第三十六話 尋問1
翌日になって、フェルメール家に客人が来た。しかもかなり大勢の・・・・・・
「うわっ、まるで犯罪者みたいな扱いだな・・・・・・」
「実際に犯罪をやってるでしょ、あんたは・・・・・・」
窓から外の様子を見て、ゲドとステラが面倒なことになったと、少々悩ましげだ。今朝方頃になって、彼らはこの家の塀の周囲に集まり始めたのだ。
他に事態の異常さに気づいた近辺の住人達が、遠巻きにその彼らの姿を見ている。
「今まで全く動かなかったのが変だったけどな。政府はお前達の来訪をとっくに知っていたはずだったのにな・・・・・・」
それは数百人にわたって、家の周辺を取り囲むように並んでいる、憲兵隊の大部隊であった。
全員が銃や剣などの武器に、防護プロテクターを制服の上から装備している。ワイバーンなどの騎乗用の召喚獣の姿も多く見られる。また犯罪者の護送用の馬車の姿もあった。
戦場に行くことを想定した、完全武装態勢だ。そしてまるで敵陣を前にしているかのように、彼らの表情は強張っている。
フェルメール家及びゲドにとっては、大分前から想定されていて、そしてあまりにも遅すぎる来訪者の姿であった。
彼らがこのタイミングで来たのは、昨日の気功学校での騒ぎだろう。さすがにあれだけ事を起こせば、今までのように傍観態勢などできない。
そして結局テトラが学会への発表をするか否かを決断する前に、事は起こってしまった。
「それでどうする気よ?」
「何があるにせよ、巻き込んだのは俺だからな。俺が全部ケリをつけてやるさ。もし向こうから喧嘩を売ってきたら、まとめてぶっ飛ばす」
「死人が出ないようにお願いするわよ。さすがにこの国にいられなくなる事態は避けたいからね・・・・・・」
こんな状況でも、窓を眺めながら落ち着いてコーヒーを飲んでいるテトラ。ゲドの存在もあって、余裕綽々である。
憲兵隊の中に、自分の夫や息子の姿がないか探しているが、当然いるはずもない。
ステラも同様に観察していた、よく見ると憲兵の中に、騎士の姿が二十人程混ざっているのに気がついた。
「あれ、コーラン騎士団長ね」
「騎士団長? なんでそんな偉いのがいるんだ?」
「さあ? 騎士団の精鋭が、憲兵の仕事に同行するなんて、なんか尋常じゃないわね・・・・・・」
しばらく彼らはその場で監視を続けていた。ゲドが痺れを切らして、魔法を撃とうとするが、ステラが慌てて止める。さすがにこちらから仕掛けるのはやばい。
やがてようやく一人の憲兵が、正門から庭に入り、玄関に向かって歩いてくる。ご丁寧に呼び鈴を鳴らし、扉で少し待ち続けた。
「意気地無しね・・・・・・。まあお客ならもてなさなきゃね」
「待てよテトラ。俺が一人で行くよ」
ゲドがチビを連れて、内側玄関にまで進む。そして玄関の扉を開けると、外には大剣を背中に挿した大柄の男性憲兵が立っていた。
彼は冷や汗を垂らしながら、眼前に現れた、見た目は幼い子供に向かって、力強く言い放った。
「ロームの魔道士のゲドだな? お前とステラ・フェルメールには、これから憲兵署に同行してもらう・・・・・・」
「ああ・・・・・・私も何だ・・・・・・」
部屋の方でこの言葉を聞いていたステラは、もう何かを諦めたかのように、肩を落としていた。
二人揃って、憲兵達で埋め尽くされた庭に出る。“同行”と言っていたが、憲兵達の彼女らに対する対応は、完全に犯罪者のそれであった。
出てきて速攻に、二人の手に手錠がはめられる。しかもそれはただの手錠ではない。外見は普通の銀色の金属手錠であるが、それは魔法技術が施されたマジックアイテム。相手の魔力・気功・身体能力を、急激に抑え込む、サプレッションの呪術が施された封印手錠であった。
「うっ・・・・・・」
手錠をかけられた瞬間、ステラは全身に重りを乗せられたような重圧を感じ、身体がふらつき始める。それを見たゲドの表情が、一瞬で彼らに敵意を示した。
「おい・・・・・・」
「待ってゲド! まだ何もしちゃ駄目!」
ゲドが今にも手錠を引きちぎろうとした瞬間、ステラが慌てて制止に入る。
「お願いだから・・・・・・ここは大人しくしていてちょうだい。私はまだ大丈夫だから」
「・・・・・・ちっ」
