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第三十二話 坊主剣士2

 ゲドが気功学校で騒ぎを起こしてから、二日ほど経過した朝のこと。

 この日にカイは、一日休んでの登校でに出ていた。あの騒ぎの後、カイの身体の検査のため、一日中病院にこもりっきりだった。それによって一日学校を休むことになったのだ。


「ライアは・・・・・・今日は来ていないんだね」


 家の玄関から、庭の門の所を見つめる。朝になると頻繁にライアが、一緒に登校しようとよくやってくるのだ。こちらの登校が早かったときには、構わず行ってしまうので、後から文句を言われることがある。

 今日はいつもより遅めの登校なのだが、何故かライアは来ない。


「そうみたいですね。何だか向こう側の家でも、色々ごたごたがあったので、それが原因ではないかと」

「ふーーん。まあ、いいか」


 使用人の言葉に、カイはそっけなく答える。来ないものをいつまでも待つ必要はない。


「行くんですか? あんなことがあった後ですし、護衛を連れたほうが・・・・・・」

「そんなこと必要ないだろ? 今の僕は前よりもずっと安全だ」

「ええ・・・・・・それもそうですね」


 あっさりと納得する使用人。カイの今後の学校生活が、以前とは大きく変化することは、誰もが判っていた。


 ちなみにプライス家の方からは、気功学校に対して、身体検査の際に何故カイの呪いに関して気づかなかったのかと、責めるような態度で詰問している。

 これに対して学校側は、巧妙にかけられた呪術で気づけなかったと主張。だがこの返答には、プライス家以外の者からも、疑いの声が上がっている。

 カイ自身だけでなく、こういう大人の世界のにも、色々と面倒なことがしばらく続きそうである。





(・・・・・・うん? 誰か見てるか?)


 いつもの道を歩いているうちに、カイは自分をつけ回す何者かの気配を感じた。

 呪いが解けて以降、こういう気配を察知する能力も大幅に高まっていた。そして今、こちらを尾行する不審な気配を感じ取っていた。


(誰だ? いつもの闇討ちとは、様子が違うけど・・・・・・)


 この場所は上流区の街道。道には朝を歩く通行人がちらほらいる。カイはあえて人のいない場所を探し、上流区を抜け出していく。


(今日は遅刻するかも・・・・・・)


 やがて人の姿も気配もない、裏路地へとカイはやってきた。尾行する何者かも、しっかり後についていく。

 そしてこの場所になって、ようやくカイの眼前に姿を現した。


(・・・・・・・・・・・・何? この変態?)


 そこに現れた人物の姿は・・・・・・ある意味凄まじかった。


 坊主頭の痩せ形長身の男性で、年は三十前後。身につけているのはほとんどない。短パン一つで、半裸の姿である。

 鍛え抜いた筋骨たくましく汗臭い肌が丸見えであり、こんな奴が街を彷徨いて、憲兵隊に見つかったら間違いなく連行されるレベルである。

 左下脚は欠損しているらしく、機械義手が取り付けられている。そして彼は武器を向けてカイを睨み付ける。彼の武器は三本のククリナイフ。二本を両手に持ち、残りの一本は・・・・・・口で咥えていた。


「ふが・・・・・・がががっ、ごごごっ・・・・・・」


 ナイフの柄を口で咥えながら、何か喋っている変態坊主剣士。当然こんな状態で口を上手く動かせるはずがなく、何を言っているのか全く不明だ。


 カイには判るはずのないことだが、この男はかつてエイドアで、ゲドと対峙した元盗賊である。

 あれから学習したようで、彼の得物は、以前より少し刀身を短くしている。しかしナイフを三本持っているのはどういうことか? もしかしてあれで、三倍の実力だという気だろうか?


