきた。


「た・・・・・・助けてくれるの・・・・・・」

「常識であり得ないことなのは俺も判ってる。それに今のとこ、この姿になって損したところはないからな。これで長年の鬱憤を晴らせる。まあ、性別はかなり不満だが・・・・・・」


 “長年の鬱憤”の意味は不明だが、確かにそれで強くなれたのなら朗報と言えなくもない。

 ならば自分をこのまま逃がしてくれるのか、と問おうとしたが、そう容易くはなかった。


「だが俺を殺したのは事実だ。その辺のところ、しっかり代償を受けて貰うぞ」

「代償? ・・・・・・判ったわ。お金ならいくらでも上げるわよ・・・・・・」


 ついさっき結構な稼ぎをしたところだ。それでも足りないなら預金を全部くれてやってもいい。

 今まで雇い主の貴族共から散々ぶんどってきた金はかなりの額だ。惜しいが己の命には代えられない。


「金なんていらねえよ。この力があればいくらでも稼げるからな。だがたった今気づいたんだが・・・・・・この姿だと色々不便があるんだよな」

「へえ?」

「とりあえずお前に最初の仕事だ。ついてこい」

「私・・・・・・まだ動けないんだけど・・・・・・」


 ゲドはステラの襟首を掴むと、彼女を引っ張って歩き出した。ステラは背中にガリガリと土がこすれる感触を感じながら、再びあの砦の方へと向かっていく。と思ったら途中で立ち止まった。


「その前に、お前に最低限のお仕置きをしておくか・・・・・・」

「・・・・・・え?」





 砦の地下一階。そこにはとりわけ頑強に作られた石の壁と、気功精錬によって強化された金属の檻が設置されている。

 罪人や戦争捕虜などを閉じ込めておくのに使用される地下牢であった。だがこの地下牢は現在それとは別の用途で利用されていた。


 各々の部屋にまとめて十数人、全部二百人以上の人が無造作に閉じ込められている。彼らは罪人と呼ぶには随分妙な姿だった。

 彼らは皆、一般市民的な装いの若い女性や、罪人と呼ぶには若すぎる子供だったのだ。彼らは皆痩せており、あまり健康的ではない。

 そしてその檻を外側から、斧やピッケルで破壊しようと試みている別の女性達がいる。


「何でよ・・・・・・どうして壊れないのよ!?」


 どんなに叩いても全く破損する様子のない檻に、女性達は嘆きながら叫ぶ。彼女たちは、この砦付近にある村の住人達だった。

 ギール王国と戦争が始まって以来、傭兵達の拠点近くにあるその村は、度々略奪に等しい接収を受けていた。折角とれた作物もほとんど持って行かれて、飢えて倒れる者も続出した。


