第四十六話 ウェストメヤ
日は沈み、すっかり暗くなり始めた頃、ようやく一行は衛兵達から解放されていた。
二時間以上も説教されたカイは、未だに納得し切れていないのか、むすっとした顔である。
「何不機嫌な顔してんのよ。普通なら独房行きなのよ? 未成年でつい最近入国した知識不足、てことであれだけですんだのよ?」
「判ってます・・・・・・どうもすいませんでした」
口では謝罪するものの、その声には覇気が無かった。とりあえず宿を探しに歩く中で、今後について会話を始める。
道中には、三つ叉の槍のような街灯がいくつも設置されており、夜でも実に明るい。
「しかしよ・・・・・・隣国でこんな異常事態になってるなんて、あっちの新聞にはなかったんだが? 一応アンチレグンが騒ぎを起こしたらしいことは、書いてあったけどな」
「多分フレット側が、情報規制をかけたんだと思うわ。その報道のせいで、重要な交易相手をなくす訳にはいかないからね。こういうことってよくあるのよ。特にフライドは、精霊石の加工を請け負っていた、重要な国だったし。だから向こう側で暴動が起きるまで、列車も通常運行してたのね」
「なるほどね」
全てはステラの推測だが、これだけで十分ゲドは納得した。人命よりも国家利益を優先する。どこの国でも当たり前に行われていることだ。
「それで最初の本題なんだが、結局ライアのことは、まずどこから探すんだ?」
これにカイがうっかり顔で動転した。
「え? あっ! そうでした! ライアのこと聞かなきゃいけなかったのに!」
「あんたが忘れちゃ駄目でしょ? また詰め所に戻る?」
「国がこんな状態なんだ。たかが小娘一人に、気を配ってられんだろ?」
「じゃあシンシアについて探してみる。実はさっき聞いてきたんだ」
ステラが言うさっきとは、詰め所でカイが折檻されている最中、保護者同伴ということで待機室にいたときのことだろう。
「アンチレグン狂乱に関しては、何か色々な仮説が出てるけど、その中でも有力な説に呪術士の仕業って話もあるらしいわ。ライアも仮説を聞いて、フライドに来たのかも」
呪術には様々なバリエーションの技がある。確かにこういう暴徒を生み出す精神攪乱系の術があっても、何も不思議はないだろう。だが後半の説に関しては、カイが否定した。
「多分ライアはそこまで考えてないと思う。昔から新聞とかあんまし読まない人だったし」
「ああ・・・・・・じゃあ、ただ単に行ったことがある外国ってだけの理由かしら?」
「お前のその剣、どこで作ってもらったんだ? もしかしたらそこに寄ってるかもしれないんじゃ?」
この言葉に、再びカイははっとした顔をした。
「そうだ! そこに聞いてみれば良かったんだ! そこは覚えてます! 行きましょう!」
「うん・・・・・・ところでさ・・・・・・」
ステラが少し前から思っていた疑問を、カイに問いただしてみた。
「あなたライアを探すって言ってたけど、その子を探すのに、写真とか必要な物はちゃんと持ってきたの? さっきもゲドが魔法で説明してたし」
「いえ何も・・・・・・そういうところ、全然考えてませんでした」
気まずそうに答えるカイ。フライドに入国して、まずどこを探すかも考えてなかったこの少年に、一人で行かせなくて良かったと、ステラは呆れながらそう思った。
カイの父親の知り合いの職人がいるという場所は、このフライド王国の王都であるウェストメヤと呼ばれる都市である。
人口二万人で、王都と呼ぶにはかなり小規模である。最も人口18万人のフライド王国では、最も大規模な集落であるが。また横から街を貫くように、二本組みの鉄道が街の中を通っていた。当然街の中に駅がある。
いつもの通り、ゲドが封印器に仲間を乗っけて空を飛び、あっというまにウェストメヤに到着する。元々国土面積が小さいので、旅の距離もこれまでと比べて実に短い。
時間帯は既に遅く、すっかり暗くなっている。ここでは大都市のような、夜も響く人々の喧騒も、大量の明かりもなく、実に静かなものだ。ゲドの故郷の認識からすれば、ちょっと大きな田舎町といった感じである。
ただ一つ違うのは、街の中心部にかなり大型の建物があるということ。他の建築物が、全て木造なのに対し、こちらは石と金属を組み合せて作った、見るからに硬そうな建物である。おそらくあれが王城であろう。
