第三十一話 バケツとチビ
大分暗くなった頃になって、ゲドは帰ってきた。
あちこちの店で菓子を買い食いし、映画館でこの国の新作を鑑賞した。酒場にも立ち寄ったが、やはり外見の問題で酒を売ってはもらえなかった。チビで童顔だが、実は21歳ですと言ったが、相手にしてもらえなかった。
(やっぱりこればっかりは、ステラの協力がいるよな~~)
暗くなった住宅街の舗道の上を、そんなことを考えて歩いていると、こちらに明確に接近してくる気配があった。一応敵意の思念は感じられない。
「ちょっと君? こんなところで何をしているんだい? 迷子かい?」
話しかけてきたのは憲兵だった。子供が一人で夜道を歩いていれば、当然だろうが。
「いえ、大丈夫です。家はすぐ近くにあるので・・・・・・」
「じゃあ、そこまで送って上げるわ。その家はどこ?」
実に親切な憲兵さん。だがそれが今のゲドにとっては、少々困ったことであった。
(やっぱり一人で外に出歩くのは、色々と面倒だわな・・・・・・。今後は気いつけないと・・・・・・)
無理に断るのは状況的におかしいので、仕方なくフェルメール家の位置を憲兵に教えるゲド。憲兵はどうやらその家を知っていたようで、かなり驚いていた様子。これもまた面倒な話になりそうだ・・・・・・
「遅いわよゲド! いつまで散歩してたのよ!?」
「ああ~~悪い・・・・・・。ちょっと調子に乗って歩きすぎてな・・・・・・」
フェルメール家に着くと、真っ先に飛んできたのはステラの怒声だった。確かにちょっと散歩するでは、長すぎる時間だったろう。
親子の話し合いもとっくに終わったようだ。後から、テトラが玄関から出てくると、憲兵が戸惑いながら聞いてくる。
「ええと・・・・・・この子もテトラさんの娘さんで? それともお孫さん? ステラの子ではなさそうですけど・・・・・・」
「いえ。知り合いの魔道士の子を、しばらく預かっている。知らない間に出て行ってしまって、どうも申し訳ありませんでした」
「ああ、いえ。そんな謝るようなことでは・・・・・・」
知り合いの魔道士の子という言葉に、あっさりと納得する憲兵。彼女の霊術士風の衣服を見れば、どこもおかしいことはない。
「ステラも帰ってきてたんだな。あんなことがあって、少し心配してたぞ」
「まあ色々あったけど、この通り私は大丈夫よ」
色々と挨拶を済ませ、憲兵が帰っていった後、今度はテトラがゲドに声を上げる。
「ちょっと散歩って言ってたけどね。いくら何でも遅すぎるわ! 自分が子供になっていることを忘れてない!?」
「ああ、すっかり忘れてた・・・・・・すまん」
「私に保護者を演じるよう言ったのはあんたでしょう!? だったら私を置いて遠出なんてしないでよ!」
「う・・・・・・うむ。今日でよく判った・・・・・・」
お説教はそこそこに、家の中に上がる一行。中に入ると、チビが正座座りで玄関の内側で、こっちを待っていた。そして嬉しそうに、ゲドに飛び込んできた。
「おう、お帰りチビ」
彼女の手にチビが抱えられたところで、テトラが口を開く。
「あなたがいない間に、そのイノシシの子と、あの大型の金属容器に関して少し調べてみたんだけど・・・・・・」
「うん? もう何か判ったのか?」
自分がいなかったのは半日に満たない時間だ。随分結果が出るのが早い。
「ええ、まあ色々とな。話は奥でするわ・・・・・・」
