表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/83

第二話 少女とウリ坊

 地面に叩き付けられても不思議と痛いとは感じなかった。

 ふと兵士の顔のある方向を見上げていると、なんとも信じられない光景を目にする。今まで自分を掴みあげていた、兵士の右上腕が、ありえない方向に曲がっているのだ。

 竹のように見事に折れ曲がった腕。屈折部位には大量の肉が裂け、砕けた白い部分=腕骨が露出し、血がダラダラと流れている。


 兵士は涙目になりながら痛みで絶叫し、他の二人は何が起こったのか解らず呆然としている。やがて怒りを込めて、彼を睨み付けた。


「てめえ、何しやがった!?」

「何もしてねえよ! 一回腕を殴っただけだろうが!?」


 ここまで言って、彼はある推測を頭に思い浮かべた。


(こいつ、でかい図体して実は滅茶苦茶身体が弱かったのか? そんなやつがよく軍に入れたもんだ……)


 まさかあれだけの打撃で、こいつは腕を折ったというのか? そう結論づけたとき、彼は心底呆れた。何という軟弱な兵隊だろうと・・・・・・。その時の表情が、さらに敵兵の怒りを買う。


「てめえっ! 死にやがれ!」


 彼はロングソードを握り、彼に剣を振り下ろしてきた。ロングソードの刃は、薄い青色に発光している。

 自身の生命力エネルギーを放出・操作して、肉体や武器の能力を強化する“気功”の技だ。


「ひいっ!」


 これに彼は怯え、これでもう死んだと思った。本気で振れば、岩さえ切り避ける気功剣の威力。それが今自分に対して振り下ろされようとしている。

 直撃すれば、自分は頭から尻まで胴体真っ二つになることは間違いない。彼は恐怖で思わず目をつぶる。


 ガキン!


 妙な金属音が聞こえた。それとほぼ同時に、彼の脳天に何か硬いものが当たるような感触がした。だが痛みはない。


(うん?)


 もう死ぬと思ったのに、いつまでたっても彼の意識は暗転しない。変に思って目を開けると、目の前にはさっきと剣を振り下ろしてきた兵士。

 その腕にはさっき自分に振り下ろされようしていたロングソードが、木板のように見事にポッキリと折れていた。

 そしてその兵士の表情は愕然としており、やがて自分に見る彼の姿に、やや怯えた様子である。


(よく判らねえけど・・・・・・俺って、もしかして今有利な立場?)


 そう思ったら行動は早い。彼は折れた剣を持った兵士の足に、勢いよく蹴りを喰らわせてやった。

 二度目のゴキッ!が聞こえて、彼の足はさっきの男の腕と同じように、あっさりとへし折れてしまう。


 足をやられてのたうち回る兵士から目を離し、彼は女傭兵に目を移した。


「あっ、あんた何っ!? うわぁああっ!」


 得体の知れない化け物を見るように彼女は後ずさり、直後に後ろを向けて走り出した。


「逃がすか!」


 倒せる相手と判れば、もう怖がる理由などはない。彼は逃げる彼女を追って走り出した。双方の速さは競争にはならなかった。

 彼の走力は、自分より遙かに歩幅があるはずの彼女にあっさりと追いつき、その足を掴んだ。


 そして彼女の身体を足ごと持ち上げて、そこでジャイアントスィングをして投げ飛ばす。華麗に回転しながら空中を舞い、そのまま近くの農道の脇に生えていた樹木に激突する。

 樹木はその衝撃に傾き、女傭兵は血を吐いて意識を飛ばした。


「・・・・・・何、今の?」


 自分でやっといて、自分の起こした事象に、彼は動揺しまくった。今のはほとんど勢いでとった行動だった。

 何故かは知らないが、あの自分を遙かに超える巨体を持ち上げ、ぶん投げるという技が、自分に出来るような気がしたのだ。現実にはそんなことできるはずもないというのに・・・・・・


(・・・・・・・・・もしかして・・・・・・おかしいのは俺の方か?)