建物に無駄な飾りなどはなく、ロックツリー城よりも、遥かに質素で無骨な印象を受ける。そしてその王城一帯だけは、強い明かりがいくつも照らされており、夜でもその姿がはっきりと見えた。
そんな王城を、街付近の上空から一行が見下ろしている。
「あれが王城か? 結構地味なんだな」
「うん。レグンの人たちって、職人気質で贅沢を嫌う人が多いって聞いてる。他にも種族差別とかをしてくる人から、国を守ろうって意識もかなり強いって」
「それにしては、街の周りに城壁がないんだな」
当然だが街の上を飛ぶわけにはいかない。王都の入口付近に着陸すると、すぐに待機してる衛兵たちが彼らに寄ってきた。城壁はないが、衛兵の監視はたくさんいた。
「お前たちか・・・・・・ウェストメヤへの通行を許可する」
「あれ? お前とどこかで会ったっけ?」
「お前達のことは、新聞でもう国中に顔が知られている。空から人を入れた巨大容器をぶら下げて、街に来る者など、お前ぐらいのものだ。今さら身分確認などしても仕方が無い。ただ・・・・・・あまり大事は起こさないで頂きたい」
本当ならこんな面倒の塊のような連中は歓迎したくないのだが、規則として彼らを拒否する理由はない。なにやら渋々といった様子で、衛兵達はゲド達に道を開けた。
「俺もすっかり有名人だな。良い意味でも悪い意味でも」
「悪い意味の方が、割合大きさそうだけどね。それでカイ、その職人の家はどこにあるの?」
「ああ、はい案内します。・・・・・・でもよく考えてみたら、この時間だとお店やってないかも・・・・・・」
「だからそういう問題は、事前に考えておきなさいよ!」
一応その職人の店に行って、夜更けの来訪が迷惑になるようだったら、出直して宿に泊まるということで、一行はカイの案内でその店に向かっていった。
その店に向かう道中での出来事。空から見たときには、静かだった夜の街並。だが彼らがその路地の近くを通ったときは、少し様子が違っていた。
大勢に人だかり(主にレグン)が行く道を塞いでおり、ガヤガヤと何か騒いでいる。
「何かしら? またアンチレグン?」
「それにしては、皆落ち着いている感じですけど?」
その人だかりは、全員がある一点に注目していた。ちょっとその人だかりに混じってみる一行。
奇異な姿のこちらに反応したのか、後列の者が、あっさりと場を譲ってくれた。
「ほら! とっとと歩け!」
「くそっ! 話が違うじゃねえか、てめえ! 何がいい稼ぎ場だ!」
「うっせえ! 文句があるなら、自分で稼げば良かったんでしょ!」
「黙れ、貴様ら!」
それは数人の冒険者と思われる純人の戦士・魔道士達が、衛兵達に手錠をかけられて、武器を突きつけられながら、衛兵達に強制連行されている姿だった。
見ると冒険者達の顔や腕などに、いくつかの傷がついており、衛兵と交戦になったことが判る。仲間同士で言い争いをしている中を、喧嘩両成敗と頭に拳骨を受けて、乱暴な手つきで詰め所のある方向の道へと向かっていった。
何となく事態が読めてきた一行。ステラが野次馬の一人に問いただしてみる。
「ああ、あれか? あれは他所の国から来た勇者らしいぜ。この街で強盗をして、しょっぴかれたらしい。全く馬鹿な奴らだ」
「確かに・・・・・・阿呆ねあいつら」
勇者達は、民家略奪を行うときは、基本的に治安組織の手が届きにくい辺境・もしくは戦争などで治安維持が弱体化した地域に狙いを付けてくる。
この国はアンチレグンの影響で、確かに物騒な状況に陥っている。そのため勇者達は、今のフライド王国は、格好の狩り場と思い込んだようだ。
だが実際の状況は、その逆である。対アンチレグン対策のために、衛兵部隊の大幅増員・装備大幅補充が行われて、国内警備は以前とは比べものにならないくらい強化されているのだ。
訓練も行き届いており、鍛え抜かれた彼らは、常に街の小さな異変にも気を配っており、何かあれば即座にその場に駆けつける。
勇者のような、ならず者が動きを見せれば、あのようにあっというまに御用である。
(この国はロームとは全然違う。治安組織が、しっかりと働いているんだな・・・・・・。だとしたら、この国で俺がやることは、あまりないかな?)
