第二十二話 貴族院
エイドアの中心地。多くの貴族達が暮らす高級住宅街の更にその中心に、それはそれは大きな建物があった。
白い石造りの壁に、青くて横に長い切妻屋根。縦の屋根の間の壁には、巨大な聖教の紋章(ORローム王国の国旗の紋章)が掲げられていた。
総合的な大きさは、前にゲド達がいた砦の数倍はありそうだ。その建物は周りの庭も馬鹿広く。四季おりおりの花が咲く、多様の樹木がいくつも植えられ、多くの生育の難しい植物が生える広大な花壇がある。
庭の中央付近には、大理石作りの礎で形作られた、大きな人工の池があり、その中心には巨大で力強い水が噴き上げている。この庭園の名物の、大型噴水だ。
そんななんとも豪華で、美しさを追求しまくった、高級な巨大建造物。だがその内部は、今まで以上に薄汚く剣呑な空気を発散させていた。
ここは貴族院議事堂。このエイドア及び周辺の自治、及びギールとの戦争の裁定の大部分を決めている、政治の重要拠点だ。
議事堂の内部にある、運動場並に広い巨大会議室。
部屋の壁には黒の女神像の置物が無数に飾られ、内部には大量の紫の高級生地で拵えた椅子とテーブルが百以上、半円状に設置されている。
それの大量の椅子と向き合う形で、二十近い同様の椅子とテーブルが、縦に並んでいる。こっちの方は、位の高い者又は、会議の重要議題を口にする者が座る位置だ。
その無数の椅子に、この貴族院の議員達=エイドア地方の幹部達が、一同に集まり、現在重要な会議中だ。
「何ということだ・・・・・・まさかこうもたやすく全滅とは・・・・・・」
「しかし何という力だ。各地域に出現した異界魔を、被害が出る前に奴が全て殺したというのも、これならあり得ない話ではないな・・・・・・・」
「くそが! あれだけ自信満々で物を言っておいて何てざまだ! 前金だけでどれだけ払ったと思ってるんだ!」
「あの話は本当らしいな・・・・・・。奴らが街の工業組合の者達を脅迫したというのは・・・・・・これは確実に貴族院に抗議が出るぞ」
「そんなもの多少の金を払えば何とかなる! そんなことより問題なのは、あの小娘だ! 一体何なんだあいつは!? ギールが回し者だと思っていたが、あんな化け物がギール側にいるなんて聞いてないぞ!?」
「どうするんだ? 奴の居場所ははっきりと判っているが・・・・・・これ以上大枚はたいて刺客を送るより、いっそ取り込んでしまった方が・・・・・・」
「あれだけ盛大に我々を侮辱した奴をか? そもそも我らはあれほど派手に、奴の討伐を宣伝したんだ! ここで攻撃を止めれば、我々の面子が潰れるぞ!」
ゲドにのされたあの騎士と同じような、豪華絢爛な衣装を来た中年の大勢の男女が、口々に様々な言葉を、叫ぶように交わし合っている。
ギール王国以上の厄介者の出現に、彼らは早急に解決できる対処法を見いだせずにいた。
討伐隊がゲドの雷で、あっさりと全滅したことは、千里眼で遠くから関していた貴族院お抱えの魔道士から伝えられていた。その時の記憶映像も、既に彼らに見せられている。
ゲドの想像を絶するあまりの魔力の強さに、議員達は大分腰を抜かしていた。最初にゲドが、ここにいる面子の所有している奴隷をさらったときから、貴族院は彼女を敵視していた。
だが今は、ただの盗人では済まされない相手と知って、もはや潰し方を選ぶ余裕などなくなっていた。
「まさかあの小娘・・・・・・本当に黒の女神の関係者なのでは?」
一人の議員の発したその言葉に、騒々しかった会議場が、一瞬で静まった。
ある意味それは、彼らにとって戦争以上にとんでもない予測であった。黒の女神再臨の噂は、彼らにとっては鼻で笑うような話だった。
一応彼女の黒目黒髪の姿は確認されていたが、誰もがそれを染髪だと盲目的に思い込んでいたのだ。過去にそれで黒の女神の使いを偽った愚か者が現れたことがあるだけに。
「まさかそんな・・・・・・・。だが考えてみれば確かに、あれほどの手練れが今まで世間に噂にすら上がらなかったのは変だ・・・・・・」
「おいおい、冗談じゃないぞ! 今更大昔の怪物女から、我が国に口を出されてたまるか!」
黒の女神=コンは実在の人物である。そして不老不死であることから、今でも異世界のどこかで健在であるのだろう。
だからどれだけ年月が流れたからといって、彼女がこの世界に再び関わることなど、絶対にあり得ないと言い切る根拠はない。
ローム王国の国王は、ローム系聖教の教主を兼任している。王座と信仰の二つを同時に勤めることで、王国は絶対的な権威を誇示してきたのだ。
そんな中、自分たちの思い通りにならない、本物の神など、国にとってお邪魔虫以外の何物でもないのだ。歓迎などできようもない。
「しかし、実際問題としてどうなのだ? もし女神が本気で我らを裁こうとしてきたら・・・・・・」
「そんなことあるはずがない! そうだ、あるはずがないんだ! とにかく今は、あの小娘をどうやって消すかだ! 何か手はないのか! 人質とかに出来そうな奴は!?」
「そんなこと判るはずがないだろう? 奴の素性は未だに判らないのだから。だったら何だ? 我らに逆らったら国民を十万人殺すとでも言ってみるか?」
「おいおい! それは不味いだろ! ただでさえ国民感情が危険な状態なんだぞ!」
「やはり今以上に、数で押し切るしかないか? 敵は逃げも隠れもせずに、一カ所に陣取っているのだろう? ならばそこに我らで雇いきれる全兵力をぶつけてみては?
