第十七話 精神と生命の魔法
夜になって一行は宿に戻ってきた。あちこちで食べ歩きをし、劇場で演劇を観る。あの坊主剣士以降も途中で何人か勇者が突っかかってきたが全て返り討ちにした。むしろ金をむしり取る、格好の獲物であった。
彼らは、すっかり満足した表情で帰ってきた。
「明日から私も魔法の訓練しなきゃね・・・・・・このごろ食べ過ぎだわ」
「それじゃあ俺も明日から、魔力を使い切るぐらい動いてみるか?」
「それはやめて! あんたがそんなことすると、街も自然も丸ごと吹っ飛ぶわ!」
「じゃあ、俺だけ太れっての?」
宿の食堂のテーブルで、そんな雑談をしている中、そこに宿の従業員が料理を運んできた。この状態でまだ食べる気のようだ。
「・・・・・・お待ちしました。ミソラーメン二つでございます・・・・・・」
黒の女神コンが伝えたと言われる、異世界伝来の麺料理を、テーブルに置く従業員。
大きなお椀上の陶器の中に、暑く煮えたスープ。その中に満たされている、ゆで上がった無数の麺。そしてその上に載せられた、刻んだネギと、長方形の大きな海苔。そしてナルトという魚肉加工食品。
古来から世界的に人気があり、様々な種類とバリエーションがある麺&スープ料理である。だがそれを運ぶ、店員の顔と手が、僅かに震えていることに、二人は気がついた。
「どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」
「いっ、いえ! それでは!」
ゲドが声をかけると、従業員は大げさなぐらい動揺して、逃げるようにカウンターに戻っていった。これに両者は首を傾げる。
「何かそうとう怖がられてんのね、あんたは」
「そうか? あれは恐怖、とは違う気がするな。何というか罪悪感みたいな思念が・・・・・・」
「思念ね・・・・・・。それだけでそこまで判っちゃうんだ」
強靱な肉体を得たゲドは、感覚能力もずば抜けて強い。それは五感だけでなく、人間の感情の力の流れ=思念を、精神感応できるようだ。
最もゲド自身それが本当に精神感応かどうか確信はない。ただそういう能力者が世の中にいるらしいと聞いたので、自分が感じた違和感をそれで片付けたのだ。
さっきの罪悪感のようという評価も、きちんと確証があって言ったわけではない。何となくそんなもののような気がしたからだ。
「おかしいと言えば、今のこの宿も何かおかしいな・・・・・・。俺たちと宿のもん以外、誰もいないぞ」
「ああ・・・・・・何か違和感があると思ったけど、確かに人がいないわね」
ラーメンをすすりながら、二人は現状の不思議に気がつく。今この食堂には、この二人と一匹以外は誰もいない。
昨日この時間帯に、ここに来たときには、自分たち以外にも数人、食事をしている客がいた。
客は商人と思われる者達と、その護衛と思われる冒険者達が十人ほどだった。街から街へ物資を届けるにも、常に魔物や盗賊の被害の恐れがある。それらの護衛をするのも、冒険者の役目だ。
通常こういった依頼で、冒険者が客を裏切って荷物を奪い取るという事件は、意外だが今は起こらない。
別に全ての冒険者が、勇者と言われている悪党ではない。真面目に依頼された仕事をこなしている者だってそれなりにいる。
それにそういった被害が頻出すれば、物資流通が停滞し、民衆だけでなく貴族達の生活にも影響が出る恐れがある。
一般市民に何をしようが、大事になりすぎなければ、基本お咎めなど受けないが、そういう事態が起これば話は別である。
それを考えると、貴族も通っている公立中央図書館で、人斬りをしたゲドの行動は、かなりまずいものであるのだが・・・・・・
街の宿にはそういった理由で、多くの商人や観光貴族が安心して泊まっているのだ。
だがゲドの感覚能力で、ここには自分たち以外の客の気配が、今日は一人もいないのだ。
単に仕事が終わって、下の持ち場に帰ったと考えられなくもないが、客は彼らだけではなかったはず。
「私らが昼に外で派手にやったせいで、皆ここから逃げちゃったんじゃないの?」
「そうかもな。てことは、俺たちがここに泊まり続けるのは、ここにいる奴らに迷惑か?」
「そうね。聞いた話だとこの家、何度か勇者にむしられて厳しい生活だって言うし・・・・・・」
この店の各所には、強盗によるものと思われる器物破損の、修理箇所が見える。
いくつも上から板が打ち付けられた床。ボロボロになったテーブル。布で隠した壁の穴。
相当な回数、被害を受けているのだろう。
そろそろ潮時、別の宿を探すか野宿を選ぶか話を始めたとき、唐突にステラがドン!と叩くように、テーブルに肘を着いた。
「ステラ?」
「ううん、ちょっと目眩がしただけ・・・・・・風邪かしらね」
そういうステラは随分顔色が悪い。テーブルに手をついて、何やらふらついているように見える。ついさっきまではこんな風ではなかったのだが・・・・・・
「おいおい・・・・・・それは大事だろうが。治癒魔法かけるか?」
「馬鹿ね。何でも治癒魔法に頼るのは、健康に悪いのよ。特に病気はね。残ったラーメン、あんた食べていいわよ。ちょっと部屋で寝てく・・・・・・」
椅子から立ち上がり、一歩踏み込んだときステラは、唐突に意識を失い倒れた。
「ステラ!?」
床に顔面をぶつけて、そのまま動かなくなったステラ。ゲドがすぐに彼女の下へと駆け寄り、カウンターに向かって叫ぶ。
「大変だ! ステラが倒れた! 病院に連絡してくれ!」
こういう事態に対する、一般的な対応を口にするゲド。この小さな宿にも、電話の一つぐらいあるだろう。
だが姿を現した従業員と店主は、何故かすぐに電話を取ろうとせず、こちらを凝視している。
「・・・・・・どうして?」
何故か怯えた様子で、かつ疑念を浮かべた表情でこちらを見る店主と従業員。二人の目線は、倒れたステラではなく、どこも異常を出していないゲドの方に向けられていた。
(まさか!?)
