第二十五話 バケツ運びの道中2
フレット王国。
土の上級精霊=フレットを神として崇める精霊信仰を国教としている国である。ローム王国とは隣国ではあるが、宗教上の対立があり、民間を主として貿易はあるが、国交はないに等しい。
総人口は130万人。国土のほとんどは山岳地帯で、休火山が数多く存在する。険しい土地が多く、人が住める土地はどうしても限定されてしまう。
人口はこの世界の基準からすれば、そこそこ多い方だが、国土面積と比べれば少ない方だ。
現在精霊フレットは、十年前から長い休眠状態になっている。ちょうどその頃に、この辺一帯に大規模な火山活動が起きた。
フレットは火山の民衆への被害を最小限に抑えるために死力を尽くした。マグマの流れに封印をかけて、火山の勢いを可能な限り落とす。彼女は吹き出た灰を全て吸い込んで、別の場所に吐き出した
。街へと落下しそうなマグマ弾を全て撃ち落とす。町の方に流れる溶岩の川に、堤防をはって流れを変える。これのおかげで、今期の火山活動の被害は、死者は全くのゼロという最善の結果を示した。
この土地はこういった大規模な火山活動が頻繁に起きる土地である。そのためフレットの加護がなければ、この土地に人が住むことなど不可能だったろう。
そういった理由で、フレットはこの土地の守護神として尊敬を集めていた。
ちなみに今回の休眠期では、これまでにない収穫が出ていた。フレットが眠る大神殿の付近で、土の精霊石が大量に発見されるようになったのだ。
精霊石は精霊が人間に気まぐれに分け与えると言われる魔力のこもった鉱物であり、魔法石などのマジックアイテムの主要な原料である。
これに人々はフレット様からの恵みだと喜び、土の精霊石の売買で大きな収益を上げていた。
この国は、その時災害以降に起きた、異界魔の被害により、国全体に莫大な損害を受けていた。だが精霊石のおかげで、国の経済は傾くどころか、以前以上の発展を見せていた。
ゲド達一行は、そのフレット王国へ旅立っていった。
もしこれがゲド一人だったならば、ひとっ飛びで王都ロックツリーに到着しただろう。ステラ&チビを乗せた大バケツという荷物があっても、数日とかからなかったはず。
だがゲドはローム王国の国境を抜けた後は、王都まで随分緩やかな旅を続けていた。
空を飛べば国境を関所を無視して通り抜けられただろうが、それだと後から面倒になるというステラの言葉により、わざわざ関所で空から降りた。
入国はステラの身分証もあって、あっさりとパス。ゲドも、明らかにローム人とは異なる容貌の人種であることから、特に疑われることなく(少し管理がいい加減とゲドは感じたが・・・・・・)、難なく入国許可が下りた。
「ねえゲド・・・・・・本当に大丈夫? 手ぇ痛めたりとかしてない?」
「大丈夫だって言ってるだろ? ていうか最近お前、俺を子供みたいに扱ってないか?」
太陽が昇りきるよりも少し前の時間、ゲド達は足場の悪い山道を歩いていた。ここはまさに話にあった山岳地帯の真っ只中だ。
あちこちに急な坂道や大きな岩石があり、森の中で木々が生えていない箇所が、散乱して存在している。時折野ヤギなどのロームでは見かけない動物の姿も見かける。ここはゲドの故郷とは、生態系が少し違うようだ。
空は一面真っ青な快晴。ときおり鳥の影が飛び回っているのが見える。この大陸は北半球にあり、フレット王国はロームよりも南の土地だ。だが現在地は標高が高いせいか、ロームよりもやや気温が低い。
ゲド達はその中の道を、上下一列になっていた。上下とはどういうことかというと、ステラ&チビが、ゲドの真上にいるのだ。
あのバケツの中に、空を飛んでいるときと同様ステラが乗りこむ。それをゲドが真下から持ち上げ、底の方に両手をつけて持ち上げて歩いているのだ。
人が乗った巨大バケツを、真下から軽々と持ち上げて、険しい山道を歩いている小さな子供。そのあまりに壮絶な光景に、すれ違う旅人は皆びっくり仰天であった。
そもそも空路を行けるはずの彼らが、何故徒歩(一人は全く歩いていないが)で王都を目指しているのか?