ギールは今、異界魔の被害でこっちに構っている余裕はないようだ。一方のこちらは、皮肉にも小娘のおかげで、異界魔の被害は少ない。これを利用する手はないのでは?」
その後も討議は続いたが、結局最終的に会議は、更なる刺客をムツ村に送るということで、会議はまとまることになった。
それはゲドにとって、まさに飛んで火に入る夏の虫である。
やがて日が沈み、夜になったムツ村。
月と星の明かりに照らされた畑では、野ざらしにされた炭化死体に、多くの夜行性の獣たちが群がり、僅かにある食べれる部分の肉にかじりついている。
村の家々の中でも、ひときわ大きな民家、どうやら村長の家だったらしいそこに、ゲド達一行が泊まっていた。
彼らが村の住人を叩きだしたのは、ついこの間のこと。そのためにゲドが屋内に入ったときには、中にまだ人の生活の痕跡が色濃かった。
おそらく奴隷にされていた女達がきっちりしていたのだろう。部屋の中はきちんと掃除が行き届いていた。部屋干しされた洗濯物が、まだ室内に干されたままであった。冷蔵庫や倉庫には、まだパンや、豚肉・農作物などの食材が残っている。
ただ部屋の中に、剣や銃などの武器類が、あちこちに無造作に置かれているのが、ここの住人が一時勇者達に入れ替わっていたことを物語っている。
ゲドとステラが大家族用の大きなテーブルに向かい合って座り、倉庫から取り出したパンや果物を頬張っている。
部屋の中には薪を使わずに火を出せる、マジックアイテムのコンロやオーブン、調理器具などがあったが、こちらは利用されなかった。ゲドとステラ両者ともに料理ができなかったゆえに。
二人はさっきからずっと無言だった。
最初の辺りゲドが「あいつらを持ち物も一緒に消し炭して悪かったな」とか話しかけたりしたが、ステラは終始不機嫌な表情を浮かべて、ずっと無言である。
やがて食事が終わり、何か暇つぶしになる物がないかと、ステラが家の書庫を見渡していると、ゲドがやたらと嬉しそうな表情で書庫に駆け込んできた。
「おいステラ。奴らがどうやら結論を出したようだぞ。俺の読み通り、無策にこっちに兵を送り込み続けるみたいだ」
「“奴ら”って貴族院?」
「ああ、千里眼で奴らの会議を覗き見してた。結界みたいなのも張られていたが、俺の魔力にかかれば、簡単に突き通して目を入れられたぜ!」
政府の会議を無断で傍聴するのは重罪なのだが、今更この程度の犯罪、気にかけることもないだろう。
「ふ~~~ん。で、どうするの? 前に言ってたみたいに、貴族院に乗り込むつもり?」
ゲド達は既に大重罪人として指名手配の身だ。すなわち貴族院は、礼の騎士暴行事件をきっかけに、こっちに明確な敵意を示したのだ。
正直もう、貴族達の対応に気をつける理由などない。
「いや、しばらくここに住み込むぜ。食べ物も十分にあるしな」
「何でよ? あんたなら議事堂の警備なんて、簡単に突破できるでしょう?」
「それだと貴族院は潰しても、他のクズの傭兵共は逃がしちまう。だがしばらくここで待ってれば、奴らの方からまとめてこっちに飛び込んできてくれるんだ。
あちこち歩き回って、ちまちまと雑魚を蹴散らすより、ずっと有用だろう? 貴族院を潰すのは、それがあらかた済んだ後だ」
確かにゲドにとっての“敵”を、短期間で効率的に狩るには、この方がいいのだろう。
普通ならば多勢無勢という難題が出るのだが、ゲドならばこれは苦にならない。だがステラは、それにどこか納得できない部分があった。それに畑での戦闘以降、ずっと彼女に聞き出したかったこともある。
「ゲド・・・・・・・・・・その・・・・・・ここに来た敵は、さっきみたいに全員殺すの?」
「ああ勿論だ。この村の現状を見ただろ? 俺が半端に手を抜いたせいで、罪のない人間が大勢死んだんだ! やっぱり敵は、最初から全部殺すべきだったんだな・・・・・・」
先ほどの傭兵達の言葉を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔を向けるゲド。あの件は完全に自分自身の甘さが招いたことだと、彼女は深く後悔していた。
