第二十九話 侵入者
そして時間は戻り、ゲドが散歩の出かけた辺りから始まる。
ゲドが歩いているのは、ロックツリーの大通りの一本。大きな石造りの舗道に、両脇には食品・服・装飾・映画などの、各々様々な品を売り出している、商業地区の辺りである。
道を歩く人たちは、エイドアよりもずっと少ないものの、かなりの数である。見た感じ、人々の顔つきや活気は、ロームの都市よりも遙かに優れている気がする。
これはロームのように、勇者の行動が黙認されていないことと、土の魔法石産出による、景気の良さが原因であろう。
そんな街中を、ゲドが一人で歩いている。麦わら帽子を被った、霊術士風の少女は、ロームではかなりの色物で目立っていた。
だがここでは様子が違った。子供が一人で歩いていることに、僅かに注目する者がいたが、その視線もすぐに消える。
この国では霊術士の人口割合は、ロームよりも遙かに多い。霊術士を多く養成している霊界教も、この国では存在している。
ロームのように国教と定めた信仰以外は、絶対に認めないというほど、規律は厳しくない。そのため、街中を霊術士がぶらぶら歩いていても、別段変に思われることはないのだ。
(街中の思念は、ロームの街なんかよりも遙かに清浄だな。まああっちが汚れすぎてたせいなんだけど。・・・・・・でも全部が全部綺麗というわけでもなさそうだな・・・・・・)
ゲドが耳を済ませて、一帯の悪意の感情を探ってみる。すると上流街の方からは、かなり濃い負の思念が漂っているのが判った。
ゲドの思念の読み取り能力は、時間と共に強くなっている。接しただけで、相手の思考がある程度判ってしまうぐらいに・・・・・・
(やっぱりどの国でも、貴族共の思考は似たようなもんだな。まあ、ロームと比べれば、遙かにマシなレベルの濃さの思念だけど・・・・・・うん?)
様々な力の波動を探っている内に、ゲドは妙な力を感じ取れた。それは強い悪意と共に、生命を狂わせる、かなり邪な気が感じ取れるものだった。
だがそれは人間が発している思念とは、どうも違った。
(何なんだこれは? まあ、千里眼で探れば判るか・・・・・・)
今まで感じ事がない未知の力への感覚に興味を示し、千里眼でその力が感じ取れる位置を覗いてみる。
そこに映っていたのは、1軒の学校であった。ゲドが通っていた所よりも、遙かに大きな校舎が見える。
(公立の気功学校か? ちょうど良いや。気功のことも、一度調べてみたかったんだ)
過剰なまでに強靱な肉体を持つゲドの身体は、気功士としても大きな可能性を持っている。もしかしたらこの件が元で、気功術の関係者と繋がりを作れるかも知れない。
ゲドは観光もそこそこに、真っ先にその気功学校へと足を進めていった。
「よしお前ら! 今日は気功瞑想だ! 各自の位置にさっさと座れ!」
校舎内のとある訓練用の大きな部屋。赤いカーペットが敷かれた、机も椅子もない部屋の上に、三十人以上の生徒が、座禅を組んで目を閉じている。
奥の教師と向かい合って、綺麗に整列した少年少女達が、無言で座って黙り込んでいる。まるで危ない宗教の集会のようだ。
ここで行われている気功瞑想とは、普通の瞑想とは少し違う。
想念を集中させて精神を高めるという事以外に、自分の身体に流れる気の循環を読み取り、操作して、その流れを活発化させたり静めたりを繰り返し、己の気の力を研ぎ澄ます。
やがて座り込んだ生徒達全員の身体から、青い気功の光が、淡く漏れ出てきた。その光は、弱くなったり強くなったりと、イルミネーションのように点滅を繰り返している。
光の強さは、だいたい皆同じくらいだが、その中に一人だけ光が極端に弱い者がいた。カイである。
《へっ、相変わらず弱っちい気だ。本当に何であんなゴミが、ここに通ってんだ?》
《聞き飽きたわよその話題。そんなに気に入らないだったら、あんたがさっさと消しちゃいなさいよ!》
「そこのお前ら! 瞑想の意味判ってんのか!?」
教師からの怒声を受けて、コソコソと話していた生徒達が、慌てて目と口を閉ざした。今日も授業はいつも通り、剣呑な雰囲気を纏って進んでいた。
ゲドは気功学校の正門前までやってきた。
まるでどこかのお屋敷のような立派な門。横には長く続く石の塀と、敷地全体を覆う結界。そしてその正門の前に、二人の騎士のような甲冑を着た番兵が立っていた。
おそらく学校に雇われた冒険者だろうと、ゲドは見当を付ける。二人が腰に差しているロングソードと、感じられる強い生命エネルギーから、恐らく気功士だろう。
(あの禍々しい力は、校舎の方から感じられるな。しかもついさっき、1段と強くなっている。別段魔物が入り込んだという訳じゃないみたいだけど・・・・・・)
もしそうだとしたら、とんだ一大事である。すぐに学校に危険を報告しなくてはならない。
だがゲドは直感的にそうではないと感じた。何故そう感じたのかは判らない。ただまるで昔覚えていたことを思い出すように、頭の中にそんな感覚が沸き上がってくるのだ。だ