リビングに集まる一同。そこに集まっているのは、ゲド・ステラ・テトラと、召喚獣の動物達。そしてさっきはいなかった二人の老夫婦がいる。ステラの祖父母らしい。
「ふむ・・・・・・確かに、強い魔力を感じるが、本当にこの子がロームであんなことをしたのかね?」
「ええ、そうみたいね。さっきの検査結果を見る限り、間違いないと思うわ。正直、あのイノシシだけでも、一国を滅ぼせるかもね」
ステラの祖父=タイタス・フェルメールが、ソファに座っているゲドの頬をつねって魔力を感知しながら、テトラと会話している。
つねられながらもゲドは無言だった。彼女はこの面子に、大家族としては欠けた面子がいることが気になっていた。
「他に家族はいないのか?」
「私の父さんと、兄が二人いるわ。今はいないけれど」
「まだ仕事から帰れないのか? 久しぶりに娘が戻ってきた日だろう?」
「ええ、仕事で忙しいみたいよ。三人とも憲兵隊の仕事で・・・・・・」
これにゲドは納得した。異界魔が各地に出現してから、各国は国内の巡視に力を注いでいる。
異界魔は戦闘能力は脅威だが、無理に戦わなくても、しばらくすれば勝手に死んでしまう。だから即座に異界魔の出現を察知して、手早く避難誘導させれば、犠牲者を一人も出さずに済むのだ。
それのために、各国の騎士や憲兵は、僅かな気配も見逃さないよう、毎日が忙しい。ローム王国は、この辺の仕事を疎かにしたせいで、異界魔の被害が他国よりも大きかった。
「それで話の本題だけど、あのバケツとこのチビに関してだが・・・・・・まずはバケツに関して話すわ」
「おお・・・・・」
テトラの解説が始まる。ゲドもステラも、ここに来た目的を何度も忘れるくらい気にしていなかったことだが、考えてみれば共に旅をしてきたあのバケツが何なのか、全くの謎である。
「あれは封印の器だと考えられる」
「封印? どういうことだ?」
「封印というのは魔法的な意味での封印だ。邪竜や悪魔といった、危険なモンスターを閉じ込めておく為等に使用されるタイプの魔力回路が、内部に刻まれていた。比較できるマジックアイテムがあったから、このことはかなり早い段階で特定できた。おそらくお前のその身体は、あのバケツのような封印器の中に収納されていた」
この程度ではまだ誰も驚かない。この肉体があのバケツにあったことは、少し考えれば誰でも勘づくことだ。
「てことは、この身体の持ち主は、魔法で封印されていたって言う訳か?」
「封印器の構造自体はそうだが、これを閉じ込めておく物かどうかは疑問が残る。封印器の強度・魔力の正確な数値はまだ出せていない。ただ私たちの常識を遙かにこえる、強大なマジックアイテムだったということだけは判る・・・・・・」
ゲドとステラはこれでもまだ動揺はなかった。あのバケツ=封印器の、魔力・物質強度を魔道機械で測定したとき、テトラはこれまでに経験したこともないぐらい驚愕した。
冷静に話しているが、彼女は今でも、内心あの結果が信じられずにいる。あれは金払えば手に入るような、高価なマジックアイテム、などという常識を越えている。おそらくあの封印器に、大砲の砲弾を百発ぶち込んでも、傷一つつかないだろう。
封印器の材質は鋼鉄。特殊な合金とかそういうのではない。気功や魔法で、物質の強度を、本来の物質強度以上に強くする技は確かにある。これもそうであるならば、どれほど強大な術者が、この封印器の材質をここまで頑強に鍛え上げたのだろうか?