「あの・・・・・・・・・とりあえず口で持ってるのは取った方がいいですよ? これじゃ話もできませんし・・・・・・」


 毒気を抜かれたカイが、優しくそう忠告してくれる。本人もこの態勢は無理があると判っているようで、素直に口に咥えているものを離した。


「貴様がカイだな!? 恨みはないが仕事なのでな! お前の命を貰う!」

「誰からの依頼?」


 命を狙われているという事態だというのに、えらく平静なカイ。今の自分の実力に自信があるということと、相手のあまり馬鹿げた姿に、緊迫する気が全く起きなかった。


「それは言えんな! 余計な口を動かすなと、アルマさんに言われているのでな!」

「思いっきり言ってんじゃん!? ていうか何であの人が!?」


 勢いよく踏み込み、カイに斬りかかる坊主剣士。素早く繰り出される気功を纏った二本の刃を、カイはバッグを持ったまま余裕でかわした。

 曲芸のような不規則な動きで、次々と繰り出される坊主剣士の連撃。だがカイは、特に焦る様子もなく、それらを軽快によけていく。


「クソガキが! よけるな!」

「そうは言ってもね・・・・・・」


 カイも今の自分の身体能力の高さに、少し驚いている。ゲドに呪いを解いて貰った後、戦闘行為を行ったのは今が初めてである。

 今の自分の身体の軽さと、以前よりも遙かに機敏に自在に動ける己の運動神経には、まるで自分が自分でないような不思議な気分であった。


 相手は本物の刃物で攻撃しているが、カイの得物は今バックにある模擬剣のみ。生憎これは使えそうにない。だとすれば残された攻撃方法は一つである。


「はぁっ!」


 カイは敵の乱舞を潜り抜け、坊主剣士の腹に、素手で思いっきり殴りつけた。

 素手と言っても、気功で強化した、青く輝く拳である。本気で繰り出されるそれが確実に命中した。


「ぐほっ!?」


 その一撃は、坊主剣士に十分すぎる程のダメージを与えた。腹の肉が一瞬陥没し、内臓に多大な衝撃を伝える。

 坊主剣士の乱舞が一瞬で止み、彼はその場で膝をついた。


「くそが・・・・・・ふごっ!?」


 勿論一発ぐらいで倒れるつもりはない。坊主剣士はすぐに起き上がろうとするが、更なる一撃が、彼の顔面に激突する。

 カイは一切の隙をつくらず、次々と拳打を叩き込む。そして六発ぐらい当てたところで、攻撃を停止させた。


「はぐ・・・・・・・・・」


 鼻血と吐血を垂れ流しながら、坊主剣士はあっさりと倒れ伏した。どうやら気絶してしまったようで、ピクピクと痙攣しながら、以後動く様子がない。


(本当に強くなったんだな・・・・・・僕は・・・・・・)


 この坊主剣士は、気功士としては決して落ちこぼれではない。少なくとも気功学校の平均成績の生徒よりは強いはずだ。

 それを武器無しで数発殴っただけで、あっさりと撃退してしまったのだ。


 医師から説明を受けても、今ひとつ実感が湧かなかった事実。だが今ここに、確固たる事実をカイに見せていた。






 ゲドがロックツリーに来訪してから、五日間が経過した。その間にゲドは、フェルメール家の要請で、何度も身体検査や、魔力調査を受け続けていた。


 フェルメール家ではテトラと、ステラの祖父=タイタスが、召喚術を応用した生物調査を行う研究者である。召喚術の空輸の仕事での稼ぎと異なり、この仕事はあまり稼ぎが良くないそうだが、テトラ達は昔から好きでこれを行っていた。

 今まではそんな大層な研究論文は出せていなかったが、今回はその家の歴史が覆りそうな気配である。


 フェルメール家の中には、病院のように生体研究の機械やマジックアイテムがいくつも置かれていた。

 そこで採血を何度も行い、X線写真で骨格を撮影し、半日ほど身体検査のベッドの上で寝て魔力・気功の体内の流れを計測したり、出来る限り様々な調査が行われる。

 この間に、ゲドはほとんど家を出ていない。退屈な時間で大分ストレスが溜まっていたが、これも必要なことと、一生懸命我慢していた。


 そしてこの日、おおよその調査結果が出た。病院の待合室のような、研究室の椅子の上で、ゲドとテトラが向かい合って座っている。すぐ傍にはステラも横で立っていた。


「先に結論から言うとね・・・・・・お前のその身体は、純人だ。亜人でも魔族でも精霊でもない。身体の構成や遺伝子は、完全に私たちと同じ、普通の人間だわ・・・・・・」

「普通とは言えないだろう? こんな化け物みたいな力が宿ってて」

「あくまで身体的特徴のことを言ったのよ」


 確かに髪の色などを除けば、ゲドはステラ達と同じ純人との違いは全くない。だがただの人間が、あんな異界魔をねじ伏せるような力を得ることが出来るだろうか?


「その辺のことは、私も不思議に思ってる。常識的観点からすれば、どんなに優れた遺伝子を持とうが、鍛錬を積み重ねようが、今のお前ほどの力は出ないわ。それに・・・・・・」


 テトラが計測した、ゲドの能力値は予想通り上記を逸する物だった。

 ゲドが全力で魔法をぶっ放せば、このロックツリーぐらいの都市を、跡形もなく消し炭に出来る。まさに人の形をした、大量破壊兵器である。


 しかもさらにテトラを驚かせたのは、計測されたゲドの力は、まだ大部分が封印されているらしいということだ。


「あなたの身体にはかなり強力な抑制の呪術=サプレッションが欠けられている。この力でお前の肉体の魔力と気功は、大幅に制限されているようね・・・・・・」

「サプレッション? ああ・・・・・・」


 ごく最近、ゲドは別の所でその魔法と遭遇している。サプレッションは呪術の技の一つで、相手の魔力・気功・身体能力を、大幅に抑え込む呪術だ。

 この術は、攻撃力や敏捷力を低下させるが、身体の強度=防御力や自己治癒能力などは変わらない。例えて言うならば、人の身体に、全身に大量の重りを付けたような状態だ。全身ギプスという冗談めいた特訓法が、フィクションの世界にあるが、ある意味あれに近い。