 ここに来てようやく彼は、事の真実に辿り着くことができた。

 彼は困惑しながらも、女傭兵の元に歩み寄る。地べたで白目を剥いて気絶している女傭兵の喉元を掴み上げると、ものすごい苦悶の表情を上げて目を覚ました。

 そんなに強く握ったつもりはないのだが、そうとう効いているようだ。死んでは困るので、ここで手を離してやる。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・ひぃいいいいいっ!?」


 目を覚まし、眼前の人物の姿を見た途端、尻餅をついた状態で後ずさりする女傭兵。さっきの投げ飛ばしが効いたのか、逃げ出せる状態ではなさそうなので、このまま問いかけることにする。


「お前ら、いったいどういうつもりだったんだ? 俺のこと、捕虜にする気じゃなかったようだが?」

「へっ? ええ・・・・・・いっ、いや、金目の物を探してたら、子供がいたから・・・・・・猿屋に出せば売れるかな~~~て。すいません! もうしません!」


 猿屋とは人買いのことだ。国をまたいで活動しているそいつらには、自分自身も関わったこともある。

 これまで何度も潰されて、完全になりを潜めていたが、ロームとギールとの戦争が元で治安悪化・商品流通の増加で、再び活動が活発化している。


 自分をそれに売り飛ばそうとしていたのにも腹が立ったが、未だに自分を子供扱いしていることに彼はキレた。

 もう一度首根っこを掴んでやろうと思って、手を出したとき、彼は今更になってあることに気づいた。


「えっ!? 何これ!?」


 ついさっき自分に差し出そう手を戻し、自分の手のひらを見て驚愕している彼に、女傭兵はどうしたのか判らず戸惑う。


 手を伸ばしたとき、自分の視界に入った手は、あまりに小綺麗で肌の色が違ったのだ。よく見ると腕にかかっている服の袖も、自分が着ているはずの軽鎧の服とは違う。

 彼は次に自分の身体を見渡す。そして自分の全身を詳しく見ようと、女傭兵に目を向けた。


「おっ、お前! 鏡とか持ってないか!?」

「え? ええ・・・・・・あるわ」


 女傭兵は普段自分の化粧などのために持ち歩いている手鏡を差し出した。彼はそれを素早く奪うように盗ると、そこに映った自分の姿をマジマジと見つめた。


 鏡の中には、全く見知らぬ子供の顔が映っていた。今の彼は身長140センチに届かないぐらい小柄で、十歳ぐらいの子供にしか見えない風貌だった。目覚めてから今まで見てきた人間が、全員が巨漢に見えたのは、彼自身が小さくなったせいだったのだ。

 肌は薄い黄色っぽく、髪と目の色は黒、髪の毛は短く切りそろえられていて、中性的な容姿から男女の判別が見た目ではつかない。


 着ている服は袖を通す穴を二つ分開けてある、一枚分の布で構成された服である。腰の部分に布状の紐が縛り付けられており、それでその服を身体に固定させている。

 色は薄めの青で、生地には見たこともない姿の動物の姿が、刺繍で描かれている。少なくとも彼の知識では見たこともない衣装である。このタイプの衣装を、ある国では“着物”と呼称するのだが、あいにく彼にはそんな知識はない。


 ずっと背中に感じていた違和感。背中に差されている長物は、一本の刀剣であった。

 全長は一メートルほど、刃は鞘に収まっていて判らないが、少し反っているようなので片刃式と思われる。柄や鍔は、ロングソードなどでは見ない形式である。柄は革糸を巻き付けているように覆っており、鞘は黒塗りで銀の装飾で何か見たこともない文字が描かれていた。

 靴だけは、自分たちの国でも使われているような、茶塗りの革靴であった。


 ゲド 21歳 職業:ローム王国の傭兵。あの女魔道士の召喚失敗の巻き添えで死んだはずの男。

 そんな彼が何故か、見知らぬ子供の姿になって、この世界で蘇っていた。


「キーキー!」

「うん?」


 あまりに理解できない出来事に、ゲドはしばし硬直していた。あの女傭兵がコソコソ逃げ出しても、それに気づかないほど呆然としていたようだ。

 そんな彼の意識を目覚めさせたのは、足下から聞こえる小さな動物の鳴き声であった。


(子イノシシ? でもこの色は?)


 それは毛むくじゃらで、背中に縞模様のある毛皮を持つ一匹の小さなイノシシだった。大きさは猫ぐらいしかない。

 しかしこんな縞模様の毛並みを持つイノシシは、ゲドの知識にはない。


「キー♫」


 一体いつの間にこんな近くに来ていたのか、この子イノシシはやたらと人なつっこくゲドの足をさすっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