第四十五話 狂乱
「ええっ!?」
あまりと言えばあまりの状況に、カイが困惑と驚愕の声を上げた。この衛兵達は、逮捕すべき犯人を、迷いもなく皆殺しにしたのだ。
十人の人間の身体が、明らかに十個以上の物体に分断されて、土の上に崩れ落ちる。恐ろしく鋭く斬られたせいか、出血量は傷の大きさに比べて少ない。
衛兵達が警戒を保ちながら、その倒れた暴徒達に近寄っていく。
「がが・・・・・・」
「「!?」」
聞こえてきたのは、とても小さなうめき声。それは小動物よりも小さな吐息の、弱々しい声だったが、それだけで衛兵達を戦慄させるには十分だった。
発したのは、右腕と胸を切り裂かれた女性。致命傷ギリギリだったが、かろうじて生きている。一人の衛兵がその女性に近づき、足下で倒れている彼女に向けて、迷わず刀を振り下ろした。
「やめろ!」
一人の若いかけ声と共に、光の刃が一陣飛んだ。そしてそれが女性に向かって振り下ろされようとした刀身に激突する。
刀は横に弾かれて、とどめの一撃を止められてしまった。遠くから状況を見ていたカイが、さっきと衛兵が撃ったのと全く同じ技=飛斬撃で、衛兵の過剰防衛と呼べる行為を制止したのだ。
(あの距離から、あの小さな的を狙ったの? 子供とは思えない腕前だわ、やるわね)
今は放ったカイの技量に、感心するステラ。だが向こうはそんなことを考えているような状態ではなかった。
「何だ、お前らは!?」
怒りを上げて、カイに向かって叫ぶ衛兵。だが怒っているのは、こっちも同じだった。
「それはこっちが言いたいよ! 何だよ、あれ!? 無抵抗の相手を殺すのが、この国の法なのか!?」
「侮辱するな! そんな法、あるわけないだろう! だがこいつらは、殺さない限り絶対に止まらないんだ! これも市民の安全のためだ!」
「止まらない!? 何訳の分からないこと・・・・・・」
今にも熱い口論が始まりそうになったとき、それを急停止させる者がいた。それは今まで虫の息だった、生き残っていた暴徒の女性である。
衛兵達の目が、カイの元に集中している隙に、彼女はバックの中に手を突っ込んでいた。とても動ける状態の怪我には見えなかったのだが、彼女は切り裂かれた身体のことなど、まるでないように小刻みに手を動かす。
「しまった!?」
衛兵がその行動に気がついたとき、もはや手遅れであった。
彼女がバックから取り出したのは、長さ四十センチ程の、長方形の箱形の物体。全体が真っ黒で、ある一面には、いくつかのワープロのようなボタンと、小型のレバーのような物がついている。
彼女はそのレバーを思いっきり引いた。
「「なっ!?」」
その不審な動きに気づいた衛兵が、一斉にその方向に向く。
彼女が持っているのは時限爆弾である。爆破時間をボタン操作で動かせる他に、レバーを引くことで二秒で即爆することもできる。主に特攻などに使用されることが多いタイプの爆弾だ。彼らのバックには、弾倉の他にこんな物が入っていたのだ。
そして衛兵がそれを理解したときには、既に手遅れだった。レバーはもう引き切っていた。
「防護障壁!」
あと二秒で大爆発が起き、衛兵達が吹き飛ばされると思われた瞬間。その一瞬の間に、素早く魔法を唱える者がいた。ゲドである。
突き出された左手の平から、白く光る何かが発せられた瞬間に、強大な光の障壁がある一点に出現した。防護障壁は、その名の通り自己・味方を攻撃から守るための、結界を張る魔法である。いくつかのバリエーションがあるが、今ゲドが使ったのは土属性だ。
大地から円形の光の輪が出現し、そこからドーム型の結界が形成された。そしてその一点を、オレンジ色に光る半透明のドームが、すっぽりとその空間を覆ってしまう。
ドームの直径は、高さ一メートル数十センチ・幅三メートルほど。ゲドの強大な魔力で作られた、戦車の装甲よりも頑強なドームである。
その結界が守っているのは、衛兵でもカイでもない、今まさに自爆行動をとろうとしている、女暴徒であった。
「・・・へっ?」
爆発までの二秒の間に、自分を囲い込んて閉じ込めた、半球状の何かの存在に、そんな疑問の声を発する。
それが彼女の最後の言葉だった。
ドン!
