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第三話 傭兵隊の砦

 ローム王国領内、戦場があった場所から数キロ離れた位置。そこには一つの大きな砦が立てられていた。

 基本的に石材で造られているが、あちこちに金属のパーツで強度を上げている所がある。砦と倉庫・兵舎を覆う城壁は、魔法による結界を発生させる装置が取り付けられている。


 結構な大きさで、一度に数万人は立てこもれそうな堅固なこの砦。かつてはローム王国の騎士団が駐屯していた基地の一つであった。

 今はある理由で、ここを騎士団が利用することはなくなり、現在は傭兵達が拠点として使っている。ゲド達も少し前までこの砦に住んでおり、今日の戦場を生き残った者達は全員ここに帰還していた。


「ああ~~~苛々するわ!」


 日が大分沈んだ時間、砦の中の大食堂の中、大勢の傭兵達が酒や食べ物を行儀悪く漁っている最中、一人の女がさっきから不機嫌な声を上げ続けている。

 最初はしかめ面でブツブツと何か言ってるだけだった。だが酒が入ってくると、次第に声は大きくなり、周りの物に当たり始めた。


 彼女の名はステラ 23歳。召喚魔法を得意とする傭兵魔道士である。彼女こそがあの謎のバケツを召喚して、ゲドを死なせた張本人である。


 この日の戦は、双方痛み分けで終わる形で両軍が引き揚げることになった。ここ最近はずっとこんな戦況が続いている。

 ステラの魔法の実力はかなりの者で、今この砦にいる兵の中では、トップレベルであると言える。彼女はそれを理由にして、政府に対する契約金をかなり莫大な額取っていた。

 自分は千人分の実力があるんだから、金も千人分寄越せと、払えないなら自分抜きで戦って、負け恥を晒せと。そう言って散々金をたかってきたのだ。


 だがこの日の戦闘で、大勢の前で派手に召喚魔法の失敗を演じ、一人の味方兵士を死なせてしまった。

 政府はこれの責を糾弾して、彼女への契約金の大幅な値下げを命じてきた。正直なところ、たかが一人死んだぐらい、誰も気にしちゃいない。だが金の話で持ち上げるには、格好の口実であった。


 あの意味不明な物体を召喚した姿は、大勢の兵士の目にとまっており、それで彼女を揶揄する者が多い。

 元々仲間内でも好かれていない人物だっただけに、彼女への揶揄はかなりしつこかった。


「ステラさん・・・・・・そろそろお酒はお止めになった方が・・・・・・」

「うっせえんだよっ!」


 彼女を宥めようとした取り巻きの一人が、彼女の拳を顔面に喰らって吹っ飛ばされる。基本魔法戦闘を得意とする彼女だが、素手での戦闘力も、並みの傭兵以上はある。

 彼女は自分に注目している食事中の傭兵達を見渡すと、癇癪を起こしたように叫んだ。


「どいつもこいつも好き勝手に言いやがって・・・・・・不能だ?味方殺しだ? だったらてめえらはどうなんだよ! 今日の負け戦も、何もかもてめえら雑魚が役立たずなせいだろうが! 金を引くならてめえらにしやがれ! いや、雑魚らしくさっさと死んでしまえ! 無駄に金を漁りやがって、この虫が!豚が!糞が!」


 酒に酔った人間には、遠慮というものが微塵もない。


 滅茶苦茶に罵倒を口にするステラ。さきほどの彼女の喧噪にかなりうっとうしく思っていた者達も、ここまでいくとキレて立ち上がってきた。


「言ってくれるなこのアマが!」

「そういうならてめえが先に戦死しろ! この豚女が!」

「無駄に金を漁ってるのはてめえだろうが! だったらここで口減らしをしてやろうか!?」


 百人以上の傭兵達が、武器を持って彼女の周囲を取り囲む。そんな彼らをステラはゲラゲラと笑いながら、酒の瓶を口にする。

 それが更に傭兵達の怒りを買い、元々騒がしかった食堂が、戦場になり始めた。


「死ねや!」


 先に数人が彼女に剣で斬りかかる。ステラは軽快な動きで、それらをすいすい避けると、魔道杖に己の魔力を伝わらせ、己の魔法を発動させる。


「出てきなさい! サモンゴブリン!」


 彼女の周囲に無数の緑色の光の渦が発生した。以前バケツを召喚したのと同じ現象である。今回は複数あり、個々は前よりも小さい。


「「「ピキャキャキャキャキャーーーーー!」」」


 ただでさえ多くの人が密集していた、食堂の人口密度が更に上がる。


 緑の光の穴から湧き出てきたのは、人型の怪生物である。身体は子供のように小さく、肌は緑色、衣服は腰の布のパンツ以外は何も付けていない。口は頬がなく、虎のように鋭い牙が伸びている。そして頭には二本の角が生えた子鬼であった。

