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第二十八話 カイとライア2

「うう・・・・・・うん?」


 カイが目覚めたときに、彼の目に映ったのは、見慣れた保健室の白い天井であった。

 身体にかかる感触も、すっかり慣れたベッドの中である。身体の治癒能力を促進させる効果のある、マジックアイテムの白いベッドである。


(そうか・・・・・・僕はまた倒れたのか・・・・・・)


 もう慣れたこの展開に、彼は包帯に巻かれた顔で寝た態勢で、深くため息を吐いた。


「あっ、カイ! もう起きたんだ!」


 傍を見ると、入り口近くの保健室の待ち椅子に座っていたライアが、喜んでこちらにかけこんできた。彼女はあのプロテクターを脱いで、学校の制服姿に戻っている。これも慣れた展開だ。


「あのねカイ・・・・・・」

「判ってるよ。あの試合に負けて倒れたんだろ?」

「負けたなんてもんじゃないわよ! あれは只の暴行よ! 審判もわざと無視してたわ! もう信じられない!」


 あっさりしたカイとは対照的に、ライアはかなり激昂している。確かに今回は、身体に感じる痛みがいつもより酷い気がするが・・・・・・。

 ふとカイは、壁側にかけられた時計を見る。剣の装飾が施された、小さめの振り子時計だ。時刻は既に六時限目を終えて大分立つ。


「あっ、もうこんな時間じゃないか。ライア、早くホームルームに行ったら?」

「今の話の流れで、ホームルームの心配!? あんたも信じられないわ!?」

「ていうかライアが僕についてても意味ないんじゃないか・・・・・・。もうとっくに知ってるだろ? 僕は傷の治りだけは、すごく早いんだから・・・・・・」


 確かにそれは幼い頃からの付き合いであるライアもよく知っている。

 二人は同じ騎士の家門の家に生まれた中流貴族の一族である。生まれた頃から、家同士の付き合いが元で、二人は家族のように良く一緒にいた。代々の家の方針で、二人は気功術士として訓練を受け、二人とも騎士を目指してこの気功学校に入学した。


 だがこの頃には、幼い頃からの一緒に鍛錬しながらも、確実に開いていった差が、誰の目からも明確に出来上がっていった。

 ライアの方は長い鍛錬で、メキメキと力を付けていった。今や14歳という幼さで、18歳の上級生+エリートにも、余裕で勝てるぐらいである。


 一方のカイは、ある時期から実力が全く伸びなくなっていた。一応気功術の基本は全て使えるものの、その力はあまりに微弱である。

 そのためにこの気功学校では、全学年においてずっと最下位である。強者を賛美し(あるいは妬み)弱者を侮蔑するこの学校の基本精神からすれば、当然格好の苛めのターゲットであった。その傾向は生徒だけでなく、教師にも広がっている。


「うん・・・・・・それはそうなんだけど・・・・・・でも・・・・・・」

「僕が心配だから? 君と一緒にいない間に、また闇討ちにされるかも知れないから?」

「う・・・・・・うん・・・・・・」


 自己嫌悪たっぷりに首を縦に振るライア。彼の苛めが酷さには、彼女の存在も多いに関係していた。


《雑魚の分際で、何ライアさんといちゃついてんだてめえ! 貴様のせいでライアさんの名に傷がついているのを知らないのか!》

《お前またライア様と話したな! 何度忠告すれば判るんだ! てめえみたいな落ちこぼれ、存在自体が害悪なんだよ! いい加減ライア様から離れろ! この悪党が!》

《私、あなたのためにとっておきのお薬を用意しました。これを飲めば、一時間で何の苦しみもなく死ねますよ♫ あなたもライアさんのことが好きで、あの人のことを想っているなら、これが絶対に役に立ちますよ♫ あなたが死んでくれたら、きっとライアさんの未来も、明るく幸せになるでしょうから♫》


 ライアといつも一緒にいるカイが、彼女の自称取り巻きから相当目の敵にされていた。

 そのため、ライアの目を盗んで彼が取り巻きに襲撃されることが、これまでに何度もあった。そんな彼らにはライアに対しては、カイに関わることは一切言わない。

 彼の悪口を言えば、ライアの機嫌を損ねるから、常に彼女に気づかないところで行動している。


 一度は憲兵によって、自称取り巻きが捕らえられたことがあったが、彼らはすぐに学校のコネで釈放されてしまった。明言はしていないが、学校側もカイの存在を邪魔に思っているらしい。


「どうせホームルームも終わりだろうし、今日も一緒に帰ろうよ」

「うん・・・・・・・・・」






 王都ロックツリーの上流街。各々の家は、一般市民の住居とは比べものにならない大きく、家の装飾や庭園なども、各々の特徴が出ている。

 中には庭の中に、ワイバーンなどの召喚獣を堂々と放し飼いにしている、危なっかしい家もあった。


 貴族の邸宅が建ち並ぶこの地区に、ライア・コーランとカイ・プライスの家もそこにある。

 一緒に帰路につく二人。基本的に彼らは、召使いを寄越した送迎などはされていない。力強さを重んじる騎士の家系あるコーラン家とプライス家では、これが普通だ。あまり人頼みにすると、怠惰な精神に育ってしまうと言う考え方だ。


