第四十話 地竜の祭壇
再び目的地へと歩き出す二人。彼らが向かう先は、王のいる王宮ではない。この城の中に設けられている、フレットと崇めるための聖堂である。
かつての自然災害を食い止めるために、力を使いすぎて眠りについたとされる大精霊フレット。実は彼女は、この城の聖堂で眠っているのだ。
いずれ力を回復させて目覚めるその時まで、この城の中で、彼女を王国騎士団が全力で守っているわけだ。
目的はそのフレットの復活である。神である彼女は、ある意味この国で、国王より偉い存在だと言っていい。
そして上位精霊であるフレットならば、ゲドが普通の人間でないことなど、すぐに見抜けるだろう。そしてフレットを説得して、ゲドがロームのガンガルとの繋がりなどないと、世間に公表させるのだ。
復活したフレットの言葉ならば、国の民は簡単に納得するだろう。これがステラが考えた、誰も傷つけずに騒ぎを収める方法であった。
既に一名、致死に及ぶ傷を負わせているが。主に発案者であるステラの手によって・・・・・・
ではどうやって復活させるのか? 答えは、とうに決まっている。眠っているフレットに、ゲドの血を飲ませればいいのだ。
実体化した上位精霊であるフレットは、もはや霊体ではなく、半生命体と言っていい。それならば、ゲドの血の持つ強化効果も利くはずだ。
以前よりも更に強い力を持って、フレットは簡単に復活できるはず。それはゲドが、黒の女神の同類であり、詐欺師ではないことを告げる証拠にもなり得る。
やがて庭園の渡り廊下を通り抜け、二人はその聖堂の門の前に辿り着いた。壁にフレットや、王国騎士や王族の彫像がいくつも彫られた、赤い煉瓦屋根の白い大きな建物だ。
この城内では、王宮の次ぐらいに大きいだろう。だがその聖堂の門の前には、思わぬ先客が立っていた。
「やはり・・・・・・お前らの狙いはここだったか・・・・・・」
それはロングソードを構えて、こちらに戦闘姿勢を向けている、壮年の一人の騎士であった。
怪我でもしているのか、右上腕部の方から出血している。そしてこの人物は、ゲドも見覚えのある人物である。
「こいつは確か・・・・・・今朝家の前で憲兵共と一緒にいた奴じゃね?」
「テッド・コーラン騎士団長ね。確かあのライアって子の父親だったはず・・・・・・」
「ふうん? まあ、いいや。そこ、どいてくれないか?」
「そう言われて、退くと思うか?」
剣を構えて、今にもこちらに斬りかかってきそうな雰囲気のテッド。
彼は憲兵署にゲド達を護送した後、すぐにこのロックツリー城に戻ってきた。カイの件で、彼はかなり危うい立場であるが、異界魔の脅威がある中、一人でも騎士を欠くわけにはいかない。
とりあえず降格となって、しばらくは騎士団に留まることになるだろうと、そんな話をしていた頃に、城内で異変が起こった。ゲドのスリープが、城全域に行き渡ったのである。
何が起こったのか判らないまま、次々と倒れる同僚達。テッドもまた、強い眠気に誘われ、かなり危ない状態となった。
すぐに眠りに入らなかったのは、超一流の気功士の、状態異常耐性の高さがあったが故であろう。自分の腕をナイフで刺し、その痛みで何とか眠りに堕ちるのを防いだ。そしてこの聖堂にまで、駆けつけたのである。
「別に悪いことをするわけじゃねえよ。フレットを生き返らせてやるだけだ」
「生憎だが、そんなことはさせん!」
「はっ? 俺の話ちゃんと聞いてたか? 眠り姫のフレットを、起こしてやるっていったんだぞ?」
「ああ、聞いている。それをさせんと言ってるのだ!」
何だか会話が変だ。フレットを生き返らせるを、止めようというのだろうか?