すごいのは器自体の頑丈さだけではない。刻まれた魔力回路の精密さと、魔力の強さも規格外である。封印力はおそらく、大魔王をあっさり捕縛できるぐらい強力である。
そんなとんでもないものを、自分の娘が、うっかりの召喚ミスで呼び出したというのだ。
ちなみに先に述べた“比較できるマジックアイテム”とは、かつて黒の女神の従者が、この世界の者達に与えた品物である。
「疑問って何? この化け物みたいな子供を封じていたんじゃないの?」
「どうだろうな・・・・・・。器の強度と封印力は確かに恐ろしい。封印された側が、内側から封印を破るのは難しい。だが外側からなら、とても簡単だ」
「外側?」
「あの封印器には、同じ材質と強度の蓋があっただろう? あれが封印を固める重要な部品らしいんだが・・・・・・鍵らしき物は何もついていないんだ。それ以外の留め具があった痕跡もない」
確かにあれには、桶のような金属の蓋があった。それも一緒に旅の共にしてきている。だが鍵がついていないというと・・・・・・
「あの器の封印は、誰かがあの蓋を開ければ、実に簡単に封印が解けてしまうんだ。私が見た限り、何かの損傷ではなく、予め容易に封印が簡単に解けるよう設計されていたようだ」
「何だよその手抜き?」
何という心許ない封印だ。元々何を閉じ込める物で、どこに置いてあったにせよ、それでは危なすぎる。
地震か何かで器がひっくり返ったり、誰かが間違って蓋を持ち上げてしまったら、折角厳重に封印していた何かは、いとも簡単に解放されてしまう。
折角封印器を、あれほど強大に作り上げたというのに、これでは台無しだ。
「何故こんな造りになっていたのかは判らないが、もしかしたらステラがこれを召喚した時点で、すでにこの蓋は衝撃で開いてしまっていたのかも知れないな」
「その時に、その封印器に潰されて死んだ俺の魂が、その封印された何かに乗り移ったっていうことか? そんなことありえんのか?」
「ありえない。そのことを含めても、ほとんどが謎だ。さて次の話は、このチビのことだが・・・・・・」
本当に何も判らないのだろう。封印器の話は、謎しか残さないまま一気に切り上げて、次の話に映る。
当のチビは、現在ソファの上のゲドのすぐ隣にいる。ステラがチビを見て、長く抱いていた疑問を口にした。
「ええ、この子が普通の動物じゃないことは、私も判ってるわ。強い魔力を感じるけど、でも魔物や異界魔とは、何か違う感じなのよね」
「ああ、そいつは身体の構造は完全に普通のイノシシだ。遺伝子検査はもう少し時間がかかるが。ただの魔力の強さと身体強度が尋常じゃない。この小さな身体で、竜ぐらい簡単に吹き飛ばせるだけのパワーがあるだろうな。もしかしたらゲドの身体の元の持ち主の使い魔だったのかも知れない」
通常魔力を持ちすぎた人間以外の動物は、姿も大きさも変貌して魔物になる。そうならずに魔物以上の力を持った動物がいるとすれば、最有力候補は召喚術契約などで力を得た生物だ。
最も、このチビの身体には、召喚契約の印はどこにも見つからないのだが。
「それとこれは私の勘だが・・・・・・おそらくそいつは見た目通りの年齢じゃないわね」
「うん? このチビがか?」
「ああ、ステラの記憶映像を見させて貰った。聞いてはいたとはいえ、あなたたちの行動はとんでもないな。英雄と言うより、まるで魔王だ・・・・・・」
呆れたような疲れ切ったような表情を示すテトラ。記憶を読み取ってそれを映像にすることが出来る“記憶映像”で、ステラの見聞きしたロームでの体験はだいたい見せている。
これはテトラを、相当呆れさせていた。
「母さん、本題に・・・・・・」
「ああ、最初にステラがチビを見た二ヶ月前の映像を見たが・・・・・・全く成長していない。二ヶ月前から、この幼体に見えるイノシシは、一ミリも身体が大きくなっていないんだ」
イノシシの成長速度は速い。生まれて僅か二年で、子供を産めるようになるくらいである。
このぐらいの大きさの子イノシシ、二ヶ月もすれば相当成長しているはず。だが何故かチビは成長していない。十分な餌は与えているので、栄養不良ということはないはずだ。
「てことは、こいつはこれで大人の小型のイノシシってことじゃないのか?」
「さあな。それはもっと詳しく・・・・・・遺伝子検査もしてみないと判らないわね。まあ、今はそれより先に調べることがある」
「ああ・・・・・・俺な」
自分を指さして納得するゲド。確かにそれを直に調べなければ、何も始まらないだろう。