 その数約三十匹ほど。彼らの腹や背中には、召喚の契約を示す、入れ墨のような印が焼き付いている。


「はっ? 何を出すと思えばゴブリンかよ!?」

「やっぱり不能魔道士だな! こんな奴、俺一人で十匹はやれるぞ!」

「今日の戦いで手駒を全部やられたか? こんな雑魚を呼び出すとはな!」


 基本的にゴブリンは魔物の中では下級に分類される。ちゃんとした武器を持っていれば、民兵でも倒せるレベルだ。

 目の前のゴブリン達は、きちんと手入れされた武器を持っているものの、外見は普通のゴブリンとさして変わらなかった。


「だったらその雑魚にやられるてめえらは雑魚以下ね。さっさと引退しなさいよ」


 更に彼らの怒りを買うステラの言葉。その場は一斉に戦場と化した。しばらくして・・・・・・戦いは結果としてはゴブリンの勝利に終わった。


 ゴブリンのパワーは常識で言われているよりも遙かに強かった。剣を打ち合えば、傭兵の方が剣を弾かれ、もしくはへし折られる。

 相手は弱小モンスターと油断しきっていたのもあって、傭兵達はいともたやすくゴブリンの膝元に倒れていく。


「!? そんな・・・・・・どういう・・・!?」


 ゴブリンに胸を鎧ごと斬られた傭兵が、彼らの強さに困惑しながら倒れ、さらにその顔をせせら笑うゴブリンに踏みつけられた。


 このゴブリンは皆召喚獣としてステラと魔力の契約を交わしていた。その契約でステラから魔力強化をされて、通常のゴブリンを遙かに凌ぐ戦闘力を有していた。

 これが召喚魔法における、召喚される側のメリット。ステラ配下のゴブリン達は、彼らの住んでいる土地では彼らが天下をとっていた。その力を持て余し、近隣住民にも多大な被害を与えている。


「きゃはははははははははははっ! ばっかねえ~~~~! あんた達、そいつらから金目の物を全部剝いでおきなさい」

「「キーーーーーー!」」


 これで大分気がおさまったのか、ステラは大分上機嫌だ。ゴブリン達は命令通りに、倒れた傭兵達から、武器や財布などを剥ぎ取っていく。


 ステラによって攻撃に制限がされたせいで、一応ギリギリで死人は出ていない。この騒ぎは砦の指揮官にも伝えられたが、特に誰も気にしていなかった。

 傭兵同士の騒動など、こういうところでは日常茶飯事だ。だがこの後すぐに、無視できない事態が発生することになる。


 ドン! ガシャーーーン!


「・・・・・・うん? おい、何だ!?」

「結界を誰かが通り抜けた? ていうか門が壊されてるぞ!?」


 騒音が起き、城壁の上を見回っていた警備達が、その突然の事態に動揺する。何者かがこの砦を囲う結界を破った。それどころかそいつは、正面から門を破壊して、この砦に侵入してきたのだ。


 結界は竜ですらたやすく破れないほど強力である。一体何者が現れたというのか?


 鐘を鳴らして緊急事態を砦中に伝えるが、別にそんなこと聞かなくても、堂々と門から入ってきた侵入者を、大勢の傭兵達が既に目撃している。


「子供・・・・・・か?」

「ただの子供なわけがあるか! あの服・・・・・・多分霊術士だ! ギール王国の奇襲か!」


 結界を紙のように手で破り、門を蹴り一発で破壊したその人物は、とても兵士には見えない一人の子供=ゲドであった。ついでにあの子イノシシも、彼の足下にいる。


「お前らに用はない。ステラはどこだ?」






「これだけなわけ? まあ、雑魚が持ってる金なんてこんなもんか・・・・・・」


 後片付けがすっかり済んだ食堂。そこでは人間の客が一人となったカウンターで、ステラが傭兵達からぶんどった金勘定の真っ最中だった。

 周りにはあのゴブリン達が、宴会のように残っていた食べ物を食い散らかしている。


(銃声が止んだわね・・・・・・もう終わったのかしら?)