ゲドはテーブルに置かれている、食べかけのラーメンに目を向ける。そしてもう一度二人を見ると、彼らは「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げて、こちらに目をそらした。
いちいち問いただしている時間はない。ゲドは苦しそうに息を荒げて倒れているステラの胸に、自らの手を置き、何かを念じ始める。
相手の健康状態を読み取る、生命魔法の一つである“ライフロード”である。
「やはり毒か!」
ステラの生命力を探知したゲドは、その健康診断を叫ぶように口にした。それを聞いた宿の二人は、その場で背中を見せて、裏口から逃げようとする。
「ひゃあっ!?」
「うえっ!?」
だがその逃避行動は、僅か数歩で停止した。突然二人の身体が硬直し、まるで凍り付いたかのように動かなくなる。身体の感覚はあるのに、運号能力だけは発揮できない。
突然の事態に、喉の動きも制限されて、二人はまともに声を上げることも出来なかった。
ゲドは逃げようとした二人に、背後から“パラライズライト”という魔法の光線で撃ち抜いたのだ。この技は状態異常の魔法=“呪術”の一種で、敵の身体を一定時間麻痺させることが出来る。
「そこで待ってろ!」
二人の追求は後だ。今の問題は毒を盛られたステラである。
再びステラの胸に手を当て、別の魔法をかける。毒を中和する魔法“キュア”である。ゲドの手から生命力を活性化させるエネルギーが流れ込み、ステラの身体が淡く輝き出す。
「がはっ! はぁ、はぁ・・・・・・」
治療はいとも容易く完了した。瞬く間に身体から毒が消え去ったステラが、再び息を吹き返す。息は荒いが、顔色はすっかり元通りだ。
「これも初めて使う魔法だが・・・・・・どうだ? 立てるか?」
「ええ、大丈夫よ・・・・・・」
少しフラフラしながらも、問題なく立ち上がるステラ。どうやらキュアは成功したようだと、ゲドは安堵すると、すぐに次の議題に顔を向けた。
カウンターの方で、背を向けて人形のように固まっている二人。ゲドは二人の身体を、足下から持ち上げて、こっち側に向き治す。
「喋れる程度には、麻痺を解いてやる。てめえら・・・・・・これはどういうつもりか、聞かせてもらおうか?」
「いいっ!?」
とても子供が見せる物とは思えない、ゲドの憤怒の表情に、二人は戦慄して逆に声を上げられなくなる。
ゲドは「やれやれ・・・・・・」と一息つくと、今度は背中の刀の柄に右手をかける。
「そのままお前らの胴体を真っ二つにしてやろうか? 固まったまま死んだお前らを、店の客引き人形にしてやるよ・・・・・・」
「いっ!? 言います! 言いますから!」
店主が涙を浮かべながら、叫ぶように言葉を並べた。
「ゆっ、夕方頃に勇者達が店に来て! それでお客様方に、何とかという毒を料理に入れて出すように言われて! 本当はやりたくなかったんです! でも、断ると殺すと脅されて・・・・・・本当なんです! 決して好きでやったわけでは・・・・・・」
「ほう・・・・・・そうかい?」
ゲドは店主の方に飛び乗った。ちょうど子供の肩車のような姿勢で、ゲドは店主の頭に手を乗せる。
「嘘か、本当か、お前の頭の中に直接聞いてやるよ・・・・・・」
店主の禿げた頭から、ゲドの精神感応系の魔法“スピリット・ロード”の術式が発動した。
これは魂が蓄積した記録=記憶を読み取る技だ。強力な術者が使えば、相手が心を開かなくても強制的に心を読んだり、読み取った記憶を映像にして映し出すことが出来る。
ゲドの頭の中に、数時間前の店主の視覚・聴覚で得た記憶映像が流れ込んでくる。
店主の視点で誰かと会話している。相手の男の姿は、身なりや装備からして見る限り冒険者、おそらく話にあった勇者であろう。
《ええっ!? こんなにくれるんですか!?》
《悪を滅ぼすためならば、このぐらい安いもんだ。それでもこれでも足りないか? 今まで同胞に寄付した額よりも、多く見積もったつもりだったが・・・・・・もっと水増ししてやるか?》
《いえいえっ! これで十分です! これで家の借金も・・・・・・引き受けましょう!》
そう言って店主は、勇者が差し出した金袋を受け取った。そして同じく彼から貰った薬剤を持って、急いで厨房に駆け込み・・・・・・
「このホラ吹きが! 金で客を売ったんじゃねえか!」
