第十八話 エイドアの騎士
「ひぃ、ひぃいいいいい! 待ってくれ! もうしないから助けてくれ!」
「安心しろ、殺しはしないよ。だが腕と脚を一本ずつ、置いていけや!」
とある冒険者が集っていた酒場の中。酒場内は散々に荒らされ、大勢の冒険者が重傷を負って倒れている中、必死に助けを乞う勇者に、ゲドが冷徹に刀を振り下ろした。
「ぎゃぁあああああああっ!」
ゲドの刀の刀身が、また新しい血で濡れる。切断された二本の肉の塊が、酒場の床を赤く汚しながら、ゴロンと転がり落ちる。
右手と左足を斬り落とされて、勇者は絶叫した。ゲドは更にその切断された手足に、小さな魔法の火炎弾を発射した。赤い輝きが一瞬酒場内を照らし、転がっていた手足は、手品のように一瞬にして黒い何かに変身した
これで接合治療は不可能だ。世の中には失われた手足を復元する技術もあるが、その治療を受けるには、一般人なら数百年分遊んで暮らせるくらいの膨大な治療費がかかる。レグン族製作の義手・義足も、そう多く在庫は残っていないはず。
この勇者は、おそらく永遠に冒険者として再起不能だろう。
「てめえも逃がさねえよ!」
「ひぃっ!」
勇者達をあらかた片付けると、こんどは今までカウンターの裏に隠れていた、一人の少年を摘まみ出す。
さっきの宿の娘と同じぐらいの、幼い子供である。薄汚れた身なりから、恐らく浮浪児だろう。勇者の被害によって、財産を失った者が多くいるこの都市では、こういった者は珍しくない。
「さっきあの宿の近くで、俺らを監視してたろ? ばれてないと思ったか?」
「ぼっ、僕はただ・・・見て来いって言われただけで・・・・・・あああ・・・・・・助けて・・・・・・」
「やだね。ガキだからって、遠慮して貰えると思うか? 今は俺だってガキなんだぜ?」
目に涙を浮かべながら、助けを乞う少年を、ゲドは笑いながら踏みにじる。
指の骨を全て握りつぶし、かつてステラに対して行った顔面変形パンチを食らわせて、宿の壁に叩きつけた。
その際に、衝撃と共に、ボキッ!と骨がいくつか粉砕される音が聞こえた気がする。
「何してる? さっさと金目の物をむしり取れよ」
「えっ?」
どうやらしばらく呆けていたらしい。ゲドがこちらに向けた声に、ステラは我に返った。ゲドの顔や霊術士風の衣服は、返り血でベトベトだ。
まあしばらく時間がたてば、勝手に綺麗になるだろうが・・・・・・
周りを見渡すと血を流し続ける大勢の冒険者達が、気絶したり呻いたりしながら倒れている。酒場の椅子やテーブルが、いくつも破損しており、誰かが撃った魔法のせいで壁に穴が開いている箇所がある。
店の者は全員逃げたようだ。酒場の入り口の方では、勇気のある野次馬がこちらを覗いて、カメラと思われる物をこちらに向けている。
ステラにとっては既に見慣れた光景だ。少し前までは、自分自身がこういう光景を作ったことがある。
だが何故だろう? 今日に限って、この光景にあまりいい気分がしなかった。
一つだけ言える事は、少なくとも子供に暴力を振るって楽しむ趣味は、自分には無かったということぐらいか。まあ、だからなんだというレベルの話だが・・・・・・
たった今ゲドに手足を斬られた勇者は、あの宿の店主に、自分たちの暗殺を頼んだ男だ。
ギール国境付近での自分たちの活動は、このエイドアでも大分伝わっていた。その自分たちが、このエイドアに姿を現し大勢の勇者を狩りだしたことで、冒険者達が一気に動き出したらしい。
ゲドの読み通りに、あの宿の近くに手下を見張りに置いていた。
それがさっきの子供である。おそらく子供ならば、近くをかぎまわっても怪しまれないだろうという意図で雇われたのだろう。
作戦が失敗して、慌てて逃げる少年を追って、ゲド達は簡単に奴らのこの拠点に辿り着いたのだ。
この惨状は自分にとって清々しく感じるべきことのはず。
実際にゲドもそんな気分のようだ。もだえ苦しむ勇者達と少年の姿を、ニヤニヤ笑いながら見ている。だが・・・・・・
「今日はちょっといい・・・・・・気分が良くないし・・・・・・」
「何? まだあの毒が・・・・・・?」
「ううん! そういうのじゃない!」
なにやら心配げにこちらを見るゲドに、ステラは慌てて首を振った。こいつが自分に気を遣ってくるというのは意外だが、今はそんなことどうでもいい。
「手持ちはまだいっぱいあるんだし、無理に取らなくてもいいでしょ!? じゃあ、さっさと次の宿を探すわよ!」
「え? おい・・・・・・」
足早に酒場を出るステラは、ゲドは首を捻りながら、彼女の後を追っていった。
翌朝、目を覚ますとまた新しく見る天井が、彼女らの視界に入った。昨日とった新しい宿の天井だ。尤も以前泊まっていた宿と変わらない、古ぼけた木製の天井だが。窓のカーテンから、朝日が射し込んでおり、外から鳥のさえずりが聞こえてくる。