 つい先日、傭兵達がまた更に接収を行おうとしたが、取る物がほとんど残っていないと知ると、村そのものを略奪した。

 猿屋(人買い)の商品にできそうな若い女や子供を、片っ端からここに強制連行した。男達には抵抗した者もいたが、皆なすすべもなく殺されている。


 以前にもこの砦で給仕などの為に連れてこられ者もおり、今砦で起きている騒動に乗じて皆を連れて脱走を図ろうとしている。

 だが肝心の牢の鍵が見つからない。鍵を持っていたらしい番兵は、既にどこかに逃げたようだ。故に檻そのものを破壊するしか手はないのだが、見ての通り全く効いていない。


 そんな時、この地下牢へ入るためのドアが開く音が聞こえた。直後に、ズルズルと何かを引きずりながら、こちらに近づいてくる何者かの足音も聞こえてくる。


「嘘・・・・・・・・・もう来たの?」

「来たって・・・・・・傭兵が?」


 女性の顔が青ざめる。外の状況を詳しく聞いていない中の者達は、不安げに聞いてくる。


 今上では謎の子供が、傭兵相手に無双していた。大勢の屈強の兵隊達が、十歳程度の謎の異国の子供によって、次々と斬り伏せられていく姿は、ある意味衝撃的だった。

 傭兵達はギールの霊術士だと言っていた。だがその子供は霊術を全く使っおらず、肌の色もギール人特有の褐色ではなかった。故に謎の子供としか形容できない人物である。


「ひぃっ!?」

「なっ、何なのこの子?」


 その件の謎の子供=ゲドが、彼女たちの前に姿を現す。その姿に牢の中にいた者達も、思わず震え上がる。

 その子供はゴブリン達の返り血で全身が真っ赤に塗れており、右手にはゴミのようにボロボロになった見覚えのある女魔道士が引き摺られているのだ。

 あまりに形容しがたいその姿には、彼女は恐怖しか覚えない。


「おう、お前らは全員無事か? んでステラ、ここの鍵はどこにある?」

「・・・・・・知らないわよ・・・・・・。見張り部屋になかったなら、番兵が持ってるんじゃないの?」


 首根っこを持ち上げて、顔を同じ目線にして問いかけるゲドに、ステラは無感情に答えた。何とも弱々しい声である。


 顔面はすでに何十発も殴られて、元の顔がほとんど判らない状態になっており、ここに引き摺られる課程で下り階段にガンガンと頭をぶつけられて、彼女は先ほど以上に酷い有様になっていた。

 まだ生きていて、言葉を喋れるのが不思議なくらいである。ゲドは次に目の前の村娘に問いかける。


「おい、ここで番兵を見たか?」

「いっ、いえっ、見てないわ!」


 お前にびびって皆逃げたんだと言いそうになって、ギリギリで口をつむぐ。


「じゃあ、しょうがないな・・・・・・お前、少しどいてろ」

「あっ、あなたたちは・・・・・・?」

「ちょっと・・・・・・私たちをどうする気よ?」


 こいつらは一体なんなのか? 鍵を開けようとしているということは、もしかして助けてくれようとしているのか? それともこいつは悪魔の子で、自分たちを生け贄にしようとしているのか?


 どのみち抵抗など無意味、彼女はおとなしく牢から離れてゲドを通す。

 ゲドはその牢の鉄格子をしばし見て、まもなく鍵の着いた扉部分を勢いよく斬り付けた。


 ザンッ!


 鍵の錠部分は、ケーキのようにすっぱり斬れた。

 さっきまで自分がどんなに武器で殴りつけても傷一つ着かなかった物を、あまりに簡単に破壊してしまったことに、村娘や中にいた女子供達も、この不気味な子供の力に冷や汗を流す。


「つうかそんな簡単に壊せるなら、鍵探す必要なかったじゃん」

「この檻は普通の製法で作られてない。お前だって知ってるだろ? この身体でも壊せるかどうか確信がなかったんだ」


 血みどろで倒れながらのステラの突っ込みに、淡々としたゲドの返答。

 問題なく破壊できると知ると、他の檻も次々と斬っていく。そして全ての檻が、誰でも簡単に出入りが出来るようになった。


「ああ・・・・・・」

「ちょっと!?」


 これを知った子供らが、大喜びで外に出ようとするが、他の大人の女達が慌てて彼らの腕を掴んで引き留める。

 外には傭兵以上に危なそうな奴がいるのだ。正直この場の誰も、この奇怪な子供を人間だと思っていない。この様子にゲドは、複雑そうな顔でため息をついた。


「俺がいる限りは、外に出れないみたいだな。しゃあねえ、俺たちは今失せるから、その後に出てけ」

「えっ?」

「兵糧や倉庫にある物は、好きなだけ持って行っていいぞ。外でぶっ倒れてる奴らも、お前達の好きしろ。ここにいるのは皆使い捨ての傭兵だ。そいつらが何を盗られようが殺されようが、政府が真面目に誰かを咎めようなんて考えねえよ。それじゃあな・・・・・・」

「ええっ!?」


 何と答えればいいのか、混乱する中、ゲドは再びステラを引き摺って外に出て行った。


 途中で階段を上るときに、ステラがまた石段で頭を削られて呻いていたが、当然ゲドは気にしない。


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