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第一話 目覚めとバケツ

 この世界の住民の大部分は、祖先が異世界からの移住者である。

 無数に存在する並行世界には、環境汚染や戦争で追い詰められた民族がごまんといる。それをある黒髪の女魔剣士が、この世界に招き入れて、移住させたという。


 人々は彼女に深い感謝をし、やがては彼女を女神と崇めるようになった。

 だが彼女は自分を信仰の対象にすることを許さなかった。そういった物はいずれ世界を腐らせるからと。そして各々の民族に、どんなことでも争ってはならないと誓約を交わさせた。


 人々は彼女の謙遜に更に感銘を受け、彼女がこの世界を去った後に、改めて“黒の女神聖教”という信仰を立てた。


 これ以外にも祖先の霊を崇める“霊界教”や、各地で自然の管理と農業の繁栄を司る精霊を崇める“精霊信仰”が生まれていた。

 これらの宗教は時代が流れるにつれて、お互いいがみ合いを始め、それはやがて国同士の関係悪化までにいたるようになった。

 だが黒の女神との誓約があるため、決して戦争に発展するような一歩は踏み込まなかった。黒の女神は、他信仰の者の間にも、偉人という形で称えられていた事もあって。


 だが時代はある事件を境に急転換を迎えさせた。ある時にこの世界の各地から、転移の門を造りくぐり抜けて、謎の魔物達が出現するようになった。彼らの強さは圧倒的で、一国の軍隊でも適わないほど。


 村一つ滅ぼされることも珍しくなかったが、国が滅ぶには至らなかった。どういうわけかこの魔物、現れてからしばらくすると、勝手に死んでしまうのだ。

 異世界から来たと推察されるこの魔物は、学者達はおそらくこの世界の環境に適応できていないのだろうと推測している。


 この大陸には、二つの大国があった。黒の女神聖教を国教とし、自国こそが聖教の総本山と主張するローム王国。

 そしてその隣に位置する、霊界教を国教とするギール王国。この大陸には、約一億五千万人の人口が住んでいる。その四割が、この二大国家の領内にいるという。


 ローム王国は聖教以外の信仰を絶対に認めず、他信仰を容認している他国家にかなり、侮蔑の感情を抱いていた。特に隣国の大国であるギール王国への風辺りは強かった。


 謎の魔物=異界魔が出現したとき、ローム国王はこれをギール王国の陰謀だと言い出した。ギール王国が女神との誓約を破り、召喚魔法を使ってこの世界を征服しようとしていると。

 確たる証拠も何の根拠もない主張であったが、この意見はローム王国の貴族院にも通り、討伐という名目でギール王国に攻め込んだ。これがこの世界で始まって以来、最も大規模な人間同士の戦争の始まりであった・・・・・・





「うがっ?」


 心地よい夢から覚めるように、ゲドは目覚めた。意識がはっきりしてくると、鼻の中から、かなり嫌な匂いが感じ始める。これは人間の血の匂いだ。

 目の焦点が合わさってくると、眼前の惨たらしい光景がはっきりと見えてくる。四肢を斬られ、あるいは焼け焦げた大量の人間の死体が、畑だった平らな土地のあちこちに転がっている。


(俺は・・・・・・生きてるのか?)


 自分が息をしているのを確認して、彼はホッとした。目の前のその光景が何なのかははっきりと判る。これはさっきまで自分も参加していた戦場の跡地だ。

 どうやら戦闘は既に終わっているらしい。彼はローム王国側の傭兵だった。だが戦闘の途中からの記憶が曖昧で、今まで何が起こっていたのか判らない。


(気絶して・・・・・・そのままずっと寝てたのか? よく無事でいられたもんだ・・・・・・)


 身体の感覚を探ってみると、自分は今何かに背中を付けて座り込むような姿勢で倒れていたことに気づく。

 とりあえず彼は起き上がった。その時身体の感覚に違和感を感じたが、今まで倒れていた影響だろうと、彼は見当を付ける。

 背中に何か長物らしき物体を背負っているように感じたが、長銃はずっと手に持っていたはずだし、ちょっと妙だった。


 振り返ると、自分が背中を預けていたのは、大きな金属製の謎の物体であった。自分の背丈を少々超える高さのバケツのような物体で、側面にはイノシシを模ったような紋章が描かれている。

 上面には桶のような蓋がついていた。その蓋は今はずれて開けられている。内部を見ようとも思ったが、背丈が届かないので中を覗くことが出来ない。


 ここが戦場跡でなくても、その物体の存在感は珍妙である。


「何だよこれ? 火薬入れ・・・・・・じゃないよな?」


 たった今自分が発した声にもまた、やや違和感を感じたが、そんなことよりももっと気にかかる物が、新たに彼の目に映った。


「うわっ・・・・・・ひでえ・・・・・・」


 それは巨大バケツの底面で倒れている人だった。顔は見えない。上半身大部分がバケツの底面に覆われてしまっているからだ。

 この人物は、このバケツの下敷きになっているのだ。倒れた彼とバケツの周囲には、血の池が広がっている。

 今気がついたが、自分の尻部分になに濡れているような感覚がある。おそらく座っている間に、流れ出た血で濡れてしまったのだろう。


 その死体はおそらく成人の男性で、来ている鎧のデザインから、自分と同じローム王国側の傭兵と思われた。


「なんて間抜けな死に様だよ。可哀想に・・・・・・」


 おかしな物を見たが、いつまでも気にしてられない。彼はその場から歩き出した。まだ身体の感覚は本調子ではないが、歩くだけなら何ともない。


(しかしでかい奴らが大勢死んだな・・・・・・)