耳が狂いそうな爆音と、太陽のような輝きを発して、爆弾は大爆発した。
結界に覆われた、閉ざされた空間の中で。オレンジ半透明の結界は、一瞬光る小山に変貌した。すでに夕方になって、徐々に暗くなり始めている街を、花火が上がったかのように照らし出す。
光は一秒とたたずに消えた。あの狭い空間の中で、直径数メートルのクレーターを生み出せるほどの大爆発が起きたというのに、結界は全く崩れた様子もない。当然クレーターもできていない。
あの結界が、爆発の際に発生する全てのエネルギーを、内部から全て受け止めて、周囲への被害を完全にゼロにしたのだ。
ゲドが魔力を解くと、その結界は霧のように四散して、あっとうまに消滅する。結界に内部には何も残っていなかった。爆弾もバックも女性の身体も、全て骨も残らず消し飛んだ。僅かに残った灰だけが、彼女の存在の唯一の痕跡である。
驚いたことに、あれほど圧縮された大爆発が起きたというのに、地面には傷一つついていない。それどころか、磨かれたように平らで、すべすべの地面が、結界包囲面積と同じぐらいの面積で、円形に出来上がっている。
ゲドの放った土属性の結界は、壁だけでなく地面をも鋼鉄よりも固くする。そのため地面は壊れるどころか、前よりも頑丈になっていた。
絶体絶命の状態から、ゲドの助けで運良く助かった衛兵達。安堵の息を流すと共に、ゲドのほうに目を向ける。
(あれが最近話題の、黒の女神の使いか・・・・・・? 面倒な奴がやってきた)
一応の駅の警備隊から報告を受けていたので、あの刀を持った少女の存在にいち早く理解を示す衛兵達。
まあ何者であろうと、今やるべき事は一つ。衛兵達が一行の元へと歩み寄ってくる。
「今のお前の行動は、公務執行妨害だ! 一緒に詰め所に来てもらおう!」
衛兵は迷わず速攻に、カイに手錠をかけた。
このフライド王国では、数年前に起きた戦争が元で、ローム王国との交易を断絶していた。だがそれによって国内の経済事情に問題が起き始めた。
そのため二月ほど前から、武器以外の取引を許可する法案を出し、ロームとの交易が再び行われた。
事件が起きたのは、それから十日ほど経った時のこと。
これまで一部のローム人には、純人とは異なる種であるレグンを、異形で異端の種であるとし、彼らとの交流を反対する者がいた。中にはローム国内にいるレグンに、嫌がらせや暴行を振るう、過激な者がいたという。
アンチレグンと言われるその者達なのだが、交易再開後に、これまでにない暴挙を繰り出すようになった。ローム領内で、取引に訪れたレグン達を襲撃するようになったのだ。
武器を持って白昼堂々と襲いかかり、レグンが殺傷される事件が続出。時には、レグンの宿泊していた場所に、他の客(ローム人)もろとも爆破するという行為にまで出たのだ。
その爆破の手段がというと、これがぶっ飛んでいる。全身に爆弾を巻いたアンチレグンの一員が、大勢の客と一緒に旅館内に入り、そこで「汚れた種族に制裁を!」と叫んで自爆したのだ。
旅館は内側から半壊し、犠牲者の数はレグンはじめ、百人以上に及んだ。
これまでの嫌がらせや侮辱などとは、あまりに飛び抜けたこの破壊活動には、フライドだけでなく、ローム王国の民衆達も驚愕した。
やがてアンチレグンは、ローム国内だけでなく、フライド国内にまで侵入し始める。レグン達の集落が次々と、アンチレグンという名の盗賊に襲撃された。
衛兵隊が駆けつけても、彼らは一切逃げようとはせず、正面から堂々と衝突する。例の自爆行動も、頻繁に行っていた。
アンチレグンの暴走に、フライド王国政府は怒り狂い、交易相手だったローム王国の街・セブンドアの貴族院に激しく糾弾する。セブンドアの貴族院も、これを緊急事態と受け入れ、アンチレグンの更に厳しい取り締まりを行う。
だがアンチレグンの暴走は止まらない。それどころか憲兵や貴族院を「汚れた種に魂を売った裏切り者!」と名指しし、政府組織にまで破壊活動を行うようになった
