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第三十五話 空飛ぶ甲羅

 ほとんど引き摺るような姿勢で、ゲドを引っ張っていくステラ。ゲドが途中で「自分で歩くから、離してくれ」と言っても、彼女はゲドの手を離そうとはしなかった。

 上流街を逃げるように離れ、駆け足で自宅に戻る二人。だが自宅でも、これまた滑稽な、未知との遭遇を果たすことになる。


「・・・・・・何あれ? あんたまた何かしたの!?」

「何故俺を疑う? お前の所の召喚獣じゃないのか?」


 フェルメール家の庭の上の空間に、何か変なのが飛んでいた。


 それは鍋一つ分の大きさと推察される、恐らくは平面上の物体であろう。

 形を推測でしか特定できないのは、それが絶えず高速で動き続けているから。それはプロペラのように、グルグルと回転していた。あまりに早く回転しているため、その形が視認しづらいのだ。

 それは回転する周囲を通る回転線に、何か白く光る波が走っていた。中心の回転軸から回転線までの範囲が緑色で、それを囲うように白く光る不定形のリング上の何かが、その回転する物質を囲っている。

 そしてその奇妙な物体は、宙を浮いていた。小さな池や庭木がある、フェルメール家の派手すぎず地味すぎずの、一般的な中型庭園の上を、謎の空飛ぶ円盤が、あちらこちらを行ったり来たりしながら、飛び回っているのだ。

 今のところ、フェルメール家の領域から出る様子はない。


「知らないわよ、あんな召喚獣。また何か騒ぎの種じゃないでしょうね・・・・・・」


 元々不機嫌だったステラ。更にその上に、こんな意味不明の物が出現して、ストレスで胃が壊れそうである。

 ゲドはその、意味不明の空飛ぶ円盤を注視した。ステラにはその円盤の正体が目では掴めなかったが、常人を遙かに超える視覚能力を持ったゲドには、すぐにそれの正体に気づいた。


「これお前の家のカメだな。ほら、よくチビの遊び相手になってた」

「はあっ!?」


 謎の回転物の正体は、ゲドが初めてこの家に来たときにも、リビングにいた、あの猫並の大きさの巨大亀であった。

 元は研究用の召喚獣だったが、今はペッとして飼っていると、テトラが説明していたあれである。


 そのカメは現在、両手足と頭を甲羅の中に引っ込めていた。そしたらその足を引っ込めた所の、甲羅についた四つの穴から、白い何らかのエネルギーが、ジェット噴射のように大量に吹き出していた。どうやらこれが、空を飛ぶための推進力らしい。

 それらを傾けて噴射することで、甲羅全体を回転させながら、宙に浮き上がっているらしい。空飛ぶ生物は、世の中に数あれど、このような飛行方法を持つ生物など聞いたこともない。


「冗談でしょ? あれにそんな力はないはずよ?」

「でも前に見たのと同じ、召喚契約の印が甲羅についてたぞ?」


 状況が理解できない中、家の玄関からテトラが出てきた。正門の所で、庭を飛び回るカメを見て固まっている二人は、彼女の出現に速攻で詰め寄った。


「ちょっと母さん!? あれなんなわけ!?」

「家で飼ってるアルフォンス(カメの名前)よ。ステラも知ってるでしょう?」

「それは聞いたわ! 私が聞いてるのは、何故あんな変梃に飛び回っているのかって、聞いてるのよ! 母さんが何かしたの!?」


 何故か切れ気味で問いかけてくるステラ。彼女の中のストレスは相当進撃していた。テトラはそんな娘の様子を見て、頭をかきながら何とも疲れた様子で答える。


「何かしたかって言われたなら・・・・・・したわね。アルフォンスにゲドの血を注入してみたの。そしたら、ああなったわ。力が有り余ってるみたいで、さっきからずっと飛んでいるわ」