フレットの蘇生は、この国の全ての人々の願いの筈だ。単にゲドの言葉が信じられなかった、というには、どうも返答の仕方がおかしい。
「何だ? フレットが生き返ると、何か不都合でもあるのか?」
テッドは何も答えなかった。無言のまま踏み込み、こちらに気功剣で斬りかかってくる。優れた太刀筋の強力な剣撃が、高速でゲドに向かって振り下ろされる。最もゲドの感覚・身体能力からすれば、あまりに緩い剣撃であったが。
「どうやら図星だったようだな・・・・・・」
「くっ!」
ゲドは身体を、右に、左に、後ろに、時にバレエのように一回転したりと、曲芸のように機敏に動きながら、繰り返し振り下ろされる剣撃を、いとも簡単にかわしていく。
別に当たっても大したダメージはないだろうが、何となく痛そうなので避けている。
「今回は締まらない仕事だと思ったが、ちょっとこの中に興味が湧いてきたぜ」
避けながらゲドは背中の刀を再び引き抜いた。それを見てテッドの焦りの表情が深くなる。
一旦攻撃を止めて、数歩後退して、ゲドの前で構え直す。相手の隙を狙おうと、観察しようとしていたが、その前にゲドが先手を打ってきた。
相手の構えなどろくに見ず、イノシシのように突っ込むゲド。一流の剣士からすれば、お粗末な攻撃法であるが、彼女にとっては慎重に動くほどの相手ではないので問題ない。
テッドが突っ込んでくる彼女に向かって、剣を振りかざした。ゲドもそれに合わせて、彼の剣に己の刀をぶつけた。
彼女の超速の身体能力を持ってすれば、走りながらその一撃をかわし、彼の胴体を真っ二つにすることも可能だ。だがここはあえて、相手と剣を交えてみせる。
キィン!
とても綺麗で小さな音が聞こえ、その勝負は決してた。
テッドの剣と、ゲドの刀、両者の歯がぶつかり合い、テッドの剣が折れた。いや、正確には斬れた。
剣身の金属が、実に綺麗にスッパリと切断されてしまったのだ。砕けた欠片など、一個も飛び散ってはいない。まるでバターのように、容易く斬られてしまったのだ。
気功を纏った強化剣が、何も纏っていない普通の斬撃に、である。
「ぬう・・・・・・・・・」
剣を斬られた。この事実だけで、相手との圧倒的な実力差を思い知ったテッド。さっきの意気込みは、蓋を開けた風船のように、瞬く間に消え失せて、その場で跪く。
「まいった、行くがいい・・・・・・」
もはや自分が何をしようが、彼女らを止めることは出来ない。全てを諦めて、彼は座り込んだまま、下を向いて何も言わなくなった・・・・・・
えらくあっさりと観念したテッドには、もはや興味を示さず、ゲドは聖堂の扉を蹴り飛ばした。
まるで監獄のような、えらく頑強で無骨なデザインのその扉が、ベニヤ板のように簡単に砕け散った。
「さて、神様とご対面と行きますか」
そして二人は聖堂の中、王族と一部の神官以外は、絶対に立ち入ってはならない領域へと足を踏み入れていった。
「そういやさちょっと気になったんだけどさ」
「うん?」
「あいつライアの親父なんだろ? でもあいつとあいつの両親の毛色が違うんだが?」
新聞に載ったアルマ・コーランの写真と、今会った彼の夫は、二人とも金髪であった。だがライア自身は、炎のよう赤髪である。これは少しおかしな話であった。
「別に変じゃないでしょ? 髪の色なんて、祖父母から貰うこともあるし。それにもしかしたら養子かもしれないし」
「そうなのか?」
土の上位精霊フレット。その大精霊というと、とんでもなくでかくて威厳強い姿をイメージする者が多いが、実際はそうでもない。
フレットの外見は、一言で片付ければ、小さな竜である。全身に黒い鱗がビッシリと生えそろい、頭には家畜ヤギのような小さな角が二本生えている。背中には翼などは生えていない。通常の竜のような四本足ではなく、人間のような二足歩行である。
腰も人間と似たような形式をとっており、直立姿勢で真っ直ぐに地面に立っているのだ。手足や尻尾は短めで、顔つきも少し丸っこい。まるで竜のぬいぐるみのような姿である。
大分威厳に欠ける姿で、あまり強そうに見えないが、外見では計れないほどの、強大な土の魔力を有する大精霊である。ちなみに性別は雌。
この聖堂の中にそのフレットが、守られながら眠っているのだ。彼女が眠りについてから、フレットの祝福なのか、この聖堂周辺に、いつのまにか地の精霊石が転がっていたという。
聖堂の中の廊下を歩く二人。石の壁と床で覆われたそこは、城の中と同じ、飾り気のない質素な風景であった。
「意外だな。てっきり王宮みたく、派手な飾りがある物かと思ったけど」
