第四十二話 家出
そんなこんなで十日間の日数が経った。
「うしっ、お前ら飯だぞ!」
「「はぁ~~~い!」」
時間は朝食の時間。テトラが自作の料理をテーブルに並べる。用意された人数は、ステラの祖父母も合わせて五人分。
隣の部屋では、チビとアルフォンスを含めた動物たちが、出された餌を頬張っている。憲兵であるステラの父と二人の兄は、今日も帰ってこない。今は以前以上に、仕事に忙しくなってしまった。過労死しないかと、ステラは本気で心配している。
後からトバイアから聞いた話だが、ゲドとステラの拘束は、そもそもフレットの件が原因だったらしい。
ゲドがガンガルからの信仰侵略の使いと疑った、王室の者達。もしそいつにフレットの件を暴露されたら、あっとうまにこの国は権威を失い、難なくガンガルの勢力に国を乗っ取られてしまう。
それを恐れたゆえに焦り、十分な証拠が揃わぬうちに、彼らを国家転覆の罪で逮捕状を出したのだ。
ドォオオオオオオオオオン!
食事の最中に、外の方から耳に響く巨大な音が聞こえてきた。花火ではない。これは恐らく砲声だ。
「今日も派手にやってるわね。貴族街の方かしら?」
「どうやらまた、憲兵と民衆の衝突が起きたらしいな。いい加減、そろそろ落ち着けばいいのに」
そう遠くない街の中で戦争が起こっているのに、特に気にかけずにいつも通りに食事をとる一家。最初は動転していたが、今はすっかり馴れたものだ。
何でも貴族内の派閥とか、民衆同士の討議とか、小難しい話が山のようにあるらしいが、正直興味が無いのでゲドは全てスルーしている。
この混乱のおかげで、アルフォンスの起こした問題があやふやになったのだから、ある意味儲けものと言えるだろうが。
「父さんと兄さん達、生きて帰ってこれるかしらね?」
「さあね。こればかりは私らにできることはないさ」
「案外薄情だなお前ら・・・・・・」
「憲兵や騎士ってのは、本来そういう仕事さ。それよりもゲド。今日はあんたに客が来る予定だ。多分あと一時間ぐらいで家に来るよ」
「客? 俺に?」
この国では、自分にはこの家以外に親しい人間などいない。ギリギリ該当しそうなのは、フレットぐらいしかいないのだが・・・・・・
「あんたにとっては重大な人の筈よ。客はカイ・プライス君さ」
それから二十分ほどして、本当に彼はやってきた。呼び鈴が押された後で、開かれた玄関の向こうで、律儀に挨拶して屋内に招かれる。
ゲドにとっては、四回目の対面である。カイの方は、こちらの顔を見ると、なんとも複雑そうな表情をしながら挨拶をしてきた。身なりは以前のような制服姿ではなく、まるで旅人のような出で立ちである。そして腰には、結構上等ぽいロングソードが挿されていた。恐らくは模擬剣ではなく、本物の剣だろう。
そして彼の様子は、何となく以前よりやつれたように見える。
「ちゃんと自己紹介するのは初めてでしたね。僕の名はカイ・プライスと言います」
「ああ、俺はゲドだ」
リビングでソファーに座って、ゲド達に改めて自己紹介する。何となしに話しづらい。というかそもそも、彼と何を話せばいいというのか? 答えはテトラが教えてくれた。
「まず要点をざっくりと言わせてもらうわ。ゲドにステラ、あなたたちは早いところ、この国から離れた方がいい。経緯はどうあれ、あなたたちは一国を滅ぼしてしまったんだ。そしてこれからの旅に、このカイくんを連れて行きなさい」