 さっきまで外でずいぶんな騒音が聞こえてきた。こんな夜中に訓練か大喧嘩かと彼女は呆れていた。


 実はその前に敵襲を告げる警報が鳴っていたのだが、さっきのゴブリンを使った乱闘で、彼女はすっかりその音を聞き逃していた。

 そんな時、通路から繋がってるドアから、何者かが飛び出すように部屋に入ってきた。


「大変だステラ! あいつがここに・・・・・・て、もう来てる!?」


 入ってきた男は、何かに怯えきって食道部屋を通り抜け、向かいにあるもう一つのドアで部屋から脱出した。


「何なの?」

「キイ?」


 突然入ってきて、突然部屋から出て行った男の奇行に、ステラもゴブリン達も一様に首を傾げた。そしてそのすぐ後に、部屋に二人目(+一頭)の来訪者が入ってきた。


(子供? でもあの服と武器は・・・・・・)


 それはゲドと子イノシシだった。彼は今、背中に差していた武器を抜いている。

 その武器はロングソードよりもやや細身で、刃が後ろに少し反っている片刃式の刀剣だった。こういうのを一般的に“(かたな)”と呼称する。

 刀身は70センチ程。武器としては標準的な長さだが、使い手も身体がかなり小柄であるため、刀と鞘は腰ではなく背中に差している。

 その刀の刀身は、血で真っ赤に塗れていた。よく見ると、彼の肌や服にも、少量の返り血と思われる赤い液体が付着している。そしてその目は、子供とは思えないほど鋭くステラを睨んでいる。


「ステラ・・・・・・お前、俺に何をしやがった」

「へ?」


 彼の言葉にステラは混迷するしかない。正直こんな子供に恨みを買った覚えはないのだが・・・・・・。だが少なくとも、相手はただの子供ではないことは、状況から少しずつ理解してきた。


「ゴブリン共! こいつを摘まみ出せ! ただ殺しはするな!」


 その命令を受けて、ゴブリン達は彼に武器を向け始めた。


「ケケケケケケケケケッ!」


 その笑い声と彼らの目は、完全に相手をおちょくっていた。どうやら彼らには、ステラと違って相手のやばさに感づけなかったようだ。

 自分よりも小さい相手に、本気で相手する必要はないと、先頭にいた奴が一匹だけでゲドに近づいてくる。


「キイッ!」


 彼の腕目がけて、ゴブリンは湾曲した刃を持つ刀剣=カットラスを振り下ろした。

 殺すなと言われたが、別に無傷でとは言われていない。子供の肉は大好物だ。腕の一本だけでも、十分にご馳走である。


 だがそのご馳走に有り付くことは適わなかった。


 ゴブリンがカットラスを振り下ろした瞬間、ゲドが一瞬のうちにその場から移動した。ゴブリンの前にいたゲドが、いつの間にか彼の後ろに背を向けている。

 それと同時に、ゴブリンの身体が二つに分割された。彼の胴体が、腹から横向きに真っ二つに割れている。

 身体を両断されたゴブリンは、何が起こったのか判らないままに、上半身が地面に倒れる。そして突然下半身の感覚が無くなったことを不思議に思いながら、ゆっくりと彼の意識は闇に消えていった。


 あまりに素早いゲドの動きに、一瞬何をしたのかゴブリン達には理解できなかった。今まで弱そうな侵入者を馬鹿にするように笑っていたのが、あっとうまに大人しくなる。

 だがステラには判った。ゲドはとてつもない瞬足で踏み込み、ゴブリンを刀で切り裂いたのだと。


「命令を一つ変更! あいつを殺す勢いでぶちのめしなさい!」


 ゴブリン達はもう相手をなめてかかったりしない。武器を次々と抜き、一人の敵に対して一斉に襲いかかる。

 ゲドもまた彼らに向かって刀を振った。戦況は完全にゲドの一騎当千だった。ゴブリン達が次々と切り裂かれ、バタバタと棒きれのように倒れていく。


(やっぱり妙だな・・・・・・まるで身体が勝手に動いているような感じだ・・・・・・)


 ゲドは今の自分の動きに、そんな感想を抱いていた。ゲドはロングソードの扱い方は、それなりに学んでいる。

 だが今持っている刀は、斬り方も柄の握り具合も全く別物である。使い慣れていない武器を振っているはずなのに、まるで身体がずっと前からこのタイプの剣術を覚えているかのように、自然と身体が動くのだ。


 ゴブリン達はあっとうまに全滅した。途中で逃げようとした者もいたが、あまり素早い動きで移動するゲドに、背後から斬られていた。

 床は真っ赤に塗れ、食堂は何とも血生臭い、ゴブリンの墓場と化している。


 ゴブリンが倒しきって食堂を一瞥すると、肝心の探し相手がいなくなっていることに気がついた。


「逃げやがったか・・・・・・」


 ゴブリンの召喚者=ステラは、この事態を予想していたのか、ゴブリンが総力戦を始めたと同時に、この食堂から脱走していた。


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