からといって、放っておいても良い物とは思えなかった。
ともかくここまで近づけば、その発生源を千里眼でも正確に見抜ける。ゲドはさっそくその位置を覗いてみた。
彼の視界に、気功瞑想の授業を行われている、教室の映像が映し出された。
「ちょっと、そこの君。こんなところで何してるのかしら? 迷子なら今からでも憲兵所に連絡して上げるけど?」
霊術士風の子供が、校門の前でジッとしているのを見て、番兵がこちらに話しかけてくる。
感じ取れる思念は、困惑と心配。冒険者と推測したが、勇者達のように悪辣ではないようだ。
「ごめん・・・・・・ちょっと眠ってて。スリープ!」
「えっ!? あ・・・・・・・・・」
申し訳なさそうな顔で、ゲドが睡眠の精神魔法を唱える。青く輝く魔法の風が吹き、二人の番兵があっさりと沈黙した。
ゲドは眠りについた番兵を抱えて、門の横の壁際に寝かせる。そしてもう二人の番兵の懐を探って見る。だが生憎門の鍵は見つからなかった。
「しゃあねえな。後で魔法で直すから、勘弁してくれ・・・・・・」
そう言って、彼女は鉄の門を、己の小さな足で思いっきり蹴りつけた。
バキン!という気持ちのいい音を立てて、門の施錠の部分が粉々に砕ける。そしてその重い門を軽々と開けて、ゲドは校内に侵入した。
国が運営している施設で、従業員に危害を加え、更に器物破損を行って侵入。
常識的な考えだととんでもない所業を、ゲドはまるで買い物の寄り道のような軽い気持ちで行っている。度の過ぎた怖い者なしとはとてつもないものである・・・・・・
ジリリリリリリリリリッ!
校舎全体に、緊急用の鐘が鳴る。校内に侵入者が入り込んだことを告げる鐘だ。
「おっ、おい何だよこれ!?」
開校以来、緊急時用訓練以外では一度も使われることがなかった緊急鐘。生徒も教師も、突然の事に困惑している。
「これって訓練じゃないよね? まさか異界魔?」
十分あり得るライアの言葉に、一同が動揺した。もしそうだったら、戦っても勝てる相手ではない。すぐに逃げなくては・・・・・・。
だがその思案は、すぐに考える必要はなくなった。その鐘を鳴らした元凶の侵入者が、この一階の教室に入り込んできたから。
「おじゃましま~~す!」
瞑想室の中に、何とも気の抜けた子供の声が響いた。外側から窓ガラスに張り付いたかと思うと、拳一発で窓の鍵を壊し、開け放った窓からジャンプするように瞑想室に入り込んできた、麦わら帽子の謎の子供。
あまり軽快にこなしていく、その一連の作業に、一同は声を上げる暇すらなかった。
唐突で珍妙すぎる侵入者に、しばし放心状態だった一同。ようやく我に返った教師が怒りを込めて声を上げる。
「ななっ、何だお前は!? さっきの鐘は貴様の仕業か!?」
「そうだよ。目的は厄払い。とりあえず少しそこで止まっててくれ。パラライズ!」
差し出されたゲドの手から、今度は黄色く輝く光の風が、瞑想室全体に吹き荒れた。
「はうっ!?」
「うあっ!?」
瞑想室にいた者、教師を含めた全員が、その魔法の風を浴びた途端、小さな悲鳴を上げて膝をついた。
全身に電流が走ったかのような痛みが走ると、急に身体が痺れて力が出なくなったのだ。麻痺の魔法=パラライズをゲドは弱めにかけたのだ。弱いと言っても、あくまでゲドのレベルに合わせてだが。
(嘘でしょ!? 気功士の肉体に、状態異常は効きにくいはずでしょ!? この人数をまとめて動きを止めるほどの魔力なんて・・・・・・)
身体に強い麻痺の感覚を受けながらも、どうにかライアだけは膝をつかずにいた。
皆が身体が痺れて思うように動かない中、彼女は身体をふらつかせながらも、どうにか立ち上がってみせる。
「あんた・・・・・・一体何者よ!?」
「旅人のゲドだ。言っおくが、霊術士じゃないぞ。この服は、知らんうちにいつの間に着ていたんだ」
「何だよそれ? ・・・て、ゲド!? それって確か、ロームで騒ぎを起こした人じゃあ・・・・・・」
声を上げたのは、現在この瞑想室で唯一立ち上がっている三人。ゲドとライアと・・・・・・カイだった。
ライアはパラライズの効果で、少し力が弱っているのに対し、カイだけは何のダメージも受けずにケロッとしている。
この状況に、カイ自身も困惑していた。
(力が大分弱ってるわ。それに相手と違ってこっちには武器もない・・・・・・一体どうすればいいの?)
ゲドの背中の得物に、軽快の視線を向けるライア。それに気づいたゲドが、呆れながらため息をついた。
「やめとけ。別に刀なんて使わなくても、お前をぶっ飛ばすことぐらい出来る。実力差はもう判ってるだろう?」
「くぅ・・・・・・!」
指摘された現実に、ライアは悔しさで噛みしめる。カイのほうは相変わらずきょとんとしていた。
警報には職員室にも届いでいるはず。すぐに救助が着くことにかけて、ライアは改めてゲドを睨み付けた。