憲兵はこちらへの用件を一言も喋ろうとしない。ただ憲兵署に来いと言うだけだ。もしかしたら争いごとにならずに、穏便に話し合いが出来る可能性も、カジノで一攫千金をとるぐらいのレベルの可能性でまだあるのだ。
二人は護送車に乗せられ、そのまま真っ直ぐに憲兵署に連れて行かれていった。
「フェルメールの娘さん・・・・・・帰ってきたと思ったら、何をやらかしたんだ?」
「一緒にいた子・・・・・・最近話題になってるあの子よね? いったい何があったっていうの?」
その様子を見ていた近隣住人達は、この様子に様々な物議を口にしていた。
王都ロックツリーの中央部。
上流街とは別の位置には、公立図書館・憲兵署本部・騎士の鍛錬所など、数々の重要な拠点もある。王宮や気功学校も、この地区に存在していた。
その中の長方四角形の巨大物体に、いくつもの窓がくっついているかのような赤い建物。砦のように堅そうなそこは、この国の憲兵署総本部である。
ゲドとステラは、そこの取調室に連れて行かれていた。椅子と机と、監視用のカメラだけがある、石造りの質素な部屋である。壁は気功錬成で強化して作られた、牢獄のように頑丈な壁で覆われている。
そこに二人並んで椅子に座らされ、何だか偉そうな中年憲兵と向かい合っている。隣には護衛中の兵士と思われる者達が、二人立ち並んでいた。
ゲドとステラの両手には、未だに封印手錠がかけられている。ゲドの刀やステラの魔道杖は、ここに来る途中で没収されて別の部屋に置かれている。
「さて、お前らがここに呼び出された理由は、当然もう分かっているだろうな?」
「俺が気功学校に不法侵入してきたことか? でもそれ以上の功績を残してやったんだから、ここまできつい扱いはないんじゃないのか?」
「それは私も同意だわ。少なくともこんな手荒い歓迎は不当だと思うわ」
二人は自分が思っていたことを、そのまま口にする。確かにこれまでの行動から、自分たちは警戒されるべき対象ではあるが、憲兵のこの行動は完全に法に反している。
だが憲兵はこの抗議を受け入れなかった。それどころか、彼からは凄まじいほどの怒気が発せられている。彼の目に宿っているのは、明確なこちらに対する敵意と殺意であった。
「・・・・・・・・・大した奴らだ。ここに来て惚けようとはな! 今の自分たちの状況を判っているのか! 貴様らの正体はとっくに判っているのだぞ!」
「何だよ正体って?」
心底憲兵の言葉の意味が分からず、また思ったままの事を口にするゲド。正体とは、黒の女神との関連性とのことだろうか?
いや、この状況であれを憲兵に察することは不可能だろうし、それでもこんな敵意はあり得ない。黒の女神は、この国にとっても英雄なのだ。
ゲドの問いに、尋問係の憲兵は、更に怒りを振るわせ始める。
「ふざけるな! 貴様らがガンガルの手先であることは、もう判っているのだぞ! 上手いことフレット様の信仰を害そうとしたようだが、残念だったな! もう貴様らはここで終わりだ!」
「「はあっ!?」」
全くもって意味不明だ。何故ここで土の大精霊=フレットの名前が出てくるのか? ガンガルに関しては、心当たりがないわけでもないが・・・・・・
「よう知らないが、多分お前らは勘違いしてるぞ。ガンガルなんて会ったこともねえし」
「まだ言うか! いい加減にしろ!」
まだも何も、本当に何の話かさっぱり判らない。まずその辺の話をしてくれなければ、返答などできようもない。
「いい加減も何も、俺たちに何の容疑がかかっているのか、ちゃんと説明しろよ・・・・・・」
「そうか・・・・・・あくまで白を切るというなら、証拠を見せてやる!」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・容疑の説明をして欲しいって話なんですけど・・・・・・」
ゲドとステラの質問を丸ごと無視しして、憲兵が何かの書類を取り出し、机の上に叩きつけるようにして置く。それは何かの報告書らしきもので、写真も複数掲載されている。
「これは・・・・・・!? ・・・・・・・・・いや、これが何だっていうんだよ?」
その書類に載っている写真は、あのバケツ型の封印器にステラが乗りこみ、それをそこからゲドが持ち上げて歩いている山道の風景であった。
彼らの王都までの旅路の姿である。そりゃあれだけ目立てば、写真を撮る者だって相当いただろうが、いったいそれが何だというのだ?