実に手短に用件を話してくれた。だが前半は納得だが、後半は意味不明である。
「おいおい・・・・・・それはどういうことだよ? そもそもこいつは学生だろう?」
「気功学校は無期限休校になった。学校はもういけない・・・・・・」
何だか低いトーンで答えたのはカイ。どうやらあまり良くないことに触れたようだ。ちょっと気まずくなりながら、ゲドがカイに話しかける。
「ええと・・・・・・今のはお前から申し出たことなのか?」
「ううん、トバイアさんが取り調べの時に、僕に言ってきた。僕もそれに同意して、今日ここに来たんだ」
「何でだ?」
「ライアを一緒に探して欲しいんだ・・・・・・」
意外な名前が出てきた。そう言えば今日はカイと一緒にいないようだが・・・・・・
「ライアって、あのクソ生意気な泥棒女のことだろう? いなくなったのか?」
「うん・・・・・・最後にゲドさんに会った次の日に、急にいなくなったんだ」
聞けば彼女の部屋に
《果たさなきゃいけないことがあるので、旅に出ます。もし永遠に帰ってこなくても、気にとめないでください。姉さん達も、カイも・・・・・・》
という書き置きがあったのを、使用人達が発見していた。
ライアの父であるテッド・コーラン騎士団長は、あの日フレット拘束に荷担していたとして、即日に処刑された。妻のアルマは、現在投獄中である。だが国全体のこの混乱から、正規の裁判を始めるには、もう少し時間がかかりそうとのこと。
そんな中、失踪した娘のライア。周囲の者は、家の問題から逃げ出したのだと、彼女に好き放題罵声を浴びせている。そんな彼女を、カイは探し出したいらしい。
「やっぱりあれだけではすまなかったわけね・・・・・・」
ステラがゲド以上に気まずそうな顔でそう口にする。
あの憲兵署で別れたとき、彼らの問題はあれで済んだように錯覚していたのだ。あのまま気功学校に戻って、一から人間関係をやり直せるのだと。だが残念ながら、そう都合良く話が終わるわけがなかったのだ。
彼女が何をするつもりなのか不明だが、こうして事態を深刻化させた原因は、十中八九、自分たちが意図せず起こしてしまった、この国の崩壊であろう。
ステラとは違い、ゲドの方は、今は困惑に表情を変えている。
「訳判らねえよ。何で探す必要があるんだ? いなくなったのは自分の意思なんだろう?」
「そんなこと関係ないよ! 僕は、その・・・・・・・・・とにかく、ライアが心配なんだ! でも僕一人じゃ、旅なんてとてもできなくて」
ゲドは大層呆れた。その目は「何言ってんだ、こいつ?」と雄弁に語っている。やがてその目は、カイに対する同情に変わっていった。
「別に心配する必要なんて無いだろう? あの泥棒女のせいで、お前は散々周りから虐められて、危うく将来の夢も奪われかけたんだ。どういうつもりで消えたのかは知らんが、どうなろうがあの女の自己責任。お前だって、良い子ぶってるが、本心はそう思ってるんだろう?」
「え?」
「はははっ! そう無理して格好つけたこと言うなよ。お前だって本音を言えば、いい気分だったろう? 自分の居場所をとった奴を、本気で心配する奴なんているわけねえし。俺だって、あの女が堕ちることまで堕ちたって聞いて、すげえせいせいしたぜ。まあ、そんなに女が欲しいっていうんなら、また新しいの作ればいいだろうが。お前の実力があれば、これから先いくらでもモテ放題・・・・・・・・・」
パチン!