そもそも空を飛ばなくても、この国には山々にいくつも穴を開けて通っている鉄道がある。列車を使えば、金はかかるが、実に楽に高速で目的地に付けるはずだ。この国の中を遠出する者は、大概列車又は、竜便・気球などの空路を使っているのだ。
理由はゲドが歩き旅を望んだから。
《俺国外へ出るのは初めてなんだよ。空を飛ぶよりも陸を通って、お前の国を色々見てみたいな》
こういう観光旅行のようなノリでの理由である。まあ彼らには旅を急ぐ理由もないので、別に観光しても問題はないのだが。
ただ鉄道を使わず徒歩で進もうという考えには、ステラはさすが反発した。
《あのね・・・・・・地元の人間だから言っておくけどね・・・・・・あそこは山だらけで、歩き旅がとてつもなく大変なのよ。手押し車もどこまで進めるか。せめて馬車を雇うぐらいは・・・・・・》
《お前は大変だろうけれど、俺は大丈夫だぞ。じゃあ、俺がバケツとお前は俺が持つから、お前は歩かなくていいよ》
そんなこんなで、このような珍妙な様子が出来上がっているのだ。
入国してから十日以上、ゲドはあまり早く進もうとはせずに、あえてゆったりと自然を眺めたり、途中で寄った村で食べ歩きや宿泊をしたりしている。
(しかしこいつ・・・・・・前はどんなに険しい道でも、私に荷物持ちをさせてたけど・・・・・・。私に気を遣ってくれるようになったのかしら? それとも私にやらせても、役に立たないと思っただけ?)
どっちかなら、前者の方が良いなあ~と希望的観測を考えてみるステラ。
ちなみにこの国の集落の建物は、灰色の石材で出来ていて、寄棟屋根の物が多い。たいていの小さい村には空港があるのだが、山道の方を徒歩で、子供があのような姿で現れたときには、皆驚いていた。
エイドアへの道中に空を飛んでいた時もそうだったが、このゲドという人物は、目立ちすぎる状況を何とも思わないようだ・・・・・・
「もうすぐ村に着くぞ。人間の気配が二千ほど、あの地域に集まってるな」
「ええ、そこの村は私も知ってるわ。そこから王都に続く整備された道もあるわ。すぐにそこを通れば、今日中に王都につくと思うけど」
手に持った地図と、近くにあった看板を見て答えるステラ。どうせならさっさと王都に行って、実家に顔を出したいのだが・・・・・・
「いや、今日はあの村に一泊する。どうせ来たなら、なんか見ていった方が良いだろ?」
「まあご自由に・・・・・・」
山道を進むと、道はやがて下り坂になる。その下り坂は結構長く、今いる位置から、村の姿を見下ろす事が出来た。
そこは山と山との狭間にある、細長い平野に設けられた村と畑の姿。そこには山間を流れる川が通っており、これが村の住人の大事な水源になっているのだろう。その水を使って水田に水が引かれて、畑の水やりにも必要なものだ。奥と手前に耕地があり、その真ん中に人々の住宅地がある。
これも代わり映えのしない、灰色の石材の建物だ。ステラにとっては見飽きた、どこにでもある風景である。
だがゲドにとっては、歩くことに意味があるらしい。しかもそれによって助かる命もある。ここでは勇者や盗賊の被害は、ローム王国ほどひどくはない。
国の憲兵は、真面目にこういった犯罪者を取り締まっている。だが国家権力の目が届きにくいところには、やはり度々被害が出るし、それにそれ以上の脅威が出ることもある。ここに来る道中、二回ほどそういった奴らを潰している。
山道を下るゲド一行。途中で山菜採りをしていたらしい娘と、すれ違った。
「おう、こんにちは」
「ええ、こんにちは・・・・・・」
とりあえずマナーとして挨拶をするゲドに、何故か引き攣った顔で挨拶を返す村娘。ゲド達の今の姿には、そういう顔をせざるおえないものがある。
「なっ、何なんだあいつら!? 本当に人間か? まさか人に化けた魔物じゃないよな?」
「よせっ! 下手に手を出して、こっちが危なくなるかもしれん。それにもしかしたら、精霊様の化身かもしれんぞ!」