「ここまで来て、まだ惚ける気か! それこそが貴様らの、汚い企みの何よりの証拠だ!」
もしかしてこいつは頭の可哀想な人なのだろうか?そんな疑惑で、ゲドが彼に哀れみの目を向ける。一方のステラは、困惑から苛立ちの感情が生まれ、厳しい口調で問い詰める。
「あのさ~~いい加減、要点を話してもらえませんか? そうやってただ、ギャーギャー騒ぎ立てるのが、尋問という名のお仕事なのですか?」
「ふん! そうやって話を長引かせれば、上手く誤魔化せるとでも思っているのか!要点だと? そんなものはお前ら自身が、一番よく知っていることだろうが! 今さらいちいち説明してやる必要などない! ステラ! 貴様は私の部下である、トバイアの娘だそうだな! それをよくまあ、このような国家反逆に荷担するとはな! かつての騎士団での狼藉をはじめ、貴様は父親を、そしてこの国の全てに泥を塗ったのだぞ! このゲス女が!」
憲兵の太く屈強な腕と拳が、彼の激昂と共にステラに向かって真っ直ぐ打ち出された。
「はがっ!?」
ステラの顔面に、岩をも砕く気功を纏った重い拳打が炸裂し、ステラの身体が椅子から崩れ落ちる。
尋問中の暴力。それは完全な違法行為であるが、隣で立っている憲兵達は止めようともしない。ただこちらに向かって「ざまあみろ、クズが」とほくそ笑んでいる。
この様子を見ると、ここではこういった取り調べが日常になっているのかも知れない。
その様子を見て、この場で一番の怒りを発した者がいた。
「てめえ・・・・・・ゲスはどっちのほうだ!」
ステラが殴られた瞬間に、ゲドの中で溜まっていた不満は、怒りとなってもはや制御できない域に達していた。
ゲドの全身から、怒気を纏った魔力と気功力が、太陽の輝きのように溢れ出てくる。全身がぼやく光、それに含まれた敵意の感情が、この憲兵署一帯に充満していった。
「なにを・・・・・・がはっ!?」
その強すぎるエネルギーに、憲兵もただならぬ気配を感じたが、彼はそれ以上の言葉を口にすることが出来なかった。
ゲドの強い敵意の威圧に、彼は今にも心臓が破裂しそうな圧迫を受けて、苦しみもがき始める。隣にいた護衛の憲兵も、同じように発作を起こしたかのように、床で転がり回って呻いていた。
ゲドは椅子に座った姿勢のまま、目の前の椅子を、上からチョップで叩きつけた。金属製の机が、ゲドの小さな手に接触した瞬間に、まるでお菓子の城のように簡単に砕け散る。
眼前の障害物を排除して、椅子から飛び降りる、喉を押さえて、腰をついて呻いている憲兵に向かって歩み寄った。憲兵は一言も言葉を発せられないままに、眼前の小さな鬼神に恐怖で震えていた。
「待って、殺しちゃ駄目!」
先ほど殴り飛ばされたステラが、今ようやく起き上がって、ゲドに制止の言葉をかける。彼女は鼻血の流れる顔を手で押さえているが、それほど重傷ではなさそうだ。
元々鍛えている傭兵だっただけに、結構頑丈である。
「殺さなきゃいいのか?」
ゲドは冷静にステラの言葉に質問で返した。相手の無様な姿を見て、少しは落ち着きを取り戻したようだ。ステラはゲドの言葉に対して、少しの間考え込んでいたが・・・・・・
「・・・・・・そうね。最終的に死ななければ、それでいいわ。思う存分にいたぶってちょうだい」
あっさりと暴行許可を口にするステラ。以前はゲドの暴行を叱責していたが、今回は特例のようだ。意味不明な罵声を上げて、先に手を上げたのは相手であり、そして自身が被害者なだけに。
ゲドがそれにニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。ゲドは右手を広げ、以前気功学校の正門でも使ったことのある魔法を放つ。
「スリープ!」
青く光る魔法の風が吹き荒れる。それらは取調室の扉を吹き飛ばして、外にまで吹き荒れる。まるで建物内部に洪水が浸水してきたかのように、眠りの風が憲兵署内部全体に吹き荒れていった。
やがて魔法の風が途切れると、ゲドは手を元に戻して、再びあの暴力憲兵に向き直った。
「この憲兵署の奴ら、全員を眠らせた。あと半日ぐらいは誰も目を覚まんさ。さあ、楽しい尋問タイムといこうじゃないか?」
向こうが暴力による尋問を許容したのだから、こっちだって相手の流儀に合わせてもらう。ゲドはここ一番で楽しそうな笑みを浮かべていた。