 倒れている死体を見ていると、やたら身体の大きい人物が多いと彼は感じた。こんなにでかい奴らが、こんなに大勢戦場に出ていたとは知らなかった。


「くそやっぱまともな物がないな・・・・・・」

「もう帰ろうぜ・・・・・・無駄足だよ」


 彼の耳にそんな人の話し声が聞こえてきた。だんだん感覚が戻ってきて、周りの声もしっかりと聞ける。その声はやけにはっきりと聞こえ、気のせいか以前よりも耳が良くなったような気がする。


 彼がその方へと歩いて行くと、遠目から人が数人ほど、戦場で倒れた死体から物を漁っている。

 こういうことをする輩は、戦場跡ではさほど珍しくない。そいつらはここから結構な距離にいるのだが、どういうわけかやたらと視力が良くなった彼は、そいつらの姿・特徴をはっきりと識別することが出来た。


(まいったな・・・・・・あれは敵兵だよ・・・・・・)


 そこにいるのは数人の兵士達。彼らの装備や、その褐色の肌色からギール王国の人間だとすぐに判る。

 すぐに逃げるべきなのだろうが、身体がまだ本調子でなく、ここから走って逃げるのは難しいかもしれない。


 見るとギール兵達がこちらに気づいたようで、こっちに向かって近づいてきた。こうなっては仕方がない、ダメ元で彼は振り返って走り出そうとした。


(うわっ!?)


 だがそれは適わなかった。走り出そうとした瞬間、彼は身体のバランスを崩し、盛大に転んでしまった。


(どうなってんだいったい!?)


 今まで違和感はずっと感じていたが、ここにきてようやくおかしな事に気がついた。最初に立ち上がったときからずっと、自分の身体のバランスがだいぶ不安定だったのだ。

 最初は目覚めたばかりであることと、戦場での負傷が原因だと思っていたが、それが辻褄が合わない。


 もう意識ははっきりと目覚めており、自分の身体には怪我をしたような痛みは何も感じない。ただ身体の平衡感覚だけが不調なのだ。

 彼は何とか起き上がろうとするが、中々バランスが取れず、すぐには起き上がれない。ようやく立ち上がったときには、既に相手は目の前に来ていた。これではもう逃げようがない。


 目の前にいるのは三人。男二人に女一人のギール人兵士だ。こいつらもまた、やたらと身長が高くて、大の大人であるはずの自分が、相手の顔を見上げる構図になっている。


 どうにかして抵抗しようと考えるが、平衡感覚が不調の彼にどこまでのことができるだろうか? 何故かは知らないが、自分の背中に得物らしき物を背負っていたことを思い出すが・・・・・・


「何だこいつ? こんなガキがここで何してんだ?」

「迷子じゃねえの? もしくはロームの連中に潰された村の生き残りか?」


 これには彼はちょっとムカッときた。確かにこいつらと比べれば、自分は若造に違いないが、この言われ方はない。


「馬鹿ねえ、よく見なさいよ。こいつ霊術士よ。でもギールの霊界教徒ではなさそうだけど・・・・・・」


「はあ?」


 女傭兵のこの言葉に、彼は困惑した。霊術士? 自分は傭兵であって、そんな立場ではないし、それに見間違えられるような外見でもない。

 だが何故か他の二人はこの言葉に「そういや確かにそうだ」と納得している。


「何言ってんだ? 俺は霊術士なんかじゃねえぞ?」


 とりあえずありのままの事実を口にする。もしかしてギール王国の霊術師というのは、傭兵風なのだろうか? ローム王国には霊術士がいないので知らないが。


 この言葉に兵士たちは随分と困惑している。どうやらそういうわけではないらしい。だがしばらくすると、その目は獲物を見つけた獣のように貪欲なものになった。


「まあ……ギール人じゃねえんなら、こいつは売っちまってもいいよな?」

「そうね。こんなちょうどいい品物が見つかったのは幸運だわ」


 そう言うと、兵士の一人がこっちに掴みかかった。自分の肩にその巨大な手で掴みかかり、そのまま彼の身体を中へと持ち上げる。


「てめえ!? 何しやがる!?」

「うっせえ黙れ! 大人しくしないぶっ殺すぞ!」


 荷物袋のように持ち上げられながら、彼はジタバタと暴れだす。兵士は彼を大人しくさせようと、首根っこを掴みかかった

 。かなりの握力で握られたはずだが、不思議と彼はそれを苦しいとは感じなかった。そして適当に振っていた彼の手が、自分を摘み上げている兵士の上腕に激突した。


 ゴキッ!


 その瞬間、なんか妙な音がした。その妙な音は何度か聞いたことがある。仕事上彼は人が死ぬ場面を何度も見ている。その場面のいくつかで聞いたことがあるような……


「ぎゃぁああああああああああああっ!?」


 そう思考した瞬間、彼を掴みあげていた兵士が、突然絶叫した。これに彼のほうが逆に驚いてしまう。

 そう思ったと同時に、彼を掴みあげていた手が開いて、彼は拘束から解放されて地面に落下した。


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