村に入ると、やはりちょっとした騒ぎになる。ゲドのような珍妙な身なりで、尚且つ超怪力の子供が突然侵入し来てのだから当然のこと。
「とりあえず飯にするぞ。お前さっきこの村に来たことがあるって言ってたな? じゃあ上手い飯屋は知ってるか?」
「ええ、まあ良さそうなところは覚えてるわ。でも珍獣や怪獣にされた様な視線も、大分疲れたわね・・・・・・」
やがて指示された食堂に向かう一同。そこはどんぶりという、これもまた異世界から女神によってもたらされたという料理を扱う店であった。
石製の建物の一部分、木製の扉を開けて店の中に入る一行。大バケツを店先の道ばたに置いたり、動物を店内に入れてきたりと、かなりマナーが悪い客であると本人達も思うが、ここは我慢して貰おう。
昼頃と言うこともあって、客の入りが結構ある店内。それでも運良く二人分の席を見つけ、腰を付ける二人。
最も二人とも旅の疲れは全くない。ゲドの身体能力はあの程度ではへこたれないし、ステラは歩いてすらいないのだから当然だが。
「俺は牛丼を頼む」
「私も同じ物をお願い」
「はっ、はい、判りました」
珍妙な客が入ってきたことに、店員も他の客も動揺している中、何のこともなく注文を店員に教える二人。店員が行った後、ステラは昔を懐かしむように言葉を発した。
「懐かしいわねこの店も。私がまだ学生の頃・・・・・・11ぐらいだったかしら? その時とほとんど変わらないわ」
「お前王都の住人だろ? そんなガキの頃に、何しに来たんだ?」
「魔法学校の召喚科の課題よ。この辺りには王都の辺りにはいない動物がいたりするから、そいつを色々と契約させる練習をしていたのよ」
ここは王都とそう遠く離れていない村だ。都会にはいないような動物も、確かにいるだろう。
「この国はね。魔法分野は土属性の魔法=地術と、召喚術が持てはやされてるのよ。だから学校でも、精力的にその分野を教えているわけ」
「うん? 地術は判るとして、何で召喚術が大事にされるんだ? ここには召喚術の大精霊もいるのか?」
「ううん、この国の空の便を確保するためよ。竜とかグリフォンとか、人を乗せて空を飛べる生き物を従わせれば、そいつはもう一流よ」
「なるほどね・・・・・・」
確かにこの国では空の道は重要だろう。召喚獣・気球・飛行能力を持つマジックアイテムの受注も当然高くなる。
そして今の話だと、アイスワイバーンを従えていたステラは、やはり一流ということになるのだろう。
だがそんな彼女が何故、他所の国で傭兵をやっていたのか謎である。この国にとっては、重要な人材だったろうに。
その疑問を口にしようとしたとき、ゲドがある気配に気づいた。それはこの村の近くにはいない。遙か遠くにいるにも関わらず、はっきりと感じ取れる強力な存在の気配を。
「悪いなステラ。ちょっと出てくる。注文が届くまでには帰るようにするから」
「そう? じゃあいってらっしゃい」
そう言って一人店外に出て行くゲドを、慣れた様子で見送るステラ。もし彼女が感じ取った者が、勇者や盗賊だったらならば、いつものように遠距離魔法で片付けられる。
だがそうしようとせずに、自ら出て行かなければならないということは、相手は遠くからの狙撃では倒せない相手ということだ。
店先で、風飛翔で空へと舞い上がる。それは大勢の人間に目撃されるが、今更多少の騒ぎが起こっても気にしない。
ゲドは山脈の上空を、弾丸のような速度で飛び続ける。そのあまりの速さに、彼女の通過した付近の森では、衝撃波で木々や草が揺らめいていた。
「何だ今の? 竜じゃないよな?」
「もしかしたら異界魔かもしれん! とりあえず憲兵隊に通報しよう!」
彼女の通った道で、そんなやりとりが行われる。空を飛び交う、召喚獣や気球の空便に乗る者達が、あまりに速く飛ぶ同業者の存在に、皆が目を見張っていた。