昨日あんな事があっても、街は何事もなくいつもの朝を迎えている。
以前泊まっていた宿を燃やし、荒くれ酒場に乗り込んで大暴れした後、二人はまた新しい宿を探した。そして客の入りの少ないこの場所を選んだのだ。
《・・・・・・はっ、はい! すっ、すぐに部屋を用意します・・・・・・。おっお前! すすっ、すぐにお客様をご案内しろ!》
《はい! 家は建物はぼろいですけど、飯は旨いし変な物も勿論入っていませんよ!♪ だから安心して御一泊ください!♪》
直前に彼らのしたことは、すぐの一帯に噂になったようだ。
宿を取るときに、店の者二人のこちらへの反応が、化け物を見るような恐怖の目を向け震えている者と、英雄を見るような羨望の眼差しを向けている者と、極端に分かれていたのが、妙に印象に残っていた。
小さくて古ぼけてはいるが、きちんと掃除の行き届いた部屋で、二人は安心して眠りについていた。
ちなみにこの宿、内部のあちこちに地震や老朽化とは明らかに違う要因で生まれた破損箇所と、それをどうにか補修した跡がある。昨日の暗殺に荷担した宿と、似たような状態である。
もしかしたらここも以前、勇者から襲撃を受けたことがあるのかも知れない。
(そう考えると、昨日のあの様子も、何となく納得できるな)
二人と一匹は、二階の宿泊部屋から一階の食堂へと降りてくる。ここで出される飯は、本人達が言っていたとおりに前に泊まっていた宿よりも旨かった。
ステラも昨日感じ取った妙な気分は、一晩眠ったらある程度は落ち着いて、いつもの通りにゲドと共に食事をとっている。彼ら以外にも、旅人と思われる宿泊客が数人、別のテーブルで食事をとっていた。
ドン!
「ぬう・・・・・・相変わらず平民共の巣窟は、空気が汚くて溜まらん!」
そんなおいしい食卓に、いきなり割り込んでくる不作法者がいた。突然宿の扉が、乱暴に開け放たれる。
随分乱暴な客かと思ったら、冒険者と思われる武装した者達が数人、この宿に入り込んできた。
(また勇者か? 俺たちを狙ってきたなら、後で宿の奴らに謝らないとな・・・・・・)
宿で働いている者達が、怯えた様子で、ゲドに助けを求める目を向けている。ゲドもさっさと片付けようと、魔法の準備を始めたとき、勇者と思っていた者達が、いつもと違う動きを見せた。
部屋に入った後で、彼らは列を組むように、扉の両隣に立ったのだ。彼らが道を開けた宿の玄関に、冒険者とは違う誰かが姿を現した。そういえばさっき平民がどうとか言っていたようだが・・・・・・
「あの階級章、多分騎士よ」
「言われなくても判ってる」
金髪碧眼で、三十歳ぐらいの高身長の男性だ。
金銀装飾が施されたやたら豪華な外見の冠と、高そうな布地に煌びやかな麒麟の絵が描かれたマント。足下を見ると靴まで金箔と宝石が着いている。腰に差してある剣もまた、鞘や柄に銀色のカラーリングに宝石が付けてあり、実戦用ではなく観賞用の宝剣であるようだった。
家柄の裕福さを見せつけるためだけに、ただ見栄を重視した、明らかに動きにくそうな実用性皆無の装い。それは遠くから見ても、人目でどっかの良家の貴族だろうと判る。
ステラの言うとおり、マントについた銀箔の階級章から、この男が騎士階級であることも判る。
“騎士”とは、本来の国を守る盾と剣であり、この世界の国々の軍事力の要である存在。
だがこの国にとっては、少し事情が違う。騎士階級はただの貴族の権威を高めるためだけの見せかけの階級だ。
いまこの男が身につけている、無駄に豪華の装飾と同じような存在。戦闘力を持つ物など一人もおらず、民衆からは「ただ威張り、金を使いまくるだけの軟弱者」というイメージしかない。
そんな偉さもありがたさも一切感じない者が、こんな街角の小さな宿に、入り込んできたのだ。
明らかに異常な出来事であるが、その原因に二人は十分すぎるほど心当たりがあった。最も心当たりがない、宿の者や他の客は、困惑しきっているが。
「貴様らだな。この頃勇者狩りで世間を賑わしている“偽黒の女神”は」
いきなり出てきて相手側に名乗りさえ上げず(ゲドにとってもどうでもいいので構わないが)こちらを汚物を見るような目で見ながら、騎士の口から出た言葉はある意味予想通りだった。
あれだけの傭兵(盗賊)や勇者を狩っているのだ。この国の対ギール王国の軍事力に、少なからず損害を与えているはずだ。
「確かに勇者狩りはしているが、偽女神たあ何だ? 俺は別に女神を名乗った覚えはないぞ?」
「白々しい! その黒く染めた髪にカラーコンタクト、そんなもので人民からの人気を得ようなどとは、あまりに卑怯で汚らわしい考えよ!」