 だが一般的な安全面の考えからすると、このやり方は、あまり利口ではなかったりする。

 世の中には“遺伝子奴隷”という、危ない市場も存在するのだ。どうもこの国では、豊かさに目がくらんで、少し平和ボケの傾向が見られる。


 ライアはカイに対して、こっそり入った下町の飯屋が旨かったとか、最近田舎で面白い姿の子供が歩き回っているとか、辺り触りのない世間話をしている。

 何だか無理矢理話題を作ろうとしているように感じる。だがカイの口数は少なく、ずっと聞き流すような態度であった。


 やがてカイの自宅に着く。外装はフェルメール家とよく似ているが、家や庭の大きさは向こうの三倍以上はある。

 カイは門を開けて、庭で掃除をしていた使用人と挨拶を交わし、そして家の中に入る。


「ちょっと待って・・・・・・何でライアまで入ってる?」

「え? 私って入っちゃ駄目だった?」

「当たり前だろ・・・・・・」


 何故かカイの家にはライアまで入っていた。カイよりも先に、家の扉を開けて中に入り、我が家のごとく今のソファにどっかり座って、テーブルにあった菓子を食べ始めている。

 あまり堂々としているので、カイはうっかり突っ込むのを忘れていた。


「いいじゃん、今日はおじさん達仕事でいないんでしょ? 一人でいるよりもずっといいでしょう?」

「泊まり込む気か!? 他に使用人は何人もいるし、だいたい僕は一人で眠れないほどガキじゃないよ! ていうか、それを言うのはそっちのほうじゃないのか!?」

「うん。最近一人で食事ばかりでつまんないから来たの。今日は母さんはいるけど、でもさあ~~」


 確かに今日カイの両親はいない。数年前から発生している異界魔の出現に、国内の警備は大層厳重になっており、人員も多く出されている。


 何しろこの国は、フレットが休眠中であるために、どんな事態があっても自分たちでどうにかするしかないのだ。

 そのため、共に騎士であるカイとライアの両親は、このごろ家を空けていることが多くなっていた。


「一応おじさん達には、保健室にいた間に、了解を貰ったよ。どうか息子をよろしく!てさ♫」

「・・・・・・不純な行為を期待されている気がするんだけど? ていうかそっちの親はどうした? あの人には?」

「父さんには言ったけど。母さんには言ってない。だって絶対反対するもん。一応学校の課題に出てる話にしといた」


 いつ頃からか、カイはライアの母親からは、極端なまでの嫌悪を示されるようになった。

 顔を合わせる度に、罵詈雑言を並べ立てられ、時には唾を吹きかけられることもある。カイの行動一挙一動、細かいところにまで、いちいち文句を付けてくるのだ。それはもう異常なくらい。


 例えばカイが何気なしに、その辺でヒラヒラ飛んでいる蝶を見ていると


《あんなものに目を向けるなんて、まさに虫けら以下の存在であることを肯定しているわね。ならさっさと虫にでもなって、どこかに飛んでいきなさいよこの虫けらが!》


 と言ってくる。


 あるパーティー会場で、家族同士で同じテーブルで食事をしていると


《あらまあ、こんな不味い飯を文句言わずに食べるなんて、何て汚らしい子供かしら! 本当に汚らわしい、汚らわしくてこっちも吐きそうになるわ! あなたなんてこの下賤な料理と一緒に、豚の餌にでもなりなさい!》