「フレットを守る砦の意味もあるから、余計な装飾は省いたんじゃないの?」
やがてフレットが眠っているという、聖堂の地下の中央室に辿り着く。相も変わらず、まるで監獄のような金属の門を、蹴り壊して内部に侵入してきた。
その直後にゲドは、そしてこの国の生まれであるステラも、初めて大精霊の姿を、その目に焼き付けた。
「え~~~~と、何これ?」
「俺に聞いてどうする? これは守ってるっていうより・・・・・・拘束しているように見えるんだが?」
確かにそこには、写真でも見たことがある、小さな地竜の姿があった。部屋の中央の大きな金属の台座の上に、確かにフレットが眠っている。
目を閉じて、小さな息と鼓動が感じられる。そのフレットは俯せになった状態で、全身に金属のワイヤーのような物が、いくつも巻き付けられていた。
両足と尻尾・胸と両手が、一巻きに束ねられている。前方に突出した竜の口が、口を開けられないようにするように、巻き付けられている。まるで捕獲した危険な動物を、暴れないように捕縛しているようだ。
周りを見渡すと、この部屋の中は、神を祭っているとは思えないような光景であった。壁側のあちらこちらに、奇々怪々な機械がいくつも設置されている。まるでどこかの研究所のようだ。
壁には何か魔方陣らしき者が描かれていた。神事の紋章にはとても見えないが・・・・・・
「これって、封印の魔方陣だ。霊的な魔物を、閉じ込めるための陣よ」
「ああ、俺も図書館の本で知ってる。どういうことだよ?」
よく見ると、俯せに寝かされたフレットの腹の所から、何か電線コードのような物が伸びていることに気がついた。
フレットの腹部とどのように接触しているのかは、彼女が眠ったまま、そのコードの先っぽを、上から覆い被さっているので、確認できない。
そのコードのもう片側の先っぽを追っていくと、この部屋に設置されたとある機械に繋がっていた。
まるでロッカーのような縦長の金属箱のような機械。その隣には、その機械と繋がった、丸いガラスの玉がある。電球のように中身は空っぽで、その内部に何か入っている。
それはオレンジ色に輝く、宝石の原石のような、半透明の鉱物であった。
「これって・・・・・・土の精霊石よ・・・・・・」
想像以上にとんでもない、大スクープ的な光景に、ステラは青ざめながらそう呟く。今更何が出ても驚かないつもりでいたが、さすがにこれはない。
この光景から導き出される結論を考えれば、この国は、自国の者を全て裏切ったことになるのだ。
「解放するぞ! あの憲兵共め“フレット様の信仰を害する者は許さない!”だと? 馬鹿げているぜ・・・・・・」
ゲドが台座の上に飛び乗って、フレットの傍に立ち、彼女を拘束していたワイヤーを手で引きちぎっていく。
特級品のチェーンソーでも傷一つ付けられない、堅固な拘束用マジックアイテムであるが、ゲドにとっては藁をちぎるのとそう変わらない強度である。
俯せになっているフレットをひっくり返し、彼女の腹部を拝見する。あの魔力吸収コードは、先端がフレットの腹にグサリと刺さっていた。
それを無理矢理引っこ抜くゲド。コードの先端は槍のように尖っており、それが注射器のように彼女の腹に刺さっていたのだ。そしてポンプのように彼女から魔力を吸い上げ続け、土の精霊石錬成の材料にされていたのである。
『ああ・・・・・・』
針を抜いた刺激が原因か、フレットが小さく呻く。だがそれで目を覚ます気配はない。ゲドは、その身体に触れてみて判ったが、こいつはかなり弱っている。
「とっておきの薬をくれてやる。ありがたく飲みな・・・・・・」
仰向けになったフレットの口を無理矢理開き、それを刀の鞘を咥えさせて、開けっ放しになるよう固定させる。そしてその口の上に、自らの腕を出し、そこを刀で自分の肉を切り裂いた。
ボタボタとゲドの血が、腕の下のフレットの口の中へと落ちていく。それは彼女の喉の奥に流れ込み、胃の中へとゲドの血が入り込んでいった。
この様子をステラは複雑そうに見つめている。今自分が発覚した事件は、カイの事件を遙かに凌ぐ、あまりといえばあまりの大スキャンダルである。
これが公になれば、この国その物が相当な混乱に包まれることは間違いない。下手をすれば内乱が起こりかねない。そうなればどれだけの人々が、不幸な目に遭うことになるのだろう。
以前ゲドが、カイの事件を暴いたときは、余計なことをしたことにステラは腹を立てた。あれは何もせずに隠し通すべきだったと。
だが今目の前で見てしまった事件に関しては、いったいどういう判断をすべきなのだろう・・・・・・?