禿げた頭から手を離し、店主の肩から飛び降りると、ゲドは店主の右足を蹴りつける。彼の右下脚が、竹のようにポッキリと折れる。
「ぎゃぁあああああああああっ!」
身体は動かせないのに、痛みはしっかりと感じ絶叫する店主。
「だっ、旦那様!? ああ・・・・・・女神様お許しを! 旦那様は家の為に仕方なく・・・・・・」
「うぜえよ」
肉体が硬直しながらも、隣で必死に叫ぶ従業員を、ゲドは害虫を見るような目で蹴り飛ばす。その一撃で、従業員の足も店主同様にポッキリと折れる。
「ていうかさ・・・・・・あんたは平気なわけ? あの毒入りラーメン、あんたも食べてたでしょ?」
「ああ、全然平気だな」
ステラの問いにあっけらかんと答えるゲド。ステラは度重なる戦闘訓練で、状態異常に関してかなりの耐性を身につけていた。そんな彼女すら倒れるほどの毒である。
おそらく魔法で強化・調合した霊薬の一種なのであろう。それを食べても、ほとんど何とも感じないゲドの肉体。まあ、今更驚くようなことではないが。
「ちょっとあなた、どうしたの?」
「・・・・・・パパ? 足が!?」
二階から誰かがこの部屋に降りてきた。ここの店主の妻であろう中年女性と、娘と思われる十歳に満たないだろう少女だ。どうやら下の騒ぎを聞きつけたようだ。
部屋に入ってきて、ここの惨状に彼女達は目を丸くする。
「あっ、あなた!? えっ? なに? どういうことなの!?」
「パパッ! パパッ! あああっ・・・・・・足がこんなに! 早くお医者さんを!」
どうやら事情を全く知らないらしい妻子。そんな彼女に、ゲドはにこやかな笑顔で声をかける。
「今からこの宿を燃やす。早いところ出た方がいいぞ」
一分後。街の下層地域にある宿が、天高く火柱を上げて燃えていた。もうもうと燃えさかる明かりが、暗くなった街を綺麗に明るく照らしている。
「家が! 私の生まれた家が! いやぁあああああああああああああっーーーーーー!」
「うわぁあああああああああぁん!」
その家の外、中通りの上で、燃えていく自分の家を見て、妻と娘が泣きながら絶叫していた。特に幼い少女の声が、悲痛に耳に響く。
夫と従業員も、尻餅をついて固まった姿勢のまま、自分の家の姿を見て絶望を顔に表している。
騒ぎを聞きつけた近所の人々が、この火事の様子を遠巻きに見ていた。すぐに消防隊に連絡が入るが、この火力だと到着することにはほとんど燃え尽きているのではないだろうか?
この様子を見物する者達の中に、惨状を引き起こした張本人のゲド・ステラ・チビも、しっかり混じっていた。
「ゲド・・・・・・これって、ちょっとやりすぎじゃないの?」
「大丈夫だ。周りの家には燃え移らないよう、火力を調整してるからな」
こんなこともできるんだぞ!という感じのどや顔のゲド。それにステラが、力の強さとは別の要因で、引き攣った表情を向ける。
ゲドの手には、何かをぎっしり詰め込んだらしい、膨らんだ布袋が掴まれている。中にあるのは大量の金貨・銀貨。
あの店主が、勇者から受け取った報酬を、根こそぎ頂いたのだ。
「俺の暗殺をもくろんだ奴も、しっかり顔を覚えた! 俺を仕留めるために、近くを伺っていたはずだ。すぐにとっちめてやる! 行くぞお前ら」
「キーキー!」
「ええ・・・・・・そうね」
勢いよくチビとは対照的に、ステラの返事はどこか力がない。
(別に何も間違ってないわよね? あいつが悪意を持って、私らを殺そうとしたんだし・・・・・・)
ステラ自身も、今までならば、このようなふざけた真似をした奴、決して許さなかったはずだ。
こちらに非がないのに、金目当てで自分たちを殺そうとした。実際、自分は死にかけた。だから相応の報いを与えてやるのが当然である。それがこの世界のルールだ。
あの店主とその妻子は、家も財産も全て失って、この後路頭に迷うことになるだろう。あのへし折れた足では、新しい職に就くことも、まともにできやしない。
勿論自分らが、それを気遣う筋合いなどない。
冒険者同士の諍いなど日常茶飯事のこの街では、おそらく憲兵達も本腰を上げて自分たちを捕まえようとはしないだろう。だが心のどこかで納得しきれない、不思議な感情がステラの中に芽生えていた。
作中の魔法名は、風や火などの基本属性は漢字で、それ以外は英語でつけています。その方が名前を考えやすいから。




