第三十話 解呪
「あんた、いったいここに何しに来たの?」
「厄払いだよ。そこの小僧に用がある」
ゲドが目を向けたのは、カイだった。いままで黙っていたカイも、これには飛び上がる。
「ぼっ、僕!? 何で!? ていうか何で僕だけ魔法がかかってないの!?」
厄払いは何だとか、どう見ても年下なのに小僧呼ばわりはどうだとか、疑問は山ほどあった、一応最初に感じた疑問を口にするカイ。それに対するゲドの返答はこう。
「お前にもちゃんと魔法をかけたさ。でも効いてないんだよ。お前の肉体と気功力が強すぎて、この程度の魔力は屁でもないみたいだな」
「「はぁ!?」」
強すぎる? カイの力が? この謎の発言に、カイとライア両者が声を上げた。会話を聞いていた周りの者も、声は上げずとも同じ疑問を浮かべている。
そんな困惑の渦が部屋に渦巻いているのにも構わず、ゲドはカイの元に歩み始めた。
「ちょっと! カイに何する気よ! うっ・・・・・・」
今にも飛びかかろうとするライアに、ゲドはもう一発パラライズを撃った。さっきよりも加減を抜いたその力に、優れた気功士であるライアも今度こそ動けなくなる。
「お前!?」
ライアに手を出された瞬間、カイが怒りを込めて、自分からゲドに飛びかかった。気功の拳を思いっきりぶつけようとするが、それはゲドの小さな手で軽々と受け止められる。
そしてその腕から、ゲドは思いっきりカイを投げ飛ばした。明らかに自分より体躯の大きい相手を、まるで紙袋を振り回すように難なく吹き飛ばす。
「くっ!」
岩でも落ちたかのような衝撃が、瞑想室の床に響く。瞑想室の石製の床は見事に陥没し、カイの身体が床の中にめり込んだ。
常人ならば、一発で粉々になるほどの衝撃。だがカイは身体のバランスを崩したものの、肉体には大した痛みを負っていなかった。
「僕をどうする気だ!?」
「とりあえず脱げ」
(((・・・・・・はっ?)))
ゲドの返答を聞いた瞬間、さっきとは別の雰囲気の困惑が、瞑想室に溢れた。
ゲドは相変わらず周りの様子など構わず、カイの身体にパラライズを強めにかけて、彼の制服に手をかけた。
「敵は瞑想室の方だ! 急げ!」
「くそ! 何が故障だ! この大馬鹿者が!」
「すっ、すいません!」
数人の教師と番兵が、大慌てで侵入者が現れたという瞑想室に走って行く。
最初に緊急鐘が鳴ったとき、教師の一人が《きっと機械の故障でしょう。ちょっと見てきますね》と気楽にいって、機械の点検をしに出て行った。他の職員達も、あまり深刻に受け止めずに仕事に戻っていった。
だがしばらくして番兵の一人から、校門が壊されて同僚が眠らされている!という報告が届く。その直後に、瞑想室から派手な衝撃音が響いてきた。
事態が本気やばいと気づいた彼らは、大急ぎで武器を持って瞑想室に駆け込んでいった。
彼らが勢いよく扉を開けたとき、その時に瞑想室がどうなっていたのかというと・・・・・・
「「はぁ?」」
その瞑想室の光景に、一同は唖然とした。中にいた生徒と教師全員が、座り込みながらある一点に目を向けている。その視線の先には・・・・・・・・・
「やめろ! やめてくれ!」
「おとなしくしろ! ただ上着とって裸になればいいんだ!」
一人の十歳ぐらいの少女が、仰向けに倒れた一人の男子生徒の腰の辺りに上乗りになって、彼の制服を無理矢理剥ぎ取ろうとしていた。
男子生徒=カイは必死に抵抗しようとしているが、パラライズの影響で上手く力が出ず、大した抵抗が出来ずにいる。パラライズの影響を受けながら動いているからか、カイの息はかなり荒く、顔も熱そうだ。
その様子を生徒達が気まずそうにしながらも、一斉に傍観している。約一名の女子生徒=ライアは、何か言いたそうにしながらも、顔を真っ赤にして戸惑っている。
「……なっ、何だ? 痴女でも乱入してきたのか?」
ある意味的を射た教師の言葉。行われている光景は確かにそれである。
やがてカイの上半身の着用物が全て取り外される。カイの薄毛で、なおかつ細身ながらも筋肉が張った、綺麗な肌が露わになる。
ゲドは、今度はカイの腹の所に、膝を置いて、土下座の姿勢で座り込む。そして腰を曲げて、頭を下に向ける。二人の身長差の関係で、ゲドの顔はカイの顔と、間近で向き合う形になった。
あと少しでキスをしてしまいそうな距離だ。
「ふわっ!? ああ・・・・・・・・・」
ゲドは彼の胸に右掌で触る。突然触れられた、女子の手の感触に、カイは思わず身体を震わせた。そしてカイの顔面間近で、彼女は言葉を発した。
「よし、やるぞ・・・・・・」
その言葉に、野次馬と化したその場の全員が息を呑んだ。
ライアはどうにか起き上がろうと悪戦苦闘するが、パラライズの効果が強く残っていて、思うように立ち上がれない。一度立ち上がれたかと思ったら、すぐにバランスを崩して倒れてしまう。
「やめっ・・・・・・・・・」
どうにか声だけでも上げようと、ライアが精一杯喉を振るわせたとき、明らかに一同の予想とは違った変化が発生した。