 アルフォンスが放心するステラの頭上をグルリと廻りながら通り、やがて玄関前の地面に着地した。

 ジェット噴射は瞬時に消え、ブレーキをかけたかのように急激に回転が止まり、そのまま地面に落ちる。二本足で着地して・・・・・・。

 アルフォンスの地面に接する瞬間に、引っ込めていた頭と足を、びっくり箱のように瞬足で抜き出した。そして後ろ足で、地面に接触。彼は人間のような二本足で地面に立ち、こちらをしばらく見回す。

 やがて意気揚々と、さっきテトラが開けた玄関のドアから、トコトコ人間のように歩いて、屋内に戻っていった。


「何だよあれ!?」


 今までは平静だったゲドも、自分の血の話と、この光景にはさすがに唖然としていた。






 黒の女神コン。彼女は黒目・黒髪という特徴と、絶大な魔力・気功力を持った史上最強の戦士であった。そして不老不死であり、年をとらず、死んでもすぐに生き返れる力があるという話である。

 またそれとは別に、彼女には自分の血を他人に分け与えることで、他者の生命力を極大に強化する力があったという。


 それは動物であれば、神獣並みの力を得る。人間がコンの血を呑んでも同様だが、その場合、精神力に適正が必要だという。ともかく彼女の血を呑めば、とてつもない力を得るという話だ。

 コンとゲドの共通性を認めたテトラが、両者が同類であるという課程を立てて、その血液強化を自分の召喚獣で試してみた。そして得られた結果が、あの空飛ぶカメであった。


「マジかよ。それじゃあ俺は本当に黒の女神なのか?」

「ほぼ間違いないと思うわ。何というか・・・・・・想像以上に大物だったようね」


 衝撃的な事実であるが、それ自体は大した問題ではない。自分が何者であろうが、ゲドは我が道を貫くつもりだ。だが周りの者はどうであろう?


「母さん・・・・・・このこと、本当に学会に提出するの?」

「どうしようか悩んでいる所よ。この話が広がったら、どんな混乱が起こるか・・・・・・少なくともロームは黙っていないでしょうね」

「うわぁ・・・・・・・・・どうすればいいのよ私たち・・・・・・?」


 とんでもないものを背負わされた事に、冷や汗をだらだらと流しながら、頭を悩ます二人。

 最初に黒の女神との関連性に気づいたのは彼女たちであるが、いざ明確な証拠が出されて、ただでさえ溜まっていた心労が、更に上乗せされてしまって、苦しいものだ。

 だがゲドは、さっきと違って大分平静を取り戻していた。黒の女神の話を最初にされた当時は、大分動揺していたが、今度は逆に彼女の方が、話を受け入れる心境が先に出来上がっていたようだ。


「何もそこまで絶望しなくてもいいだろ? 俺は俺でこれからも動くまでだ」

「あなたがどうでも良くても、他所はそうはいかないわ。勝手にあんたの敵になったり、味方を自称したりする輩が続出するかもしれないわよ?」


 ローム王国はじめ、多くの国々では信仰が政治に大きな影響を与えている。ゲドの存在は、聖職者達の権威に利用される可能性が十分にある。


「そんなのそいつらの勝手だ。敵になる奴らは全部始末するだけだよ」

「それで巻き添えを食って、罪のない人が不幸になっても?」

「・・・・・・・・確かに、それはちょっと困るな」


 その後あれこれ話し合った末に、結局の所、テトラのゲドに関する研究経過発表は、先送りされることとなった・・・・・・






 しばし時間がして、大分落ち着きを取り戻すと、ステラはリビングでチビに手で餌付けをしながら、夕食を待っているゲドに声をかける。


「ゲド。途中で重大な話があって、先送りになってたけど、さっきの話の続きをするわね」

「うん? 何か話なんてあったっけ?」

「あったわよ! あのカイっていう男の子のことよ。何であんなことしたの?」

「あんなこと? 何か悪いことしたか? それとも学校に来た理由を、あの時まで隠してたことか?」


 気功学校での行動に関して、大分怒っている様子のステラ。だがゲドは、その怒りの理由に見当がつかなかった。カイといいステラといい、何が間違っていたのか理解できない。


「それもあるけど・・・・・・あの呪い事件の犯人を、あんな派手に暴いた事よ! あれ、あとからどれだけの騒ぎになると思ってるのよ!?」

「それはいいことじゃないか? 騒ぎになれば、憲兵共もアルマを庇い立てできないだろう? カイの親父は、結構な権力があるらしいからな。あの件で黙っちゃいないだろう?」