テーブルの上で食事中のゲドの髪(さすがに室内では麦わら帽子は被っていない)を指さし、騎士が切れ気味に叫ぶ。
言うまでもないがゲドは染色もコンタクトもしていないし、女神を気取ったつもりもない。とんだ言いがかりだ。
「各地でこの国のために戦っている勇敢な戦士達を、貴様は次々と傷物にした! 元々勇者は、己の身に起こった災難は、己の力で克服する物と、あえて何も言わずにいた。だがさすがにここまでいくと限界である! 直ちに貴様を拘束する!」
面倒なことになったステラは疲れた表情を見せる。
「(ゲド・・・・・・ここは一旦捕まった振りして、隙を見て逃げましょう)」
小声でゲドにそう耳打ちするが、だがゲドはその言葉に、微塵も耳を傾けなかった。
「この国のために戦っている? 国を滅ぼすためじゃないのか? 俺が狩っている冒険者は、全員勇者共だ。罪のない一般人から、金や物を巻き上げている奴らのどこに、褒め称える部分がある?」
「ゲドっ!?」
多くの市民が貴族達に言ってやりたかったこの言葉を、ゲドは堂々とずけずけと言ってくる。
自分の策をさっくりと無視され、更に事態を悪化させるようなゲドの発言に、ステラは焦りまくる。だが意外と騎士は、すぐに食って掛からず、鼻で笑いながら答えてきた。
「勇者狩りという奴らは、大概そんなことを口にするものだな。だから今ここでも言ってやろう。市民からの略奪。確かにその通りだ。だが彼らがとっているのは、全て下等な平民共だ。貴族や神殿、商業の重要なルートには一切手出ししていない。
世のために戦うには、彼らだって金がいるだろうに、たかが平民共の金程度で我慢してくれているのだよ、彼らは。これだけでも彼らは十分誠実で、信頼に値する人物と言える。貴様らのような外道と違ってな!」
「それじゃあ平民はどんなに苦しんでも構わないってのか? 騎士は弱き者を守るのが役目じゃねえのかよ?」
「守ってるいるとも! だがこの国の民は皆、国のため教会のために、全てを捧げる覚悟など、とっくの昔に出来ている。必要とあれば、物も金も、それどころか己の命すら迷わずに差し出すであろう。
この国の民の、忠誠と信仰の思いの強さを甘く見るなよ! 貴様らのしていることは、自らの偽善を押しつけ、民衆の誇りを踏みにじっているに過ぎん!」
声高々に激昂し、かつ誇らしげにそう叫ぶ騎士。声を上げすぎたのか、しゃべり終えた後にむせ返っていて、格好がついていないが。
その間にゲドとステラが、ちらりと店の中、店員と他の宿泊客に目配せする。
彼らと目が合うと、皆一様に無言で小さく首を縦に振った。彼らのその目は《冗談じゃない! そんな覚悟誰が持っているんだ!》と、静かに主張していた。
「がはっ! がはっ! ・・・・・・そういうわけだ。貴様はすぐに騎士隊の城に来てもらう。貴様ら、こいつらを捕らえろ!」
周りにいる傭兵達に指図を送る騎士。だが傭兵達は誰一人動かなかった。ただずっと立ち尽くして、命令を受けても全く動きがない。
「何している!? さっさと・・・・・・」
見渡すと傭兵達は・・・・・・全員寝ていた。立ったままに。
グーグーといびきを鳴らし、面白い大きさの鼻提灯を吹いている者までいる。彼が連れてきた選りすぐりの私兵達は、いつのまに無力化されていた。
「あんたらがご託を叫んでいる間に、こいつらには全員“スリープ・オーラ”で眠って貰った。さすがに世話になっている宿を汚したくなかったんでな」
「きっ、貴様っ、あくまで政府に逆らう気か!?」
激怒してまた叫び声を上げるが、騎士には目の前の少女に対して打つ手などなかった。精鋭がこんなにもたやすく、戦わずして負けてしまった。
高い金で雇った、この選りすぐりの傭兵隊に、たかが英雄気取りの小娘が勝てるわけが無いと思っていたが、その予想は容易く覆されてしまった・・・・・・
今から彼らを起こそうとしても、その間に斬られる可能性がある。当然騎士本人に、戦う力などない。彼はほとんど無策に近い形で、ゲド達の前に姿を現したのだ。
何だか最近、頭の悪い人との出会いが多くて、正直白けてくる・・・・・・
この場合をどうすればいいか?逃げるべきかと?騎士が内心動揺している。
周りの他の者達は、騎士を追い詰めたゲドに対して、半数は期待をかけた目を、半数は「大事を起こして俺たちを巻き込むな!」という非難の目を向けている。
そんな膠着が数秒続いた後、突然ゲドが笑い始めた。
「ぎゃはははははははっはははっははっ! 腹がよじれるってのはこういうことだな!」
あまりに唐突に狂ったように笑い声を上げるゲド。一帯どうしたのかと皆が呆けると、唐突にゲドは笑いを止めて、騎士に顔を向き合わせた。