「ディスペル!」
ゲドの口から、魔力を分解して魔法効果を無力化させる高位の術式=ディスペルの名が発せられた。
その瞬間に、彼女の右掌と、彼の胸の接触箇所から、太陽のように強い白い光が発生した。
一同は何事かと動揺(一部落胆)する。魔力に学のある一部の教師が、漏れ出る魔力のあまりの強さに驚愕した。その光は数秒間にわたって輝き続けて、やがてあっさりと消える。
「厄払い終了」
そう言ってゲドが、カイの身体から飛び降りる。ディスペルの影響か、カイの麻痺もいつのまにか解けており、無言で立ち上がった。
全く事態が理解できず、カイも周りの者達も、困惑のしすぎで無言であった。後から入ってきた教師達も、侵入者を捕らえるという目的をすっかり忘れていた。
カイは自分の身体の見回し、腕をこきこきと回してみる。さっきのディスペルのせいか知らないが、何だか自分の身体に違和感があるのだ。気のせいか、妙に身体が軽くなったような・・・・・・
「・・・・・・・・・一体何をしたんだよ」
「お前の身体にかかっていた呪いを解いた。知らなかったようだから言うが、お前にはかなり強力な呪術がかけられていたぞ」
この言葉にその場の全員が、新たな驚きを繰り返した。
「・・・・・・呪術だと? 何を馬鹿なことを・・・・・・」
一時呆けていた者達も、この辺りでようやく我に返って言葉を発する。
呪術とは、生物の肉体や精神に、魔力的な緩衝を加えて、その健康状態に影響を与えるタイプの魔法である。
生物の命を、弱体化・石化・殺害、等の有害な状態にするのが主だ。
それらは害虫・害獣駆除などで役立っている。だが暗殺・拘束・虐殺などにも利用されることが多く、世間での評判はあまり良くない。そのためこれを、正当防衛以外の理由で、人間に対して使用することは、どの国でも堅く禁じられている。
ましてやそれを貴族の身分の者に使用するなど、どれほどの重罪になるか判ったものではない。
この衝撃的なゲドの言葉を、即座に信じる者はいなかった。教師や番兵達は、ひとまずこいつを捕らえて話を聞き出そうと、一歩踏み出したとき・・・・・・
「おい、坊主。何でもいいから、気功の技を使って見ろ」
「えっ? あっ、はい」
反射的にゲドの言うとおりに行動してしまうカイ。気功武術の基本技である、拳の威力を高める拳部強化を使ってみる。
強く握られたカイの拳が、気功の力を纏って、青白く輝きだした。特になんて事もない、気功学校ではいつも行われている、気功武術の基礎である。
だが今ここで行われた拳部強化は、見慣れた生徒達の技とは、明らかに違うものがあった。
「ふぇえええええっ!?」
「ちょっと! 何よこれ!?」
「嘘だろ、おい・・・・・・?」
カイの行動直後に、周りが今までにないくらい騒ぎ出す。カイが行った拳部強化は、見た目は普通の拳部強化と何も変わらない。
だが少しでも気功の技を学んだ者は、その普通でなさに即座に気がついた。何が違うのかというと、答えは単純。拳に溜まった気功力の濃度と堅さ、その強さが異様なまでに高かったのだ。
これはこの学校のどの生徒よりも、ライアや教師達を遙か凌ぐ力だった。そのあまりの強さを感じ取った者達は、気功力の波動にやられて苦しみ出す者までいた。
これほどの力を、落ちこぼれと言われていたカイが発しているなど、目の前で行われているにも関わらず、誰もがすぐに理解しきれなかった。
口をあんぐりとさせて、呆然とする一同。その一同の中に、カイも混ざっていた。
自分自身の青白く光る拳と、感じ取れる力の波動に、何が起こったのか自分でも理解しきれなかった。
「これって・・・・・・・・・?」
「これが呪術で抑えられたお前の力だよ。今までサプレッションの呪いで、お前の気功力と身体能力が、抑えられていたんだ。お前、今までこの学校で一番弱かっただろう? 生憎それは呪術で縛り付けられた偽り。これからはお前がこの学校のトップだ。というわけで、この俺に感謝しろよ!」
内容を一気にしゃべり立てて、彼の足をポンポンと叩くゲド。本当は頭を撫でてやりたかったのだが、身長差の問題でこうなった。
皆が何を言うべきか迷っている最中、ゲドはもう用は済んだと言わんばかりに、瞑想室から出て行く。さっき自分が出てきた窓の所まで行き、自分の背丈より高い位置にある窓目掛けて跳ねて、窓の中に乗りこむ。
そしてさっき自分が壊した錠をリノベーションという魔法で修復する。まるで映像の巻き戻しのように、元の形に戻っていく窓。その後、窓の外へと飛び降りていった。
自分は善行を働いたと全く疑っていないゲド。出て行く彼女の顔つきは、とても気分の良さそうなものであった。
その後に関しては誰も彼女を追おうとはしなかったので判らないのだが、どうやらこの後何のこともなく門から出て、街へ戻っていったらしい。
この件は、しばらくの間ロックツリーの世論を騒がせることになった。