 総合的に見れば、全能力を弱体化させるウィークネスよりも効果は弱いが、こちらは呪いの持続時間が長い。やりようによっては、数十年に渡って、呪いを持続させることも出来るという。


 ゲドが遭遇したサプレッションの被害者=カイが、力は弱いのに、異様な打たれ強さと回復能力を持っていたのはそのためと思われる。


 サプレッションの話題に、淡泊なゲドと違い、横で聞いていたステラは青ざめている。


「ちょっと待って!? それじゃあこいつは、今よりももっと強い力があるってこと!?」

「ああ、呪術を全て解放して、且つそれを完全に使いこなせるようになれば・・・・・・おそらく今の十倍以上の戦闘能力を発揮するわね・・・・・・」


 この言葉に、ステラはうっかり気を失いそうになる。散々見せられた、ゲドの恐るべき底なしの力。だがその力には、まだ先があるというのだ・・・・・・。

 ステラが言葉を失う中、ゲドが少しだけ興味を示して問いかける。


「そのサプレッションてのは解けるのか? 俺が俺にディスペルをかければ・・・・・・」

「可能かも知れないわ。でも止めた方がいい・・・・・・」

「何でだ?」

「力を制御できる保証がないからよ。あなたの精神力では、今のその肉体はあまりに強すぎる。今の力だって、元々魔道士でもなかったあなたが制御できているのが不思議な位なのに、更に上の力を解放させたら・・・・・・」


 答えは決まっている。暴走だ。一発魔法を撃っただけで、想定の範囲以上の破壊を引き起こすことが考えられる。

 クシャミ一つしただけで、集落一つを消し飛ばしかねない。下手をすれば反動で、ゲド自身も痛い目を見るかも知れないのだ。


「そうか・・・・・・まあ、今のままでも十分無敵だし、別にいいけど。それでこの身体の身元は結局分からないんだな」

「判りようがないわ。判ったことと言えば、その身体も、あのチビと同様に見た目通りの年齢じゃないってことね」


 テトラが出したゲドの肉体の年齢計算。

 彼女の細胞・染色体・骨格を調べたところ、その肉体の計算上の年齢は、十歳前後の女児のものであった。これは見た目通りの計算結果である。


 だが彼女の身体に宿った、基本魔法を行使するように必要な精霊も調べてみた。基本魔法は、自分の身体に意思を持たない下位精霊を取り込み、それと自分の精神・魔力を一体化させて発動させる。

 ゲドの身体に宿った、あのステラも驚かされた膨大な種類の、鍛え上げられた体内精霊の、潜伏期間を計測したところ・・・・・・計測不能だった。


「あなたの体内精霊の潜伏期間は・・・・・・どんなに少なく見積もっても、千年以上は居着いている。つまりあなたの肉体は、十歳の若さを保ち続けながら、千年以上も生き続けているという事よ」

「はあ!?」


 ここに来て、初めてゲドが驚きの声を上げた。謎の現象で、自分の肉体が別の者の中に入ったときは大層困惑した。更に言えば、何故こんな性別も違う子供の姿にされてしまったのかと・・・・・・。

 だがその考えは間違っていた。自分は子供になったのではない。それどころ自分の数十倍は生きている年寄りの身体だったのだ。


 ゲドが驚きで口を開けて固まっている中、ステラは随分冷静な反応だった。さっきまでとは全く逆の構図である。


「何今更驚いてるのよ。あんな訳の分からない力を持ってるのよ? そのぐらいの事実に、私は驚かないけど?」

「あっ、ああ・・・・・・そうだよな」


 ゲドの表情はまだ少し引き攣っている。そんな中、今度はステラが質問してきた。


「細胞が十歳の若さを保ったまま、千年も持続して生きている。それってある意味、完全な形の不老不死よね? それでいて、天地をひっくり返すほどの力がある。それってあの人と同じじゃない?」

「ああ、私も同じ事を思ったよ・・・・・・」


 二人で何やら納得した様子に、ゲドは訳が分からず首を曲げる。それを読んだのか、テトラが答えを教えた。


「歴史上ただ一人だけ、こんな常識外れの体質を持った人間が、850年前に確認されているわ。ローム王国はじめ、多くの国が崇めている・・・・・・黒の女神=ワタナベ・コンという女性魔法剣士がね」


 このとき二人は、見た目は平静に見えても、内心では相当危ない事柄に手を付けているのではと、震え上がっていた。


「コンの消息に関しては何も判ってないわ。ただ“エセラグナログ”という物騒な物をこの世界に残したことぐらいね。どのみち私らで調べられるのは、ここまでの限界のようだわ・・・・・・」


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