ここまでいくとローム・フライド共に、事態のおかしさに気がつき始める。
自爆行動を行ったアンチレグンの一員達。彼らの身元は容易に探し出すことが出来た。おかしいのは、彼らの素性をいくら探っても、自爆までしてレグンを目の敵にする理由が、全く見当たらないのだ。
彼らは事件を起こす少し前まで、ごく普通に一般市民として暮らしていた。関係者から話を聞く限り、レグンへの反感を以前から抱いていたように見えなかったという。
ある日突然、何の前触れもなく、狂ったようにアンチレグンの主張を叫び始めたというのだ。これには関係者の多くが《彼・彼女の豹変が、とても信じられない》と語っているという。
おかしいのは勿論自爆行為をした者達だけではない。民衆達も事態の異常性に気がつき始めた。
《私の息子が、いきなり狂ったように、アンチレグンを叫びだしたんです。この間まで大人しい子だったのに、レグン死ねとか叫びながら、家中の物を壊してます。私は一体どうしたらいいんですか!?》
《俺の同僚なんだけどよ。仕事の休み時間に、一緒に世間話をしながら飯を食ってたら、いきなり立ち上がって、“アンチレグン万歳!”とか叫んで、外に飛び出して行きやがった。ほんの数秒前のあいつとは、完全に別人だよ・・・・・・。一体どうしたっていうんだ?》
《アンチレグンの奴ら、かなりやばいぞ! 外で騒がしくしてた奴らを、注意しに行った奴がいるんだけどよ・・・・・・。あいつらそいつを裏切り者だとか叫んで、一斉に包丁で滅多刺しにしやがった。よく見るとそいつらの中に、少し前までレグン族と仲良くしてた奴もいるんだぜ。どう考えたっておかしいぜ、これは・・・・・・》
そんな情報が次々と両国政府に集まってくる。両国はこれをテロではなく、魔法関連のテロ、もしくは災害であるとして、共同で調査を始めるようになった。もはや事態は交易どころではなくなっていた。
このアンチレグン狂乱と呼ばれる事件について、仮説は多く立てられた。だが未だに確信となる情報は得られていない。
アンチレグンという名の暴徒を、捕らえて調べようにも、それはとても難しかった。何しろ彼らは、どんなに傷ついても倒れず、暴動を止めようとしない。自爆だって平然と行うのだ。
スリープやパラライズといった、状態異常魔法で捕らえようともした。だがどういうことかこれらの魔法は、アンチレグンには全く通じないのだ。
魔法をどんなに強くかけても、誰一人眠ったり痺れたりといった症状を起こさない。相手は屈強の気功士でもなければ、特別なマジックアイテムで防護しているわけでもないというのに・・・・・・
また彼らの身体には、痛みの感覚も無いようだ。身体をどんなに撃たれたり、斬られたり、殴ったりしても、彼らは痛みを感じている様子がまるでない。
彼らは死すら恐れず、腕を斬り落とされようが、全身が火達磨になろうが、全く構わず暴動を起こし続けるのだ。それは人と言うより、ゾンビという形容が正しいと思ってしまうぐらいである。
何とか苦労して捕らえても、彼らの拘束は、そう時間もかからず終わってしまった。
ある者は、両手足を縛って独房に入れたところ、《レグン死ね!レグン死ね!レグン死ね!レグン死ね!》と発狂して叫びながら、暴れ狂う。
その反動で、拘束用の車椅子と共に全身が倒れると、今度は床に向かって、頭をガンガンとトンカチのように叩き始めるのだ。憲兵が慌てて止めに入ったときには、彼は既に頭蓋と脳味噌が砕けて帰らぬ人となっていた。
他にも自ら息を止めて、窒息自殺(常識では不可能だが、彼らは呼吸困難による苦痛も感じないらしい)を行う者も大勢いた。
そんなこんなで、アンチレグンを生かして捕らえたケースは、未だに一度も無い。そして彼らの死体を調べても、手がかりらしい検査結果は、全く入手できていない。とりあえず、薬物中毒ではないことは確かめられた。
前代未聞のこのアンチレグン狂乱は、ロームのセブンドア地区・フライド王国の両国の民を、恐怖のどん底に落とす大事態となっていた。