何かとてつもない、衝撃的な音が聞こえた気がした。音自体は小さいが、何か精神的な意味で、耳に響き渡る音だ。
それはステラが、カイのほっぺを、ビンタで叩いた音だった。突然の行動にゲドは、少し怒ってステラに振り向くが・・・・・・
「ゲド・・・・・・・・・あんた少し黙れ」
ステラの目は、今までに冷たく、相手を侮蔑した目だった。今までも、ゲドに反抗的な態度を示したことはあったが、今回は何かが違う。
物理的でなく精神的に、底知れぬ恐怖を感じる目線が、ゲドの心を貫く。
「ああ・・・・・・うん」
自分は何か、おかしなことを言っただろうか? 様々な疑問が心中渦巻きながらも、萎縮して頷くゲド。カイとの会話は、ステラが引き継いだ。
「一人旅はとてもできないって言ったわね? それはつまり、ご両親の許可はもらってないと?」
カイは無言で頷いた。もし許可をもらっているなら、家から使用人なりなんなり、旅への同行者がいるはずだ。
「それでもしライアを見つけて、その後どうするの? 連れて帰っても、この国にあの子の居場所なんて無いわよ」
「そんなのその時に考えるよ。ただ、何もせず黙ってること何て出来ない!」
「そう・・・・・・」
ステラも「面倒なことになった」と、頭をかいたが、すぐに結論を述べた。
「いいわ。私たちも目的がある旅をするわけじゃないし、ライアのこと、一緒に探して上げる」
「・・・・・・・・・ほっ、本当ですか?」
あっさり承諾されたことに、カイは驚く。下手をすれば、誘拐と受け取られかねないのに。
「まああんた達のことは、ほとんど私たちのせいだしね。断れる立場じゃないわ。父さんもそう思ったから、勧めたんだろうし。それに一人で家出されるよりは、私たちがついていた方が安全だろうし」
「ちょっと待て・・・・・・何で俺たちのせい・・・・・・」
「あんたは黙ってろ、って言っただろうが!」
元々じきにここを出る予定だった二人。色々話し合った結果、今から準備して、旅経つことが決まった。長かったようで短かった、フレット王国の滞在。彼らはここで、ローム以上の波乱を巻き起こしてしまってから、この国を出て、新しい旅路へと出発した。
ゲドが旅に出て二時間後のこと。
街の混乱はすでにひどい状況になっていて、道ばたに死体が転がっていても、誰も大して気にしないレベルになっていた。
この状況を狙って、多数の勇者や盗賊がこの国に入り込み、治安も急速に悪化している。身の危険を感じて、この国から出て行く者も増えてきている。
そんな殺伐とした状況の中、外からロックツリーに入ってくる珍しい人物がいた。
「何だあいつ? 葬儀屋か?」
「ジロジロ見るな。関わるとやばそうだ・・・・・・」
道行く人が、その人物に異様な目を向ける。
その人物は一人の女性だった。年齢は二十代半ばぐらい。髪は黒く、長い髪を後ろに縛っている。肌の色は褐色である。この肌色はギール人に多く見られる特徴である。
彼女の服装は一枚の袖を通した布を上半身から着込み、腰の辺りに長い布を巻き付けて、服を身体に固定させている。服の色は濃い青色に、枯れ木のような模様が描かれていた。
これはゲドが着ている者と同じ“着物”と言われる種類の服で、霊術士が愛用しているタイプの服である。そ
して彼女の腰には“刀”という、ゲドが持っているのと、同じタイプの刀剣が挿されていた。
珍しい出で立ちだが、それ自体はおかしくない。人々を動揺させているのは、彼女が引っ張っている物である。
彼女は手に丈夫そうな縄を掴んでおり、それを肩にかけて固定しながら、後ろから何かを引っ張っている。縄で引っ張られて動いているそれは、台車に乗せられた、一個の棺であった。
白くて長いオルゴールのような大きな箱に、遺体の顔を見るためののぞき窓がある。箱の側面には、天に舞う人魂を模ったような模様がある。これは霊界教独特の、死者への供養の際に使われる模様である。
ガラガラと無機質な音を立てながら、棺を乗せた台車を引っ張って、道を歩いてくる女。どんなに不審でも、彼女に声をかけようとする者は、憲兵含めて誰もいなかった。
果たしてあの中には、誰かの死体が入ってるのだろうか? そんな論議が、ヒソヒソと交わされている。
彼女はやがてある住宅街の、フェルメール家の前にやってきた。正門前で呼び鈴をならす。
「どちらさまだ?」
外に出てきたテトラが、この見るからに怪しい人物に、警戒心たっぷりで声をかける。いつでも魔法を撃てるよう、魔力も集中させておく。
そんなテトラに向けて、彼女は丁寧な口調で答える。
「私は霊術士のミカヅキと言います。こちらにゲド様はいらっしゃいますでしょうか?」