「でもそれだと他所からの禍根をかえって生むかもね。それにここに来た兵隊には、かつてのあんたみたく、無理矢理連れてこられた奴らもいるかも知れないわよ?」
その言葉に、ゲドの中に僅かに迷いが生まれた。彼女は今まで思いつかなかったことだが、十分すぎる程あり得る話。いや確実にそういった者はいるだろう。
次に送り込まれる兵隊はどのぐらいの規模になるか判らない。下手をすれば、前線で攻撃の盾にするために、数千人規模の強制徴兵がいる可能性もある。
「そんなこと知ったことかよ! 敵は倒すまでだ!」
「何よそれ? 今度はあんたの手で、罪のない人間を殺すわけ?」
「うっせえよ! 前にも言ったが、俺のやり方に無駄なことを言うな!」
「私の言うことを無視すれば、あんたの望むように事態が動くわけ?」
途中で逆ギレを起こすゲドの言葉にも、ステラは全く慌てず淡々と質問を続ける。これにはゲドは言葉を詰まらせた。
砦で初めてこの姿で会った日から、今日に至るまでの付き合いで、初めて見るその態度に、ゲドは大分面食らっていた。
「お前・・・・・・・・・本当にステラか?」
「今の私のどこに、私でない要素があるわけ?」
初めて会ったときは、ゲドのあまりの強さと、その制裁に、子供のように泣き喚いていたステラ。
だがしばらくの間、ゲドと一緒にいる内に、ステラには彼女に対する恐怖など微塵も消えていた。ステラから見れば今のゲドは、力を得て我が儘になったガキ大将でしかない。
ステラは自分が人格者だとは、微塵も思っていない。今のゲド以上に我が儘・身勝手・暴力的で、そして金の亡者である。
だが勇者達のように、一般市民から搾取するほど堕ちきってはいないつもりだ。まあ味方を死なせてスルーしたことはあったが。
ゲドと一ヶ月以上付き合ってきて、多くのろくでなしを粉砕する姿を傍らで眺めてきた。その様子には、少なからず彼女は、気分のいいものを感じていたのだ。
そしてその思いは、時間と共に大きくなっていった。大人になるにつれて消え失せていった、物語の英雄に憧れていた幼く純心だった頃の思い出を、少しずつ思い出していった。
そして一度、そのような想いを持ってしまうと、もうかつての自分に戻りたいとは思えなくなっていく。
(こいつは確実に着実に力に溺れて、良識というものを失い始めてるわね。正直私と似たようなものよ。誰かがそれを止めてやらないと・・・・・・。こいつの言ったとおりに、高尚な説教が出来るような立場じゃないけど。でもそれができるのは、一番側にいる私だけだわ・・・・・・)
徴兵の事を差し引いても、ゲドのやろうとしていることが正しいとは思えない。そんなことをすれば、この国は兵力と権威を大幅に弱体化させる。
そうなると民衆の反乱が起きて、更なる血が流れるかも知れない。そうしている間に、態勢を立て直したギールが、こちらに攻め込んでくることも考えられる。
前にゲドは、ギールに支配されたほうがこの国はまともになるのでは?と発言していたが、生憎そんなことはありえない。
ローム王国からの言いがかりで戦争は始まり、ギール王国は兵隊だけでなく、一般市民も大勢犠牲者を出している。
もしギールがこの国に侵攻してきたら、かつてロームが行った虐殺行為を、倍にして返してくる可能性が高いのだ。
勿論そんなことにはならず、王宮の方から新しい人員が貴族院に送り込まれて、政権が立て直されるかも知れない。
だがそのための政治立て直し・兵力補充に、莫大な金がかかることは間違いない。そしてその負担は、全て民衆に押し寄せてくるのだ。
ステラは決意を込めて、どう答えを返すか迷っているゲドに、再び話しかけた。
「私にちょっとした策があるの。野蛮で暴力的なやり方なのには変わらないけれど、あんたがしようとしていることより、ずっと効率的で有用なやり方よ?
どう、のってみない? 私の意見なんてどうしても聞きたくないなら、別にいいけど。元々私はあんたを殺した女だしね・・・・・・」
ゲドは少し調子を落ち着けて、真剣に考え込み始める。そして・・・・・・
「・・・・・・言ってみろ」