 と言って、自分のところに置かれた料理の皿を持ち上げ、カイに向かって思いっきり投げつけた。割れた皿と潰れた料理ですっかり汚れたカイを見下し、ゲラゲラと笑っていた。

 これによってこの日のパーティーは中止となり、パーティーの主催者側から、コーラン家は厳重な注意を受ける羽目になった。


 カイが劣等生であることを含めても、あまりに行き過ぎな暴挙に、両家の者全員が彼女に不快感を示している。

 彼女の行動は、もはやカイ一人への嫌がらせで済ますレベルではない。もはや関係のない他の貴族からも卑しい噂が流れている。

 ライアの父はカイを特に嫌ってはいないだけに、最近ではコーラン家で、かなり深刻な諍いが起き始めている。


「正直、母さんは気持ち悪いわ。昔から頭のおかしな人だったけど、最近は特に酷いわ。カイと始めて会ったときだって・・・・・・」

「うん? 何かあったっけ?」


 カイは心当たりがないのか、最後の言葉に疑問を口にする。ライアの方は、この反応に気まずそうに口を紡いだ。


「なんでもない! とにかくあの家にはいたくないの!」

「それで家に駆け込んできたのか? まあ、判らなくもないけどさ・・・・・・」


 微妙に断りにくい空気になってきた。結局最終的にカイは折れ、この日、ライアはプライス家に泊まることになった。

 ちなみこのライアの宿泊を使用人に告げたとき、一同がこっちに向けてニヤニヤと期待の笑みを浮かべていたのは不快であった。


 この日は二人で同じテーブルで食事をした。何かにかけてカイの悪口を言う母がこの場にいないので、ライアも数日ぶりに楽しい食事であった。

 ちなみに食後になって、カイはこの日巻かれた、己の包帯を取り外している。その包帯で覆われた部分にあった怪我は、もう既に跡形もなく治っている。


「やっぱすごいよカイ。私でもこんなに早く治せないよ・・・・・・」

「治りが早いだけじゃ、成績は取れないよ・・・・・・」





 そして数時間後、そろそろ就寝時間に入り、カイが自室に入ったときのこと。


「お前・・・・・・・・・何してる?」

「何って、これから寝るんだけど?」

「じゃあ質問を変えるよ。どうして僕のベッドにいるの? それじゃあ僕が寝れないんだど?」


 貴族と言っても質実剛健を主としているプライス家。息子のカイの部屋も、飾り気はほとんどない広い部屋だ。

 右側の壁には、彼が幼い頃に使っていた訓練用の剣と、もう一本ある理由で父親に買ってもらった剣が、二本並べて立て掛けられている。

 左側の壁には、彼の所有物である本(漫画などの娯楽本)を入れた本棚が設置されていた。他にベッドや机などの必需品が置かれている。

 その広さ以外では、庶民ぽい雰囲気の部屋の中に、先に風呂から上がったはずのライアが侵入していた。しかも彼のベッドの上の、白い毛布の中に潜り込んでいる。


「どうして? この大きさなら二人でも寝れるじゃん? 駄目なの?」

「当然だ!!!」


 今日三回口にしたカイの台詞。回数を超えるごとに、声が力強くなっている。ちなみに二度目がいつ言ったのかというと、さっき風呂に一緒に入ろうとした時だ。


「何で昔はよく一緒に・・・・・・」

「いい加減にしろライア!」


 外にも響きそうな、今までにない怒声を上げるカイ。わざとすっとぼけていたライアも、さすがにこれには驚き、やがて気まずそうに頭を下げていた。


「お前だって判ってるんだろ! 僕達はいつまでも子供じゃないんだ! そうやって無理に子供の真似してれば、慰めになると思ってるのか!?」

「それは・・・・・・・・・」


 何も言い返さないライア。カイも気づいていた。ライアがこの家に来たのは、ただ家から逃げたいというだけではない。

 長く挫折が続いて、家の中でも陰気を振りまくようなった自分を、少しでも元気づけようとしていたのだ。最も、そのやり方は稚拙としか言いようがないが。


「ライア、君はこれから先、立派な騎士になれるはずだろう? それなのにこんなこといつまでもして、どうするって言うんだよ? もっと他にやることがあるはずだろう!?」

「それだったらカイも・・・・・・」

「現実を見ろ! それが無理だって事ぐらい判ってるだろ! もうほっといてくれ!」


 カイも昔はライアと一緒に騎士を目指していた。一緒に力を合わせてこの国を守ろうと。だが力の伸びに、絶望的な差がついてきて、カイの心は大分折れていた。

 もう自分は何のために訓練を続けているのか判らない。何も考えずに、ただがむしゃらに剣を振るっている様な気がする。


 ライアには二人の年の離れた姉が二人いるが、ライアの実力はその姉たちを遙かに凌いでいる。

 その才能から、コーラン家の跡取りは、彼女でほぼ確定している。自分とは対照的に、将来を一望されているライアに、尊敬と嫉妬が入り交じった、言い切れない感情をカイは宿していた。

 そのライアから、このような馴れ馴れしい態度をいつまでも続けられて、カイの中の鬱憤が爆発してしまった。


「・・・・・・ちょっと!」

「さあ、とっとと出てけ! 向こうの部屋で寝て、さっさと家に帰れよ!」


 ライアをベッドから引きずり出し、強引に部屋の入り口から叩きだした。そしてきっちりと部屋の鍵をかける。廊下の方に放り投げられたライアは、こっちに何も言ってこない。

 気配からして、言われたとおりに自分に用意された部屋に向かったようだ。


「何やってるんだろうな僕・・・・・・」


 ふと部屋を見ると、壁に掛けられていた一本の剣が目に入る。鞘に入れたまま飾っているのが、その剣身は一緒に飾っている訓練用剣より、遙かに上等な業物だ。

 これは昔カイの父親が、ライアとセットで、レグン族の職人に作ってもらった特注の剣だ。いずれ二人揃って騎士の地位を手に入れたときのために、と作ってもらったもの。

 当時11歳で、随分と気が早いと家族揃って笑っていたが、今となってはそれもつらい思い出だ。


 ライアの温もりがまだ残っているベッドの上で、カイは自己嫌悪と喪失感に包まれながら、ゆっくりと眠りについていった・・・・・・


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