「それはそうだけどね・・・・・・それが完全に余計なお世話だって言ってるのよ!」


 ゲドの心境が、困惑から不快に変わる。何故そのことを責められねばならないのか?


「余計なこと? おいおい・・・・・・事件の黒幕が、裁きを受けずに見逃されようとしていたんだぜ? それを阻止することの何が悪いってんだ? お前が注意通りに、暴力を振るわずに事件を解決したんだから、これで十分ハッピーエンドだろう?」

「裁きを受けるのが、その女一人で済むなら、それで良かったと思うわ・・・・・・。でもね、あれは違うのよ! あれはコーラン家や気功学校を潰しかねないほどのことよ! もちろんあのライアって子と、カイくんとの関係もね!」


 ステラの想定では、おそらくアルマ・コーランには、推定30年ぐらいの懲役刑が下されるだろう。

 彼女の年齢を考えれば、獄死もあり得る。尤も、住む場所もなく、その辺で野垂れ死ぬよりは、ずっとまともな余生な気がするが。


 そして騎士である彼女の夫は、常識的に考えて、騎士団に在籍し続けるのは難しくなる。おそらくライアも退学に追い込まれるだろう。例え在学が出来たとしても、彼女の世間での風辺りは強くなるし、人間関係にも大きな変革が出るだろう。エリート学生が、一気に犯罪者の娘に、社会的地位が急下降である。

 いやそれ以前に、気功学校そのものが潰れる事態も有り得ない話ではない。


 あの正門の所で、共に下校していた幼馴染みの二人。ステラが彼らを見たのはほんの少しの間であるが、彼らの距離感や、ゲドが告発した後の二人の反応を見れば、決して憎み合う関係で無かったことは判る。

 それは初見でもすぐに人間関係が判る、実に判りやすいものであった。


「憲兵が見逃そうが、どのみちアルマにはもう何もできはしないわ。あのまま何もなければ、あの子達は順調な学生生活を送れたのに・・・・・・どうしてあんたは気を利かせることが出来ないのよ! あんたのせいで罪のない人が、何人も不幸になっているのよ!」

「そんなもんコーラン家の自己責任だろうが?」

「カイくんのことも含めて言ってるのよ!」


 ゲドの心境が、不快から今度は呆れの感情に変換した。何言ってるんだこいつ?的な、馬鹿にしたような目線をステラに向ける。


「おいおい・・・・・・何であいつが不幸になるんだよ? 自分の本当の力に取り戻して、あいつはこれから幸せ絶頂だぜ。自分を陥れた奴の子供なんて、さっさと忘れて、すぐにもっといい女を見つけるさ」

「そんな単純なものじゃ無いと思うけどね・・・・・・。その辺を差し引いたって、あの子が本当に幸せになれると思うの? あんたのせいで二度も、世間から晒し者にされたのよ?」

「はあ? それでカイが何か責められるような理由なんてないだろ?」

「そういう道義が、すぐに通じるほど、世の中は甘くないのよ! だったら後から、あの子の様子を見に行ってみたら!? 果たしてあんたが思っているような、いい環境で過ごしているかしらね!」

「おっ、おう・・・・・・・・・」


 よく判らないが、ステラがそこまで言うというのならばと、ゲドはあと何日かしてから、もう一度あの学校の様子を見てみようという話になる。ス

 テラは終始不機嫌な様子で、二階の自室へと戻っていった。



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