ならず者が放置されているわけでも、相手側から喧嘩を売られているわけでもない。この国で派手にやっても、お国の威信に迷惑をかけるだけ。連行される勇者達を見て、ゲドはそんな風に思った。
やがてかつてカイとライアが、父に連れられてきたという店に到着した。
「貴族御用達のお店っていう割には、小さいわね?」
「そんなんじゃないよ。父さんが学生だった頃に親しかった人だって話し出し」
そこにあるのはごく普通の木造の商店であった。売り場があると思われる一階には、外からも中がよく見えるようにするための、大きな窓ガラスが横に広がっている。
ただし今はカーテンが閉められていて、内部は見えない。二階は居住地と思われる。洗濯物を乾かすの使うベランダがあり、その奥にはカーテンが閉められた窓があり、そこの隙間から生活の灯りが洩れている。
店のすぐ隣には、大きな倉庫のような石造りの建物があった。片流れ式の屋根には、大きな煙突が角のように生えている。おそらくここが職人の工房であろう。
その工房で土地面積がとられているせいか、庭と呼べる部分がどこにもなかった。
大げさに立派なわけではないが、ぼろいわけでもない、それなりにまともそうな店である。
ただ困ったことは、その店の扉に《一時休業》の看板があることだ。一応二階に灯りがついているので、人が住んではいるのだろうが・・・・・・
「困った・・・・・・これじゃあ、いつ来ればいいんだろう?」
「いや・・・・・・店の客としてでなくて、個人の客として来たらどうなわけ? あんたのお父さんの友達なんでしょ?」
「あっ、そうか!」
元々赤の他人ではないのだから、普通に家の門を叩いてもいいはずだ。遠慮というものを考えすぎて、色々と常識が吹っ飛んでいた。
カイは店の裏口に回り、そこの呼び鈴を鳴らした。
「すいません、カイ・プライスです! アビエルさんはいらっしゃいますか!?」
「坊主も大きくなったもんだ。さあ遠慮無く上がれ」
五十歳ぐらいの、筋骨たくましい外見のレグン男性が、一行を快く迎え入れてくれた。彼がここの店主であり、カイとライアの剣を作った職人である。
ここ最近の騒動で、武器の需要が増えたことで仕事が忙しくなり、それによって体調を崩して現在休業中だったらしい。
「すいません、身体を壊してるなんて知らなくて・・・・・・」
「気にするな! 客を入れることぐらい、どうってことない」
実際今の彼は、見た目では特に悪いところは見られず、大分元気そうである。彼の妻が、台所からコーヒーを人数分入れて、テーブルに並べてくれる。コーヒーの嫌いなゲドが、少し我慢しながら、行儀良くそれを飲んでいる。
「アビエルさんも久しぶりです。ええと・・・・・・」
「この子、失踪した自分の彼女を探しにここに来たのよ。何か心当たりない?」
質問を一瞬ためらったカイの代わりに、ステラが率先して答える。これにアビエルは、気まずそうに顔をしかめ、首を横に振った。
「コーラン家の嬢ちゃんのことは聞いてるよ。色々大変だったな。だが残念だが、家には来ていないよ・・・・・・」
「そうですか・・・・・・ありがとうございました」
結局この場には手がかりがなかった。他に聞くことがあるなら呪術士のことぐらい。それに関することでステラが質問を続ける。
「それじゃあ、シンシアっていう呪術士について、何か聞いてない? 噂ぐらいでもいいんだけど」
「呪術士か・・・・・・今この国で起きていることは、呪術士の仕業だという話が広がっているが。それぐらいしか知らないな」
「それじゃあ、そのアンチレグンを調べてみる以外に、やることはないわけか。まあ、期待薄だけど。・・・・・・あっ、そうだ!」
ゲドがあることを思いだし、玄関の所に置いてきた、自分の刀を持ってきた。そしてそれをアビエルに差し出す。
「休業中に悪いんだけどさ、これの鑑定をしてくれないか? 拾い物で、どういった品なのか知らないんだ」
「ゲドさん! 何図々しいことを!」
「ああ、いい、いい。どれ、ちょっと見せてみろ」
特に気を悪くすることなく、アビエルはその刀を受け取り、抜刀して刀身を見定めてみる。
最初は気楽な感じで見ていたが、時間が経つと共に、徐々にその目つきが険しいものになってくる。
「あなた、どうしたの?」
雰囲気が変わったアビエルに、妻が心配そうに問いかけるが、彼はそれに答えようとはしなかった。やがて動揺の感情を何とかこらえ、真剣な眼差しでゲドに問いかける。
「ゲド君・・・・・・君はこれを拾ったといったね? どこでだ?」
「ああ、悪い。こっちも色々事情があって、あまり詳しく話せないんだわ」
「・・・・・・そうか。ちょっと待ってくれないか? 一目で価値を見抜けるほど、簡単な品ではないようなんだ」
ゲドの了承を聞く前に、アビエルはその刀を持って、裏の工房へと走って行く。かなり緊張しているようで、刀を持つ右手が震えていた。
「やっぱ見せちゃやばかったか? どうせ何も判らないだろうし」
「何も調べないよりはマシなんじゃないの?」
やがて三時間ほどして、彼は今に戻ってきた。その待ち時間の間、ゲドは部屋の本棚にあった“鍛冶士入門”という題の本を読みふけり、カイはアビエルの妻と最近の家での世間話をしていた。
「鑑定は終わった。判ったような、判らないようなだが・・・・・・」
「早いんだな。鑑定って、こんなに素早く済むものなのか?」
「ああ、俺の工房には必要な機材は全部揃ってるし、それに自分でいうのも何だが、俺は超一流の刀鍛冶だ。このぐらいどうということはない」
アビエルはソファに座り、淡々と鑑定結果を述べていく。
「まずこれの素材と製法だが・・・・・・我々レグンの技術と全く同じだ。素材は玉鋼で、刃金・側金・棟金などの重ね方。ほぼこのフライド王国で支給・生産されているものと同じ物だ」
「じゃあ、これはこの世界で作られた物ってことか?」
「・・・・・・どうだろうな? 我々の持っている技術のほとんどが、女神様配下の半緑人が伝えたものだからな」
「うん?」
「ただ大きく違うと言い切れるのが、この武器の強度と硬度が、常識ではあり得ないぐらい高いということだ。恐らくは気功の強化術で鍛えたのだろうが・・・・・・世界最高の大業物も、この刀と比べれば、ほとんどナマクラさ。どれほど強大な気功士が鍛えれば、これほどの出来になるのか・・・・・・とてもこの世界の物とは思えん」
アビエルは何か疑うような眼差しで、ゲドをジッと見つめる。
「ゲドさん・・・・・・あんたは本当に噂の通りの・・・・・・コン様の使いなのかい?」
アビエルからの追求を、適当に誤魔化して、一行は彼の店を後にした。何だか見せて後悔したような、微妙な気分で宿を探しに夜道を歩く。
「なんかさ・・・・・・ああいう質問を人にするのは、もうよした方がいいかもな・・・・・・」
本当は、何度汚れても自動洗浄される、この服についても調べたかった。だがそれで服屋に鑑定したら、同じように質問される可能性がある。
「その肉体の正体について、知りたいと思わないの?」
「微妙だな。知りたいような、知りたくないような。まあどのみち手がかりが一つも無いんだから仕方ない。これまで通り、この力でクズ共を潰していくか。とりあえず今はカイのことだな。明日から、アンチレグンに関して調べ上げるぞ」
「えっ、ええ・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」
ライア捜索に関して、最初は消極的だったゲドだが、今は乗り気な発言だ。まあ、気を紛らわせるにはちょうどいい理由だったのだろうが。
こうしてフライド王国初日の夜は更けていった。




